昔の傷と共に、動き出す気持ちたちは
「なあ優真……俺、またやっちまったのか……?」
「ああ、兄貴。久しぶりにゴミクズ兄貴で安心したよ」
俺は段ボールの山を移動させながら頷いた。
兄貴は段ボールの山に肘を置いて大きなため息をつき、
「……俺もう、酒やめようかな……」
「いや。完璧な兄貴の唯一チャーミングな所だから、飲んどけって」
「俺、ずっといつか清乃が制服着て学校いく姿、見たいなって思ってた……それなのに全然覚えてない。明日海にウザ絡みしてたことしか覚えてない」
「ああ、最悪にウザかったよ。でも大丈夫、明日海は幸せそうだったから」
「マジで最悪だ。金城酒造の酒、旨すぎる。よくない、気がつくとサラサラ飲んでて泥酔してる。お前のせいだ!」
兄貴は金城酒造の段ボールを運びながら叫んだ。
淡浜のフェスが三週間後に迫り、淡浜がボチボチとモードを変えていく。
今日は平日だけど、兄貴の会社もこの時期だけは定時厳守。みんな五時以降フェスの準備を手伝っている状況だ。
淡浜のフェスは毎年全国の地ビール祭りも開催していて、全国からすごい量のビールが道の駅に届く。
それを開催日まで保管する作業をしてる。重くて大変だけどバイト代金も上がるから、まあ良いか。
兄貴は段ボールを運びながら、
「マジで飲み過ぎた。もう今度は優真が止めてくれよ」
「俺、兄貴は酔いたいのかなって少し思ってた」
「どういうことだ?」
清乃が本格的に学校に行かなくなった小学校三年生くらいの時、兄貴は母さんに向かって「さすがに甘やかしすぎなんじゃないか」と言った。
身体に問題がなくメンタルの問題で、母さんが逃げ道を作るから清乃はそこに逃げ込んでいるだけなんじゃないか。
温かい家があったら学校なんて行きたくないのは当然だろうと朝から母さんに言っていた。
清乃はあの頃、体調が悪いと言っては学校に行くのを拒否して、でも学校を休めると決まったらすぐに元気になり家でゲームをしていた。
正直俺も父さんも母さんもみんな少しは思っていたことで、それを兄貴が決定的に言った……という感じだった。
それを清乃が聞いていて……そこから一年以上、清乃は兄貴が家にいる時、部屋から出てこなくなった。
あれを兄貴はめちゃくちゃ悔やんでいた。
でも正直俺だって母さんに「清乃だけ休んで家でゲームしててズルイ」って言っていた。
俺だって寝坊したいって。その頃俺も小学生だったから、まあ当然の言葉ではあった気がする。
まあ俺の場合友だちと遊んでるほうが楽しくて、学校に行かないと友だちと遊べない! とすぐに気がついたけど。
その時から兄貴は清乃に対して考えて接するようになった。
俺は段ボールを運びながら、
「だから、余計なこと言いたくて酔ったんじゃね? って少し思った」
「おお……。半分正解で、半分不正解かもな。そういう感覚はあったかもしれない。優真、すごいな」
「いや、兄貴がはじめての彼女つくったの、あの辺りじゃん。だから覚えてるんだよな。清乃の心配ばっかりしてたのに、好きな子とか居たんだー……って驚いたから」
「なんでそんなこと覚えてるんだよ。いやでもそうなんだよ。俺これ以上清乃の事に首突っ込むと余計なことばかり言うな……と思って、あのタイミングで告白してきた子と付き合ったんだよ。一ヶ月で相手がおかしくなって行って別れたけど」
「……兄貴っていつも相手がおかしくなって別れてね?」
「どんなバッターでも打率が10割って人はいない」
「そーかなー?」
俺は笑いながらカートを押した。
でも前カノだと思われる小鷹さんは今も兄貴と良い感じの距離感っぽいから……と思った。
この前、借りた制服をすぐにクリーニングに出して、兄貴の運転で小鷹さんの実家がある橋下まで返しに行った。
兄貴はお礼に少し美味しいお店で一緒に飯でも……と小鷹さんを誘ったけど、小鷹さんは「週末は親の面倒みる係だから」と断ったみたいで、手土産を持参した。
話している兄貴と小鷹さんは、普通に見たら彼氏彼女っぽい距離感だった。
でもとにかく俺は小鷹さんに感謝している。小鷹さんが制服を持ってなかったら清乃は終業式に行けなかった。
俺が制服の感謝を改めて言うと、
「小鷹は親戚が多くて、一番小さい子は今年春岡中学受験するみたいで、だから取ってあったみたいだな」
「へー。合格したら清乃の後輩だ」
「頑張ってほしいな。良い所だからさ。いや、制服借りれて助かったな」
と笑った。
部室にはじめて入った清乃は嬉しそうに席に座り「いつもここにスマホ置いて話してるんでしょ」と言った。
何度も机の真ん中にスマホを置いて、それを囲んで話し合いをした。だから背景に写っている絵や景色を覚えているらしい。
清乃は「聖地巡礼みたい」と笑っていた。そして棚にストックしてある先輩たちが作ったアニメや漫画を見て笑っていた。
一度来てしまえばグンとハードルが下がったらしく、来週制服を買いに橋下まで行くようだ。
何も変わらないかもしれない。でも「なんとか学校に……」とふと思ってしまう気持ちさえ消えて、なんだか変な気持ちだ。
作業していたら、そこに明日海と女の子が来た。
「真広さん~~~!」
「明日海……と、大波さんの所の娘さん……だよね」
「真広さんお久しぶりです、大波久仁子です」
そう言って明日海の隣にいた女の子……というか、
「大波、久しぶりだな」
「優真! わああ~~、変わってない、変わってないねえ。わあーー、でもちょっと身長伸びた? 私と同じくらいだったのに」
そう言って近づいてきて手をひらひらさせ、身長を比べてきた大波から一歩引いて、
「いや、さすがに高校生になって身長で負けないだろ」
「優真バスケやめたから勝てるかなって! でも優真のアニメ、見てるよ! 最近のネイロの最高に良かった」
「おお。そりゃ良かった。そっかバスケ続けてるのか。有坂はまだやってるよ」
「有坂くんこの前大会で会ったー。そうだよ、優真いなくて淋しいと思ったんだよ」
大波はそう言って笑った。
大波久仁子は小学校が同じで春岡中学校までは一緒だったけど、高校から少し遠くにある大学進学率が高い高校に進学した子だ。
小中とバスケしていたので、俺も仲が良かった。大波はポニーテールを揺らして、
「もう大変だよ、淡浜フェスの準備。家中が大騒ぎって感じだよ」
明日海は兄貴の横でビールを運びながら、
「やっぱ観光協会の人ってそんなに大変なんだ」
「ヤバいよ、びっくりした。全部の話が全部お父さんの所通るから、わあ、なんか色々大変だあって感じになるよ」
「へえ~~。でも楽しそうじゃん」
「そう。楽しいけど!」
そう言って大波は笑顔を見せた。
大波の家は母親がひとりで大波……(旧姓は北里で、俺たちは北里のほうが慣れてる)……を育てた。
でも中学の時に再婚して、大波になった。その相手は地元の観光協会の会長で、勉強が出来た大波はそのまま跡継ぎルートらしい。
観光がメインの町で、観光協会のボスは、実質町のボスだ。
市長も観光協会とアレコレ聞くような場所だから、俺たちの気持ちとしては「大波……なんか大変そうだけど頑張れよ……」という気持ち。
大波は俺の方を見て、
「道の駅にもポスター貼ったり、パンフ置いたり、バスの時刻表置いたりしなきゃいけなくて」
「おお、大変だな」
「ポスター貼るの、ちょっと大変だから、優真手伝ってくれない?」
「おっけー」
俺は明日海と交代してその場を離れた。
見ると明日海が嬉しそうに兄貴と話しながら作業をしている。
ん……? これは明日海にハカられたんじゃないか……? まあいっか。
外に出るとかなりプラスチックでカバーしてあるポスターケースの前に大波がいた。
「これ! さっき明日海とドライバーで回してたんだけど、場所が遠いのー。それに固くて手の長さが必要なの」
「なるほど」
本当に男手が必要だったか。俺は大波からドライバーを受け取って作業を始めた。
台に乗ってギリギリの高さなのに、そこから腕を伸ばして奥にあるネジを開ける必要がある。
それにかなり固く締められていて……これはちょっと厳しいな。俺はなんとか8カ所のネジを開けた。
そして中のポスターを淡浜フェスの物に変更する。そしてポスターの下の所に観光協会のシールを貼り、またネジを締めた。
かなり大変だけど、
「これ何カ所に貼るの?」
「50!」
「うげええええ……」
「それだけ貼っても集客効果があると思えないんだよね。ポスターなんて見る? まあとりあえずやるけど。私、淡浜フェスにある高校紹介ブース担当してるの。そこにみんなに来てほしいし!」
「そういえば生徒会に言われて部活紹介で動画出しても良いか聞かれたからOKしたよ」
「そう! 春岡高校アニメ部∞! あったよ、見たー、すごいねえ、頑張ってるね!」
そう言って大波は笑顔を見せた。
淡浜フェスは県周辺からたくさんの人がくるので、淡浜市にある学校もプレゼンしよう……! と毎年そういうコーナーが設けられている。
そのブースを今年は大波が担当しているようだ。
活動の効果もあって、小鷹さんの親戚の子みたいに、少し遠くの子が春岡を受験したりするし、結構効果ある気がする。
大波は、
「せっかくだから淡浜の色んな所行ってほしくて、学校の入り口とか、観光地にスタンプ置かせてもらってスタンプラリーとかしてるんだけど、貰えるのが海の写真のクリアファイルでしょ? 何もないより良いけどさあ……。効果あるのかなってちょっと疑問。だから小さな事から大きな事までアイデア募集だよ! マジでもう思いつかなくて」
そう言って大波は笑った。
確かに色んな所を回ってほしいのは観光協会としては当然の心理だろうけど、淡浜のフェスは、淡浜のフェスしか行かない人が多い気がする。
でも……と思いながら俺はドライバーを渡して、
「春岡から別の高校いくことが決まった時『無理……ヤダ……』とか言って不安そうだったけど元気で良かった。他にも手伝えることがあったらするから声かけてよ」
俺がそう言うと大波はパアと笑顔になり、
「優真、昔のこと覚えててくれるのすごいよね。そう、あのまま春岡にいたかった……って最初は思ったけど、今は楽しいよ。ていうか、優真、LINE変えたでしょ。名前消えてたんだけど」
「なんか引き継ぎミス一回全部消えたんだよ。なんでか分からないけど」
「もーおー。今日会ったら交換しようと思ってた。改めてよろしく!」
そう言って大波と俺は連絡先を交換した。
実はミスって消えたのは本当だけど、聞こうと思ったらすぐに明日海に聞けたし、実際何人か繋いでもらった。
でも大波だけ消えたままにしてたのは……実は中三のバレンタインの時に告白されて、断ったから……が正解だ。
あの頃は清乃の事で頭がいっぱいで、恋愛をしてるやつらを、むしろ「気楽で良いな」と思っていた。
ただひたすら余裕がなかったし、自分のことだけで精一杯で、他人なんてどうでも良かった。
でも、今考えると厨二臭い。結構痛い。かなり痛い。
それも含めて消したい過去ではあった。
今なら普通に話せそうで、俺は大波と歩き出した。
でも身長比べる時に近づかれて「おっと……」と思って逃げちゃったし、やっぱなんか俺ビビってんのか……よくわかんねー……。
てか一回告白されて断った相手って、誰でもちょっと苦手じゃねーの……?
どう対応するのが正解なんだ……って分からなくてLINE初期化されてから連絡取ってなかったんだよな……。




