盲点
「お兄ちゃん。通信の終業式って明日じゃん。私、学校行こうかな」
俺は清乃が言った言葉が信じられなくて理解できなくて、何度もまばたきした。
清乃は俺のほうを見て、
「最近ちょっと元気だし、新しいことしてみよっかなって思って。でもそんなこと言ったらおにいちゃんがはにわになっちゃう。あ、もうなってる」
「……ごめん。驚いて。なんで突然……って思うのと同時にその通りで……いや、びっくりしてる」
正直市川さんみたいな子がクラスに居ると知った時。
清乃が興味を持ってそうだと感じた時。
「学校に行こうぜ!!」と思ってしまった自分をイヤになっていた。
まだ清乃に「普通」を期待するのかと。だからもう開けるのを止めようと思ったというか、ドアがあることを忘れたほうが良いな……とやっと本気で思えたのに、突然四次元ポケットから現れたみたいな感覚がすごい。
こう……どうしたらいいのか分からないけれど素直な気持ちは……俺は顔を上げて、
「終業式はちょうどいいんじゃないか?」
「そうなの。通知表受け取るだけで授業もなくて。二学期最初の日よりハードルが低いかなって」
俺たちが話している横で田見さんが指先をうにゃうにゃさせながら、
「あの……終業式って、今日だったじゃないですか……」
「いや、通信部は一日ズレてるんだよ」
「あっ、そうなんですか」
田見さんは驚いて目を丸くした。
通信部の始業式、終業式、卒業式の三つは普通校の日程からズラされている。
理由は聞いたことがないけど、俺は普通科の生徒たちに会わなくて済むようにかな……と思っている。
夏休みが始まったばかりの学校はガランとしていて人が全くいない。
その学校内を通信部の生徒がゆっくり歩いてたとバスケ部で練習してた有坂が言っていた。
本人が通知表を取りに行けない時は、夏休み中にある親の面談日に受け取る。うちはずっと母さんが夏休みに通知表を受け取っていた。
通信部の終業式は朝8時30分から教室で行われる。
先生の話を聞いて通知表を受け取って終わり。一時間授業40分だ。
普段は仕事とかで学校に来ない子たちも来るらしく、初登校にはちょうど良いと思う。
え、でも突然明日か。いやでも考える前に動いたほうが良い清乃っぽい。
そう決めたらならと家に帰って準備しようと立ち上がったら、横で考え込んだ表情をしていた明日海が顔を上げて、
「でも制服……スカートが必要だよね。終業式」
「!!」
俺は立ったまま明日海を見た。
言われて思い出した。
中学校の終業式は基本的に制服だ。それは通信部も同じ。
春岡中学の制服を持っているのは、当然だけど卒業者だけだ。
「明日海、中学の時のスカートって……」
「あげちゃったの、後輩に。だからどうしようって思ってた。ちょっとまって……今みんなに聞く」
明日海はすぐにスマホをいじりだした。
清乃は春岡に合格した時「学校に通わず成績取るから、制服は要らない」と言ったので買っていない。
母さんは買おうとしたけど、それがまた清乃を追い詰めるかもしれない……と買わなかった。
春岡中学校と高校では、スカートの柄が違う。
中学校のほうがピンク色で可愛らしく、高校になるとベージュの落ち着いたものになる。
ブレザーとシャツは同じだけど、スカートだけが違うんだ。
春岡は中高一貫校で制服が可愛くて、ゆえに値段も結構高い。
だから中学を卒業したら、近所の子で、春岡に入る子にあげるのが通例になっていて、明日海もあげてしまっていた。
俺は首をふり、
「……いや。スカート高校のでも良いんじゃないか? 誰も気がつかないよ」
「いや、そういうことじゃないですね。私はイヤ、というか、それなら行きたくない、ですね」
俺の横で言い切ったは田見さんだ。
そしてハッとして清乃に近づいて、
「ごめん、清乃ちゃんの気持ちは分からない。私はイヤだなって思ったの。はじめて行く日に同級生と違う部分があるのがヤダ。今まで来られなかっただけで、別に普通に持ってたし。みたいな顔したい! 私ならそうしたいなって思って……変な見栄っ張りが出てきちゃう……」
そう言って田見さんは指先をいじいじといじった。
横に清乃が来て、
「わかる。そう、うん。変な見栄っ張り、すごく分かる。私もそういう顔で行きたい、今まで行ってなかったのに気にしてませんみたいな顔したい。そうだった。スカートが必要だった。ごめん、明日終業式だから明日海ちゃんの制服借りていけばいいやと思って軽く言ったけど、よく考えたらスカート必要だった。ごめん。私が思いつきで言った。いつもそうなんだよね、こう! ってなったら勢いで言うけど、結局無理みたいな、ごめん」
清乃は話ながら自分を納得させるように軽く笑って椅子に座った。
いやでも、清乃はわりと「勢い」で動き始めるのだと、この前知った。
田見さんにはじめて会いに行く時も勢いだった。
ただ会いたい、会ってみたい。その勢いが清乃を突き動かして今がある。
頭で考えて考えた結果こうなってるわけで、だからなんとか……俺はスマホを持って、
「俺の知り合いにも片っ端から電話するわ。誰か持ってるだろ」
「いやごめんお兄ちゃんも明日海ちゃんもストップ。さすがに恥ずかしいわ。思いつきで学校行こうって思ったの皆に知られるのさすがにハズイ。ごめん、忘れて。こんなにオオゴトになると思わなかったんだ。行けるなら行こうかなって軽く言っただけ。ごめん大騒ぎしないで」
大騒ぎして清乃がイヤになって……を何度も見ている俺と明日海はそう言われてしまうと動けない。
でも何かできることがあるならしたいと思ってしまう。
いやでも一週間後とかならまだしも、明日。さすがに無理か。
9月にある始業式に合わせて制服を……って買っておくのが正解なのか?
でもせっかく今なのに……と思っていたら、明日海がハッ……と顔を上げた。
「マイメロ女」
「はあ??」
俺は明日海が突然変なことを言い出したので首を傾げた。
明日海はスマホをいじってインスタを開いて、
「小鷹さん! 真広さんの同僚の! 春岡出身で、中学の時の制服も全部取ってあるって言ってた!!」
「あ……!!」
BBQで会った兄貴の先輩の小鷹さん。
確かにそんなこと言っていたけど、連絡先を知らないだろ……と思って顔を上げた。
「明日海、駅で会ってインスタ交換してた」
「毎日真広さん出てこないか見張ってるよ。出てこないんだよな~。安心だけどさあ。小鷹さんマイメロ好きで、いーーーっつもマイメロの前髪クリップ使ってるから、マイメロ女って心で呼んでた」
「……思いついてすげー偉いけど……なんか呼び方に棘を感じる……」
「小鷹さんに連絡取ってみる。清乃ちゃん、マイメロ女、真広さんの元カノで今はただの同僚なんだけど、前にそんなこと言ってたの。それなら連絡取っても良い?」
清乃は「マイメロ女」とクスリと笑ってコクンと頷いた。
そうだ、そんなこと前に言ってた! もう社会人なのに制服取ってあるとか変な人だな……と一瞬思ったけど忘れてた。
明日海はすぐに電話をかけて連絡を取った。その結果、
「制服あるから貸してくれるって! 置いてある場所が橋下の実家。でも今週末で実家にいるから駅まで持って来てくれるって!」
「……橋下か」
俺はすぐにアプリを立ち上げて、今すぐ行けるか検索をはじめた。
ここから自転車で駅まで行って電車に……と思ったけれど、行ったはいいけど、帰りの電車がない。
一瞬母さんか父さんに車を出してもらおう……と思ったけれど、今日は駅前でフェスの打ち合わせ=飲み会に出ている。だから無理だ。
しかもこんなことになっているのを知ったら、ふたりとももの凄く後悔しそうだ。そういうことは後で考える。
兄貴……と思ったけど、こんなこと頼まれたらどんな仕事があっても無視しそうで突然すぎて……でも……連絡しないと恨まれそうだし……こんなことをグルグル考えている間に電車は少なくなっていくんだから、とりあえずスタジオを出て……と思っていたら、服がツンツンと引っ張られた。
「お兄ちゃんごめん。無理だよ。突然無理言いすぎた。やっぱこうなるからイヤだったんだよね、清乃本当に思いつきで……」
小声になっていく清乃の前に田見さんが来た。
「いえ。思いつきが大切です。ていうか、思いつき以外で私たち動けない、行きましょう。とりあえずこういうのは、絶対やったほうがいいよ清乃ちゃん。やってダメで後悔するのと、やらないで後悔するのは、絶対違うっ!! やってダメで後悔したら、またしようって思えるけど、しないともうすることもしなくなっちゃうんだよ!! 一緒に失敗しよ!」
田見さんは清乃の肩を掴んで叫んだ。
清乃はもじ……と動いて、ポスンと田見さんに抱きついて、
「そうだけど……どーするの?」
「とりあえずもう電車で橋下まで行きましょう。電車で40分。私のお父さんが橋下から少し離れた所で仕事してるので今連絡して、仕事が終わったあとに車で橋下に迎えに来てもらうのはどうでしょうか。橋下なら町が大きいし、ファミレスもあるだろうし、待てるかなって。高速道路のインターも近いし……」
「高速……橋下、インター、ちょっとまって……ちょっと待てよ……」
俺は田見さんの方に手を上げて話を止めてスマホを立ち上げた。
橋下の駅と高速のパーキングエリアは近い。俺は橋下のパーキングエリアの方にバイトで借り出された事がある。
俺がバイトしている道の駅と系統が同じ店が多いからだ。
そして俺はバスと電車には詳しい。
そう、だから知っている。
「高速バスがある。大阪のほうから出てる高速バスが、この時間まだある。高速バス、橋下から俺たちがバイトしてる道の駅まで来るわ。俺乗ったもん!! それで橋下から俺たちがバイトしてる道の駅まで戻れる。道の駅にはレンタル自転車があるから、それに乗って駅前まで戻ろう。それなら24時までに帰宅できる」
「優真天才~~。え、じゃあちょっともう出よ。とりま駅までいこ、もう行こ! よし、失敗でもいいからとりあえず動こう!」
明日海が立ち上がり、清乃も俺もカバンを持った。田見さんはスタジオの電気を落として皆で自転車に飛び乗った。
なんだか全然突然すぎて意味わかんないんだけど、田見さんが言った「一緒に失敗しよ!」がすごく嬉しくて、楽しくて。
それを田見さんが言うんだ……と面白くて。とりあえず橋下まで行こうと自転車を走らせた。




