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お昼を一緒に


 四時間目の授業が終わって、俺は五席後ろの田見さんの席に鞄を持って向かった。


「んじゃ、部室紹介がてら、そこでお昼食べようか」

「はいっ……!」


 田見さんはキュッ……と鞄を抱きしめて頷いた。

 そこに有坂がきて、


「あれ? 優真、教室で食わないの?」

「田見さんと部室で食う。昨日偶然知ったんだけど、田見さん趣味で音楽作ってて、アニメ研究部入ってくれることになったんだ。新作バリバリ作りたいからこれから当分部室で飯食うわ。有坂も手伝ってくれるなら来いよ」

「アニメで音楽……? プロセカ? なんかすげーな。てか、お前とこの部室五階じゃねーか、やだよ! バスケ、ガチでちょっと他当たってるけど、居なかったらお互いお手伝い精神な」

「りょ」


 俺は有坂に手を振って田見さんと教室を出た。

 田見さんは俺の横にトタタタタと近づいてきて、教室よりは少しだけ大きな声(それでもかなりの小声)で、


「お友達……大丈夫なんですか……?」

「俺たち五人くらいで飯食ってたし、俺ひとり抜けても問題ないよ。それにあの班は全員運動部で、飯食い終わったら絶対運動するんだよ。五時間目が眠くて眠くて……正直誰が最初に辞めようって言い出すんだろ……と思ってたから、俺は抜けられてラッキー。昼休みにみっちりバスケすると疲れる」

「蜂谷さん、身長が高いから……」

「蜂谷さん……おお……なんか丁寧でちょっとドキッとしたわ」

「!! すいません、あの、呼び方が分からなくて」

「いや、何でもいいよ。蜂谷さんでも、蜂谷くんでも、優真でも何でも、田見さんが呼びやすいように呼んでくれれば。俺は田見さんを、田見さんって呼ぶね」

「……はい!」


 朝から少しずつ田見さんと話して、趣味が合いそうな図書部の芝崎をなんとなく紹介したりしてるけど、ず~~~っとワタワタしてる感じがする。

 それにやっぱり自分本来の声では絶対話したくないみたいで、ずっと小声だから、読書趣味仲間だと知った芝崎が振り向いて話しかけていたけど「?」という雰囲気だ。

 声がコンプレックスなんだろうけど、ここら辺りは清乃で慣れてて「気にするな」とか「誰もそんなこと思って無いよ」とかは無意味。

 むしろ「私の気持ちなんて誰も分かってくれない」に移行するのを知っている。

 だから無理しない、追わない、説教しない。

 清乃にそれを続けた結果、今はかなりメンタル持ち直してる気がする。

 俺は階段を上りながら、


「ごめん、部活はさ、みんな三階までの部屋が貰えるんだけど、うち部員少なくて研究部だから、五階のしかも一番奥なんだ」

「いえ、体力には自信があるので平気です」


 田見さんはみんなが「大変すぎる」と文句を言う西館五階への階段を顔色ひとつ変えずトコトコと平然と登っていく。

 田見さんは階段を上りながら静かに、


「新しい音楽に会いたいな……って思う日は、基本的に歩いてるんです。外を歩いていると一番音がおりてくる。別に何か考えてるわけじゃなくて、音楽を考えたいって思ってるわけじゃないんですけど。砂浜に落ちてる海外のペットボトルとか、海辺を歩いてる三人組とか、広げられたシートの上に座ってる女の子の横顔とか、そういうのを見ていると、音楽が鳴ります」

「……すげぇな。田見さんはそうやって音楽を捕まえてるんだな」

「捕まえる」

「うん、そんな感じじゃん。俺から聞くとすげー普通の景色なのに、田見さんが見ると音楽になるんだろ」

「……そんな風に、考えてもらって……いいですね……うれしい……」


 そう言って田見さんは鞄を抱き寄せて小さくふにゃ……と笑った。

 この笑顔がみんなの前で普通に出るようになったら、もっとクラスに馴染めるだろうな……と俺はこっそり思う。

 部室は西館という、図書館と部室棟がメインの建物にある。

 五階は研究部の部室か、物置になっている。俺たち以外にもマニアックな趣味を持ったヤツらが、仲間数人でのんびり遊んでいる。

 お互いの研究会を「何なんだそれは」と笑い合う仲間だし、わりと協力関係にあって楽しい。田見さんはチラチラと他の部室を覗いて、


「『落語研究部』、『ガンプラ研究部』、『ミスド研究部』……すごい」

「ミスドで何が一番好き?」

「ゴールデンチョコレートです」

「黄色のブツブツだ」

「そうです、ここら辺りだとミスドはどこに……」

「電車で1時間行かないと無いんだよ。落ち込んだ時とかさあ、あの甘いドーナツ食べたい~ってなるけど。だからミスド研究部は、ミスドの再現に命をかけてる」

「……面白そうですね」

「いつも家庭科室でドーナツ生地爆発させてるから、今度覗きに行こう。ただし付き合ってると油だらけのドーナツ食わされて太る。秋にある部活発表会では、なぜか完全に再現に成功した闇DE・リングを大量に売ってて面白い」

「闇DE・リング……」

「俺、ポンデリングが一番好きだから毎回すげー買っちゃうんだよな。部活発表会、秋に出よう。新作作ってさ」

「はい……!」


 そう言って田見さんは目を輝かせた。

 部室を開いて入ると、暑くてすぐに窓を開いた。

 この部屋は角部屋の五階、まあとにかく日光がすごい。

 窓を開くと気持ちの良い海風が駆け抜けた。遠くに海が見えてキラキラと美しい。

 田見さんは入り口に立ったままだったので、俺は「どうぞ」と声をかけて机の上の紙を退かす。

 この前作っていた作品の紹介を作ったままだった。

 田見さんは入り口で目を輝かせて、


「……すごく……落ち着きます……すごく……いいですっ……ここ、部員になったら……ずっと居ても良いんですか?」

「うん。良いよ。あ、入部届けプリントしてきたけど、書く? これ書いたら正式入部」

「書きます! ここすごく良いです……狭くて明るくて物が多くて、絵がたくさん。いいです……」

「良かった良かった。実はこの部室、創作系の研究部が延々引き継いでて歴史だけは長いんだよ。最初にこの部屋を作ったのはゲーム研究部の人たちで10年前? PCでエロゲー作るために必死に頑張った形跡がある。そしてクラスメイトを主人公にしようとして炎上した形跡も」

「……燃えそうです……」

「だよな。その次に漫画を描きたい人がこの部屋を使って、数人と即売会に出てる。ほら四冊同人誌がある」

「わあ。すごい、ちゃんと本になってる」

「そこから一年空いて、俺がアニメを作りはじめたんだよね。だから古いPCとか、漫画書く材料とか、とにかく雑多にある」

「書きました、よろしくお願いします……!」


 そう言って田見さんは入部届けを俺に渡してくれた。

 その文字が丸くて可愛くて、田見さんっぽい文字だな……とまだ何も知らないのに思った。

 まず弁当食べようと机を適当に開けて弁当を食べ始めた。

 俺は食べながら、もうひとりの部員……妹の清乃のこと、そして将来的に清乃が仕事できるようなアニメ会社を作りたい、だからアニメ部を作っている話をした。すると田見さんは三つ編みを顔の前に持って来て目を潤ませて、


「……あの……私の曲に感想を全部入れてくれたパラダさんですよね、妹さん……」

「ああ、そうそう。SNSではパラダって名前で活動してる」

「プロフィール見て、そうかなって……私嬉しくて……なるほど……そういう事情が……私もお役に立てるように頑張りますっ!」

「いや、うちらより田見さんのがお客さん持ってるよ。一緒に作ったら絶対楽しいと思うんだよね。俺たち高校一年生で、はじまったばかりじゃん? 三年かけて何本か作って、自分たちの紹介! みたいに出来たら良いなーって思ってるんだ。んで、俺は男で田見さんは女の子だけどそうじゃなくて、仲間として一緒に夢を追ってくれると嬉しい」

「はい……! そのほうが気楽です、よろしくお願いします!」


 そう言って田見さんは目を輝かせた。

 物をつくる仲間とはいえ男女。ふたりっきりで部室……と、警戒するのが当たり前だ。

 でもそうじゃなくて。俺は三年間でYouTubeで10万再生回るアニメを作りたい。

 目標にしているWEBアニメが最近一千万回再生回っているのを見た。YouTubeでオリジナルアニメを作って収益を得る世界は必ずある。

 そういえば……と俺はスマホを開いて、朝清乃が描いた絵を田見さんに見せた。


「これ。昨日清乃が田見さんの曲聞きながら描いたんだって。366日のイメージキャラクター」

「!! すごいっ……すごいっ……あの歌の女の子だ……すごい……く、くださいっ、もっと見たいです、あっ、サムネールに……サムネールにしたいです、私……自分の曲に絵とかアニメを付けるのが憧れで……あ、妹さんに確認をしてから……」


 田見さんは一気に挙動不審になった。そして目が潤んでいる。

 俺はそんなに間違いなく清乃はオッケーすると思って「使って良いよ」とデータを送った。

 なにしろ清乃は朝まで絵を描いてたから、今は寝ているはずだし。

 田見さんは「本当ですか?! 使いますよ……!!」と小声ではない普通の声になって、動画のサムネールを清乃の絵に変更した。

 そしてそれを見て、ふるふる震えて喜んだ。


「……嬉しいです……!」

「あ。清乃からLINEきた。あいつ寝ないで反応待ってたじゃん」


 サムネールを変えて数分後に清乃から「気に入って貰えた?!」とLINEが来た。

 俺はそれを田見さんに見せた。田見さんは「はいっ!!」と大きな声で言った。

 清乃も田見さんも、才能があるクリエイターだ。

 でもふたりとも人見知りで臆病で、誰かが間に入らないと、ひとりで静かに完結してしまう。

 俺はそれをすっごくもったいないと思うんだよな。

 そしてそんなふたりを繋いでいくことに、すげー楽しさを感じる。

 田見さんはサムネールが変わった画面を見ながら「あの別荘はっ……あの外の部室みたいに自由に使って大丈夫だって……お父さんが良いって言ってくれて……」と俺に伝えてくれた。

 本格始動できそうだ。

 そうなると、幽霊部員の幼馴染みの明日海にちゃんと活動してほしい。

 アイツ今日バイトいるのか……? とLINEを立ち上げたら、数分前に丁度LINEが入っていた。


『すんごい頼みがアル。助けてくれ!!』


 ……アル……の時点でふざけてる気がするけど、まあ丁度良いや。

 俺も頼みがある! バイト先で話そうと返信した。



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>俺は男で田見さんは女の子だけどそうじゃなくて、仲間として一緒に夢を追ってくれると嬉しい  今作は、恋愛抜きで話が進むと、鷹羽も嬉しいです。  
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