だったら俺のことを
「田見さん、もうお皿洗わなくて良いよ。四人組も移動したみたいだし」
「いえ、ここからだと、隠れた状態でスタンプラリーをしている人を見られるので嬉しいです」
「そう? まあ初日のお昼で異常に忙しいから助かるかも」
「だったらぜひ、はいっ!」
田見さんはそう言って目の前の台にうずたかく詰まれた食器を片付けていく。
淡浜で偶然音楽のスタンプラリーをしている人たちに会って、そのまま次の作業場……道の駅まで来た。
田見さんはさっきから目を輝かせてスタンプラリーをしている人たちを見ている。
作っている時はそれほど楽しみにしているように見えなかったのに、実際お客さんを見たらテンションが上がったようだ。
俺もアニメを作っている時、正直誰も見てなくて悲しかった。
でも田見さんと作るようになってから学校でも反応も良いし、会う人が褒めてくれる。
作ったものを見て貰う……そしてその反応をダイレクトに貰うのは、すごく嬉しいと俺も知った。
でも田見さんは、それなりの視聴者を抱えているし、リアルの人は苦手だし、どうなのかな……と思ったけど、嬉しそうで良かった。
田見さんはスタンプラリーに向かう年配の夫婦を見て、
「蜂谷さんっ! 見てください、あんなご年配の方が!」
「おおー。ネイロって年配の方でも聞くのかな。あ、保護者かな。小さい子が一緒にいる」
「そうかも知れないですね」
「清乃も最初にサクラちゃん見て『可愛い』って言ったの幼稚園の頃だったもんな」
色んな人が集めてくれて嬉しいですねえと田見さんはラーメン丼を掴んで中を捨てて、軽く洗って水に投げ込む。
そして食洗機に丼を並べていく。積み上げ方に無理がなく美しい。
俺は横で作業しながら、
「田見さん、目は完全にスタンプラリー側見てるのに、作業が早くてすごいね」
「私こういう単純作業、すごく好きです。しかも忙しいと目の前にどんどん丼が積まれて、もう考えなくても腕が動く……気持ちよいです」
「即戦力すぎる。夏はいつも本当に忙しくてバイト雇うけど、田見さんほど作業早くないよ」
「いつでも働けますっ……!」
そう力強く言うけど、視線はスタンプラリー側を見たままだ。
淡浜フェス初日のお昼時というもあり、最初からこの時間帯は店の手伝いをしようと思っていたけど、もう本当にお客さんが多くてすごい。
急遽田見さんが洗い場に入ってくれたので、いつも洗い場にいたパートさんが親父のヘルプに入り、どんどんラーメンを仕上げていく。
親父はずっと中華鍋をふっていて、火の前から離れない。忙しすぎる!
それでも14時すぎる頃には波が引き、山と積まれた食器はほとんどが片付いた。
田見さんは洗い終わったラーメンの丼を食洗機から出しながら、
「すっごく盛況ですね。お店経営ゲームみたいで上がります」
「ええ、本当に……? 田見さんやっぱ基礎体力がすごいな」
「あっ、30分くらい前に明日海さんが『倉庫から品だし手伝って!』ってLINEしてます」
「無理無理無理。今ここを離れる余裕、全く無いよ。ほらまたお客さん……お、海野……だよな?」
「優真~~~。そうだよ、この店優真の実家じゃん。優真~~。久しぶりじゃん~~」
バイトしていたら店に小学校の頃の知り合い……海野が来た。
後ろに俺が知らない女の子と、男の子数人が見える。
海野は小学校を卒業した時に引っ越して、少し離れた中学校に進学している。
小学校の時に一緒にバスケをしていたから名前を覚えていた。
俺は作業しながら、
「そっか。淡浜から引っ越したから仕事しなくて良いんだ。ズルくね? 働いてく?」
「いやいやいや、俺正直淡浜から引っ越した最大の利点は、このフェスを外から楽しめることだわ。あ、みんな同じ高校のバスケ部」
海野が後ろの女の子と男の子を紹介してくれた。
俺は軽く挨拶をする。
海野はニヤニヤしながら田見さんの方を見て、
「さっき話してるの見てた。彼女? 紹介してくれよ。はじめまして~。優真の友だちの海野です~~」
と話しかけた。俺は首を振って、
「部活仲間。一緒にアニメ作ってるんだよ。ほら、あそこでやってるスタンプラリーの音楽と映像も、俺たちが部活で作ったんだ。その仲間」
「あっ、そうだ。優真バスケ部入ってないよな。有坂はこの前の大会で会ったんだけど優真いなかった。えーー。お前アニメなんて作るキャラだっけ? それはさすがに陰キャすぎない?!」
そう言って海野は笑った。
そうだった、海野は陰キャ陽キャをすげー気にするやつだった。
田見さんはさっきまでの笑顔はどこへやら……黙って目の前に詰まれた丼の中のゴミを捨てている。
海野は、
「今度の夏の大会、来いよ。有坂も、そうだ……大波もいるだろ?! 大波すげーよな、責任者になってるじゃん。親のおかげで超勝ち組、一発逆転ってやつだ。いやー、懐かしいな優真。この後も仕事? 一緒に回らね?」
小学校の時もこのノリが苦手だったな……と思っていたら、後ろに立っていた女の子が手を上げて、
「え。あのスタンプラリー。集めたらネイロになるって書いてあるんだけど。私ネイロ結構好きー。ていうか海野もデンジャラスガールとかよく聞いてるじゃん」
「ネイロとアニメは違うだろ」
「え、でもデンジャラスガールに付いてるのアニメじゃん」
「そうだけど、優真のはもっと手作りのオタクっぽいアニメなんだよ。ネイロのカッコイイのとは違うだろ」
「テレビで流れてるアニメの事? よくわかんないけど。えーー、ネイロちょっと興味ある。インスタにあげよっと」
そう言って女の子はスマホを持ってスタンプラリーのほうに歩いて行った。
それを追うように海野も店の前から去って行く。
ふう……嵐が去った。さすが淡浜フェス……地元の人間がみんな来るな。
田見さん、知らない人が突然話しかけてきて怖かったんじゃないかな……と振り向くと、目がキラキラしていた。
え。意外。
田見さんは作業をしながら、
「デンジャラスガール……いいですよね。ネイロ初期の曲で、私も大好きなんです。好きすぎてカバーを作ったんですけど、もう完成されていて手を加える所がありませんでした。本当に美しい曲なんです。あっ……でも蜂谷さんに向かってアニメなんかとか、陰キャとか……かなりむう~~~と来ました」
笑顔でネイロを語っていたと思ったら、不機嫌な顔になり、俺は田見さんの七変化が面白くて笑ってしまう。
俺は作業しながら、
「いや、一般の人たちの反応はあんなもんだと分かってるけど、バカにされるのは面白くないよな」
「面白くないですよ! でも見てて思ったんですけど……さっきのグループ四人いて……ふたりは『アニメ? ネイロ?』って感じだったんですけど、残りの二人はスタンプラリーに向かってて。確率二分の一くらいかなって。全然ゼロじゃないんだなーって、そんなことを思ってました」
「そうだね。確かに女の子はスタンプラリーしてくれそうだったね。あ、してくれてる。ほら」
スタンプラリーの方を丼山の隙間から見ると、さっきの女の子と、もうひとりの男の子がスマホでQRを読んでいるのが見えた。
田見さんは目を細めて、
「否定する人もいるし、そうじゃない人もちゃんといるって、こうして見えて、嬉しいです」
「そうだな。相変わらずアニメをオタクって言われてイラッとしたけど、そうじゃない人もいるよな」
「嫌な言い方でしたね。自転車走っている時に目の前の信号が全部直前で赤になっちゃえばいいのに」
そう言って田見さんは海野がいる方向を睨んだ。
目の前の信号が赤になる……地味な呪いすぎる。
でも田見さんが、絶対的な味方だと、どうしようもなく思えて、嬉しくなってしまう。
作業を開始したら、スマホが揺れて兄貴からLINEが入った。
曰く『屋上のまともな飯はすべて売り切れた。チャーハンと餃子5人前欲しいけど、持ってこれないか』とメッセージが来ていた。
そのメッセージには作務衣を着た清乃が添付されていた。朝寝たみたいだけど、起きて病院行ったんだ。作務衣可愛い。リアルに見たい。
俺は静かに頷いた。
「よし、屋上行こ」
田見さんは笑いながら俺のほうを見て、
「えっ、さっきここを離れる余裕ないって言ってましたよね?」
「親父~。兄貴がチャーハンと餃子5人前欲しいって。屋上何も無いってさ。俺持っていくよ」
「りょーかい。あっ、田見さん、お礼が遅くなっちゃった、ありがとうねー」
親父は手を止めずに作業しつつお礼を言った。
清乃は初日から病院の屋上で色々作業をする……とは聞いていた。
でも俺は仕事がたくさんあって、期間中に清乃が仕事してるのを見るのは厳しいと思っていた。
でもそうだ、配達のついでなら、病院まで行くことができる。兄貴ナイスすぎる!
時間は16時すぎ。この時間帯になるとラーメンよりソフトクリームが出るので、台所は夜の仕込みがメインになる。
そのタイミングで俺と田見さんは病院の屋上に向かうことにした。
田見さんはチャーハンを持って俺の後ろを歩きながら、
「なるほど。注文してお仕事で呼んでくれるなんて蜂谷真広さんは策士ですね」
と笑った。蜂谷真広さん……? 俺は一瞬「あれ……?」と思う。
よく考えたら、
「田見さんって、兄貴のことをフルネームで呼んでるんだね。世界で田見さんだけかも。兄貴のことフルネームで呼んでるの」
「あっ……蜂谷さんご一家とお知り合いになったので、どう呼べばよいか分からなくて。だって蜂谷さんは、蜂谷さんですし。でも蜂谷真広さんも蜂谷さんですし」
なるほど。
俺はさっき田見さんに対して「味方」だと心の奥底から思えたこともあり、
「だったら俺のこと優真って呼べばいいじゃん。そんで兄貴が蜂谷さんで、清乃は清乃だろ?」
「そうですよね。でも私……人の名前をどこから変えて呼んで良いのか分からない人間で、ずっと蜂谷さんと呼んでいたのに突然優真さんと呼んで良いのか、分からず……。突然切り替えたら『そんなに仲良くないし?』とか思われそうで、清乃ちゃんも許可を取りましたし」
「そうだった、そんなこと言ってた。いや……」
俺は自転車にチャーハンと餃子を積みながら、
「兄貴じゃなくて、俺のことを名前呼んでくれると嬉しい。仲、いいし!」
言いながら妙にドキドキしてしまうが、自転車に積み込みながら顔を整える。
田見さんはへにゃと笑顔になり、
「そう言ってもらえると切り替えやすいです。じゃあ、蜂谷さんのことを、えっと、優真さんと呼びます。そうなんです、いつも蜂谷真広さんって呼んでて、これまた変だな……と思っていたので。優真さん、行きましょう」
なんだろう。蜂谷さんと呼ぶ人のが少なくて、ほとんどの人から「優真」って呼ばれてるのに、田見さんに呼ばれるとやたら恥ずかしくて、
「……俺も田見さんのこと、え…………笑衣子さんって呼んだほうがいいのか?」
「あっ、落ち着かないです」
「だよな」
俺たちはチャーハンが冷めるからとりあえず行こうと病院に向かって自転車をこぎ出した。
妙に背中がくすぐったい感じがして落ち着かない。
俺たちの後ろから明日海が自転車で追いついてきた。
「真広さんの所行くんでしょ?! 真広さんがもうすぐ盆踊りするって清乃ちゃんが連絡してくれたのうおおおおお」
叫んで誰より早く自転車を漕いでいる。でもよく見るとカゴには店舗限定のノンアルコールが入っている。
これまた兄貴が頼んだのか?
抜け目ね~な。




