「特別」になりたくて
「こんなこと優真の前でしか言わないから許してほしい……」
「そんなレベルのことを、最初から言うなよ」
先読みして明日海に言うが、当然だが明日海は全く聞かずにため息をついて自分の世界だ。
結局俺には全部言うなら前置きする必要ないだろ。
今日は夏休み中だというのに「真広さんは普通に働いているんだもん、晩ご飯作らないと!」と明日海に言われてバスで向かっている。
こないだしじみの味噌汁作ってたから、もうそれでいいだろ。
でもあれやこれやと明日海には世話になってるから、まあいいかと思ってしまう。
明日海は俺の言うことなど無視して大きくため息をついて、
「私がマイメロ女と繋がってたからだけど……結果的にマイメロ女の株を上げちゃったんだよなあ……」
「ああ、制服のこと? まあ小鷹さんが持ってなかったら行けなかったもんな」
「清乃ちゃんの笑顔、部室での笑顔、市川さんと話している景色、真広さんの酔っ払い、本当に素晴らしいことばかりでしたけどね。結果的に真広さんの中でマイメロ女の株を上げてしまったんですよ……なんで私が前カノ、しかもまだ未練の塊みたいな女に借りを作ってしまったのか……くっそ……うらやましいいい……」
チッ……と肩が出てピンク色のサマーニット&フレアスカート&くるくるヘアーで盛ってる女がすべきじゃない舌打ちを明日海はした。
この舌打ちと目つきを見たら、完全に地元のヤンキーだ……。
俺が冷めた目で明日海を見ていると、全く気にせずに大きなため息をついてスマホ画面を見せてきた。
「見てよ、コレ」
「おお、ついにインスタに登場したのか」
「絶対こんなの制服のお礼だよ! ずっと! ずっと見張ってたんですよ、それでも出てこなかったんです、痕跡もなかったのに、昨日アップされて……ここ一緒に行きたかった海沿いの猫カフェ……真広さん義理堅い、分かってる、でもやだ!」
そう言って明日海が見せてきた写真は新しく出来たという猫カフェの写真だった。
明日海に負けて劣らぬほど盛った小鷹さんが膝の上に猫を乗せて、その横に兄貴がいる。
俺はあれ……と思って、
「兄貴、猫アレルギー、大丈夫なのかな」
「?! 真広さん猫アレルギーなの? それ私も知らなかった……いやちょっとまって、たしかにあんまり動物触ってるイメージない」
「少しあった気がする。喉痒くなるんだよーみたいなこと言ってたけど。軽いのかも」
「あっぶない、私真広さん誘う所だった、あっぶな!」
そう言って明日海はバスの中で首を振った。
そして直後にうなだれて、
「……行きたいって小鷹さんが言ったから、行ったんだ、アレルギーがあるのに。やっぱりご褒美だ……。ううう……絶対優真の前以外で言わないから許して……羨ましくてハゲそう、アレルギー隠して連れて行って貰えるの羨ましい、なにより義理堅い真広さんやっぱ推せる~~~~」
「それとこれを切り分けろよ。制服には感謝、兄貴と小鷹さんが一緒にいるのが腹立って嫌だ、明日海のおかげで制服借りられた、みんなハッピー」
「頭から水かけられて全身ビショビショに濡れてるのに寒くないみたいな話されても」
「例え話がわかんね」
俺は思わず吹き出して笑ってしまう。
でも写真を見ながら、
「でもBBQで見てた感じ……兄貴は全然小鷹さんとどうにかなりそうに見えなかったけど。むしろ一定の距離感かなり保ってただろ」
「それでもお礼ならアレルギーがある猫カフェにいく……それが真広さんなんだよなあ……これは未来的願望であり夢語りだけど、私が真広さんの彼女だとするじゃん?」
「……これが前提条件で、飲み込まないと話が進まない……了解」
「それでも真広さんは清乃ちゃんに何かをしてくれた人なら、猫カフェに行くと思う。そういう人だと思う。でも私が彼女なら一緒につれて行ってくれるかもしれないけど、でも絶対相手の願望を叶える。そういう人なの」
「だからメンヘラ女が増えて、期待を止めないんだな。はっきり断ればいいのに。あれ絶対興味ないだろ」
「優真は断る系男子だもんね」
そう言って明日海は俺のほうを見た。
また大波の話か……。俺は若干呆れるけど、明日海は無視してグイと距離を詰めて、
「ね、今だったら? 今ちょっと余裕出てきてるでしょ? 今告白されたらどうする?」
明日海は興味津々という表情で俺のほうを見た。
俺は頭をかいて……外を見て……今……? 例えば明日……大波にまた告白されたら……?
俺は明日海を見て、
「断る」
「なによ、タイミングとか関係ないじゃない。大波ちゃんのこと好きじゃないだけだ。なんだかなー……。今の状況だと同情しちゃう。大波ちゃん、めっちゃ偉いよね……。今朝も来たよ。うちのカフェもスタンプラリーのポイントなの。スタンプラリーで来てほしいから、ミニカップに注いで甘酒も出そうって一緒にお姉ちゃんと今動いてて。それを大波さんに伝えたら『スタンプラリーにちゃんと情報載せましょう』って写真撮りに来たよ」
「金城酒造の甘酒、うまいよな。体力回復するの分かる。配るのいいな」
「でも恋愛対象じゃないんだ」
明日海が少しすねたようにいうので、俺は前から気になっていたことを言う。
「なあ。どうしてそんなに彼氏と彼女になりたいんだ? インスタの写真じゃないけどさ、小さなことが気になってイライラするほど近づくの嫌じゃないか。それにアニメ作ってみんなでワイワイしてるほうが楽しいじゃん。どうしてイライラするほど人に近づくんだよ」
「特別になりたい。私が一番になりたい。私に最初に優しい言葉をかけてほしい。二番がいても三番がいてもいい、私に最初に言葉をかけてほしい。特別になりたいんだよ。何があっても助けてもらえる人になりたい」
「……兄貴のそれになるの難しそう」
「だから頑張ってるでしょーーがーーー!!」
そう言って明日海は俺に荷物をグイグイ渡してメイク道具をカバンから出して、
「私の好きな人が真広さんで良かった。何回好きって言っても、距離感一緒でいてくれる。優真だったらLINE切られるんだ」
「それは偶然そうなっただけで! ……いやでも、俺はそういうの苦手かも。正直今も距離感がよく分からない」
「真広さんはみんなに優しくてそれがキツくもあるけど……そういう真広さんが好きなんだって、今好きって言える幸せを噛みしめようって、再確認した」
俺の横で明日海は口紅をぬりぬりしながら目を輝かせた。
結局俺は何を聞かされているんだ?
この無意味すぎる時間は何だ?
「話して落ち着いた、サンキュー! ていうか、猫アレルギーなんだ。じゃあ他の動物もアレルギーあったりするのかな。淡浜動物園に一緒に行きたい~~って思ってたけど、モルモットもダメかも知れないよね」
「いや、俺、全然そういうの詳しくない。猫は猫じゃねーの?」
「うーん……調べたら、やっぱその確率は上がるっぽいなあ。知れて良かった。私も! 清乃ちゃんの功労者だと思うの! だからお出かけお願いしたかったんだけど……あ、そうだ、淡浜岬神社! グループワークの!」
「おお、販売はじまったんだ」
「そう先週から! インスタでこの前投稿、はじめて見たよ。信じてて面白いの、私たちが作った嘘」
そう言ってメイクを終えた明日海はメイク道具をカバンに投げ込んで、再びスマホを立ち上げてインスタを見せてくれた。
そこには『淡浜岬神社』というタグがあり、グループワークの時によく見た岬の写真とふたりで作った指ハート写真がアップされていた。
『ずっといっしょ』『ここだけ守られてるって感じ』『風がマジでこなくて面白い』とたくさんのコメントが並んでいる。
「すごいな。信じられてる」
「そう! ね、すごいよね。田見ちゃんが考えたでっち上げなのに笑える」
なんと俺たちが提案した『風が止む場所』=『なんかでっち上げてゴミを無くそう』作戦は岬ホテルでお姉さんが働いている芝崎さんの動きもあり、採用されて岬ホテルで『人生が落ち着くお守り』として売り出しが決まった。
地元のメーカーと組んでレースをハート状態に結んで、お守りとして売りはじめたんだけど、リボン型に結ばれたピンクのレースが可愛くてお客さんが増えているらしい。
明日海はタグを見ながら、
「お守りのサイトに田見ちゃんが書いた文章そのまま岬ホテルに使われてて面白すぎるの。『太古の昔から風は魔物として恐れられている。風に乗って魔物がくる、穢れがくる、災いが来る、火を運ぶ、多くの畏怖が残されている。その中でこの場所は守られているのだ。その力をこの結びに込めた』……うーん、雰囲気! でもそれっぽい!」
「田見さんがノリノリで書いてたもんな。これちょっとした短篇小説くらいの長さがあるんだよ。芝崎さんに頼まれて書いてたけどふたりで『長いだろ』ってツッコミ入れたんだよな」
田見さんは芝崎さんに「本当にお守り作るみたいだから、キャッチコピー考えてよ」と言われて5000文字の小説を書いて渡していた。
芝崎さんが「長いな。タイトルだけでいいわ」と取り出したのが、お守りに書いてある『太古の昔から~』だ。
それもメチャクチャ長いと思うけど。
俺は田見さんが小説を書いていると聞いて最初に読ませてほしくてお願いした。だって絶対面白いもん。
俺に送ってきた小説は5000字より長かった気がする。嘘ばっかり書いてあるのにそれっぽくて、何度思い出しても面白い。
「グループワークで優真と考えて~田見さんが~みたいな感じにしたら、神社なら連れて行ってくれそう。よし、その路線でいく」
と明日海は言った。
色々と先回りして作戦考えてから向かうの、すごすぎる。
バスが駅前に到着して、兄貴の部屋に向かって歩き出す。
すると目の前に小鷹さんと兄貴……そしてあれは……BBQの時にいた同じマンションに住んでるという明日海を気に入っている……名前忘れちゃったけど男性が立っていた。
名前なんだっけ……と思っていたら俺の横からタッと明日海が動いて、
「真広さん、小鷹さん、中村さん、おつかれさまです」
と頭を下げた。あ、そうか中村さんだ。明日海名前覚えててすごいな。
ひょっとしてみんなで兄貴の部屋で飯を食うのか……? と思ったら兄貴はふたりに手を振って、
「じゃあ明日」
「え。なんだよ、俺も明日海ちゃんのご飯食べたい~~」
「優真がいるからお前はいいよ。うるさいもん。行こっか。もう週末だ、疲れた。じゃあ小鷹さんもおつかれさまです」
そう言って兄貴は小鷹さんと中村さんに手を振って、俺たちだけを部屋に入れた。
横をみると明日海が、これ以上溶けたらアイスとしての形状を保てないほどニヤニヤしていた。
まあこれも兄貴っぽい。
俺は明日海が作ったサバ味噌定食を食べた。やっぱマジで明日海が作る飯はうめ~。




