それもちゃんと
「淡浜フェスにカルマさんがゲストで来る? ごめん、俺全然知らなかったんだけど、ゲストで来る歌手の人ってネイロ系の人なの?」
「いえ、全然違います、ONEさんはアコギにアカペラで歌う方です」
お昼ご飯を食べていたら、田見さんが「淡浜のフェスにカルマさんが来るみたいです……」と話し始めた。
フェスで行われる歌イベントは、毎年アコギを抱えた人がのんびりとした曲を歌うことが多い。
会場にいるのも年配の人たちがビール飲みながらゆっくり聞く……みたいなイベントだと思うんだけど……。
田見さんはSNSのアカウントを開いて、
「カルマさんは別名でアコギで歌手活動もされてるんです」
そう言って見せてくれたのは『うまぽて』というアカウントで、女性ふたりがアコースティックギターを持っているアイコンだった。
田見さんは写真を拡大して、
「ポテトと名乗っているのがカルマさんです」
「あー……確かに。メイクを落として服装を部屋着にしたカルマだ」
そうなんです! と田見さんは大きく頷いた。
カルマさんはネイロ曲を出している時、いつも派手なラップをメインで歌っていて、メイクも服装も派手だ。
だからかなり違って驚く。田見さんは写真を移動させて、
「ウマコと名乗っているのが浮遊0さんなんです」
「へ~~。浮遊0さんこういう感じの人なんだ。ネイロの時は顔出ししてないよね」
「そうです!」
カルマさんがかなり若くて、浮遊0さんは結構年上に見える。
でも『うまぽて』のフォロワーは250人くらいしかいない。
ネイロのアカウントはふたりとも5万人くらいフォロワーがいると思う。
どうしてここまで差があるんだろう。俺がそう言うと、
「ネイロとアコギは音楽の方向性が違うのでアカウントを分けているんです。でも秘密にしてるわけじゃなくてプロフィールサイトには書いてあるんですけど」
「へー……。清乃も好きなアニメごとにアカウント持ってるな。そういう感じ?」
「そうです。プロフィールまで見る人は少なくて、だからふたりがこういう活動をしていることを知らない人も多いです。実はうまぽての活動のほうが先にされてるんですけど。浮遊0さんはウマコさんとしてかなり長いキャリアがあって、わたしはウマコさんの曲のほうが聞き慣れています。でも浮遊0さんのすごい所は昔ながらの音楽をネイロで見事に再現していることなんですけど、両方知ってないとこの美味しい所を知れない……あっ、これはカルマさんも同じです。ふたりは長く一緒に活動されてるんですけど、ネイロではあまり一緒に活動されてなくて淋しく思っているんですよね、絶対面白いのにって」
「へえ」
田見さんは音楽のことになるとこれ以上ないほど早口で話すし、最近は俺の前ではかなり地声で話していて、それが少し嬉しい。
ただ勢いがすごいし、何を言ってるのかあまり分からないけれど、自分の声が嫌いでずっと黙っていた田見さんが楽しそうに話している……それを見られるだけで実は楽しかったりする。
横で明日海が食べ終わったお弁当箱を片付けながら、
「んで、会うことにしたの?」
「曲がっ……あまりに素晴らしくてっ……その感想を伝えた流れで淡浜フェスの話になり、だったらそこで会おうよ……と言われてしまいっ……一日経った今、何をしてしまったんだ……と落ち込んでますっ……!」
「そうだー、田見ちゃんの曲めっちゃカッコ良くなってて感動した! やっぱカルマさんヤバいね」
「もう私がカッコ良くして貰えたみたいでっ! 嬉しくてテンションでこんな事に……!」
田見さんは「曲は、曲は好きでっ!」と何度も唇を噛んで叫んだ。
田見さんが「苦手です……」と言っていたカルマさんと会おうと決めるほど、曲は本当にカッコ良かった。
清乃は聞いた瞬間に「!」となって部屋に消えていった。朝起きてきた清乃の目は腫れていて真っ赤だったから、きっと嬉しくて泣いたのだろう。
ずっとファンだった人に自分が関われるのは刺激になったみたいで、交換RMIXのアニメを朝から気合い入れて作っている。
俺も食べ終わった弁当箱を片付けて、
「まあ淡浜のイベントは8月のお盆だし、結構遠いんだよな。規模がデカいから準備は始まってるけど」
「うちももう動いてるよー。一年分のビールが売れるんだもん。あのイベントがなかったら星野酒店はとっくに潰れてる」
「そんなにすごいんですか……?」
田見さんはポッキーをぽり……と食べて俺たちをみた。
田見さんは今年引っ越してきたから知らなくて当然なんだけど、淡浜フェスはうちの県で一番大きなものだ。
バイト先の道の駅は、年間に来る客の三分の一がこの一週間で訪れる。
「町の店全部が参加して盛り上げるからすごいよ。イベント会場のバイトもこの辺りの高校生と大学生が全員借り出されるから。もちろん俺たちも」
「! そうなんですか」
「会場設置から全部手伝うんだよ。俺は道の駅もあるし、明日海はイベント会場でも店でも忙しいよな」
「すっごいよ……今はもうビールのデザインしてる。今年はこんな!」
そう言って明日海はスマホの画面を見せてくれた。
そこには赤と黄色の夏っぽいデザインがあった。文字が花火みたいにはじけていて、カッコイイ。
田見さんは目を輝かせて、
「すごいです、かっこいいーー!!」
「でしょう。もうパンフレットに載せるから、来週には必要で」
「すごいですね、楽しみですね」
田見さんは目をキラキラさせた。まあ俺もバカでかいイベントは嫌いじゃないけど、正直気温次第という気がする。
メチャクチャ暑いんだよなー……。話していたらスマホに有坂からLINEが入った。
『手伝ってくれるって言ってたじゃねーか! 来てくれよ!』
俺はそれを見て口を抑える。
「あ。そういやグループワークのやつ、運ぶの手伝うって言ってた」
「和紙? いってらー!」
明日海はポッキーを食べて俺にひらひらと手を振った。
そして次に兄貴に作る料理を田見さんに相談しはじめた。
ちょっとだけ田見さんも一緒に来てくれないかな……と思ってたけど、明日海と楽しそうだからひとりで行くか。
俺はひとりで部室を出て資料室に向かう。
五階から降りて中学校と高校の間にある資料室に行くと、中で有坂が待っていた。
「優真ーー、やべえ、思ったより量がある」
「これ? 結構あるな。でもまあ、一回で行けるだろ」
俺は置いてあった段ボールを持った。
今日の五時間目はグループワークだ。竹取物語の続きをみんなで考えてそれで終わりだと思っていたら、どうならそれを巻物に書くらしい。
巻物! その巻物は和紙を使って手作りするみたいで、それを日直の有坂が運ぶことになっていた。
量が多いから手伝ってくれよ~と言われて来たけど、たしかに量が多いな。
箱の中には和紙がロール状になったものや、外に使うのか……派手な和紙が入っている。
ふたりで段ボールを抱えて資料室を出る。
俺はふとさっきの話題を思い出して、
「有坂の所って寿司屋だよな。淡浜フェスの時、店やるの? 屋台出すの?」
「両方やるんだよ。親父は店で寿司握って、いなり寿司を屋台に出すんだよ。そうか、もうその時期か、手伝い大変なんだよな」
有坂は歩きながらため息をついた。
有坂の家は淡浜から少し入った所にあるお寿司屋さんだ。回らなくて高い店なので、俺は一度も行ったことがない。
すげー旨いとは兄貴から聞いたことがある。俺は段ボールを持って歩きながら、
「有坂は寿司職人にならねーの?」
「無理だろ!! 魚捌くのメチャクチャ技術必要だぞ」
有坂は叫んだ。
俺は田見さんが凄まじい速度で魚を捌いてたのを思い出しつつ、
「あれ職人の仕事だよなあ」
「職人って次元じゃねーよ。だって親父の下に付いている人、高校生で俺と同い年だからな」
「高校行ってないってこと?」
「ここの通信なんだよ。受けられる時に授業うけて、後は修行してるって。そんな奴らばっか居るんだぜ。俺なんて無理無理」
「いなりの時点でメチャクチャうめーもんな。いつか金持ちになって有坂の親父さんの寿司食ってみてーなー」
「一回で三万とかだぞ!」
「……やべえ……」
「それなのに俺には弁当のひとつも作ってくれねーから、マジでなんだかなーってやつだよ」
そう言って有坂は両肩を上げた。
そういや有坂の家はお母さんが亡くなっているって芝崎さんが言ってたな……とふと思い出した。
料理人は自分の家では料理しないって本当なのか……と少し思う。
でもそういえば、
「最近弁当作ってきてるじゃん。じゃああれ自作?」
「そう。やってみたらわりと面白いわ。俺さあ……家に親父の女が居てさ。一緒に住んでるんだわ」
俺は有坂がはじめた突然の身の上話に一瞬立ち止まる。
「これ軽く聞いて良い話なのか?」
「いや、俺の母ちゃん死んでること、芝崎さんが話しちゃってゴメン……って謝ってきたから、もういいかと思って」
「あ、そうだごめん、聞いちゃったそれ」
「いや別に良いよ。てか優真には言ったと思ってた。俺の母ちゃんは店の仲居だったんだけど死んじゃってさ。その後に入ってきた別の仲居さんと付き合いはじめて、今その人家にいるんだよ。その人、一ミリも料理しなくて。もうすげーんだよ。なーーんもしない。下着姿でダラダラしてるだけ。高校生男子の前で巨乳ブルブルさせてキャミ一枚で酒飲むなって思うんだけど、仕事の時は着物でカッコ良いんだよなー。その人も俺が作った朝ご飯『美味しい』って言ってくれてさ。そういう料理は楽しいわ」
「……へー……」
下着姿で巨乳ブルブル……。
有坂は巨乳好きだけど、それが関係したりしてるのか……と一瞬思ったりする。
有坂は、
「何も楽しいって思えなかったけど、飯を作ってそれを誰かが食べて笑顔見せてくれるのは、良いもんだなって思った」
「続けろよ、いいじゃん」
「でもなー……料理って親父が寿司職人でさあ……俺みたいなライトな感じで料理楽しいなって言いにくくね?」
俺は箱を持ち直して、
「俺だって田見さんみたいに曲作れないし、清乃みたいに絵描けないし、明日海みたいにデザイン出来ないけど、アニメ作ってるぞ。好きだからな」
「あの三人は一緒にいたら爆発するだけで、形にならねーだろ。……なるほどな。そういう感じに好きでも良いのか」
「良いに決まってるだろ。俺の親父だって道の駅でラーメン作ってるし。あ、バイト常に募集中だぜ」
「! そっか。それ夏にバイトしてみると、アリだな」
「飲食バイトからしてみるの悪くないと思うぜ。ラーメン面白いし」
俺たちは荷物を運びながら教室に入った。
最近思うんだ。田見さんや清乃みたいに天才じゃなくても、好きに隣りにいるのは楽しいって。
それもちゃんと好きの形だって。




