指先で感じて、その先に
「浮遊0さん、こっちです」
「ここ……普通のコンビニじゃない?」
「普通じゃないんです」
天気がよい朝、私は浮遊0さんの車で海沿いにあるコンビニに来た。
私は誰も居ない道を散歩するのが大好きなんだけど、真っ暗な夜道は危ないと言われてから、どーしても歩きたい時は国道沿いを歩くことにしている。
その時、お茶を買おうと思って入ったコンビニが、たぶん釣り好きな人がオーナーをしている店だったのだ。
一見普通のコンビニなんだけど、釣りコーナーがあって、専用の冷蔵庫も置いてある。
浮遊0さんは目を丸くして、
「釣らせ名人が売ってる」
「これ便利ですよね、パックになってて」
私は浮遊0さんの横でコクコクと頷いた。
釣らせ名人は釣り人なら誰でも知っている餌のセットで、冷蔵で売っている。
ふたつの餌がパックになっていて、少ししか釣りをしない時は半分、食いつきが悪くても半分なら諦められる。
ふたつ別々の餌がパックになっているものや、堤防釣り専用のセットもあったり、とにかく便利なんだけど、釣り専門店じゃないと売ってない。
冷蔵だからそれほど保たないし、その場で欲しいのに!
私は冷蔵庫をゴソゴソと触って、
「なんと見てください……ほら、ユムシが売ってるんです」
「これを専門店以外で見るのはすごいね」
「すーごくやりこまれている方がオーナーだと思うんです」
私は冷蔵庫の前で話した。
ユムシは明日海さんが見たら「ひあーー!」って気絶する……言うなればミミズの巨大バージョン。
無脊椎動物で、クロダイを釣る時にはあると心強い奴で、ボディーがもっちりむっちりしている。
生きている所を見たことがないんだけど、海底でモシャアアと口を開けそう……とは思っている。
太くて針に付けやすくて私は好き。それにこれを使うと本当に釣れる。でも冷静に見るとドン引きする生き物だと思う。
浮遊0さんは釣りをする方なので「おお……これは良いのをいれてるね」と嬉しそうだ。
えへ、えへ。
やっとこのマニアックすぎる興奮を、釣り人と共有できて嬉しい。
私と浮遊0さんは、餌を買って車に乗り込んだ。
今日は約束していた海釣りの日だ。お父さんの一週間の休暇が終わり、浮遊0さんと作業する日々が終了した。
今朝お父さんは「ああああ……」とため息をつきながら仕事に向かった。やっとスタジオが帰ってくる!
だから作業終了日の今日、海釣りに行こうと約束していた。
でも私は……助手席で指をコネコネしながら、
「釣りのお仲間だと判明してから……少し淋しいです……」
「ちょっと! 音楽仲間じゃないの?! 釣り?! そっち?!」
「あっ……もちろん、あの、スタンプラリーの曲作り、頑張りますっ……!」
「オマケみたいにくっ付けられて笑える。でもそうだよね、釣りする女子はガチ居ないね」
「そうなんです、だから嬉しくて。相乗りの海釣りも調べたんですけど、写真に載っているのが全員男性で……無理だと諦めてました……」
「カルマもぜっっったい付き合わないもん。全部がイヤだって」
「部活のお友達は、餌が特に苦手みたいです」
私はBBQの時にミミズを持っているというだけで逃げ出した明日海さんのことを思い出す。
ユムシに比べたらミミズは可愛いけれど、無脊椎動物が苦手な人がいるのは理解している。
マリーナに着くと、たくさんの船が止まっていて最高にワクワクする!
実は海釣りがしたくてしたくて、ここまで歩いて来たことがある。
だから浮遊0さんが船を持っていると聞いた時、かなり興奮した。
浮遊0さんが持っていたのは一般的な釣り船だけど、トイレが付いているみたいで、最高!
私は浮遊0さんと荷物をせっせと運ぶ。はあ……小さめの船で居心地も良い。
浮遊0さんはエンジンをかけて「じゃあいこうか」と運転をはじめた。
かっこいいいい……!!
私は横にピタリとついて、
「免許はいつ取られたんですか?」
「いつだっけな……大学生の時だったと思う。海洋大学行ってたの」
「!! それは……船舶免許が取れる大学なんですか?」
「オプションでね。基本的には海底生物の生態について調べてただけ。ひたすら船の上で海水すくってた」
「音楽の方なのに……!」
「好きで海。でもたぶん、誰もいない所に居たかったんだと思う。海の真ん中に行きたかったの、昔から」
そう浮遊0さんは呟いた。
分からないけれど、何か分かる気がする。私もひとりで何も話さなくて良いから釣りが好き。
釣りは魚が中心だから、人間はそこにお邪魔している感じだ。そこがすごく落ち着く。
浮遊0さんは、前にクロダイを釣ったポイントまで連れてきてくれた。
はあああ……! 夢のクロダイ! でも浮遊0さん曰く「クロダイは神出鬼没だから居るかわからない」と笑った。
そう、釣りを長く続けた人はみんな最後はクロダイに落ち着く……繊細で難しく神出鬼没!
お父さんに二度ほど海釣りに連れて行ってもらったから、迷惑にならない程度の知識はあるけど、海釣りは素人が魚群を散らすこともあり、浮遊0さんに習いながら作業をする。
釣り糸を投げ入れてコマセを撒く。コマセとは、海で撒く「ここら辺りに良い匂いがしますよ~」みたいなものだ。
そこに向かってきた所にオキアミ(小さなエビ)を置いて、パクリとしてもらう……それがクロダイの基本的な釣り方だ。
コマセを撒くタイミング、潮の流れ、棚位置(魚が居る場所)……すべてマッチングしないとクロダイは釣れない。楽しい!
とにかく暑いので30分に一度は日陰に移動して水分補給して、日焼け止めを塗り直さないと終わる。
興奮しすぎて1時間船の上にいたら、火傷する。
私たちは時間を見ながら休憩した。浮遊0さんはお茶を飲み、
「釣りって、何も見えないじゃん。いや、見えてることも大切だけど、でも基本的に深い海の中を想像するでしょ。リールみて、水深はそれでしか分からない、どれくらいの位置で今何が起きているのか、指先から想像する。それが好きなんだよね」
「わかります。何も見えない海の底を想像しながら、そこにたった一本の釣り糸を落としている所が、萌えます」
「釣れなくて当たり前で、そこがいいよね」
「そうです。みんな釣れると思うみたいですけど、全然釣れないですよね」
「ね、ほんと。だってこんな大きな海の上、たった一本の釣り糸、そこで出会うって、しかも手で持ち上げるの、すごいよね」
そう言って浮遊0さんは笑った。
これはきっと釣りをしている人にしか分からない感覚で、実際9割9分暇で、でもその間はずっと頭の中は暇じゃない。
手で感じてほんの一瞬を探している。浮遊0さんはお茶を飲んで、
「……驚いた? カルマが思ったより人見知りで」
「あっ、はいっ、びっくりしました。あのメールとかメッセージとかでは、ものすごく積極的なので、そういう方なんだろうな……あの、これはそれを知らなかったので失礼になってしまうんですけど、学校名がバレているので、学校まで来てしまうでは……と思ってました」
浮遊0さんは私に「食べないと倒れるよ」といなり寿司を食べさせながら、
「カルマにはじめて会った時、カルマは髪の毛真っ黒ロングの制服キッチリして三つ編みの、某有名私立小学校の子だったの。でも中学校が私服校で、もう入学式から地雷着てね。ご両親「?!」って。あの服を買い与えてるのはカルマのおばさんなんだけど、今も唯一の理解者だと思う。カルマは性格が真面目で固い仕事してるのに服装は頑なにあれ。鎧みたいなものかな……って思ってる」
「なるほど……そうなんですね」
仕事で大阪に来たと言っていたから、お仕事されてるんだな……と思っていたけれど。
でも好きな服装で自分を固めるのは、なんだか良いなって思ってしまう。
浮遊0さんもいなり寿司を食べて、
「理論と論理で論破するの大好きなのよ。「でもそれだけじゃないの」って語っているのがネイロとあの服装なんだと思う。私はそのギャップが大好きなの。昨日もホテルで田見ちゃんに会えて嬉しかった~~~ってずっと言ってたわ。カルマは東京に戻って作業だからフェス前日にしか会えないと思うけど、仲良くしてほしい」
「あっ、はいっ……もちろんっ……あの、私は、表も裏も、あんまり関係なく全てが影のものですが……」
「釣りの時だけよく話すし、声も違う。それで表も裏もない? 面白すぎるんだけど」
「あっ、それは自覚も指摘もされています……!!」
私と浮遊0さんは休憩を終えて再び釣りを続けた。
場所を変えても今日はヒイラギしか釣れず、ふたりで「ダメだこりゃ」とマリーナに戻った。
4時間以上海の上にいたので、地面に足を着いてもまだ海上にいるような感覚が好き。
今私は地面にいると、身体に教えるためにクンと背伸びをした。
今日は釣れなかったけど、浮遊0さんはフェスまで頻繁にこっちに来るようなので、また釣りをしようと約束して、私はスタジオまで送って貰うことにした。
「ふおおお……!」
誰もいなくなったスタジオは浮遊0さんが「掃除しておいた」という通り、私が使っていた時と同じくらいスッキリしていた。
やっぱり浮遊0さん好き……!
嬉しくなっていつもの椅子に座るとカルマさんからスタンプラリー用の仮曲が入っていた。
私はすぐに開いてそれを聞いた。そして拍手をする。
飛び跳ねるみたいにボーカルの音を拾って裏でピンピン跳ねる始まり方、そしてネイロの特徴……とにかく頭に全部ぶち込む。
最初の2秒聞いて貰えたら25秒聞いて貰える、そこに入ってくるギターのうねりが……、
「あまりにONEさん……! これは完全にリスペクト……!」
感動しながら何度も聞いていたら、カルマさんからメッセージが入った。
カルマ『聞いた?』
加音『聞きました』
ここで会話が止まった。
前なら『どうだった?! どうどう?!』ガガガガとメッセージが来たのに……と思うけど、さっき浮遊0さんと話したのもあり、これが本来のカルマさんの速度なのだとなんとなく理解する。でもこの勢いなら、私が話しやすい。
私は続けて、
加音『ものすごくONEさんをリスペクトしてるのが分かります。素敵な曲ですね』
カルマ『そうなの。それは大切にしたくて』
加音『リードギターにリスペクトを感じます。上がっていくのとメロディーラインに消えてく所』
カルマ『そうなの、そこは絶対外せないと思って、そこから作ったの。むしろAメロからの繋ぎがどうなの、これ。感覚でやっちゃった』
加音『ドラムを挟みますか、テンポ入れるだけでタイミング取れる気がします。ボーカルでもいいかも』
カルマ『途切れない?』
加音『弾いてる感じだといけそうですけど……なによりネイロの遊びをいれてくださってる所……私用にあるんだなって感じがして嬉しいです』
カルマ『あ、そうなの。こういうの加音ちゃんとしたいなと思って作った曲でもあるの。そこは加音ちゃんに任せたい。私が聞きたいの』
加音『やってみます』
カルマ『了解しました』
私はその画面を見て少し笑ってしまう。今まで「りょ!」とか「おけ」とかだったのに、会った後のほうが丁寧というか、ちゃんとしている。
これが鎧を脱いだ本来のカルマさんの姿。鎧を着けている時のがギャルっぽくてグイグイくるの……普通だと逆で面白い。
アコギで弾きながら繋いで、ネイロの声を探す旅に出る。
それは海中にリールを投げる時と似ている。ね、どこにいるの? 音の中と海の中は似ている。
歌っていると少しずつ自分のなかの『好き』が集まってくるのが分かる。
私は誰もいないスタジオでゆっくりと歌った。




