知らぬが増えていくのなら
「15の主張って……そんなの書いたっけ」
「書いたじゃん、国語の授業で。珍しく雪が降って『15才だから雪食べたい』みたいなこと適当に書いたの覚えてるもん」
「15の主張じゃなくてガキの主張じゃねーか! 俺全然、何を書いたのか覚えてない」
俺は歩きながら呟いた。
今日は終業式で二時間授業だから、明日締め切りの交換RMIXのアニメを仕上げようと思っていたのに、通信の中田先生に「15の主張で受賞してるから動画撮影しよう。もう今日しかない!!」って言われた。はあ?
何のことかと思ったら、中三の国語の授業で『15の主張』という作文を書いた。いや、書いたらしい。
15才という年齢の自分が何を感じているのか……みたいな作文コンクールなんだけど、明日海はどうやら覚えてるみたいだけど、俺はそれを書いた記憶が全くない。
でもどうやら書いていて、しかも何か賞を受賞したらしい。
その授賞式が東京であるんだけど、東京以外の生徒は動画で一言挨拶するらしい。
俺は階段を登りながら、
「俺清乃に今日早いから作業しようって昨日言っちゃったよ」
「あ。清乃ちゃんまだ寝てるみたいです。だってネイロっとにログインしてないですから」
「清乃ハマってるね」
「今イベントの最中で朝イチでログインしてくると思うんですけど、まだお部屋に清乃ちゃん居ないので、今日はまだ寝てるかなって」
明日海の横を歩いている田見さんはスマホ画面を見て呟いた。
ネイロっとはネイロキャラが総出演しているマイクラと音ゲーがくっ付いたみたいなゲームで、清乃と田見さんがハマっているらしい。
最近俺と明日海がバイトしている間に、清乃が田見さんのスタジオに行き、ふたりで作業したり、ご飯を食べたりしている。
もちろん作業もしてるみたいだけど、なんだか楽しそうで俺はすげー嬉しい。
明日締め切りだから早くスタジオに行きたいんだけど……動画で一言挨拶ってなんだよ。
俺ひとりで適当に済ませようと思ったけど、なぜか明日海と田見さんが付いてきた。
明日海はカバンを抱えて、
「うちの学校を代表して写るんだから、イケメンにしないと! せっかく真広さん譲りのサラサラヘアなんだから」
「髪の毛だけ一緒でもしかたねーだろ!」
明日海は面白がってるだけだ。
どうやらその動画は15の主張のサイトに載せられるみたいで、正直イヤすぎる。
俺の横で田見さんが真顔で、
「蜂谷さんと蜂谷真広さんは、そっくりで驚きました。蜂谷真広さんはあれですね、すごく大人なので、それが表情に出ているんだと思います」
それを聞いた明日海がなぜか自慢げな表情になり、
「田見ちゃんも分かっちゃった? 真広さんの魅力」
「あ、はい。仙人みたいだなって思いました」
「なにそれ!! 真広さんそんなんじゃないし!!」
明日海が叫んで俺は大爆笑してしまった。
仙人……なんか分かる。兄貴はいつも達観してて、動揺したり慌てたりする所を見たことがない。
でもそう言えばこの前BBQの時は明日海が中村さんに付きまとわれて、兄貴にしては対応に疲れ果てていた気がする。
あれはあれで珍しいのか。マジでワンチャンあるな。俺は明日海のほうを見て、
「BBQの後、兄貴に送ってもらって、念願の車にふたりっきりだったんだろ?」
「よくぞ聞いてくれました! ちょうどそのタイミングでね、中村さんから私にLINEが入って。遊ばない? みたいな。そしたらそれを見た真広さんが友だち削除して……っていうか中村さんが勝手に私を登録したんだけど、それを削除してすぐに電話してくれたの。もう結婚ですわ、ハッピーウエディング、ようブラザー」
それを聞いた田見さんは目をキラキラさせて、
「はわあ……蜂谷真広さん、暗黒微笑蜂谷さんって感じです」
「あはははは!! ごめん田見さんの兄貴評価が暗黒強くて面白いんだけど」
明日海の惚気にヤレヤレ……と思ったけど、田見さんが見る兄貴が仙人とか暗黒微笑とかで面白すぎる。
兄貴を知った人はみんな兄貴をガチで褒めるのに、田見さんはそうじゃなくて……なんだろう……妙に面白い。
田見さんはあまり人と人を比べなくて、その人を単体で見ている気がする。
それはきっと、自分が人と比べられて嫌な気持ちになっている事が多いからだろう。
呼ばれた通信部の教室に入ると、中に中田先生がいた。
「蜂谷くんと、明日海ちゃん。それにはじめましてだね、田見さん!」
俺ははじめましての田見さんを前に出す。
田見さんは頭を大きく下げて、
「田見笑衣子です。よろしくお願いします」
「清乃ちゃんから聞いてるよ! 三つ編み長い、可愛い! ネイロ組の曲まっっじで良かった。ホント最高。先生ネイロ好きで! ていうか実はホントの事言うと、田見さんの曲、ネイロ週間ランキングで聞いててチャンネル登録してたよ」
「えっ……そんな……ありがとうございます」
「だからびっくりしちゃったよ~、蜂谷くんとアニメ作り出して! いやー、嬉しいなあ。ファンです~~」
「えー……嬉しいですー……わー……」
田見さんは三つ編みで顔を隠しながら嬉しそうに目を細めた。
なんと! そうだったんだ、知らなかった。
中田先生はかなりオタクで、ネイロも聞いてると清乃から聞いてたけど、まさか田見さんの事を知ってるなんて。
でも田見さんは新曲を出すたびにネイロのランキングには入ると言っていたから、その世界では有名なんだろうな……すげぇ。
中田先生は俺のほうに来て、
「さてと。ちゃっちゃと撮影しちゃおうかな。何書いたか覚えてる?」
「いや、まっじで覚えてなくて」
「これこれ。父さんのラーメン」
「うっっっわ……思い出した……」
俺は中田先生に渡された紙を見て頭を抱えた。
そうだ、そんな内容を書いた……と思って読み直して、顔を上げた。
「いや、なんでこんな内容で優秀賞なんですか?」
「すごく上手に書けてると思うよ。蜂谷くんこういうの得意だよね。自分の状況と混ぜながら主張書くの」
「確か本当に前日に親父が新作ラーメン作ってて。それをそのまま書いてるんですよ」
「そういうのがウケるんだってー」
中田先生は笑いながらセッティングを始めた。
書いた内容はこうだった。
ちょうどそのタイミングで父さんが新作のラーメンを考えていた。
それはとにかくインスタ映えするために、何か一種を特盛りにする……というもので、煮玉子を6つ乗せたり、メンマを特盛りにしたり、海苔を20枚乗せたり、とにかく映えさせようとしていた。俺はそれを見て、何かが欠けていてもラーメンで、ひとつに特化してれば人生成立する……みたいな感じに適当にまとめたものだった。
ラーメンで人生語るって何だか意味わからない作文だけど。それに半分がラーメンについて熱く語っていて、
「父さんのラーメン屋のCMみたいになってますけど、これで良いですか?」
「いいんじゃない? 受賞したんだし」
それを聞いた明日海がチョークを持って黒板の前に立ち、
「じゃあ黒板に私が蜂谷ラーメンの絵描いていいですか?」
「あっ、それナイスアイデア!」
「じゃあ私も描きます!」
明日海と田見さんがチョークを手に持って、道の駅にある親父がやっているラーメン屋の広告を書き始めた。
これでいいのか? まあいいのか。
父さんは最初は普通のサラリーマンだったらしいけど、ラーメン好きが高じてそのまま働き始めたらしい。
それを止めなかった同じ会社で働いてた母さん強すぎる気がするけど。
でも当時一緒に考えた『とりあえず特盛り』ラーメンは、あんまり評判が良くなくて、なぜか『ピリ辛大盛りメンマラーメン』だけ生き残ってる。
俺は明日海が絵を描いているのを見ながら、
「結局俺が苦手なラーメンだけ生き残ってるし」
「優真今も辛いの嫌いなんだ。メチャクチャ美味しいのに。手作りなんだよ。田見ちゃん食べた?」
「食べましたっ! ピリ辛に煮てあって最高に美味しかったです」
「そうあれ、山の中で取れるたけのこ、優真のお父さんが煮てるんだよ。でもね、優真は辛いものが嫌いなの」
「あっ……なるほど。あれ結構辛いですよね」
俺は小さく首をふった。
そう。実は俺は辛いものが苦手だ。なんだか舌がピリピリして旨さがよく分からない。
辛くないほうが美味しさが分かって良いと思うんだけど。
俺は笑いながら、
「俺も清乃も苦手でさあ。ふたりして『これだけは無理』って笑ってた。でも店では一番人気で今も売れてるんだよな」
俺がそう言うと田見さんは少し焦った表情になり、
「私、昨日、清乃ちゃんに晩ご飯を作ったんですけど、キムチチャーハン出してしまいました。ちゃんと聞けば良かった。無理させてしまったかも知れません」
田見さんが慌てていたら、横で明日海が、
「え、でも清乃ちゃんこの前フードコートでペペロンチーノ食べてたよ。少しなら辛いの平気になったのかも。だって私も同じの食べたけど、少ししか辛くなかったもん」
と言った。
え……俺、全然知らなかったんだけど。どうやら……、
「ふたりの話聞くと、少しなら平気になったのかもな。へー……知らなかった」
というか、俺は辛いものは全般苦手なので、少しでも食べてみようと思ったこともなかった。
そっか。清乃食べられるようになったんだな、知らなかった。
俺が少し驚いていると中田先生が来た。
「さ。撮影しよっか。簡単で良いよー」
「わかりました」
俺はカメラ前に立った。
話している間に明日海と田見さんが黒板に父さんの店の広告を描いていてくれた。
それが上手くてちょっと笑える。
俺は顔を上げた。
「今回は父さんのラーメンのCMみたいな話で賞をいただけて嬉しいです。部活の仲間が黒板に描いてくれたように道の駅にお店があります。色んなラーメンの事を書いた文章なんですけど、今はピリ辛大盛りメンマラーメンしか残ってないんです。俺は辛いのちょっと苦手なんですけど、美味しいらしいので……もう一度トライしてみようかなと思いました」
これで良いかな……と中田先生を見たら「(ばっちり)」と指を立ててくれた。
撮影終了。俺たちは通信部の教室を出た。
俺は階段の奥にチラチラと見える海を見て考える。
俺のなかで清乃は、ちょっと前の時点で完全に止まっていて、たぶん新しくなっていない。
清乃辛いもの食べられるのか……もう食べられないのは俺だけなのか……? なんか悔しくないか……?
でも俺の知らない清乃が増えてるなら、俺も清乃が知らない俺だって、増えたほうがいいじゃん……って同時に思った。
俺は階段を降りながら、
「明日海がいつも飲んでるオレンジの炭酸うめーの?」
「え? 優真炭酸飲めないじゃん。喉痛いって」
「いや、うめーのかなって。いつも明日海旨そうに飲んでるじゃん」
「美味しいよ!」
そう言われて家に帰る途中のコンビニで買って飲んでみたけど、やっぱ炭酸って喉痛いだけで味分からなくね?
俺は海を見ながらそれをグッ……と飲んでみた。




