余裕が無かった過去の俺と、今の俺
「お兄ちゃん……私、アイスが食べたい……」
「チョコモナカ?」
「チョコミントの気持ち……」
「了解」
「優真……私はプリン……」
「優真……俺はゼリー……」
「わかったわかった、行ってくる」
中3の2月14日。我が家は俺以外全員がインフルエンザでぶっ倒れていた。
まず父さんが仕事場で貰ってきて、母さんへ、そのまま清乃へ。でも俺だけ伝染らなくて家事係。
中3で周りに受験生が多く、母さんに「打っとけ!」と言われてした予防接種が機能しているようで、俺だけ踏みとどまっていた。
だから学校が終わったら即帰宅してとにかく看病。
帰ってきたら食べられそうなものを聞いて買いに行き、家事をする……もうそんな日が4日間続いていた。
自転車に跨がり近所のコンビニに行く。
まだ皆喉が痛くて普通のご飯が食べられないけど、うどんならそろそろ食べられるんじゃね?
コンビニでどん兵衛……いや冷凍うどんでチンしたほうが良いのか?
冷凍庫見てくれば良かった。まだあるかも。
俺はコンビニでカゴを掴んで頼まれたものを買い込んだ。
2月の淡浜はとにかく風が強くてすげー寒い。
俺は買い物袋を自転車の前籠に入れて鍵をポケットから出そうとして、地面に落とした。
「やべ」
「あっ、優真。買い物?」
「おお、北里……じゃなくて……」
「先週から大波です~~」
「そうだ大波だ。ごめん、やっぱまだ覚えられないや。……てか、俺に近づかない方がいいぜ、我が家全員インフルエンザ。大波受験だろ」
「そうだけど、お互いマスクしてるじゃん」
「いや、強烈だぞ。うち四日間アイスしか食べられてないし、結構エグいから」
「おっけおっけ。そっか、大変だね」
コンビニに行ったら偶然同じクラスの大波に会った。
すげー風が強くて寒いしアイス買ってるし「じゃあ」と帰ろうとしたら、大波が、
「ねえあのさ……あの……ずっと言いたかったんだけど……もう引っ越すし……これ!」
そう言って大波は紙袋を渡してきた。
それはしっかりとした袋に入っていて中を見ると……、
「チョコレート?」
「あのさ、私、優真が好きなんだよね」
大波はそう言って海風で暴れる髪の毛を耳にかけた。
俺はそれを受け取って、頭を下げた。
「ごめん。俺、今は恋とかそういうの考えられなくて」
「ううん! 分かってたの。分かってたから、中三の最後、引っ越しのタイミングで渡したの。ダメだろうなって分かってたから告白できた……まである。だからこの瞬間からこれは友チョコ。今からもこれからも友だち! 家で食べて」
俺はどうしたら良いのか分からなくて、とりあえず謝ろうと頭を下げたら、大波は大きく首を振って、
「あーーやだ、謝られるのとかキツい。もう最後だから伝えたかったの。言わないと絶対後悔するって思ったから。私人生で一番嫌いなのが後悔だから。もうこれでスッキリ、じゃあアイス買ってるのにごめんね。明日から普通にしてくれると助かる。じゃあ、うん、行って行って!」
大波は紙袋を手に戸惑う俺の背中をグイグイと押した。
これ以上ここにいるのも大波が困る気がして、俺は自転車に跨がって家に帰った。
「(……家にそのチョコ持って帰って中見たら、高そうなヤツで……いつもなら清乃と一緒に食べるけど、ひとりで食ったんだよな。それだけは覚えてる)」
俺は自転車を漕ぎながらバレンタインの時のことを思い出していた。
大波は制服を着ていたから学校帰りだったのだろう。
チョコを持って学校に行っていたけど、俺はあの時、家族全員が倒れていて学校が終わったら秒で家に帰っていた。
偶然コンビニで会って渡してくれたんだろうけど……。
正直あれが半年前か?! と思うほど、俺には余裕がなかった。
インフルってこともあるけど、あの時期は、俺が中学を卒業して高校に入学するタイミングで、新しい制服や準備が始まっていた。
清乃はどこかずっと学校に行けない自分に引け目を感じていて、荷物が届くたびに部屋に引きこもっていた。
俺にとっては新しい始まりだけど、それを出来ない清乃にとっては重い。
誰も悪くなくて、でも苦しくて、どうしようもない……そんな時間。
そもそも学期の変わり目は、いつも苦手だった。
四月になれば、夏休みが終われば、清乃が学校に行くんじゃないか……と少し期待していたし、それを清乃も感じていたんだろう、荒れている時が多かった。
正直俺が最も余裕がなかったタイミングで大波に告白された……というのが本音だ。
「(お返しもなー……兄貴と一緒に出かけた時に、何も渡さないのダメかなって色々調べたら、マシュマロやら飴やら、意味が含まれててよく分からなくて、カステラセットになってたテトラポットくんを渡したんだよな……だってわかんねーんだもん……あれも卒業式周辺で何か失礼なこと言った気がする……)」
自転車を漕ぎながら、正直今もどの距離感が正解なのか分からなくて。
今も大波がいるという淡浜フェスの本部に向かってるけど、どんな顔すれば良いんだろう……とさっき会ったのに思っている。
でも明日海に「普通にしてくれるのが一番」って言われたから、このままで行こう、うん。
自転車を漕いでいる間に淡浜にある淡浜フェス本部の建物に着いた。
ここは淡浜にある、夏本番になったら海の家になる建物だ。
毎年フェス用に経費を落として建物を作って、その建物をそのまま海の家として使って、夏が終わったら解体する。
それが淡浜の夏の流れだ。
さっき「ちょっと話がしたい」とLINEしたら『本部にいる~~』と返信が来た。
自転車を止めて中に入ると、大波が居た。俺たちを見て笑顔になって、
「おつかれー! どう、見て? もう結構作ってるんだよ」
「おお、すごいな。春岡もめっちゃ紹介あるじゃん。毎年これ作る生徒会、すごいな」
「春岡毎回すごいよーって、私は責任者今年がはじめてなんだけど」
そう言って大波は笑った。大波が居たのは、大波が担当している高校説明のブースで、淡浜周辺の中学と高校6校のブースがあった。
大きく引き延ばされた写真と学校の説明、生徒達からのコメントにパンフレット。春岡の所にはiPadを置く所があり、本番はそこで学校紹介と俺たちのアニメが流れると聞いた。部活のPOPもあって、俺たち春岡高校アニメ研究部∞も生徒会が大きく紹介してくれていた。
『最近の大注目!』なんて書いてあって、嬉しすぎる。
生徒会長は全然知らない人だけど、お礼言いたいレベル……。
俺の横に田見さんがスススと寄ってきて目を輝かせて、
「うほおお……すごい、すごいですね、大注目……アニメ部大注目らしいですよ」
「こんなPOP付いてるの俺たちだけだぜ」
「すごいですね、え、ここでアニメを流して貰えるってことですか?」
「そうみたい。ちょっとワクワクするよな。アニメあるの、絶対俺たちだけだぜ」
「なんだったら総集編みたいなの作れば良かったですかね……」
「俺学校紹介の映像はちょっと手伝ったんだよね」
「ふぉおお……」
田見さんは目をキラキラさせて俺を見た。
実は学校紹介の映像を作っているのは通信の中田先生だった。映像というと中田先生が担当になるのが可哀想で、俺は少しだけテロップ入れの編集を手伝った。
俺たちはこのブースを何度も見てるから、それほど新鮮味がないけど、田見さんは今年の四月に引っ越してきてるので、全部が珍しいらしく「こんな学校が!」「こんな所もあるんですね」と楽しそうに見ていた。
それを見ていた大波が、
「そんな風に新鮮に見て貰えると嬉しいです。はじめまして……ですよね、優真の幼馴染みの大波です。同じ小学校と中学校でした」
「はじめましてっ……田見笑衣子ですっ……あっ……ちょっと声が……変で……すいません……」
俺の前では地声で話していたけれど、はじめて話す大波の前で田見さんは声を小さくして俺の後ろにススス……と隠れた。
大波は俺の後ろをヒョイと見て、
「ううん、すっごく特徴的で可愛い声だと思った! 優真のアニメの曲を作ってるのが田見さんだって明日海から聞いてる」
「あっ……はいっ……あ、私です、はいっ……いえでも、あの、アニメのパワーがあるからなんとか見えるだけで、私が作ってる本来の曲は耐えがたいレベルに暗く……ネットで音楽を聞かれないような方だと馴染みは薄いかも知れません、すいません……」
田見さんは三つ編みを両手で掴んで顔を隠して大波から逃げていく。
明日海と系統が似てるから、大波のことも平気じゃないかと思ったけど、そうではないようだ。
確かに田見さんが作っているネイロを大波が知っているか、知らないか……は最初のハードルとしてありそうだ。
だったら俺が全部説明するのが正解か。
俺は大波に向かって、
「そう。あのさ、スタンプラリーやってるって言ってたじゃん? あれさ、音楽のスタンプラリーも足せないかなって思って来たんだ」
「え? どういうこと?」
俺は田見さんの力を借りながら、ラインで音楽を出力して、QRコードで音楽を集めていって、最後にこのブースに来たら完全な音楽になる……と、ネイロを含めて説明した。大波は目を丸くして、
「そんなことできるの?! え、前例ある?!」
「ない……けど、理論上可能。YouTubeにそれぞれ曲をアップして、QRでそれを読み込めるようにするだけだから」
「おおおお……。言ってることは分かる。え、すっごく面白いと思うけど、もう本番三週間前で予算とかもうなくて……お金払えないけど……」
大波が申し訳なさそうに言うと田見さんが俺の後ろで小さく手を上げて、
「あのっ……ここに来る前に浮遊0さんにLINEしたんですけど、あのフェスのチケットが売れ残ってて……申し訳ないから……浮遊0さんとカルマさん、それに言い出しっぺなので私も一緒に曲を作ってアップして……参加……ということにすれば、もうちょっと淡浜フェスに、ネイロ目的のお客さんが来てくれて……ついでに淡浜フェスのほうにも来てくれるかも……と言ってました」
とLINE画面を見せてくれた。
どうやら別名で活動しているアコギグループだと淡浜フェスのチケットを捌ききれないみたいで、急遽施策として手伝う……という話だった。
たしかにメインのONEさん……俺は全く知らないし、うまぽてのアカウントだとフォロワーが少なすぎて、それほどお客さんを呼べていないようだ。
スタンプラリーに音楽のQRコードを追加で貼るのは簡単だし、チケットが売れ残っているのは本当なので、施策としてやって貰えるならこちらこそありがたい……と本部に話も通って、やってみることになった。
おおー。なんか思いつきで言ってみたけど、楽しそうだ。ちゃんとできるのかな。
俺の横で田見さんが目を輝かせて俺の服をツンツンと引っ張って小声で、
「(あの、何ライン必要かとか、尺とか、系統的にNGあるのかとか、権利関係とか、映像はどうするのか……とか、あの、大波さんと話してくださいっ……ちゃんと……はやくっ……)」
と言って俺を前にグイグイと押す。
目の前に大波がいるのに自分で聞かないところがあまりにも田見さんらしくて笑ってしまうが、楽しそうでワクワクする。




