淡浜フェスがはじまる
「よし、渋谷さんからオッケーのメールきた」
「良かったー……。お兄ちゃん、私、夜まで寝るね……夜から病院いくから……おやすみ……」
そう言って清乃は部屋に消えて行った。
今は淡浜フェス当日の朝、7時。このタイミングでスタンプラリー用の映像がすべて揃い、システム担当の渋谷さんから「オッケーです」という連絡がきた。
終わった……! 俺も少しでも寝たい……と思うけど、実は昨日疲れて夕方から夜まで寝てしまって、寝られなかったのも事実だ。
それにワクワクしてテンションが上がって、もうこのまま行こうと決めてパソコンの電源を落とした。
「間に合って良かった……」
結局合計10本の音楽が作られて、それに合わせて映像を作った。
打ち合わせや撮影をさせてくれた動物園や公園、温泉施設や駅関連施設のみ動画にして、後は持ってた写真とかで構成した。
清乃は静止画内にさくらちゃんやミホちゃん、リコロコみたいなネイロキャラが淡浜で遊んでいるような絵を描いてくれた。
そのネイロキャラは全部浮遊0さん、カルマさん、田見さんが作った曲で歌っているキャラで、それを全部確認しながら清乃は描いていた。
俺はとにかく撮影して編集……清乃の絵がアップされたら合成……音楽を足してアップロードを繰り返した。
明日海も協力してくれたけど、明日海は金城酒造の仕事と、雪見さんのカフェもあって、あまり頼れなかった。
俺は部屋を出ながら、
「取りあえず終わったからよし」
と階段を降りた。
今日の朝10時からスタンプラリー開始だと渋谷さんから聞いている。
ギリギリすぎて申し訳ない……というメールに書いたら、すぐに返信があって『間に合わせてくれてありがとう!』と逆にお礼を言われてしまった。
ていうか、朝7時に即レスしてくれるってことは朝から作業してるってことだ。
渋谷さん結構ご高齢に見えたけど、すごいな。
でもネイロのスタンプラリーは結構評判になってるみたいで、音楽を扱う大きめのサイトで紹介されていて、ONEさん、浮遊0さん、カルマさんが笑顔で写っていた。
俺は洗面所で顔を洗い、
「みんながスタンプラリーしてくれたらいいな……」
と顔をタオルで拭いた。
「優真おはよう」
「兄貴。泊まってたの?」
「今日は朝から明日海の所で搬入作業。三日間分のビールが来るぞ」
「うお……忙しそう。夜から病院?」
「いや、もう昼から行く。今日は医者が盆踊りするからな。なんで医者が踊るのか何年付き合ってもわからん。いやでも今年は清乃が一緒だからもうなんでもいいや」
「くそ……俺も見たいのに。でも兄貴がいるから安心だ」
「いや実際緊張してるけどな。清乃三日間も大丈夫かなーって。でも嬉しい、マジで」
そう言いながら兄貴は顔を洗った。
淡浜フェスは三日間行われる。今日は初日で、それほど大きなイベントはない。
兄貴は髪の毛を整えながら、
「優真今日は青島?」
「そう。キツそう」
「あの作業は春岡高校男子伝統行事だから」
「マジでイヤなんだけど」
俺はタオルをかけながら文句を言った。
淡浜から8キロ海上にある青島に椅子を運んで並べるのは、春岡高校男子の仕事だ。
淡浜フェスが始まって10年、ずっと春岡高校の男子がしてきた仕事みたいなんだけど。
俺は髪の毛を整えながら、
「もう青島に、あの島にある木でベンチ作れないのかな。俺やるよ。パイプ椅子をテントから運ぶ手間を考えたら、あの島の木を切り落としてのこぎりで作業するよ、全然やる」
「なんか権利がムズイんだろ? 観光地として使いたいって観光協会がもう10年くらい交渉してるけど、持ち主が亡くなっててしかも30年前くらいで、難儀してるって聞いた」
「そうだよなー。そうじゃなかったら定期船出るよな」
「いい島だよな、青島。初日あの島で遊べるの春岡生徒の特権でもある。がんばれ」
そう言って兄貴は手を振って台所に向かった。
特権~~? もう終わったからそんなことが言えるんだと思う。
パイプ椅子と砂浜の相性最悪だろ。
寝不足に絶対にキツい。俺は肩を回した。
「うお……去年より長くないか、行列。え、どこまで続いてるんだあれ」
「優真おせーよ! 早く運べって! もう俺朝6時に清水さんに叩き起こされて椅子運んでるんだから」
「いや俺スタンプラリー用の映像もやってるから」
「終わったなら今から平等! ほらいくぞ」
もう作業していた有坂は俺に椅子をグイと渡した。
学校から運ぶときに大活躍していた柔道部の人たちは、もっと椅子の数が多い淡浜本部の椅子を並べているみたいで、こっちは無理そうだ。
げんなりしながらふたりで椅子を運ぶと、船に案内している女の人たちが淡浜フェス用の作務衣を着ていると気がついた。
背中の大きなリボンがふわふわ揺れていて、
「あれ着て清乃が病院の屋上でお店のスタッフすることになったんだよ。俺そっち行きたいんだけど」
「可愛いよな。うちの店も女性スタッフ全員着るみたいで清水さんも朝からウキウキ着てた。いやでも現実を見ろ。俺たちはあとこれだけの椅子を船に運び込む必要がある」
「くっそ……」
俺たちは嘆きながら作業を開始した。
パイプ椅子をテントから出して船に乗せるだけで重労働なのに、これをまた船から降ろして花火会場の駐車場に並べるまで仕事だ。
それだけで昼過ぎまでかかる。もう文句言っても仕方ない、無心で身体を動かすのみ。
作業していたら船着き場から浮遊0さんが降りて来た。
「少年~! お姉さんも働いてるんだよ~~!」
「浮遊0さん、おはようございます」
「船運転できるなら椅子運んでくれって。淡浜の観光協会、ゲストの扱いがなかなか酷いねえ」
「あっ、断れると思うんですけど……」
「嘘~。この作業したら青島の裏で釣りして良いって。だから船出すことにしたの。ここらいつもは釣り禁止区域だから、釣れるよ~~」
「あ……だからその服装」
俺は浮遊0さんの服装を見て納得した。釣り用に上も下も雨具を着込んでいる。
俺は有坂に「ネイロを作っていて、明日のライブで歌う人」だと紹介した。
有坂はネイロを全く聞かないけど、親父さんがONEさんのファンで明日のライブは聞きに行くのだと話した。
やっぱり親父さん世代の人にはONEさんが響くみたいだ。
俺は椅子を運び込みながら、
「ネイロの反響、すごいみたいですね」
「音楽のスタンプラリーが珍しいみたいで、取材が増えて、チケット完売したのよ」
「それは良かったです」
「なんか私とカルマがうまぽてで顔出しして歌ってるの、みんな知らなかったみたいで。浮遊0のアカウントでうまぽての曲RTしてるんだけど、別の人がしてると思ってたみたい」
「たしかにそうかも知れません。音楽はYouTubeの新着で出てくるのを聞いてるかも」
「そうなんだよね。一回でもYouTubeで聞いてもらえるとネイロは関連で出てくるけど、うまぽては出てこないよね。うまぽてのフォロワーも増えてるし、結果的に良かったよ」
浮遊0さんの船に積めるだけ椅子を積んで、俺と有坂は浮遊0さんの船に乗って青島に向かった。
小さな船だからこそ機動力があって、なにより船の運転してる浮遊0さんがカッコイイ。
横で有坂が目を輝かせて、
「マリーナに停めてるんですか? 親父が寿司職人なんですけど、あそこは高くて無理だって言ってました」
「寿司職人? お寿司食べたいよ~……って……淡浜の寿司……ちょっとまって……それに有坂くん……まさか有坂寿司……?」
「あ、そうです。そこの息子です」
「予約が半年取れない伝説のコースがある店じゃん!! ねえ船の運転するからお父さま、コースにいれてほしいですっっ!」
「え……あ……すいません、俺全然分からなくて」
「そっか。お父さんがお寿司握ってるからって、息子も詳しいとは限らないね。え~~船はこれ父が保有してるやつだけど、私しか使ってないし淡浜気に入ったから月一で来るよ。声かけてくれたら船出すってお父さまにお伝えくださいませ?」
「あ、はい分かりました」
「LINE交換しよ、LINE。やだ~~淡浜の高校生、人材の宝庫~~」
そう言って浮遊0さんは楽しそうに船を運転した。
青島から観光客をたくさん降ろした船がこっちに向かってくる。船長と浮遊0さんは顔見知りなのか、軽く挨拶をして、次に浮遊0さんの船が港に入った。
青島は小さな島なので港には二船しか入れない。到着したら次の船がくるまでに素早く荷物を降ろす必要がある。
接岸したので、すぐにせっせとパイプ椅子を下ろしていたら、淡浜フェススタッフの人たちが駆け寄ってきて、荷下ろしを手伝ってくれる。
スタッフさんは淡浜周辺に住んでいる方が多くて、自然と挨拶して作業を進めていく。
俺はこういうのちょっと好きだから楽しい。
作業していると大波がきた。
「優真ーー!」
「大波。青島に来てたのか」
「もう戻るけど、やっぱこの島はこの時しか来られないし……」
そう言ってスススと俺に近づいて小さな声にして、
「(今お父さんと歩いている人いるでしょう。あの人青島の保有者さんの一人なの。今ゴリゴリの交渉中。観光協会としてはね)」
「(おおー……島の保有者もこの三日間しか入れないのか)」
「(なんかすっごく絡み合って大変みたいよ。島の権利と? 漁業権と? ホテルの権利みたいなのがゴチャゴチャって。難しくて今勉強中)あ、じゃあ帰るね。またあとで」
大波は年配の男性と、大波のお父さんと次に入ってきた船に乗り込んで行った。
再び告白されたのは数日前で、それから淡浜本部で見たけど、やっぱり避けてしまっていた。
でも会うと自然に話しかけてくれて……やっぱり申し訳ない感覚があるのは、どうしたら良いんだろう。
俺の横に椅子を持った有坂がきて、
「あの人、うちの寿司屋に昨日来てたな。淡浜フェスの期間は連日黒い車が乗り付けてきて、この時期は寿司屋版龍が如くだよ」
「刺身包丁が飛び交いそうなゲームだな。まあここにいつでも来られるようになったら熱いよな」
「この島観光には超向いてるよな。砂浜きれいだし、湖もあるだろ? しかもホテルも城っぽくて、廃墟好きとかたまんねーだろ」
「有坂大好きだろ?」
「まっっっじで無理。だってこの城、謎の光で有名じゃん」
謎の光って、ホテルから魂が光って見える……とかいう伝説か。
話しながら椅子を運んでいたら、会場になる元ホテルの駐車場に、
「蜂谷さん! 有坂さん!」
「田見さんと明日海。明日海お前、島に来てて大丈夫なのかよ」
「だって年に一度だし~? やっぱここは年に一度は来たいよ~。ほら、椅子運ぶの手伝うよ。まだあるの?」
「あるある」
俺がそう答えると田見さんがクッと手を上げて、
「運ぶの手伝いますっ! あの私廃墟のホテルに興味があって淡浜ウロウロしてたら大波さんが乗せてくださったんです」
「俺さっき有坂とその話してて、田見さんが好きそうだな~と思ってたんだよ」
「大好きです。ホテルのとある部屋で光が見えて……ってお話ですよね」
「そう、ホテルみた?」
「近くまで行きました。廃墟ですごいですっ……! たぶんなんですけど、角度的に、室内に大昔に残された目覚まし時計があって、それが光ってる……というのが私の妄想です」
「なるほど~~~~」
俺たちは話しながら船まで椅子を取りに行った。
やっぱ淡浜フェス、こういうのも含めてすげー楽しいんだよな。




