ひとりじゃないから(田見視点)
「お、お邪魔しますっ……!」
「田見ちゃん、おかえりなさいっ! ちょっとだけここに座って待ってて」
「はいっ……!」
BBQが終わり、帰宅途中の車の中で清乃ちゃんから『家に到着したら私のお部屋紹介したいから、ちょっとだけ寄らない?』とLINEが来ていた。
すっごく嬉しくて了解したけど……私の髪の毛というか、全身がすっごく煙臭いっ……!
私は蜂谷さんの家の台所にある椅子に座って自分の髪の毛の匂いをふんふんと嗅いだ。
うう……燃えた木の匂いがすごい。
たき火の匂いは、信じられないくらい煙の匂いが身体に付くことは知ってるんだけど、釣ったばかりの魚を焼くのは楽しすぎるっ……!
私のお父さんはテレビ局で働いていて、昔はアウトドア番組の音響をしていた。
子どもの頃、休みの日はいつもキャンプ場にいた。大きな車に大きすぎるテント、冷たい川の水に、キャンプファイアー。
現場にはそのおじさんたちの子どももたくさん来てて、私と碧はその子たちと一緒にいつも遊んでいた。
腹の奥底から声を出して川に向かって歌っていた日々を今も覚えている。
碧はあのキャンプで滝壺に飛び込むことから泳ぐ楽しさを知ったはず。
だから実はキャンプ歴が長くて……!
小学校を卒業した頃には、お父さんは大阪に転勤になり、行けなくなった。
私はずーーっと「キャンプ好きだったのに……」と思っていた。
いつも釣りとたき火が終わったらお風呂代わりにライフジャケットを着て川を流れていたから、匂いなんて気にしてなかったけど、そういえばこうなるんだった! 高校生にもなってこの匂い……やばい!
私が震えていると、すぐ後ろをクーラーボックスを抱えた蜂谷真広さんが通ろうとして、
「田見さん後ろごめんね、冷蔵庫にお肉入れて良いかな」
「あっ、すいませんっ……はいっ……!」
私は椅子をグイグイと前に持って移動した。
蜂谷真広さん。明日海さんが恋してる人って、どんな人なんだろうと、今日会えるの、ちょっと楽しみにしていた。
なにより蜂谷さんと清乃ちゃんのお兄さん! ……と朝からコソコソ見ていたけれど、お、大人っ……!!
まず朝、車の助手席で明日海さんに薄い毛布を渡していた。
その毛布は、昔明日海さんが真広さんにプレゼントしたものらしく、まだ使ってくれている事実に明日海さんが震えていた。
今日明日海さんが来ると知っていて、その毛布を車に積んでおく優しさ……大人!!
そして弟の蜂谷さんにはすごく甘い。隙あらば頭をなでなでしていて、それに嬉しそうに答えている蜂谷さんは、いつも私の前ではお兄さんで、すっごくしっかりしてるのに、お兄さんの前では甘えた弟になっていて、こんなこと男性に言うのは違うかもしれないけれど、可愛い!
そして私には、帰る時に「釣りで着てた服、防水ってことは蒸れるよね? 着替え持って来てるなら着替える?」って言ってくれて、別荘の個室を貸してくれた。
私はそこで持って来ていた普通のパンツに着替えることが出来た。気遣いがすごい……大人!!
私はいつもひとりで暇だし、傷つけられると長く傷が痛む性格だから、優しそうな人をずっと探している。
だから周りの人間を観察するくせが付いているんだけど、あのバーベキュー会場にいた女の人たち……蜂谷真広さんを見ていた人が何人もいた。
特に同僚の小鷹さん……! きっと蜂谷真広さんが好きなんだろうな……って分かった。
結論。
すごく大人で優しいから、明日海さんが必死なのも大好きなの分かる!
はじめてお邪魔する家で、どうにも緊張してあれこれ思考を飛ばして座っていたら、横に蜂谷真広さんが温かい紅茶を出してくれた。
「これ、ノンカフェインの紅茶。優真から田見さんはこれが好きだって聞いて」
「! ありがとうございます!」
「今、清乃準備してるみたいだから、ちょっと待ってね。いや田見さん釣りのセンスすごいね。大崎社長、あの川で釣ってくれたの田見さんがはじめてだってすごく喜んでた。これは仕事の話になって悪いんだけど、あの社長気難しくて大変だから、たくさん話してくれて助かったよ」
そういって蜂谷真広さんは優しく微笑んだ。大人!
私は興奮しながら、
「いえ、大崎社長さんのお話、本当に興味深かったです。静岡のトビウオ漁は私も興味があり、お父さんと静岡までは行ったんですけど天候に恵まれず……。淡浜10キロ海上でも釣りができるのですが、最寄りのマリーナに置いてある船は企業所有のみで、個人は乗せて貰えなくて悲しく思っていた所です」
「釣りが大好きなんだね」
「あっ……! すいません、好きでっ……!」
釣りの話をされると、釣りのことしか考えられなくなる……!
淡浜沖はクロダイが釣れるって聞いたのにっ……!
蜂谷真広さんは私の横で紅茶を飲みながら、
「清乃のこともマジで感謝してるんだよね。ありがとう。ずっと俺たち家族だけで行き詰まってた。清乃が生きてればそれで良い……そう思ってたけど、田見さんが関わってくれて、やっと前に進める感じだよ」
「いえっ、あの、それは本当に偶然というか、相乗効果でして、私は……この声は裏声で……基本的に……本当の声は出さないんです。ずっと小声で話していて……幼稚園の頃からずっとひとりだったんです……全然話さない人間だったので怖がられて当たり前なんですけど……そんな私に蜂谷さん……あっ……蜂谷さんも蜂谷さんですよね……えっと、ゆ、優真さんが私に声をかけてくださって。あっ、学校でもすっごくすっごく、たくさん助けてもらってるんです。だから私がしていることなんて小さいことです」
「おお、なんか弟を褒められると嬉しいな」
「私みたいな子を拾ってくれて、本当に感謝してるんです」
私は紅茶を飲みながら何度も頭を下げた。
幼稚園の頃からずっと「変な声ー!」と笑われた。
小学生になると私が教室に入った瞬間に「おはよおございまーす」と声まねされた事が何度もある。
悲しくて辛くてずっと隠れるように生きてきた。
だからって一言も話さずひとりでポツンとしている子を仲間にしてほしいと言われても、そんなの無理なのは分かっている。
私がもし清乃ちゃんと同じクラスだったとして。ひとりでいる清乃ちゃんに自分から話しかけられたかと言われたら絶対無理だった。
私も清乃ちゃんも教室で窓際と廊下側、だまってふたりで俯いていただろう。
ひとりぼっちの人間が、ひとりぼっちの人と簡単に繋がれるはずがない。
私はそれをかいつまんで話しながら、
「だから優真さんにはすごく感謝してます」
「いやーー。学校での優真の話って、明日海ちゃんから聞く『普通ですね』しか聞かないから新鮮。もっと聞かせて」
「はいっ。グループワークで、いつも司会をしてくださって、みんなの意見を聞いてくれます」
「懐かしいな春岡のグループワーク。あの司会してるんだ」
「毎回私みたいな人の意見も拾ってくれます」
必死に話していると、蜂谷真広さんは、ふと私のほうを見て掌を広げた。
そして私の言葉を一瞬止めた。
「田見さん、あれだよ。さっきから『私みたいな』って言うけど、俺たちみんな田見さんのこと『良い子だな』と思ってるから、その田見さんが自分で『私みたい』って言うのは、その田見さんに感謝してる俺たちも『俺たちみたいな』になっちゃうよ」
「あっ……えっ……そんな風に思ってないです」
「そう。優真に感謝してるなら、清乃を好きだと思ってくれるなら、自分を下げないでほしいな。俺たちも下がっちゃう」
「はいっ……!」
私は何度も頷いた。
……そんな風に考えたこと、今まで一度もなかった。
私は私が好きじゃなくて、私が私みたいな人を見つけても話しかけないと思う。そんな私と話してくれて嬉しい……って伝えたくて使っていた言葉だったけれど、それが同時に私と一緒にいてくれる人を「下げている」とは思っていなかった。
そうか……私はもう、ひとりじゃないんだな。
私は絞り出すように、
「……ずっとひとりだという感覚が抜けてないんですっ……すいません……」
「だから清乃が心を開いてるんだと思うんだ。俺たちは家族だからそれは無理で。田見さんは清乃に近いから、清乃は安心してるんじゃないかな。これは優真から聞いた情報だけで判断してるから、全然違ったらごめんね」
「っ……大人っ……ですねっ……大人だあ……」
「そうだね、大人だ。その話が理解出来ちゃう時点で田見ちゃんも大人すぎるね。大崎会長が『今度は一緒に釣りしよう』って言ってるから、付き合ってくれると俺たちが助かる」
「それは全然っ! 問題ないですっ」
「そりゃ良かった。お、清乃が階段で呼んでる」
「いってきますっ……!」
私は蜂谷真広さんに頭を下げて台所を出た。
廊下を歩いて階段を上ると、トタタタと清乃ちゃんが来て、
「まーにい、何か変なこと田見ちゃんに吹き込んでない? 大丈夫?」
「大人すぎて……大人で……大人すぎて感動しました」
「まーにいは仙人みたいだよねー。全てを見通してて天上からコメントしてくる。良い事も悪い事も先に想定してくるから、言い逃れしにくい」
「っ……! それは、なんだか分かります」
清乃ちゃんは階段を登りながら、自分の部屋に向かって歩きつつ私に話しかける。
「まーにいは器がデカそうに見えて、絶対言うこと聞かせるみたいな怖さあるわ。明日海ちゃんそれ分かってるのかなー」
「海だと思ったら、いけすだった……みたいなのが好き……とかっ」
「私は妹ながら、まーにいは怖いんだよ。大昔に家から抜け出したら、その先にまーにいが真っ黒なコート着て無言で立っててホラーだったんだよねー」
「!! センサーか何かが付けられて……?」
「薄ら笑ってて、超怖かったんだから。あっ、お部屋、ここ」
「お邪魔しますっ……!」
はじめて入った清乃ちゃんの部屋は、ネイロイドのグッズがたくさんあって、タペストリーはネイロさくらちゃんが大きて、すごく可愛い。
私は珍しいタペストリーに近づいて、
「これっ……ミニアルバムに付いてた初回限定版のタペストリーっ!」
「そう! 好きで! このさくらちゃんめっちゃ可愛くない? 今とちょっと顔が違う」
「分かりますっ、目が少し垂れ目なんですよね」
「そうそう。この頃の絵も好きだったなー。見て、ネイロチェキ。これまーにいと、お兄ちゃんが必死にウエハース食べてくれたの」
「!! すごいっ……。あれ私……バラバラこぼれ落ちるのが無理で……」
「わかるー!」
清乃ちゃんはお部屋にあるグッズや、描いている絵をたくさん見せてくれた。
おなじネイロイドが好きで、絵もたくさん描いていて、お部屋もピンクで可愛いっ!
趣味の話を全力でしてもドン引きされないのが楽しくて仕方がないっ……!
その後合流した蜂谷優真さんと一緒に編曲について話すことにした。
正直悩みすぎて少し嫌になりはじめていたけど、やっぱり清乃ちゃんと頑張りたい。




