月夜の誓い
みんなと一緒というのは隠れ蓑だ。
東京にいたとき、碧とふたりで近所にあるスイミング教室に入ることにした。
私も碧も泳ぐのが好きで、一緒に入ろう! となったのだ。
そこはお揃いの水着を買ってもよいし、買わなくても大丈夫だけどシンプルなもので……という縛りがあった。
私は絶対お揃いの水着を買ってほしかった。だって窓から見えるプール内はみんな同じ水着を着ていたから。
でも碧は「シンプルなの持ってるし、それでいいならそっちで良い」と言った。
そしてはじまった練習。私はみんなと同じ水着で「はじめまして」と小さな声で挨拶した。
その時碧は、みんなが紺色の水着の中で、真っ赤な水着で「よろしくでーーす!」と挨拶した。
みんなは真っ赤な碧にすごく注目していた。明らかに異質なものを見る目。
私は怖くて怖くて、私の妹なのに同じ水着の森に隠れた。
でも碧は同じくらいの年齢の誰にも負けずに泳いで、私より上の級からスタートした。
真っ赤な水着を着て、あっという間に皆の中心で笑うようになった碧を見て、特別だという力は、気持ちの強さも伴わないとダメなんだなと小学生なりに思った。
私はなるべく森に隠れたい。
目立ちたくない、話しかけられたくない、ただ森の中にあるひとつの木で居たい。
「……こう……みんなと一緒だと、少なくともそれが原因でハブられないというか……制服最高です……」
私は乗り込んだ電車の中で指先をつんつんしながら話した。
横に座っている清乃ちゃんは私の腕にぎゅっ……としがみ付いて、
「わかる……。イヤだよね、違うの。そんなの気にせずに飛び込めるのって、メンタルめちゃ強いよね」
「そうなんですよね……でもメンタル強者はそんなの一ミリも気にしないらしいですよ、私の妹なんですけど」
「お兄ちゃんもかなりそっち側だけど……やっぱりすごく皆をかき回しちゃったなあ……って……もうごめんなさいの気持ちがすごい……」
私の横で清乃ちゃんはうつむいた。
実は学校に行ってみたいと思ってるんだよねと清乃ちゃんが私にだけポツリと言っていた。
でも私ごときに何かできるわけでもなく……と思っていたけれど、交換REMIXが終わった今日突然清乃ちゃんがそう言い出した。
私たちは今日終業式だったので、通信部の終業式が明日なことも、中学と高校の制服のスカートが違うことも知らなかった。
だから清乃ちゃんが「明日終業式に行きたい」と言い出した時に「おおおお~~!!」とただ拍手する気持ちだったけど、どうやらそう簡単ではないようだった。
でも言われてみたら、学校に行くとき服装がそっくりだけど、スカートが違う子たちがいた。
選べるんだろうなあ、可愛いなあと思っていたけど、あれが中学校の制服らしい。
清乃ちゃんは私の肩に頭をのせて、
「田見ちゃんに会いに行くときもそうだったの。もうほんと『うおおおお今いく!』みたいな」
「あはは! はい、驚きました。私あのとき、5年着てるパジャマだったので、制服に着替えたんです」
「そうだ、よく考えたら制服だった! 全然変だと思わなかったけど……ああ、でもそれも、同じだと安心する……だよね」
「困ったら個性を消します。少しでも変だと思われたくないです……」
「わかるしか言えない。……ありがとう。田見ちゃんが背中ぐいぐい押してくれなかったら、無理だったかも。私あまりにふたりが必死にはじめてやっぱり引いちゃったし。ダメだ、やっぱり迷惑かけてるから、これ以上迷惑かけたくないって一気に怖くなる」
そう言って清乃ちゃんは前の席に座っている蜂谷さんと明日海さんをチラリとみた。
でも……と清乃ちゃんは座り直して、
「なんかこう……微妙に色々平気になってきててムズイんだよね。でもお兄ちゃんと明日海ちゃんカッコイイね」
「ほんとすごいですよ。どこぞのスーパーサラリーマンズになってますよ」
私はコクコクと頷いた。
清乃ちゃんが行くと言ってからの蜂谷さんと明日海さんの速度は速かった。
すぐに制服の調達に動いてそこら中に電話、明日海さんは小鷹さんのことを思い出した。
清乃ちゃんは私の横で、
「明日海ちゃん、前カノとインスタ交換って、すごくない?」
「私なら秒でブロックします。そもそもインスタは、何をアップすべきなのか分からないです。毎日の淡浜の海とかでしょうか」
「ひとり気象台なの? 明日海ちゃんはなあ、まーにいの事になると壊れるからなあ」
壊れるという言い方に私は思わず口元を押さえてわらった。
なによりすごいのは蜂谷さんだ。すぐに行き方を調べて高速バスのことを思いついた。
時間もすぐに調べてあの場で四人分予約。今日中にいつも蜂谷さんたちがバイトしている道の駅に帰れる。
私は最悪私の親を召喚しようと思ったけど、やっぱり思いつきで動いた時に誰かを巻き込むのは気がひける。
私たちだけで完結できるなら、それが一番良いと思う。
清乃ちゃんはスマホ画面を見て、
「お兄ちゃん変な電車とか乗りたがるタイプだからなあ」
「私も町の中を走っている小さな電車は好きです」
「それも好きだと思うけど、山の中にある電車とか乗りに行ったりしてたよ、一時期。目的もなく、電車が目的」
「ほお……乗り鉄と呼ばれるジャンルですかね。でもこうして制服を借りて帰れそうなので、それってオタク能力の活用ですよね」
「ねー。高速バス! 存在も知らなかった。知ってた?」
「高速走ってるとバス停あるなー……くらいは」
「だよね」
正確には高速道路にあるバス停から、道の駅まで歩いて移動できるのだ。知らなかった!
電車は結構混んでいて、私と清乃ちゃん、蜂谷さんと明日海さんは離れて座っているんだけど、蜂谷さんは常にスマホをいじって誰かに連絡を取っているように見える。すごいなあ……と私は清乃ちゃんの頭にスリ……と頭をすりよせて思った。
電車に40分乗って橋下という駅に到着した。地図アプリでしか見たことなかったけど、かなり大きな駅で、たくさんの人が降りた。
こっちに引っ越してきてから全く電車に乗ってないので、何か懐かしい。
明日海さんがもう受け取る手はずを整えていて、後ろを清乃ちゃんとふたりでトコトコ歩く。
清乃ちゃんが駅を出て「!」という顔をする。見るとその視線の先にミスタードーナツがあった。
「ここまで来ないと買えないんですね」
「ここが最寄りなのかも。あー……食べたいーー。でももう終わってるかあ」
「時間が結構遅いからですかね。もう23時すぎてますし」
「そりゃそうだよね。今度夏休み、一緒に来ない?」
「いいですね、そうしましょう」
私と清乃ちゃんはもうなんだか小旅行気分で「あ、あの店もある」「入浴剤すごいの欲しくない?」と駅ビルを歩いて抜けた。
今いる所は観光地で、駅も観光案内こそあるものの、駅ビルとかそういう場所ではない。
東京にいた時はたくさんあったけど、いつもひとりで俯いて歩いていただけ。
友だちがいるとこんなに色々楽しいのか……と思うけど、今日はちょっと違うので、また今度。
私は清乃ちゃんの腕をキュッと握って、
「あっ! ココスありますよ」
「ここにはあるんだ、ネイロコラボね~~。食べる系行ける?」
「ある程度はいけるんですけど、やっぱり限界がありますよね……」
「ランダムほんとクソだよね」
ふたりで笑いながら蜂谷さんと明日海さんの後ろを付いていく。
明日海さんが歩いて行った先に小柄な女性が立っていた。明日海さんが頭を下げて清乃ちゃんを呼ぶ。
清乃ちゃんはタタッ……と前に進み、
「はじめまして、蜂谷清乃です。すいませんこんな深夜に突然お願いしてしまって」
「はじめまして。小鷹です。蜂谷真広くんの先輩してます。取っておいて良かったーー! 着て貰えるなんて!」
「助かりました。あの、クリーニング出して、またこの町に、返しに来ます」
「うんわかった。お土産話待ってるね」
そう言って小鷹さんは車に乗り込んで去って行った。
清乃ちゃんは紙袋の中にある中学校のスカートを見て小さく微笑んだ。
わあああ……なんだかすっごく嬉しい、楽しい。横でスマホ画面を見た蜂谷さんが、
「行こう。ここから徒歩15分くらいで高速バス乗り場に行けるから」
といって清乃ちゃんの横に来て、
「清乃みた? ミスドとココス」
「田見ちゃんとその話してたのーー。もうお兄ちゃんも見てるの同じだよーー」
「清乃ちゃん、バスボム専門店あったよ。今度来よう!」
「明日海ちゃん~。それも田見ちゃんと話してたのーー」
清乃ちゃんはふたりの間に囲まれて嬉しそうに目を細めた。
私の横に蜂谷さんが来て、
「ココス、ネイロコラボめちゃくちゃしてるよね」
「そうなんです。東京にいた時は碧も連れてモソモソ集めてました。でも碧は身体を絞ってるので、鶏肉を焼いたものしか食べてくれなくて」
「アスリートだ。次にコラボがあったら、みんなで来ようよ。俺も明日海もココスすげー好きだからバリバリ食べるよ」
「それは助かりますっ!」
「いや、橋下の駅ははじめて来たけど、デカいな。ほらミスド、ミスドミスド!」
そう言って蜂谷さんは笑顔を見せた。
さっき清乃ちゃんと話していたことと同じことを言っていて笑ってしまう。
それでも高速バスとかを予約してくれた時はしっかりしていて……なんだかこれが『カッコイイ』というヤツなのでは?! と思ってしまう。
持っていたスマホを見て、
「兄貴だ。電話出る、ごめん。兄貴? そう今橋下。え、大阪いるんだ、そっか。いや大丈夫。清乃が終業式行くって言い出して……耳がいてぇよ!」
電話越しでも聞こえてくるほど大声が響いて、蜂谷さんが耳からスマホを離した。
どうやら蜂谷さんは、バスが無理だったら真広さんに頼もうと思って連絡をしていたみたいだ。
でも今仕事で大阪に行っているみたいで、車のヘルプは無理だった。
でももう高速バスの予約を済ませていて、私たちはちゃんと帰れる。
横に清乃ちゃんが来て、
「まーにい来れないんだ。残念、明日私の制服見られないんだね」
電話を終えた蜂谷さんが後ろから来て、
「飲んでないから今から車で今から大阪出るみたい。朝の3時には家にくるってさ」
清乃ちゃんは眉をひそめて、
「え、怖い。ホラーじゃん」
「え~~~真広さん明日の朝来るの?! 私もいくっ!! 清乃ちゃん私も明日一緒に学校いって良い?!」
「お前は通信部関係ないだろ、俺は一緒に行くけど」
「お前こそただの兄貴なんだよなあ。私は制服を思い出した功労者。真広さんに褒められる人間」
「俺だって高速バスを思いついた功労者なんだよなあ!!」
みんなでギャーギャーと話していたらすぐに高速バス乗り場にきた。
本当に駅から近くて助かった。待っていたら時間通りに観光バスのようなバスがきて、四人で乗り込んだ。
はじめてみんなで乗る高速バスはなんだかワクワクして、私と清乃ちゃんは外を見て「暗くて何も見えない」と笑った。
高速バスに1時間ちょっと。清乃ちゃんは制服を抱えて私のほうに寄ってきて、
「……明日、大丈夫かな」
「私も一緒に行きますし、みんないますよ。挨拶して通知表受け取って、あ、中田先生とお話をするのはどうでしょうか。部室も行きましょう」
「……うん。そうだね、挨拶するだけだよね」
「不安ですよね、わかります。はじめては全部怖い」
「鬼怖いよ。制服借りちゃったし、もう逃げられない。行かなきゃって思ったら、怖くなってきた。でも……うん、大丈夫。不安60、楽しみ40だよ」
「結構楽しみ多いですね!」
「うん、そう。多いよ、大丈夫」
そう言って清乃ちゃんは私の腕にギュッ……としがみ付いた。
そして到着したいつも道の駅は、誰もいなくて、それがまた新鮮だった。
自販機だけがこうこうと明るい電気を放っていて、昼間バイトを手伝った時とは別の世界。
ずーーっと並ぶ自販機が一筋のひかりみたいに見える。
私たちは道の駅でレンタル自転車を借りて、駅まで移動した。
清乃ちゃんとネイロを歌いながら夜空に浮かぶ月を見ながら。




