俺の思いつき
「じゃあ本部で打ち合わせあるから行くね。またLINEしても良い?」
「いいよ。気をつけて。自転車水飲めよ。小学生の時脱水で倒れただろ」
「もお!! なんでそんなことまで覚えてるの! じゃあね」
帽子をグイと被って大波は道の駅から出て行った。
淡浜市は駅からも観光してほしいと思っていて、駅や道の駅、有名な温泉店、大きな公園やホテルや美術館にレンタル自転車を置いている。
有名な携帯電話会社が運営していて、市内に50台以上の自転車がある。
アプリに登録さえすれば簡単に使えて、海外の旅行客が乗っているのをよく見かける。
でも淡浜にある観光施設はどれも離れていて、自転車で回るのはキツい気がする……。
スタンプ集めて貰えるクリアファイル……しかも海……目指して全部行く人なんて少ないだろう。
観光は確かにムズイよなあ……と思いつつ、さっき作業していた場所に戻ったら、明日海が手を振って、
「優真ー! こっちこっち。ねえ、置く場所って決まってるの?」
「決まってる。箱にナンバーも書くんだって。あれ、兄貴は?」
「病院に呼び出されてさっき出て行った……。ちょっと聞こえたんだけど、小鷹さんの声だった気がするーー、うううう……」
「病院の屋上屋台か。あの準備も大変だよな」
病気で淡浜フェスに行けない子も、病院の屋上で花火を見せてあげたい……という病院関係者の願いから、淡浜フェスに合わせて病院の屋上に屋台が作られる。主にそれは病院に出入りしている業者が作っている……つまり兄貴たちの会社がメインで作業している。
明日海は段ボールに顎を置いて、
「せっかく大波さんに優真を押しつけてふたりで作業できると思ったのに……」
「やっぱりそういう算段かよ!」
「いんや? 大波ちゃん、優真と話したそうだったし?」
そう言って明日海はにんまりと笑った。
こいつ……。俺は眉に力を入れて睨む。
明日海は段ボールにナンバーを書き込みながら、
「なんでLINEが消えたのに、大波ちゃんのだけ聞かなかったの? 他の子は何人か私に繋ぐように聞いたよね」
「もう半年前の事だし、対応悩むから言うけどさ、実は中三のバレンタインにチョコ貰って、告白されたんだよね」
「おおううううおうううう教えてくださいよおお」
「当時はもう色々必死で恋愛とか考えられなくて断ったけど、ホワイトデーにテトラポットくんの限定キーホルダー渡した。何も渡さないと駄目な気がして」
「ほおおおお……知らなかった……。なるほど。だから連絡先が消えても聞かなかったんだ」
「いやなんか……一回連絡先消えて、もう一回って、その気がないのに期待させるかなって。てか、この場合どういう態度が正解なんだよ」
俺がモゴモゴと言うと横で明日海は段ボールを積みながら、
「いや、全然今の感じで良いと思うけど。だって一回告白されて、優真はフってるんでしょ。普通に接してくれるほうがありがたいよ」
「そっか……それなら良いか……」
「でもあれだな~~。LINE消えた時にすぐ繋いでほしかったかな~。私なら気になるかな~。だからか~。私真広さん手伝おうと思ってここ来たら偶然大波ちゃん会ってさあ、真っ先に出た言葉が『優真元気?』だったのかー」
「またLINE繋いだよ。直接会えば全然話せるんだけどな」
なんか中学卒業の時の事なんてすげーーー前に感じるけど、今8月だから、5ヶ月前なんだよな。一年経ってない。
高校に入ってから一気に色々ありすぎて、中学の時が大昔に感じる。
「あっ……明日海さんっ、蜂谷さん、おつかれさまですっ!」
俺たちが倉庫でギャーギャーしていたら、田見さんが来た。
今日は力仕事が多いし、スタジオはまだ使えないから運ぶの手伝ってくれる……とそういえば言っていた。
田見さんは学校のジャージ姿で、いつもの三つ編みを後ろにしっかりと縛っている。
俺はいつも通りの田見さんになんだか安心して、
「おつかれ。スタジオはどう? 浮遊0さんは?」
「すっっごいんですよ、お父さんドラム上手くて」
その言葉に明日海は爆笑して、
「だってお父さんプロなんでしょ?!」
「すっごいんです……驚きました……悔しいのであまり褒めたくないんですけど……見てくださいこれ……私のひとりぼっちの366日が陽気なソングに……」
そう言って田見さんがスマホで聞かせてくれた曲は、田見さんが作った中でも一番暗いと豪語していた曲だったのに、軽やかなカントリーソングになっていた。
浮遊0さんが気持ち良さそうにアコギを弾いて歌っていて、横で叩いているドラムが凄まじく上手い。カッコイイ!
「すげえ」
「驚きました。なんと、ちゃんと弾ける人でした」
「あはははは!!」
俺は爆笑してしまった。
田見さんの自分のお父さんの評価がアレすぎる。
田見さんは段ボールをヒョイと乗せて、器用に積み投げながら、
「私はDTMってソフトで音楽作ってるじゃないですか。あれだとラインにガーッと音が並べられるんです」
「同じ音がラインで並んでるのか、あれ」
「そうです。だから大量に同じ所に音を並べられるんです。人が叩けないような速度のドラムもシンバルも並べられるんですけど、お父さんは当然人間で」
「まあ人間だよな」
「だから手と足が4本なんですよね、驚いたことに」
「驚く? いや当然なんだけど、笑う」
やっぱり田見さんは言葉のチョイスが独自で、話していると面白すぎる。
田見さんはヒョイヒョイと段ボールを運びながらクイとこっちを見て、
「だからお父さんは私の音楽を聴いて、それをドラムで弾けるように簡単に頭のなかで改変して叩いているんです。同じ曲なんですよね、全然。でもその間引き方がキレイで。私が無限に並べてたラインよりなんかカッコ良くて! 悔しい、あまりに悔しい、なんだか負けた気がして、悔しいです」
「お父さんは嬉しいんじゃないの? そんなに褒められたら」
「褒めてません、貶して逃げてきました、負けた気持ちになったので」
「あはははは!」
俺は爆笑してしまう。
田見さんは音楽に関しては気持ちが良いくらい負けず嫌いで、素直なんだけど素直じゃなくて、面白すぎる。
田見さんはとある段ボールを持ったけど「んっ……」と言って、
「これは……かなり重たいですね」
「あ、俺と運ぼう。これ太田酒造のロング瓶だ。すげー長い瓶でこのフェス用の特注品なんだ」
「おおお……ビールフェスですね、浮遊0さんとONEさんがこのフェスを引き受けたのは、ビールフェスが大きいみたいですよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあこの作業も報われるな。マジで毎回大変だけど」
俺と田見さんはメチャクチャ重たい段ボールを運んだ。
淡浜で行われる夏フェス用に限定ビールを出してくる酒造メーカーはわりと多い。
瓶の形もこれ用に出す所が多くて、その瓶をお土産に持って帰る人も多い。
明日海も来て、
「あーー、今年も太田さんの瓶可愛い~~これ縦笛レベルに長いんだよ~~」
「縦笛。あっ、浮遊0さんが言ってました。ビールフェスで買ったビール瓶をぴゅうぴゅう吹くって」
「そうそう。太田さんの瓶が一番高音出るの。はいそっちもって。わ。重っ!」
そう言って明日海と田見さんは、ほぼ正方形のビールが入った段ボールを運んでいく。
淡浜フェスではビールフェスが同時開催されていて、音楽を聴いている人はみんなビールを飲んでいる。
まあまあの治安の悪さなんだけど、その気楽さが良い……みたいな感じだ。
そしていつから始まったのか知らないけど、音楽に合わせてビール瓶の上を吹いて、ぴゅうぴゅうと手拍子のようにする人が増えた。
治安がさらに悪くなるんじゃないかと思ったけど、そこは同志が多い場所……音楽が止んだ時のみビール瓶を吹いている。
これをしながら海辺で音楽を聴いて飲むのが楽しいらしい。
兄貴曰く「飲むビール量で音が変わるのが熱い」みたい。まあそりゃそうだよな……という感じがするけど、俺たち学生から見ると、海辺で行われる大人の音楽大宴会だ。売り上げはすごいらしい。
田見さんは明日海が見せた長いビール瓶の写真を見て、
「これはかなりの高音ラインが弾けそうですね」
と笑顔を見せた。
俺は段ボールを運びながら……何か……何か引っかかるんだよな……と思っていた。
頭の中でバラバラの何かが集まって来てるんだけど……。俺は田見さんを見て、まとめるために頭の中の言葉を出してみる。
「……音楽のさ……あのDTMのラインってあるじゃん。前に俺たちに田見さんが教えてくれたDTMのことなんだけどさ……」
「え? さっきの話ですか……? そうです、DTMは、ひとつのラインにずっとドラムの音、ピアノの音が並ぶんです」
「それが集まって、一気に再生するから、田見さんの曲になる……んだよね。あの音楽ができる」
「そうです」
「それって何ラインくらいあるの?」
「曲によりますね。さっき聞かせたお父さんと浮遊0さんみたいなシンプルな曲なら10。私は最大で80まで積んだことがあります。まあ究極の鬱曲ってやつを作ってみたいくて10人のサクラちゃんを同時に泣かせたんですけど……へへ……」
「怖い……じゃなくてさ……いや、音楽のスタンプラリー。そうだ、集まって音楽になるのってどうだろうって思って」
「え? どういうことですか?」
田見さんは段ボールを置いて俺を見た。
さっき大波に会って、大波は50カ所の観光施設にポスターを貼るけど効果は薄いと言っていた。
そして田見さんのDTM……田見さんは音楽をラインで作る……そして淡浜フェスはビール瓶で音を鳴らす……みんなが好きに……そんな自由が売りのフェスだ。
俺は顔を上げて、
「田見さんの曲のピアノだけのラインを取り出す。それをデータで作ってQRコードで読めるようにする。それを例えば道の駅だけに置く。それで太鼓のラインを取り出す。それを電車が来る駅に置く。QRコードを読むとそれがスマホに入る。それを全部集めるとひとつの曲になる……っていう音楽のスタンプラリー。それを持って淡浜のフェス会場に来たら、完成する……みたいなの。ちょっと面白いかなって」
「……! スタンプラリーみたいに音楽集めていくってことですが。え、面白いですけど、あれそれってライン1と2が集まった曲、1.3が集まった曲って無限になるんですかね、いやでもそれはバッチで簡単に作れますね」
田見さんはパアアアと笑顔になったけど、一瞬でプロの顔になって考えこんだ。
明日海はスマホを立ち上げて、
「この前イオンでやってたスタンプラリーは、何個か押したらひとつの絵になるやつで楽しかったよ。それの音楽版ってことでしょう?」
そう言って写真フォルダーを見せてくれた。
明日海と清乃ふたりでまたあの美容院に行った時に、スタンプラリーがあったから回ってチュッパチャプス貰った……と言っていた。
それはスタンプラリーなんだけど、スタンプを押す位置が決まっていて、移動してスタンプを重ねていくとひとつの絵ができあがる……というものだった。
田見さんが、
「面白いですね。ひとつだと何の絵か分からないから、全部回りたくなる……みたいな感じですね。この音楽バージョンなるほど」
そう言って田見さんは笑顔を見せた。
大波にも何か思いついたら連絡して……って言われたし、言ってみるか。
俺はスマホを立ち上げた。




