海の底で一緒にゴロン
「カッコ良すぎて無限に聞ける……」
私はヘッドホンを耳に当てて、首をふるふるした。
カルマさんがRIMXしてくれた私の曲があまりにカッコ良くて作業の隙間にずっと聞いてしまう。
というか聞いていると「この手があったか!」と気がつけることがあって、今している自分の作業に活かせるのだ。
今までずっと人と一緒に作業するとか、人と曲を作るとか、怖くて無理で絶対してこなかったけど、
「尊敬してる人だと、こんな風になるのか……」
はあああ……ともう一度首をふるふるした。
ずっとひとりで作業していたから「こうなったらこう」と決めてしまっている。
その他の可能性はすべて試したと思っているからだ。でもきっとそれはものすごく小さな島だ。
かなりの曲を聞き込んでいると自負してる。人より孤独で時間もあったから。でもそれは「自分の耳で」聞いているんだ。
私というフィルターを通してアンサーを出しているから、私の島を出ることはない。
自分最強だと信じて疑ってなかった。自分が作る曲に関しては自分が一番よく分かっていると思っていた。
「分かってるからこそ、冒険心は死んでるのか……」
頭でっかちってヤツ……?
私はカルマさんがRMIXしたやつを聞きながら呟いた。
一回落ち着こうとさっき返ってきていたカルマさんから届いたメールを見てニヤニヤした。
『ポエトリーが来ると思わなかった! メチャクチャカッコいいじゃん、お手紙交換じゃん、ありがとう完成が楽しみ!』
へへへ……。
実はカルマさんから来た曲が嬉しくて、私も蜂谷さんたちに聞かせた冒頭だけカルマさんに送ったのだ。
私は曲に関してはかなりの完璧主義で、特に音楽を制作途中で聞かせない。
仕上げ前の物を聞かせるなんて失礼だ……と思ってしまうから。でも今回は別。
でもあまりにラップが嬉しかったから。
それを聞いてくれたカルマさんがすぐにメールをくれたのだ。
すごく喜んでくれたみたいで、こんなメールが返ってきた。うへへへ……。
でもなあ、だからこそなあ……。
「さっきから田見ちゃん、うへうへしてるだけで、何もしてない」
うにゃうにゃしていると真横に紅茶をいれた清乃ちゃんが立っていた。
今日蜂谷さんと明日海さんはバイトで、私と清乃ちゃんはRMIX作業が最終局面なので、ふたりでスタジオで作業している。
私はヘッドホンを置いて清乃ちゃんを見て、
「そんなことないですよ! 順調に作ってますっ……! もうラスパですよ!」
「パアアアって喜んだと思ったら膝抱えてむにょむにょ動いて叫んでてさすがに面白い」
「だって、だって、嬉しいんですけど、あんまり私が嬉しいって思ってるのを気がつかれたくなくて、でも嬉しいんです!」
「あはははは! 面白すぎる。休憩しよ? 良い感じに出来てるんだ」
「見たいですっ!!」
私は席を立ち上がって清乃ちゃんが作業しているデスクに向かった。
今回の交換RMIXは音楽とサムネのみ交換という話だったけれど、全組が中のPVも変更することになった。
たぶんみんなちょっと楽しくなってるんだと思う。こういうのすっごく良いなあと思う。
私がポエトリーを追加したことにより、清乃ちゃんはカルマさんのPV内にさくらちゃんを追加することにした。
部屋の中にけだるげに座るカルマさんの横に、さくらちゃんが現れて顔をのぞき込む。
そしてこっちをチラリと見てセリフを吐き、ポエムの文字で作られたノイズで消えていく。
「!! かっこいいですっ……!!」
「ね。良い感じ。お兄ちゃんと明日海ちゃんが作ってくれた文字のノイズがすっごく良いの。これパスで作られてるから解像度フリー。拡大してここから出てきたり、一緒に消えられたりして使いやすい」
「おおおおーー! カルマさんに触れたりしてるんですね、すごい」
「そう。ここだけちゃんと顎に触れようかなと思って頑張ってる。田見ちゃんの歌詞もそういう感じじゃん?」
「そうです、ここだけ挑戦的な感じにしてみましたっ……!」
「田見ちゃんが『お前を泣かせるのはどこの馬の骨だ片腹痛いわ』ってポエムで吐いてるのがメチャクチャカッコ良くて頑張ってる」
「あっ……やめてっ……ポエトリーを読み上げられると恥ずかしくて消えたくなりますっ……!」
「そっか。いやでもここ一瞬弱気になったカルマさんに気合い入れるみたいですごく良いから。カルマさんも絶賛してくれたんでしょ?」
清乃ちゃんは紅茶を飲んで私のほうを見て言った。
その通りで、カルマさんは『この挑発してくる所、最高に絵で見たい~~たまんない~~!』と言ってくれた。
気に入っているし、気に入ってもらっている……でも……と私はポッキーをポリポリと食べた。
「……好きが、怖くて」
「うん」
「ずっとひとりで作ってきて、自分の好きだけで生きてきて、他の人の反応とか、わりとどうでも良くて」
「わかる」
「でも誰かと作ると面白いのは分かってきたんです。でも……」
私が言葉に困っても、清乃ちゃんは静かに頷いて聞いてくれる。
楽しい、楽しいと思うの同時に同じくらい悲しくて怖くて泣きたくなって逃げ出したくなってくる。
「好き」を作り続けるのは、痛くもかゆくもない。それこそ、誰も聞いてくれてなくてもいい、ただそこに「好き」を吐き続けるだけだ。
でも「好き」に対して「好き」だと言ってくれる人がきて、しかもそれが良いものだと知ってしまうと……、
「次も、これから先も、ずっとずっと褒めてほしい……って思っちゃうのが……イヤで……そんな事のために作ってたんじゃないのに……って」
「分かる~~。ただ好きだったのに、嫌われるんじゃないかって不安が生まれるんだよね~~」
「そうなんです、こう『好き』が返ってくると、次は……? って考えて、もう怖い……」
ひとりで「好き」を吐いているんじゃなくて、誰かと「好き」を交換するというのは、同時に「嫌い」も発生する。
俗に言う「意見交換」と言われるものだけど、もうそれが私は怖くて仕方ない。
私は紅茶を飲み、
「なんとも思ってない人に嫌いと思われてもなんとも思わないんですけど、ちょっと好きだな、良いなと思った人に嫌われたら、もう死にたいです」
「あははははは!! わかる、すっごく分かる、分かるよおおおお。だったらもう好きとか思いたくないし、全部イヤだよね」
「わかります、わかります!」
私と清乃ちゃんは「怖い怖い」と首をぶんぶん振った。
この気持ち、絶対清乃ちゃんしか分かってくれないと思った。
これきっと、もっと小さい頃なら、ここまで考えないでできることだと思う。
好きかな、嫌いかな、どこまで入っていいかな、ダメかな。
何度も何度も話して経験して積み重ねていく事なんじゃないかなーって蜂谷さんと明日海さんを見てると思う。
何度もして、自分の大丈夫な境界線を探して知っていく。
でも私も、清乃ちゃんも、そこをすっ飛ばしている。
中途半端な大人で子どもで、傷ついたら傷が大きくて、治るのも遅い。
大人なぶんだけ頭でクルクル考えて更に怖くて仕方がない。
清乃ちゃんはポテチをカリ……と食べて、
「……私さあ……実は学校行ってみたいんだよね……」
「そうなんですか」
私はなんで声にコンプレックスを持ちながら学校に通い続けていたかというと、お母さんが「そのままでいいの。普通にしていたら、そのままの笑衣子の声を好きって言ってくれる人に出会えるわ」と言ってくれていたのが大きい。
事実、幼稚園の時にピアノを教えてくれた先生や、BBQの時に褒めてくれた人たちが居たし、お父さんと一緒にライブハウスに行けば私なんて目立たないレベルの凡人だった。そして高校に進学して蜂谷さんに出会った。
だからお母さんは結果的に正しかった。
でもこんなの結果論で、誰にでも当てはまると思えない。私はそうだっただけ。
ラッキーとアンラッキーに正解はなくて、場合によっちゃ死んでる。
そう言うと清乃ちゃんは小さく笑って、
「……田見ちゃんだから言ったんだと思う。うちの家族が実は私が学校行きたいと思ってるって知ったら大騒ぎだよ」
「この騒ぎは三日三晩続いた@三国志……になりそうです」
「あはははは!! なんで三国志出てきちゃうの笑う」
「最近履修したので……」
蜂谷さんの一家は本当に良い人たちで、メチャクチャ清乃ちゃんが大切で、すごく大切にしてるのが肌で分かる。
過保護とかじゃなくて、一度壊れてしまったものをもう一度外に出すタイミングが分からないんだと思う。
だから、そんなこと言ったら、
「喜ばれた後に、やっぱりやーめた……が言いにくくて……怖いです……」
「そうなのよー。だから言えなくて。でもその気持ちがゼロじゃないってこと、口には出したくなるんだよね」
「分かります。私も他の人と何かしたい。でも怖いです」
私と清乃ちゃんは「分かる分かる」と言いながら作業を進めた。
話ながら、少し自分が大きくなったというか、すぐに傷が付かなくなってきたように感じた。もうちょっと外に出ても、もう大丈夫なんじゃないかなって思った。
だって誰も居なくなっても、きっと清乃ちゃんがいるし。
それは一度落ちたらもう終わりだって思ってきた感覚のなかで、とんでもない安心感を生んでいる。
海に繋がっている滑り台で落ちても、まあ命綱あるし? みたいな感覚。
清乃ちゃんにとって私がそうだと思うし、そこに誰かいると、そこまで心配しなくて大丈夫なんだよって事を蜂谷さんに分かってもらえたら、こう……清乃ちゃんも楽だと思うけど、私に何か出来ると思えなくて、清乃ちゃんと最近一緒にはじめたネイロのゲームをして一緒にご飯を食べた。




