あなたがいるなら、私だけの色を(田見視点)
「すごい時代になりましたね……」
「ねえ、立体だよ、立体。すごいなあ……」
「清乃ちゃんが描いた絵そのままなのがホントすごいと思うんです」
「ねーー! もちろん全体は頭に入れながら描いてるけど、実際こんな風に作ってもらえると嬉しいねえ」
清乃ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
清乃ちゃんが所属している通信学部の女の子……市川さんが、清乃ちゃんが作ったアニメの怪獣を気に入ってぬいぐるみにしてくれていた。
これがもうポテリとしていて可愛いのに、ちゃんと怪獣の造形をしていて、ちょっと怖くて、すごい。
蜂谷さんはお茶を飲みながら、
「こういうぬいぐるみを作る布みたいなのが、今はすげーたくさん売ってるんだって。サイト見せてくれたけど……ほら」
「うわー……すごい色んな色がある。へえー……って、でも布があればぬいぐるみが作れるわけじゃないじゃん。そんなの鉛筆あったら誰でも絵が描けるって言ってるようなものだよ」
清乃ちゃんは頬を膨らませた。
確かにそうだと思うけど、私も横からサイトを見ながら、
「でもこんな風にたくさん布があるってだけで、作ろう! って思えるかもしれないですね」
蜂谷さんは私のほう見て頷いて、
「最近のぬいぐるみブームで種類が増えたんだってさ。すげーよな」
とサイトをスクロールした。
そこにはカラフルな刺繍糸や布がたくさん出て来て「楽しそうー!」と思ってしまう。
服とかぬいぐるみなんて一度も作ったことがないけれど、何かを作るのが好きだから、やっぱりこういうのは興奮してしまう!
清乃ちゃんは写真を見ながら、
「……こういうのが趣味の人も、同じ通信学部にいるんだね……」
と小さく言った。
私は横で、
「私は音楽をしてることなんて一ミリも外で言いませんでした。知られたら絶対に『音楽ってその声で?』って思われると思って。だから知られたら死ぬって思いながら生きてきたので、全部含めて外で言わない人ってすっごく多いと思います」
清乃ちゃんは軽く頷きながら、
「分かる。大切にしてるから、それをバカにされたら、もう二度と外に出したくないよね。自分が気にしてる部分とかぶるとか……他の人には分からないし。だから好きを言うのは怖い。そんな人居るはずないと思ってたけど、知れると……ふーん……って思うね」
「私はあの、蜂谷さんが海に落ちた私を助けてくれなかったら、たぶんまだ教室で空気してるので、蜂谷さんのおかげですっ」
絶対に大丈夫だと思わなかったら、私は自分のことを口に出したりしなかったと思う。
でも絶対に大丈夫だと思えるほど人とも関わってなくて……。
だから関わってきて貰わないと、永遠に動けなかった。
かいつまんで蜂谷さんに伝えると、眉毛を持ち上げて自慢げな表情で、
「いや、俺は俺が好きなものが世界で一番最高だと思ってるから、それを理解出来ないなんて、知ろうとしないなんて意味が分からない。グイグイ布教してやるって思ってるから。それでも合わないやつは、もうそれで良い。そういう人もいるだろ。思ったより周りの人間は俺のことなんて気にしてないよ」
「お兄ちゃんはメンタル強者すぎるーー」
「でもそれで田見さんは良かったって言ってるんだから、正解だろ」
「その通りすぎるー……」
清乃ちゃんは笑いながら机に転がった。
私はクリエイターという人種を「外で言葉が言えないから他の表現方法を使っている」人だと思っていて、蜂谷さんみたいにちゃんとお話が出来るクリエイターがいるんだと驚いた。よく考えたらこういう人がいないと会えない人も出来ないことも、世界には山のようにある。
私はカバンから袋を出して、
「あのこれ、皆さんでっ! とお母さんが持たせてくれたので、どうぞ。お手製シリアルバーです」
蜂谷さんは興味津々で手を伸ばしてきて、
「え。なにこれ、重くない?」
「碧が夏に向けて身体を絞っているので、お母さんが手作りしたんですけど、とても美味しいので!」
「へえ…………これ……岩とかじゃなくて??」
「食べ物です!!」
私はそれをガリッッッと噛みちぎった。
ものすごく固いんだけど、一日に必要な栄養素がこれを三本食べれば済むので、私も碧も愛食している。
お父さんは「ラーメンに入れても良いなら食べる」って言ってたけど、週に四回ラーメン食べてるからもう死ぬと思う。
それを口に入れた清乃ちゃんが爆笑して、
「かった!! 噛めない!!」
「私、集中してると食事を忘れることが多いんですけど、これが横に置いてあるとこれを食べるだけで食事が済むのでものすごく楽で、食事を忘れなくなりました!」
私は基本的に動いている時に音が浮かぶから、ずっと歩いていたり、穴を掘ったり、雑草を抜いたり……とにかく動いている。
体力をすっごく使い、帰ってきた時にはお腹がぺこぺこなんだけど、頭がリフレッシュされてると「音楽作りたい!」ってなっている。
でも身体がカラッポで。そんな時にこれを食べる。すぐに頭が満腹になる感じがして大好きだ。
清乃ちゃんは首を傾げて、
「食べるのが面倒になる時あるの分かるけどさすがに固くない!? ……て、あははは、お兄ちゃんが実力行使に出た」
横を見ると一緒に渡したジップロック内にバーを入れて蜂谷さんが肘で「ハッ!」と粉砕していた。
それだと固めた意味がないのにっ!! でも栄養素は変わらないから良いのかな。
私はシリアルバーを食べながら、
「あのそれで。交換RMIXの内容、決めました。ひな形が出来たので……今日はそれを聞いて貰おうと思って」
清乃ちゃんはシリアルバーを口に投げ込んでバリバリかみ砕き、
「!! 本当に?! 実は今日ここに呼ばれたからひょっとして何か聞けるのかなと思ってた」
蜂谷さんも肘でシリアルバーを粉砕しながら、
「え、マジで?!」
と目を輝かせた。明日海さんは今日本店の方で雪見さんのヘルプに入ってるみたいだから居ないので、明日の昼休みに聞かせるとして……。
清乃ちゃんにスタジオで聞いてほしかった。
私はパソコン前に移動して、音楽を流し始めた。目を閉じて聞き始めた清乃さんが呟く。
「……ポエトリーだ」
「そうです。カルマさんの歌詞はそのままに、私は私のポエトリーを入れました」
私は頷いた。
ポエトリーとは、簡単に言えばポエムだ。つぶやき。私の歌詞は変(というか、ブツブツ言っているものが多い)で、それが好きだと言ってくれる人が多い。
ピアノと……私と言えばなんだろう……そう考えた結果、ポエトリーを思いついた。
それに私はカルマさんの曲を「完璧」だと思っている。カルマさんの曲をMIXして……と、色んなパターンを考えたけれど、どれもこれも「違う」と思った。
単純に私が編曲したものより、カルマさんの原曲のほうが良いと常に思った。
何度も聞くうちに常にカルマさんが空虚に向かって語りかけているような曲だと気がついた。
だったら私は私の言葉で話しかけようと思ったのだ。
それを思いついて作業を始めたら、めちゃくちゃ面白い曲になった。
カルマさんの歌が常にそこにあるのに、すぐ横に私の思考と言葉が載っている。
ふたつの思考が重なって、お互いの主張を聞く状態になっている。
清乃ちゃんは真顔で、
「なにこれ。ラップでもなく、完全に田見ちゃんの語りで、完全に会話になってる」
「そうなんです。歌詞書いてたら楽しくなっちゃって、延々ぶつぶつ言うことになって、歌詞だけで3000文字くらいあるんですけど」
「長っっ!! え、すごいすごい、カッコイイ。カルマさんの歌声の下にずっとあるさくらちゃんの語り最高じゃん」
「えへへへ……カルマさんの影に隠れることに成功しました……」
私はカリカリとシリアルバーをかじりながら言った。
聞いていた蜂谷さんが顔を上げて、
「……すげぇ。カルマさんの曲なのに田見さんがそこにいる。居るのがいつもの田見さんですごい。メチャクチャ主張してこないのに、絶対そこにいる感じ。キャラが強いっていうか、これは田見さんがそこにいる曲だよ」
私はその言葉に嬉しくなって、蜂谷さんの方を向いて、
「あの、蜂谷さんがこれを思いつかせてくれたんです」
「え?」
蜂谷さんが顔を上げる。
私は曲の作業ラインを見せる。
「これ……カルマさんが半分以上残っているんです。普通RMIXする場合ここまで残しません。最初から打ち直しする人が多いですね。でも私はカルマさんそのままに、自分でそれを包むように、飲み込むようにすることにしたんです。私が穴を掘っていた時、穴の中に月が入った……そう蜂谷さんが言ったじゃないですか。私が穴を掘ってそこに月が入ってきた。あれは一瞬のことだったけど、それって素敵だなって思ったんです」
「穴掘りからここに終着するの、さすがに想像つかないんだけど」
「いえ、私は本当にただ穴を掘っていただけなんです。そうしないと落ち着かないから。顔なんて上げてなかった。そこに何があるかなんて考えたことなかった。蜂谷さんが私に月を見せたんです。空の月と、穴の中の月を。離れてるのに一緒にいる月を」
「田見さんの感性がなせる技……って感じがするけど、何かのきっかけになったなら良かった」
「はいっ!」
私は頷いた。
あの後も、たまに砂浜に穴を掘って、そのたびに「また穴に月が入らないかな」って待っていた。
でもあの時は本当に奇跡的な角度と時間帯だったと調べてから知った。
そんなの何だか素敵すぎる……と思った。そして「そのまま飲み込む奇跡」という構成を思いついたんだ。
音楽の構成はメロディーとはまた別で、ピンとくると本当に新しいものを生み出せるけど、こう……脳がピンッとこないと繋がらないからこれは奇跡。
曲を聴いていた清乃ちゃんが私に近付いて来て、
「これ、あれだ。カルマさんのPVは、カルマさんのキャラが室内をずっと移動してるPVじゃん。これ同じ室内に、さくらちゃん描こうかな」
「!! それすっごく良いと思います」
「同じ室内にいて、たまに向き合ったりするけど、それでも基本的にお互いが見えてない感じ……どうだろう。この曲の雰囲気に合うと思うんだけど」
「絶対かっこいです……!」
この曲のPVはアニメーションとカルマさんの実写で成り立っていて、アニメーション部分は暗い室内にカルマさんのミニキャラがいて、室内を移動している。
そこに私が使っているネイロのさくらちゃんが居たら面白いと思う。
清乃ちゃんは口元に指を持って行って膝を抱えて、
「お兄ちゃん。マスクを抜きたいな。これ見て。カルマさんのキャラはたまにノイズが乗ってる。私がさくらちゃんを描くから、田見さんの歌詞をデータに起こして、それをさくらちゃんの上に載せたい。マスクで抜いたり、動かしたり。私はさくらちゃんをそれほど動かせないから、田見ちゃんの歌詞を3Dで動かしてカッコ良くしてほしい」
「……おっけ。文字をデザインしてノイズっぽく載せるってことだろ。明日海と俺で出来ると思う」
「こんなに高度なアニメ私にはまだ描けないけど、1カットくらいなんとかしたい。基本は目パチになるから、田見ちゃんの歌詞がこう……キャラに満タン……みたいな感じにしたいの」
「なるほど」
清乃ちゃんと蜂谷さんが打ち合わせを始めた。
曲の形を出せたことで、絵の方向性も見えてきた。
私たちの力を最大限に出して、それでも私たちらしく……そんなMIXが出来そうでワクワクする!




