どうしても苦手なこと、No.1は
まずは独唱。
サクラちゃんはひとりだと、どうしようもなく淋しそうに歌う。
人間の声を元に作られてるのに、どうしてワンラインで使うとこんなに心細いのだろう。
声が震えていて、ひとりで泣いている子どもの声みたいに聞こえる。
でもだから私はサクラちゃんの声が好きなんだと思う。
その心細さをどこか自分に重ねていて、それでも私じゃないから安心して「大丈夫だよ」と音を重ねて、ひとりじゃない音楽を作る。
この曲もそう。次から次へと声が重なっていく。ひとりじゃないと周りから声が集まってくる。
そして自信を持って顔を上げた時には全ての音が鳴り始める。
私はヘッドホンを首に下ろす。
「……この方向性で良いと思う。さみしくない」
現時点で80ラインを越えているけど、これを束ねていくだけなので、最終アウトプットは10でも5でも可能だ。
全てのラインにさくらちゃんのネイロが入っていて、ひとつのスタンプで楽しんで貰えそうだ。いや、楽しんで貰えるように曲を作る……と思いながらスタジオで作業していたら、ポンとメッセージが入って開くと浮遊0さんだった。
浮遊0『ネイロは笑衣子ちゃんに任せた。私ここまで重ねてないんだよね、すごいね、量が』
加音『わかりました。この方向で進めます』
浮遊0『私に満杯まで詰まった曲をミックスさせて? 楽しそう。ONEさんに聞かせたら、俺もドラム入れたい~って言ってるから、まずはバリバリ盛ろう』
加音『! 楽しみに待ってます』
浮遊0『了解』
私とカルマさんと浮遊0さんで曲を作っているんだけど、結局お互いが得意な所をやっていく感じになりそうだ。
私はピアノをずっと習っていて、自分の代わりにサクラちゃんを歌わせて気持ちを伝える……そこから曲作りをはじめているから、最初に作った曲もそういう曲だった。
たぶんピアノとサクラちゃんの声……それだけあれば良いとどこか思っている。
というか、それ以外は、たくさんの曲を聞いて試して「こういうこと?」の連続でなんとかしている。
カルマさんと浮遊0さんとONEさんは、元はバントで活動していたので、そもそも始まりが違う。
お父さんと同じ、ギターを鳴らしながら曲を作っていくみたいだ。
続いて浮遊0さんからメッセージが入って、
浮遊0『運営の大波さんから、経費を出してくださいって連絡きたから、何かつかったら送って』
加音『わかりました。とくにないと思いますが』
浮遊0『大波さん曰く「ここで領収書がないと来年の予算が取れないので雑費でも計上してください」って言われてるから、笑衣子ちゃんが使ってるお父さんのスタジオ代は請求しとく』
加音『なるほど! わかりました。よろしくお願いします』
ディスコで会話しながら、大波さんは今年が終わってないのに、来年のためにもう動いてるんだ……と思う。
本当にすごいなあ……とヘッドホンをすると、スマホが鳴った。
相手は清乃ちゃんで『今から家出るー。スタジオ近くのコンビニでオケ?』とLINEが入っていた。私は慌ててパソコンを落としてスタジオを出た。
今日は清乃ちゃんの制服を橋下まで作りにいくのだ。『大丈夫です!』とLINEを打って家から飛び出した。
「おはようー! いこっか!」
「おはようございます。すいません、失礼します」
私はコンビニに止まっていた車に乗り込んだ。
後部座席に座っている清乃ちゃんはシンプルなTシャツに膝下までのスカートが可愛い!
運転席から清乃ちゃんのお母さんが、
「田見さん、おはようー! じゃあ行こうか」
「よろしくお願いします!」
私はシートベルトを締めながら頭を下げた。
今日はお母さんもいらっしゃるので、電車ではなく車で橋下まで行くことになった。
橋下にある制服販売店で制服をオーダーして届くのは八月末。でも通学鞄と体育館シューズは買えるみたいで楽しみ!
清乃ちゃんはスマホを見ながら、
「ちょうどきたね、ネイロコラボ。まだはじまったばかりだから全種あるよね」
「あると思いますっ!」
「今回の服装可愛いよねー」
「いいですよね、シュシュさんの絵はマジで神です……」
「わかる、和服要素がいつも入ってる所がいいよねー」
「それな! です!!」
私と清乃ちゃんは車のなかで、あれとこれとそれを食べたらクリアファイルが何枚貰えてコンプ目指せるか計算した。
制服を買いに橋下に行こうと話していたら、ちょうどココスでネイロとコラボが始まった。
今回はネイロットというゲームとのコラボで、ゲームキャラになったサクラちゃんとかみんないて、コラボアイテムが貰えるピック付きの食事もある。
クリアファイルも欲しいし、ピックアイテムも欲しいし……と考えると恐怖の5品当然みたいなラインナップになり「エビフライとポテトを持ち帰って家で食べさせよう」という結論に至った。
ネイロが本当に好きなんだけど、こんなに楽しく話せる趣味の相手がいるのははじめてでそれがすごく楽しい。
話していたらすぐに橋下に着いた。
見覚えのある高速バス乗り場を経由したので、
「ここ。懐かしいですね」
「ね。ここで良いの?! あっち側じゃないのか?! ってみんなで必死だったよね。暗くてよく分からなかったし」
「昼間に見るとそんなに怖くないんですけど、やっぱり夜の高速道路の横にあるバス停って、すごく怖いですよね」
「ね。目の前走ってる車もブンブン走り抜けるし、来るのかなーって。正直ドキドキしたよね」
私と清乃ちゃんは「ここを歩いた!」とスカートを借りに行った時の話をした。
橋下駅から山側に移動した所に制服を売っている店があると知り、車で向かう。
それは一見普通の家すぎて「ここ……?」と清乃ちゃんと怖くなってしまったけれど、清乃ちゃんのママが電話したら建物の中から電話が鳴ってそこだと分かった。入ると外は普通の家なのに、入り口に山のように箱が積まれていて、入ってすぐの所に更衣室があった。
おお……!
私はかなり早めに春岡に入ることを決めていたので、高校に進学する人たちと一緒に体育館であった販売会で買ったから知らなかったけど、個人で買うとなるとここにくるみたいだ。
全然お店っぽくなくて清乃ちゃんと「おお……」とくっ付いて少しだけドキドキしてしまう。
でも清乃ちゃんのお母さんが連絡しておいてくれたので、春岡中学の制服一式が準備してあって、清乃ちゃんはどんどん試着してそれを購入した。
私は高校からだから知らなかったけど、中学は体操服も違うし、上履きも違うっぽい。知らなかった。
同じなのは制服の上部分と鞄のみ。ほう……。
スカートもあったけど、清乃ちゃんはパンツを試着して「こっちのがよい」と決めていた。
春岡は女子もパンツの制服があって、パンツは高校もそのまま使えるみたいだった。
春岡中学のスカートはピンクが入っていてすごく可愛いけど、私もパンツの制服は持っていて、半分はそっちを穿いている。
春岡高校でも多くの女子がパンツの制服を選択していて、正直すごく楽だから良いと思う。
でもスカートも可愛いなあ……と清乃ちゃんが悩んでいたら、清乃ちゃんのお母さんが、
「実は真広から俺も金を出させてくれ! って言われてるから、真広のお金でスカート買ったら喜ぶかも」
「なるほど。じゃあ両方買おうかな。スカートも可愛いよね。ピンクが!」
「高校もピンクだったら、私ももう少し穿いたかも知れません……」
私は中学のピンクのスカートを見て言った。
高校のスカートはベージュと緑でちょっと地味だけど、中学はピンクとベージュで可愛い。
ピンクはサクラちゃんの色なので大好き!
購入を終えて荷物を車に積み、駅まで乗せてもらって、お母さんは車で先に帰って行った。
私たちは夏休みだけど、清乃ちゃんのお母さんがお仕事している道の駅のお店は今が一番忙しいからだ。
私と清乃ちゃんは橋下駅から、念願のココスに向かった。
「おおお~~~! パネルあるよ、田見ちゃん!! 撮ろう撮ろう!」
「可愛いー! ぬいも持って来ましたよ」
「えっ、これ初期衣装だよね?! かなり前に出て再販してないやつ」
「そうなんです。CDとセットで出したのをゲットしたんです。うへへへ……そうなんです、レアです……」
私は鞄から大切にしているサクラちゃんのぬいぐるみを撮りだしてパネルと一緒に撮った。
実はすっごくマニアックな商品なんだけど、一見普通のぬいぐるみだ。それを分かってくれる清乃ちゃん、大好き!
お店に入りメニューを押すと、サクラちゃんの声がしてふたりでキャッキャッと喜んだ。
そして来た商品を食べはじめた。いつも碧と来ていたけど、ネイロの話をしながら食べられるのは楽しい。
撮影した写真を交換していたら、清乃ちゃんがスマホを見て、
「お兄ちゃんが『なんで今日なんだ……明日なら一緒にいけたのに……』って泣いてる」
「あっ……すいません……私も明日は浮遊0さんと作業を約束してて……」
「お母さん今日しか仕事変わって貰えなかったんだから、今日しかなかったよ。それに私、田見ちゃんとネイロトークするのが一番楽しいし。だってお兄ちゃんそんなにネイロもさくらちゃんも詳しくないし~」
「今日蜂谷さんは撮影……ですよね」
「そうそう。大波さんが今日が良いって。一緒に撮影してるんじゃないかな」
「なるほど……」
私は小さく頷いた。
大波さん……本当にあれもこれもすごい……。
私はジュースを飲んで指をもじもじさせながら、
「あの……私……三人が……恐ろしく苦手でして……」
「三人って? どの三人?」
「三人じゃなくて、三人組……です……」
「あ~~~。分かる、三人組ね。わかる、はぶられる怖さすごいよね。そういえば私も苦手だったな、もうそんなの忘れてた」
「そうなんです、三人組って……だいたい私以外のふたりが仲良く話し始めて、私が居ないほうが話しやすいのではと思っちゃうんですよね……もう恐ろしいまでの自分への自信の無さから来てるんですけど……そのうちの一人と私が話したらもうひとりが孤独に……そんなことばかり考えてしまうので、三人組が苦手というより、もはや恐怖です……」
「あははは! わかるよ。どうしたら良いのか分からなくて困るよね。私も田見ちゃんとふたりが気楽だな。大体気持ちがわかるもん」
「うう……嬉しいです……あのだから……清乃ちゃんには言っちゃうと……大波さんと蜂谷さんと私の三人になるのが、ちょっとつらくて……」
「あ~~なるほど。大波さん、しっかりしててちょっと怖いよね」
「あの、しっかりしてる人が苦労してないとは思わないんですよね。淡浜フェスの司会もしてて……すごくて……すごすぎて……自分の駄目さが際立ちます……だからこそ、私と話す時間は無駄なので、どうぞどうぞと更に消えたくなり……」
「あははは! そう、三人だとすごく思っちゃうかも」
「そうなんです、そうなんです」
私はコクコク頷いた。
ちなみに大波さんとふたりだとこの気持ちにはならない。
何度もネイロのスタンプラリーで話をしているけど、すごくしっかりした人で助かる。
お仕事でこういう方がいると、すっごく進む。ありがたい。すごい。
でも三人になると、その場から逃げ出したくなる……三人組理不尽……。
「大波さんが嫌いってワケじゃないんです。ただ私の人付き合いの下手っぷりとメンタルの弱さが、三人組だとすさまじく出てきてしまう……という気持ちです……」
「でもちょっと違うかも。だって私とお兄ちゃんと田見ちゃんは?」
「平気です」
「明日海ちゃんと、お兄ちゃんと田見ちゃんは?」
「楽しいです」
「ほら。三人組でも平気じゃん。大波さんとお兄ちゃんって恋的に何かある感じがするから、それが無理なんじゃないの?」
「! やっぱり! そうですよね」
「私も詳しく分からないけど、ふたりが春岡中学だった頃、家に1.2回大波さん来たんだよね。まあ私はチャイムが鳴っても出ないから、用件しらないけど、部屋から見てた。でもそれをお兄ちゃんに伝えてインターフォンの画像見せても『了解』って言うだけ。大波さんがお兄ちゃんを好きで、お兄ちゃんは何も言われないから普通にしている……という微妙な空気に田見ちゃんが気絶しそうになってるんじゃない?」
そう言って清乃ちゃんは両肩を上げた。
前に淡浜本部に行った時、蜂谷さんと大波さんの空気がちょっと「あれ?」と思って、部活減っちゃうかな……と不安になって蜂谷さんに聞いたことがある。
その時蜂谷さんは「友だち」だと言ってたけど、やっぱりちょっと違うよね?! と答え合わせした気持ちになってしまう。
私はストローでカラカラとジュースを回しながら、
「な、なるほど……。ちょっと……私みたいななんとか人生はじめたコミュ初心者には……恋愛は……せっかくの友だち……仲良しが壊れそうで……もったいない気がします……」
「もったいない、面白すぎる」
清乃ちゃんはケラケラ笑ったけど、私は至って真剣だ。
せっかく楽しいお友達ができたのに、恋にしたらすごく大変なことになりそう。
自分だけを見てほしい、とか、自分に自信がないと思えない。
自分に自信……曲なら、ちょっとだけ……?
だから私の音楽を、大好きな人たちが褒めてくれる、それは信じられるし、安心できるのだ。




