清乃の挑戦と、俺の気持ち
「ここから花火見るのが一番いいだろ」
俺は病院屋上のベンチに座って淡浜側を見た。
淡浜で一番大きな建物はこの病院だ。だから淡浜まで真っ直ぐに見渡せる。
毎年時間がかかって大変な屋上のマットひきを田見さんが一手に引き受けてくれたおかげで、あとは盆踊り用のヤグラをくみ上げるだけになった。
強度があるヤグラを屋上に組めないので、毎年本番の前日に組まれる。
淡浜フェス本番まであと一週間、もうすぐだ。
海を眺めていたら、
「お兄ちゃん、おつかれー!」
「清乃。診察終わったのか」
「うん。帰ろ! わー、屋台は全部設置が終わったんだね。店の数が多い! 今年は今まで一番規模が大きいね」
「年々医療器メーカーが参入して、ちょっとした商談の場所だって兄貴が嘆いてた」
「あはは。でも色んなお店ができるのはみんな楽しいと思う。本当に年に一度のお楽しみだから」
そう言って清乃も淡浜を見た。
そして俺のほうを見て、
「私、決めたの。今年はまーにいの会社でドリンク係する」
「えっ、手伝うのか、店を」
「さっき山崎先生と決めて、まーにいにオッケーも取った。ずっとこの病院の卒業者が手伝ってるの見て、いいなあって思ってたの。だから裏でずっとドリンク作る係、やろうと思って」
「マジか。えーー。兄貴それめっちゃ喜んでるだろうな」
「スタ連してきて怖い」
そう言って清乃が見せてくれたLINE画面は、兄貴が送ってきた『がんばろう!!』スタンプだらけだった。
淡浜フェス時に病院の屋上で行われる屋台は、この病院で手術をして元気になった子たちが集まる同窓会的な場所でもある。
元気になった子が関連会社の屋台で元気に働いている姿を見て「良いなあ」と思っていたけど、ついに清乃が!
俺は目を細めて、
「良かったなあ……」
「それで明日海ちゃんが言ってたんだけど、淡浜フェスで案内係が着る作務衣があるんでしょ? 後ろがリボンになってて可愛いって。それ私も着たい!」
「おお、実行委員の大波に聞いてみるよ。普通に売るものみたいだし、先に買えると思う。連絡するわ」
「ありがとう、お兄ちゃん。私ちょっと夢だったから! この屋上でお手伝いするの。同時期に入院してた子も何人か来るって山崎先生が言ってた。可愛くしなきゃー! あっ、その前にスタンプラリー用の映像、あと何個の映像が必要なんだっけ」
「3」
「一週間で3本、きっつい! 帰って作業しよう」
そう言って清乃は屋上を歩き出した。
俺はその後ろ姿を見ながら、山崎先生が言っていた言葉を思い出していた。
「あとはきっかけ。エンプティーだった所から、もう満ちてる。それが明日くるか一年後にくるか、十年後に来るか分からない。それまでにいつでも動き出せるようにしないといけない」それを聞いて俺も母さんも「きついな……」と思っていた。
いつ動き出せるか分からないのに準備だけ必要だなんて、手術後の学校復帰はどれだけ難しいんだ……と頭を抱えていた。
そしてきっかけは突然で、こんな風にいきなり動けるようになると思ってなかった。
俺は大波にLINEを打って、屋上から清乃と一緒に降りた。
……いいなあ、兄貴、屋上で働く清乃と仕事できるなんて。
俺も見たいな。
「というわけで、俺、病院の屋上でずっと働きたいんだけど」
「病院屋上の屋台は、そもそも淡浜フェスの管轄じゃないもん。無理に決まってるじゃん。高校生男子の仕事は椅子運び、ビール瓶運び、荷物の誘導、だよ」
「分かってるけど、そこを何とか」
「あははは! 見たいよねー。そっかー、清乃ちゃん屋上屋台でお仕事できるところまで回復したんだ。良かったねえ、優真」
そう言って大波は笑った。
大波に「清乃が作務衣着て作業したいって言ってるけど、先に買えるのか?」とLINEで聞いたら、紙に記入してくれたら本番までにスタッフとして準備できる……ということだったので、本部に来て記入した。
作務衣なのに背中に大きなリボンが付いている作務衣はシンプルで可愛くて動きやすそうだと、すでに問い合わせが来ていると大波は言った。
大波は嬉しそうに、
「中学の時の自由研究から、ずーっとあの作務衣を淡浜で売りたかったから嬉しい」
「え?」
俺はその言葉を聞いて記入する手を止める。
中学の時の自由研究から? 売りたかった?
大波は驚いた俺を見て唇を尖らせた。
「中三の自由研究。私淡浜の観光について調べて、淡浜グランドホテルの作務衣人気があるから、売れないのか。販売する場合どんな手続きが必要か、それをしてきた観光地はあるのか……とか、そういうの出したんだよ」
「えー……全然知らなかった。大波マジですごいな。昔から観光に興味があったんだな」
褒めたけど大波は唇を尖らせたまま、
「そっかー、優真も見てなかったかー、誰も気がついてないけど、優真は気がついてるかも~~って思ってたんですけど~~」
「ごめん、全然見てなかったし、気がつかなかった。ていうか、自由研究なんて体育館に放置してあるだけで誰も見ないだろ」
「私は優真が作ったパラパラアニメ、体育館に見に行ったよ。淡浜に宇宙人がおりてくる話!」
「おっわ……ヤバい。見てた人がいるんだ。そうだ、そんなに作った。やっば、急に恥ずかしくなってきた」
春岡中学校は学校にいる8割がそのまま春岡高校に進学するので、中三も普通に自由研究を出す必要がある。
でも俺はそれが面倒で、作りかけだったパラパラアニメを適当に足して提出したんだ。
有坂なんて「今日の淡浜」とかいうノートに数枚淡浜の写真を貼り付けて終わっていた。
みんな適当なものを出していて、誰も真面目にやってなかった。
でも大波はちゃんと研究して、今こうして淡浜フェスで商品になるなんて……、
「マジですごいな」
「でしょうでしょう。実は一番嬉しいのはこれなんだ。ずっと交渉してきたから。私が行きたい大学は観光学に力を入れてて、こういう活動も評価になるみたいだから、冊子にまとめるつもり」
「そこまで見据えてるのか」
「ううん。活動は好きだけど、勉強は得意じゃないから、こういうことでポイント稼いで楽に大学行こうと思って」
「なるほど。でもすげーよ。はい書いた」
俺は申込用紙に記入してそれを大波に渡した。
大波はそれを確認して「おっけい」と写真に撮って作業した。
サイズも小さめ……なんなら清乃は子どもサイズがちょうど良いんだけど、赤ちゃんのサイズから準備してあって、それにもちょっと感動した。
発注を終えて本部を出ると、もう夕方が終わり、夜がはじまっていた。
俺はかなり準備が進んだ淡浜を見て、
「ステージが組み上がってくると、来るな~~~って感じがする」
「さっき浮遊0さんから『現時点でこんな感じです』って音楽がアップされてた。みんなですごいねーって言いながら聞いてたの。映像はどう?」
「間に合わせる。最悪写真でも良いと思うと気が楽だ」
「そうだよ。みんな求めすぎ! うちの撮影きてくれとか、これ使ってくれとか、このタイミングで言い始めてるけど、断ってる。音楽がメインなんだから写真でいいよ、優真が大変すぎるもん」
一緒に本部から出て来た大波は背伸びをしながら言った。
スタンプラリー用の映像は、それを置く場所で簡単に撮影して、曲に付けることにした。
どうやら真っ黒はNGなんだと、それに何度かトライした田見さんが言っていた。
でも撮影すると動かしたくなる……絵を付けたくなるのはアニメを作っている俺の良い所で、きっと悪い所だ。
とにかく本番直前まで差し替え可能なので、粘ることにした。
「あと3だから、間に合うよ」
「うん、楽しみ。でも楽しみと同じくらいの気持ちで、ずっと怖い。毎日何か失敗してる気がして、寝る前にグルグル考えちゃう」
大波はそう小さな声で言った。その表情はどうしようもなく心細く見えて俺は、
「寝られてるか? やること多すぎて大変だろ」
「……ううん。準備は楽しいの。本当に楽しくて、むしろ始まったらもう終わっちゃうのが悲しくて、もうイヤになってるの」
「気が早いな。まだ始まってもないのに」
「始まったらたった三日。すぐに終わっちゃう。そしたら……優真にも会えなくなっちゃう」
俺はその言葉に大波を見た。
大波はまっすぐに俺を見て、
「中三の時は優真に余裕がなかったの、分かってる。だから告白したって恋をできる状態じゃなくて、清乃ちゃんが一番大切だったの分かってる。でも今は違うって知った。それなら私のこと、もうちょっと見て貰えないかな。優真の特別……やっぱりなりたい。今もこんなに優しい優真に、一番大切にされてみたい。生田に行っても、こうやって行事の係してても……優真より優しくて私のこと見てくれる人なんていない。優真がやっぱり、どうしても、一番優しい」
「……大波……」
「優真は今まで彼女とかいなくて、そういうの興味なくて、部活のほうが良いかもしれないけど、私はやっぱり優真が好き。淡浜フェスが終わっても、こうして会いたいし、顔見て話したい。今すぐ答えが欲しいわけじゃない。それでも、私はそういう気持ちだって、優真に伝えたかった」
そう言って大波は俺のほうに一歩近づいてきた。
俺はどうしたらいいのか分からなくて、そのまま立ち尽くす。
そう、あの頃は全く余裕がなかった。
でも今は違う。清乃も屋台で働きたいと言うくらい元気になった。
だから俺には「そういう余裕」がある……それを言い訳にしてたんだけど……。
大波は掌を俺のほうに差し出して、
「手、繋ぎたいな」
俺は右手を開いて、閉じて……を繰り返す。
ここで手を繋いだら、それは「OK」という返事に繋がるのだろうか。
分からない。でも俺は……と悩んでいると、大波が俺の手をギュッと握って、
「よく考えたら、私から握っても良いんだもんね。私は優真が好き。優真が頑張ってる私を褒めてくれて嬉しい。みんな褒めてくれないもん。観光協会の娘だから当然だって。そんなことないのに。ずっと頑張ってるでしょ、私。だから頑張ってるご褒美、ちょうだい」
その言葉に俺は大波の手をキュッ……と握り、
「それは間違いなく頑張ってる。マジで偉い」
「でっしょう?」
そう言って大波は俺の横でぱああと笑顔になった。そして「ありがとう」とわざわざ言って手を離して背中を向けた。
そして海風で暴れる髪の毛を耳にかけて、
「……やば。顔あつ」
そしてクルリと振り向いてこっちを見て、
「ありがと。元気出た! 今日は眠れそう、まったねーー!」
と本部に戻りかけて、また俺のほうに来て「あっ、普通にしてね。話せなくなるの無理だから。距離駄目、優真そういう所ある」と言って本当に本部に戻っていった。
その背中を見ながら、何も言えなくてただ準備が進む淡浜を見ていた。
大波のことは尊敬してるし、マジですごいヤツだと思うし、良いヤツだと思う。
だけど「一番大切」って言われると違うと思う。
今一番大切なのは、間違いなくスタンプラリーの映像を作ることで、それが何より楽しいし、清乃が元気になってくれて嬉しい、淡浜フェスで売り子をする清乃を見たい。それしか考えられない。
こんな気持ちで俺と向き合ってくれる大波と「恋」をするのは失礼な気がしてしまう。
尊敬しててすげーと思うけど……と俺は自分の手を開いたり、閉じたりした。
そしてこんなこと絶対間違ってるのに、田見さんと手を繋いだ時の言葉を思い出していた。
「……手を繋いで感謝を骨から伝える……」
俺が大波と手を繋いだ時に「また誤解されるんじゃ……」と思っていたのが通じていたらどうしようと思ってしまう。
そんな俺が大波の一番大切な人になれるはずがない。いやでも握った時は「偉い」と念を送ったはず。
でもこんなこと考えてる時点で、
「田見さんの思考にヤラれてる……」
俺は手を開いたり、閉じたりして、その手を空に空かした。
その奥に淡浜フェスのためにくみ上げられていくステージが見える。
淡浜フェスが始まる。




