優しい朝日
「どう……かな」
「……ヤバい、キモイ事ことしか言えない……可愛い……」
「お兄ちゃんがキモいことなんて知ってるし! ……変じゃない?」
「いやマジで良い。足が出てるぞ、清乃。黒のタイツ穿いたほうが良いんじゃないか? 自転車に乗るんだし、スカートがヒラヒラするぞ」
「過保護でウザ。暑いよ!」
清乃はそう言ってスカートを翻して階段を降りていった。
一階にいた両親と兄貴が「おおお……」と拍手している。
昨日の夜、結局帰宅したら24時になっていたけど、行きの電車の中で飲み会中の両親に事情含めて説明していたので何も言われなかった。
中学のスカートを抱えて帰宅して清乃は疲れもあってすぐに寝たけど、俺は興奮して眠れなかった。
みんなで夜自転車乗って駅まで行ったのも、夜にみんなで電車乗ったのも楽しくて。
四人で乗った高速バス、特有の香りは修学旅行とかで何度も嗅いだのに、全然違う堅さがあって、窓から見える単調に遠ざかるライトを見ていた。
駅で自転車を回収したのは23時すぎてて、あんなに遅い時間に外にいたことがなくて、四人で静かに、でも騒ぎながら夜道を走った。
帰ってきた後、眠れなくて外を見ていたら、深夜三時に本当に兄貴が車で帰ってきて笑ってしまった。
さすがに起きてたとバレるのは恥ずかしくて、そこから布団に潜り込んだ。
そこから一階では兄貴と父さんたちが騒ぎ始めた。
その時点で気がついていたけど……、
「……清乃、すげーいいな。……ううう……」
「酒臭い! 最悪。学校いくはじめての日にまーにい泥酔。最低すぎる」
「清乃ーー! あー、可愛い」
「くっっっさっっ!! ねえお兄ちゃん、外に明日海ちゃん待ってるでしょ、召喚して」
「間違いなく良いアイデアだ」
俺は玄関に向かってドアを開けると、そこに両手に買い物袋を持って目を輝かせた明日海が立っていた。
そして俺を見て、
「おはよう、優真くん。気温20度、湿度15%、日の出は5時10分、日没17時24分、非常に素晴らしい日ですね」
「なんだ、てめー」
「真広さんが泥酔されていると伺って準備万端で来ましたっ、お邪魔しますっっ! お母さま、シジミ持って来ました!」
「あら明日海ちゃんおはよう。気が利くわねー。シジミ良いわね~」
なんとか酒を抜いたけど完全に母さんは寝不足だ。
明日海が制服の上からエプロンを着ると、兄貴が明日海の隣に行って、
「明日海おはよう。エプロン着た明日海は可愛いな」
「ひやああああああきたああああ!! ふぃおおおおみそしる作りますからねええ? はい、ぽかりもかってきたんですよ飲んでくだしゃいね」
「明日海は可愛くなったなあ。こんな小さかったのに。本当に小さくてさあ、俺明日海がホームラン打ったの今も覚えてるんだよ」
「お酒呑んだときしか話さない真広さんの私の野球話きたー!」
「明日海、俺、眠たいんだよ」
「分かってます! でも寝る前にお味噌汁飲みましょうね、そのほうが起きた時に楽ですからねー。そのトロンとした瞳、ちょっと犯罪ですよ、真広さん、外でその顔ダメですよ!」
「ここまで飲んだの久しぶりだ。清乃~~」
「くさいって! 明日海ちゃんに絡んでなよ!!」
清乃は迷惑そうに兄貴を明日海に押しつけた。
明日海は更に距離が近くなった兄貴にデレデレしながら味噌汁を作り、かいがいしく面倒を見ている。
昨日寝る前に兄貴が父さんと「乾杯」と言い始めた声が聞こえたので「兄貴が飲むぞ」と寝る前に明日海にLINEを送っておいた。
兄貴は規定量より多く酒を飲むと、周りを褒めまくってデレまくってダラダラと絡む陽気なおじさんと化す。
この時だけ明日海のことを「可愛い」というのを明日海はよく知っていて、酒を飲むと聞くと駆けつけてくるが、兄貴は規定量以上の酒をあまり飲まない。
今日会社が休みなこともあって羽目をはずしたようだ。
そして兄貴はいつもこれを後悔する。
でもいつもしっかりしてるから、これくらい良いんじゃないかというか、ハタから見てる分には楽しい。
清乃は酒臭い人が大嫌いだ。
呆れ顔で、
「もう行く。はじめてだから緊張してたのに、まーにいが泥酔してて最悪」
「お兄ちゃんはしっかりしてるぞ、清乃。ただ酒カスなだけだ」
「言動のすべてがいつものまーにいじゃないの!! もう。……でもちょっと気が抜けて良かったかも」
「清乃ーーー!」
「臭いって言ってるの!! もうほら、私行くよ」
「可愛いな。ほんと可愛い。似合ってる。制服買おうな、兄ちゃんと買いに行こう。夏休み中に行こう、兄ちゃんに買わせてくれ」
「田見ちゃんと行くの! ほら明日海ちゃんの味噌汁出来たよ、飲んで!」
「明日海って可愛いよな」
「それ素面の時に言ってあげなって。じゃあ行こう? お兄ちゃんと明日海ちゃん」
そう言って俺たちを連れて清乃は家を出た。
俺たちは昨日終業式で、もう今日学校に行かなくて良いんだけど、校内に入るために制服を着ている。
玄関を出ると田見さんが学校のジャージ姿で立っていた。そして頭を下げて、
「おはようございますっ、わあああ……清乃ちゃん、可愛い~~~! はわあああ~~~」
「田見ちゃんごめんね。制服のシャツとブレザー借りちゃって」
「私のほうがサイズぴったりだと思うので! いえいえ、こんな名誉なタイミングで着て貰えて、私の制服名誉賞です」
「何言ってるの! 夏休み買いに行くから、一緒にいこう? 売ってる店橋下なんだって」
「それは偶然ですね。ドーナツですね、ドーナツ」
そう言って目を輝かせた。
制服のシャツとブレザーは田見さんのものを借りることにした。
明日海は身長が高く、田見さんのほうが小さい。サイズ的にも田見さんのほうが良さそうだ……と田見さんが言い出してくれた。
中学校はリボンも違うんだけど、それは明日海が昔のやつを探し出してくれた。カバンは学校指定のものがないけど、完璧に春岡中学生だ。
正直めちゃくちゃ可愛い。スマホで連写したいけど、絶対嫌がられる。そう思っていたら田見さんがスマホを取り出して、
「撮りますっ! あ、お父さまが泣きながら見てる、お願いしてよいですか?」
「はい。撮らせていただきます」
玄関で見ていた父さんは田見さんからスマホを受け取って俺たちを撮影した。
うお……嬉しいな。田見さんジャージで良いのかなと思ったけど、夏休みが終わった始業式の時、清乃の制服が揃ったらまた撮ろうと思った。
撮影を終えて四人で自転車に跨がり家を出る。
田見さんが自転車を踏み込んで、
「わああーー。数時間前にも走った場所なのに、景色が全然違いますね」
俺は後ろで漕ぎながら、
「あんな深夜に自転車乗ったのさすがにはじめてだよ」
明日海は、
「はあ~~。真広さんの泥酔バージョン、久しぶりに本当にありがとうございます。年に一度あるかないか分からない最高のコンテンツ、配給本当にありがとうございます」
清乃は眉をひそめて明日海に向かって、
「酒飲んでる人、マジで苦手。臭いじゃん。明日海ちゃんアレも好きとかさすがに病気だよ」
「最高最高。もうほんと久しぶりですよ、あの真広さんは。可愛いって言ってくれるのほんと嬉しい。永遠に酔っててほしい。いやでも今日がすっごく嬉しかったんだなーって。もう声とか動きとか吐息も含めて最高のエンタメ。しかも、帰ったら絶対後悔して謝ってくるっ!! はあああ~~~アフターコンテンツもあるんですよ?! モシャモシャ骨までいただきます」
「ヤバすぎる……」
清乃は呆れてため息をついた。
みんなでダラダラ話しながら自転車漕いでるけど、俺は心のなかですげードキドキしていた。
清乃がいて、一緒に学校に行っている。実は春岡に一緒に行くのははじめてなんだ。
小学校の時は何度か一緒に行ったけど、俺の友だちが寄ってくるのがイヤだと言われて、清乃は一緒に行くのを嫌がった。
そのまま全然学校に行かなくなったから、ほとんど一緒に登校してない。
だから何だか落ち着かなくてそわそわして、でも嬉しくて、許されるなら叫びたい。
自転車を走らせて春岡に到着した。
中学と高校の自転車置き場は違うけど、今日はもう良いだろう。
入り口近くの駐輪場に自転車を止めた。清乃は校舎を見上げて胸の前に手を持って来てキュッ……と握った。
目を閉じて長くゆっくりと空気を吸い込んで、
「……うん。心臓痛い。でも、ここからはひとりで行く。学校まで一緒にきてくれてありがとう」
「おっけ。じゃあ俺たち部室に居るわ」
「うん。終わったら行くよ。真ん中の建物の五階だよね」
「待ってる」
俺と明日海と田見さんは三人で中学と高校の間に入っていく清乃を見送った。
中学の制服を着ている清乃が下駄箱に入っていく姿を見て、俺はまっじで嬉しくて……。
これが当たり前になるとか分からないけれど、この姿を見られただけで嬉しい。
横を見ると明日海と田見さんがグスグス泣いていた。
明日海はチーーンと鼻をかんで、
「部室で寝よう、マジで寝不足。新鮮なしじみを手に入れるために隣町のスーパーまで行ったの」
「ガッツがすごいな」
「私は興奮して、昨日は特大の穴を掘ってしまいました……」
「あれから掘ったの?!」
俺と明日海と田見さんは爆笑しながら部室に向かった。
清乃が学校に来られただけで、他に何も変わらない。
それでも全然違う、大きな一歩を踏み出した。
「もうそろそろじゃないか?」
「もう終わりますよね?」
「ていうか、部室の場所って分かるよな?」
「さっき確認してましたよ?!」
「そうだ、そうだった」
もうすぐ終業式が終わる。俺と田見さんは「疲れたから少し寝よう」と言ったけど、全然無理だった。
清乃が通信の教室に行ってから45分経過……さっきチャイム鳴ったし終わったはずなんだけど、まだ来ない。
そわそわして落ち着かず、俺はウロウロが止められないし、田見さんは筋トレに勤しみすぎてゴムがペチョンペチョン音を立てている。
明日海だけ机に突っ伏してガチで寝ている。どうやら寝れないわ、そのまましじみ買いに行ったわ……本当に寝てなかったようだ。
そわそわしていると階段の方から音がした。
俺と田見さんは「!」となって、椅子に座る。同時に座って笑ってしまう。
その音で明日海も起きて「終わった?」と俺に聞いた。俺はコクコクと頷いた。
部室で普通に待ってます……という顔も違う気がして、三人で立ち上がって部室のドアを開けて廊下に出ると、
「お兄ちゃんー。部室遠いー。階段マジで無理ー」
「清乃! ……と、中田先生と、市川さん」
階段からフラフラになった清乃が歩いてきた。
その奥に中田先生と怪獣大好きな市川さんも見える。
中田先生は俺に近づいて、
「久しぶりに来たけど……階段っ……マジでちょっとこれ、運動不足にはくるわ……」
市川さんは中田先生の後ろにくっついて、
「おはようござますっ……!」
と俺たちに頭を下げた。
清乃は、
「わあー、ここが部室かあ~」
と中に入って行った。中にいた田見さんと明日海が部室の紹介を始める。
先に部室に入った清乃は一度立ち止まって廊下に出た。
そして中田先生の後ろにいた怪獣の市川さんに声をかけて、
「市川さん、ここが部室なの。きてきて!」
「あっ……はいっ……はああ……ここが本拠地……はああっ……えっ、田見さんっ……あのネイロの……!」
と清乃に呼ばれて部室に入っていった。
そして清乃が田見さんを紹介している。
おお……朝はあんなに緊張してた清乃がむしろ市川さんをフォローしているように見える。
俺の横に目を丸くした中田先生が来て、
「びっっっくりしたよ……朝普通に制服着た清乃ちゃんが座ってて。人生で三指に入るくらいびっくりしたけど、めっっちゃくちゃ普通の顔して『おはよう』って言った」
「昨日突然言い出して、俺たちもバタバタだったんですけど、なんとか間に合いました」
俺と中田先生は部室の中で話す清乃と市川さん、それに田見さんと明日海を静かに見ていた。
中田先生は優しく俺の背中をトンと叩いて、
「兄妹が学校に揃ったね」
俺はそれを聞いて、妙にぐっときてしまう。
その事はきっと色んなことをふくんでいて、でもあれこれ言わない中田先生だからで。
少し泣きそうになって、それでも普通の顔をして廊下で部室で騒ぐみんなを見ていた。




