表の顔と、裏の顔
「……俺マジでダメだなって、しみじみ思ったわ……」
「その通りだけど、どうしたの?」
「まず否定しろ。『ダメなんかじゃないよ優真』って言うべきだろ」
「言うとおりダメなヤツだけど、仕方ないから聞いてあげるよ、どうしたの?」
「……ゆるぎねー態度だな……」
俺はバスの中でため息をついた。
今日はバイト終わりに兄貴の家に行く日だ。
ゆっくりと暮れていくあかね色の空を見ながら窓ガラスに頭をコツンと置いた。
「昨日田見さんのスタジオで、カルマさんの交換RMIXの方向性について話し合いをしたんだけどさ」
「あの田見ちゃんの歌詞が後ろで聞こえてる曲すごいねえ。びっくりした。音楽の後ろで人のセリフが延々聞こえてる曲はじめて聞いたよ。そんなことしたら両方聞けなくてニャ~~ってなるかと思ったけど、全然平気だね」
「すげえよ。ほんとすげえ。でもさあ俺……もう全然……清乃学校行こうぜ!! しか思えなかった……」
「あーー、あのぬいぐるみの子? 通信にいるんだって? しかも登校型。えー、私もぬい見たい。教室行こうかな」
「明日海みたいにパワーの塊が行くと、怖がられそう。行くなら俺と一緒にしろ」
「優真はそういうの上手いよね、そうする」
明日海はふんふんと頷いた。
そういうの上手い……上手いだろうか……。
俺は昨日スタジオで、清乃が「……こういうのが趣味の人も、同じ通信学部にいるんだね……」と言った時、じゃあ行ってみようぜ、優しそうな子だったし、なにより理解があるし、清乃のぬいぐるみ作ってくれたんだぜ?! と喉からもう飛び出して舌の手前まで来てた。
行こうぜって。言いたくて仕方なかった。
でも田見さんの言葉は、
「『知られたら死ぬって思いながら生きてきたから、全部含めて外で言わない人ってすっごく多い』……だもんな。すげー清乃に寄り添ってる。あぶねえ……俺ひとりであのセリフ聞いたら絶対『よし行こうぜ!』って言ってた。俺清乃にメチャクチャ学校行ってほしいと思ってるんだな、もうそういうの良いって口では言ってるけど、やっぱ母さんは今も仕事セーブしてるし、結局やっぱどうしても気になってるのを見てるしさあ……。あー……ダメだー……」
「なるほど。自分の至らなさに悲しくなったというより、自分のエゴに気がついて落ち込んでいると」
俺はあまりに的確な明日海のコメントに目を少し開いて、
「その通りなんだよなあ。」
「今、私も同じなんだよなあ。それをシンプルに吐ける相手がいることに感謝することになりそう。見て、駅」
「え? 何?」
「降りたらたぶん見える。私、真広さんに関係すること、すぐに分かるんだ」
明日海と俺は駅に到着したのでバスから降りた。
なんだろう……と思いながら明日海が首をフイとした方向を見たら、駅にスーツ姿の兄貴と、同じくスーツ姿の……あれはBBQで会った……小鷹さんが居た。
兄貴の車がロータリーに停めてあり、兄貴は運転席に座ったまま。横に立った小鷹さんは運転席に顔を近づけて話している。
状況から見るに、仕事が終わって駅まで送って……みたいな感じだろうか。
小鷹さんは少し大きめな荷物を持って笑顔で兄貴と話している。
明日海はそれを見て俺の横で静かな声で、
「……正直真広さんの近くに女の人がいるの、ほんとイヤ。こういうの見ると自分が高校生で無力な存在だってことに苛立って仕方ない。どうして私がお姉ちゃんの年齢で産まれなかったんだって今まで千回くらい思ってる。私が絶対一番好きなのにな。絶対絶対私が一番好きなのに、どうして私は真広さんの彼女じゃないんだろうって、そんなことを真剣に思う私が怖いんだよなあ」
明日海はふたりから目を離さず、表情ひとつ変えずに言った。
おわー……。ガチすぎるー……というか、BBQの時も、このふたりを見てる時は笑顔なのに目が笑ってなくて、大丈夫か……? と少し思っていた。
そもそも俺、兄貴に電話した時一回女の人が出て、それが小鷹さんだったのは間違いない(兄貴もそう言ってたし)。
それはたぶん前カノとかだと思うんだけど、今は付き合ってないっぽいし、それを明日海が知ってるのかなー……と思ったけど、よく考えたら前カノとか今カノとか関係なく、全部イヤなら知らなくても同じかあ……とか思う。
俺たち今から兄貴の部屋行くんだし、ここは何も見てなかった感じにするんだろうなー……とスルー……と見つからないように歩き出したら明日海はまっすぐにふたりに向かって歩いて行った。
えええええ?!?! 俺は漫画みたいに三度見してしまった。
そこまで呪詛を吐いて?! ふたりに向かって歩くんだ?!
え? まさか物理で排除?! 明日海?!
俺は慌てて追う。
大丈夫か……? と、横で見ていたら明日海はふわりと笑顔を作って、
「真広さんと小鷹さん、おつかれさまです! お仕事終わりですか?」
「おお、明日海。時間もちょうど良いし、明日海たちが駅で拾えるかなと思って待ってたんだ」
「そうなんですか! ありがとうございます!」
明日海はさっき呪詛を吐いたとは思えない笑顔を兄貴に見せた。
え、すご。
小鷹さんは明日海に向かって、
「わあああ~~! 春岡の制服だ! わあああ~~、懐かしい、懐かしいよおお~~。変わってないね。あっ、ごめんね、明日海ちゃん達が来るって聞いて私も待たせて貰っちゃってた」
「小鷹さんお久しぶりです。先日はお世話になりました。教えていただいたお菓子ネットで取り寄せたんですけど、すごく美味しかったです!」
「え、ひょっとして芋羊羹? でしょうでしょう?」
「本当にビールに合うみたいで、お母さんもびっくりしてました」
「そうなのよー、わあ嬉しいー! ごめんね、これからご飯なんだよね。私、実家帰るから駅まで乗せて貰っただけなの」
小鷹さんはそう言って持って居た大きめのカバンを見せた。
そして、
「週末は手伝うために家族のところに行くことにしててね。電車で40分だし、うちの会社の商品安く買えるから助かっちゃってる」
「そうなんですか、大変ですね」
「ううん。私は家事やりにいってるだけ! 明日海ちゃんの制服みたら懐かしくなっちゃったよー。私中高両方とも制服取ってあるの。姪が今小学生なんだけど春岡行くならあげたいと思って!」
そして「じゃあ行くね」と小鷹さんは笑顔を見せた。
明日海は「小鷹さん、インスタされてますか? お菓子とっても美味しかったから、また何か教えてください!」とID交換をしていた。
ええー……強すぎないか……。
俺は全てのやり取りを後ろでポカンとして見守った。
兄貴は助手席から、
「じゃあ家行く?」
明日海は首を少しだけ傾げて、
「真広さんすいません。途中の亀岡麹店で買い物したくて。あそこ駐車場ないじゃないですか。荷物だけ持って行ってもらって良いですか? 買い物済ませて優真と歩いて行きます」
「おっけ。じゃあふたりともカバンだけ預かるよ。え、亀岡の春限定味噌?」
「そうです。予約しておいたんですよー! 味噌キュウリ、真広さん大好物ですよね」
「え、嬉しいな。じゃあ車停めて俺も向かうよ」
「じゃあ電話ください」
そう言って明日海は兄貴の車を手を振って見送った。
そして振った手を、だらり……と落とした。
俺はスススと明日海の横に行って、
「俺に味噌取りに行かせて、兄貴の車に乗ると思った」
「……っうううううう~~~。気持ちがまだ落ち着いてないんですよねええ~~。これがベストな行動だと思うんスよおおお~~」
「いつも通りの明日海になった。呪詛吐いてたのに、インスタなんで聞いたん?」
「真広さんの写真がアップされるかもしれないじゃん。会社の真広さんは見たいよ!」
「……すげーなお前、つええ……」
敵だと認識しながら、それでも兄貴が写ってるなら写真見たいとか、ソルジャーなのか?
明日海は教えて貰ったインスタをサーーーッと見ながら、
「真広さんインスタしないもん。ほらほらほら! こんなに居る! ていうか真広さんだけ居る!」
「あー……」
たぶん前カノだから遡れば遡るほど出てくるし、致命傷も出てくるのでは……?
明日海は、
「たぶん一年前には別れてるね、これは。ここから真広さんだけ写ってないもん。ここから会社の人たちと写ってる」
「……えーっと……ご職業は探偵ですか?」
「見りゃ分かるでしょうが」
「いや、一回兄貴に電話した時に小鷹さん出たからさ、そうなのかなーと思いつつ、言うのも……と思ってたけど」
「分かるよそんなのすぐに分かる。でもそんなの関係ないもん、私が結婚するんだもん。絶対絶対私が一番良い女!!」
「っ……あはははは! つええ、つええーーー」
言い切る姿が強すぎて爆笑してしまった。
明日海は「行くよ!」と亀岡麹店に入って予約していた味噌を買い、なぜか俺に持たせてインスタの写真をアップした。
なんで俺……? 自分が写って『これから兄貴の家でご飯作りますー!』ってやるのかと思ったのに。
そう伝えたら静かに首を振って、
「絶対小鷹さん真広さんに見せるもん。その写真を真広さんに見られたくないの。私さっきバスの中で寝ちゃって髪の毛モシャモシャなんだもんー! ちょっと髪の毛直したいから、鏡持って!」
「さっき見られてるからもう良いだろ!!」
味噌を受け取って、スーパー横で明日海は髪の毛を整え始めた。
数分後には車を停めた兄貴も合流して一緒に買い物した。
その頃にはイライラしていた明日海もいつも通りの明日海になっていて、兄貴が持つ籠に可愛く自分が好きなお菓子を入れたりしていた。
本音を隠して笑顔で恋してすげーよな……と思いつつ、俺もああいう気持ちは明日海に吐いてると『形が見えてくる』なあと思った。
実はまだまだ学校に行ってほしいと思ってるなんて母さんと父さんには言えない。兄貴も俺と同じくらい清乃に対して思いがあるから、言えない。
田見さんは……田見さんなら「あ、それ重いです」って真顔で言うだろうな。
なんか真顔で「そろそろ私の父はラーメンの食べ過ぎで死にます」って言ってたの思い出して笑えてきた。
田見さんってたまに真顔で変なこと言うよな。
ずっと「ダメだ-」と思ってたけど、いつの間にか楽しくなっていて、俺は籠の中に後ろからネクターを入れた。
これ旨くて好物。




