BBQに行こう
「お、お、おはようございまっす……!」
「あら~。噂の田見ちゃん。あら~可愛い~あらあら~、はじめまして~優真の母です~」
「はじめまして。優真と清乃の父です、今回は本当にお世話になっており、こんな簡単なご挨拶では済まないほど……」
「母さんと父さん、ストップストップ! 田見さん固まってるから!」
俺は田見さんの前に立って母さんと父さんの猛攻から田見さんを守った。
今日は兄貴の会社のBBQに行く日だ。兄貴の車が来る前に田見さんがはじめて我が家にきてるんだけど、母さんと父さんはずっと田見さんに会いたがっていたから、朝から興奮していてヤバい。
清乃が田見さんに会いたくて動き出したのもあり、感謝してるの分かるけど、田見さんに距離ゼロすぎ!
田見さんは俺の後ろでもじもじしながら、
「は、はじめまして田見笑衣子です……」
「えー、可愛い~! ちょっと優真邪魔! 優真は田見ちゃんにも過保護なの?」
俺の後ろからちょこりと田見さんが顔を出し、
「いえあの本当に、蜂谷さんが居なかったら私、学校で無だったので……本当に……本当にお世話になってるんです……」
「あら、優真褒められてるわよお~」
「もうマジで家に入っててくれーー!」
俺は母さんをまず家に投げ込んだ。
すかさず父さんが来て、
「田見さんが居てくれるおかげで、清乃が立ち上がった……本当にありがとう……。この程度の感謝では全然足りないから今度またゆっくり我が家で……」
「もういーーーって!! 父さんなんか固いし、恥ずかしい、もういーーって!!」
次は父さんを家に投げ込んだ。
クラスメイトに両親が挨拶するのは、どうしてこんなに恥ずかしいんだ。
別に間違ったことを言ってるわけじゃないけど、とにかく無理マジで無理、お願いだから勘弁してほしい。
俺が母さんと父さんを家に投げ込んでいる間に清乃が田見さんの近くに行って、
「ごめんね。私、まーにいの会社の人とか全然無理で行けないや」
「あのっ……! 私も蜂谷さんと明日海さんが居なかったら無理で……というか、イワナが釣れるみたいで、それをしたくて」
「田見ちゃん釣りするんだ」
「東京に居た時お父さんによく連れて行ってもらったんです、釣りはおしゃべり厳禁なので、静かで心が落ち着きます」
「そっかー。田見ちゃんとふたりで川なら行けるかも」
「あっ、ぜひっ、はい……敬語ダメだ、清乃ちゃん一緒に行こうっ!」
「……田見ちゃんかわい」
「あっ、うれしっ」
清乃が近づいていて田見さんは「あは、あはっ」と嬉しそうに何度も頭を下げた。
それを玄関を少しだけ開いて両親も見ている。父さんの運転で渓流釣りなら全然アリな気がするけど、その前に俺釣りはあんま得意じゃないんだよなー……。
俺は田見さんが持って居るバッグを見て、
「……田見さん、そのバックにみっちりと……?」
「はいっ、スタジオの周りにはあまり居なくて。やはり土壌に塩分が含まれているみたいですね。教えていただいた学校の敷地内のほうがたくさんいました。新鮮なミミズ」
「いやああああぁぁぁい、いやああああああ!!」
横でにこやかに清乃と田見さんのやり取りを見ていた明日海が叫んで逃げて玄関の柵内に逃げた。
笑顔で鞄を抱っこしてるけど、俺は知っている……田見さんがここ数日間、渓流釣りの餌……ミミズを集めていたことを……。
明日海は田見さんから全力で距離を取って、
「餌って固形の何かじゃないの?!」
「渓流釣りで釣れる魚は皆肉食で、よく食べるんです。一番良い餌は間違いなくその川にいる川虫なんですけど、お兄さんに教えていただいた川の付近を調べたら岩場は少なめ。ここで川虫を捕まえるためには下流に10キロ以上歩く必要がありそうです。それは誘っていただいたBBQとは趣旨が変わってしまいます。しかし渓流釣りにおいて川虫の確保は非常に重要で、落ち葉が多いと聞いたのでピンチョロ辺りが居ると思うんですけど、そのためには網で捕まえることになり……」
「田見さんストップストップ。誰も聞いてない」
「あ……すいません……蜂谷さんが聞いてくれていたので、我慢できず」
「いや俺はあまりの情報量にフリーズしてただけだけど……。聞いた明日海は消えたし」
自分で聞いておきながら明日海は虫が大嫌いなので、即逃げていった。
そして清乃にしがみ付いて逃げたつもりが、虫はそう苦手じゃない清乃が「ピンチョロかあ……あ、これ結構見るよね」と検索して写真を表示、悲鳴をあげた明日海は離れて逃げた。
よく考えたら清乃は虫が大丈夫だから(むしろよく集めていたイメージがある)田見さんと渓流釣りはマジでありだな。
問題は俺も虫があんまり好きじゃないってことだ……。
実は田見さんに学校で「餌のために新鮮なミミズを集めたいんですけど、どこかたっぷりと腐葉土がある所を知っていますか?」と聞かれたその瞬間に「(もへー……)」となっていた。新鮮なミミズ。人生でミミズが新鮮かどうか考えたことがない。
とりあえず大きな木がある所を数カ所教えたら、学校の敷地の奥のほうに森があって、そこはふかふかな腐葉土だったらしく、田見さんは小さなスコップ持参して掘っていた。……とにかくすごい。
話していると、兄貴の車が到着した。
兄貴は車を止めて、
「おはよう」
「真広さんっ、おはようございますっ! 私助手席で、私助手席でお願いします!!」
「お、今日は迷わず来るね、前は恥ずかしそうにしてたのに」
「すいません、ごめんね田見ちゃんが悪いわけじゃない、田見ちゃんは大好き、ミミズは無理!!」
「ミミズ? 渓流釣りの餌? あ、はじめまして。蜂谷真広です。わあ、田見さん。嬉しいな。優真と仲良くしてくれてありがとう」
そう言って兄貴は腰を折って田見さんに視線を合わせて微笑んだ。
そこで清乃と仲良くじゃなくて俺と仲良く……な所が妙になんだか嬉しくて俯く。
なんかそれ、すげー兄貴っぽい。
田見さんは身体を90度にぺっきり折って兄貴に頭を下げて、
「田見笑衣子です。BBQははじめてなので、お邪魔になると思いますが精一杯頑張りますので、本日はよろしくお願いします」
といつもの裏声より、少し大きめの声で一生懸命に言った。
最近の田見さんはいつもこれくらいだ。教室でも最初のほうみたいに完全な小声ではないけれど、少し大きくなった裏声で話している。
本当に素の声で話しているのは、曲を作りながら考え事をしている時だけ……のような気がする。
でも俺は田見さんの歌声を聴いた時に、この小さくて高めの声も田見さんの一部だと知ったので、もう「地声で良いのに」とは思わない。これも田見さんだ。
兄貴は母さんから渡されたクーラーボックスを車に積み込みながら、
「今日行く方向に、新しく温泉出たみたいだね」
「え? 知らない! 高速降りたところ?」
「伏見のインターから山側に入った所。旅館もあるっぽいし、今度父さんと母さんも一緒に行こうよ。運転するよ」
「あらまあ。楽しみにしてるわ」
母さんは嬉しそうに微笑んだ。
母さんはずっと清乃のことを心配して旅行にも行ってなかった。
この状況なら少し安心して遠出も出来るだろう。どんどん行ってほしい。
俺たちは父さんと母さんに手を振って車に乗り込み、明日海は、前はあんなにモジモジしていたのに、逃げるように助手席に行った。
兄貴は運転を開始しながら、
「明日海、虫苦手だもんな」
「ミミズはマジでちょっと……」
そう言ってミミズを抱っこして後部座席に座った田見さんを見た。
兄貴は田見さんの方をみて、
「女の子で渓流釣りしてる子、はじめて会った気がする」
「身体のバランスが必要で、足腰がしっかりしてないと良いポジションも取れないので、男性が圧倒的に多いと思います」
「だよね。川の中で立ってるのも結構大変そう」
「今日はそこまでするつもりなくて、一応ウェーダーと釣り用の靴だけにしました」
「ウェーダーってあれだ、水に入れるパンツ……だよね」
「あっ、そうですっ……単純に下半身が濡れなくて便利なんです!」
そう言って田見さんは後部座席で自分が履いているパンツをクイクイと引っ張った。
横で見せてもらったら、防水の普通のパンツっぽく見えるのに、靴下までくっ付いていた。そんな服持ってるのヤバすぎる。
最初は「渓流釣り楽しみですっ……!」と言っていたけれど、車が高速に乗ると、妙に静かになってきた。
俺は田見さんを見て、
「酔った?」
「いえあの、車には強いので酔わないんですけど……私……ものすごく渓流釣りが好きで……誘われた瞬間に行きますって言っちゃったんですけど……知らない方がたくさん居る所にいくのは久しぶりで、突然今になって心配になってきました……」
突然田見さんはモゾモゾと言いながら俯いた。
誘った時に「(断られるかな……)」と思ったけど、田見さんは一瞬で「行きます!」と答えてくれた。
どうやら子どもの頃にお父さんがアウトドア番組の音声さんとして仕事をしていて、ロケにずっと付き合っていたからキャンプが大好きなようだ。
俺は田見さんを見て、
「俺も知らない人ばかりだから、俺が前に立って挨拶するよ。俺の後ろにいれば良い」
「あっ! はいっ……、あ、だから大丈夫だ~……と思ったのを、思い出しました」
「え?」
「あの、蜂谷さんが教室みたいに、私の前に立ってくれると分かっているので、釣りに集中できるというか、大丈夫だろうと思って……正直渓流釣りの事しか考えてなかったんですけど……たくさん他の人がいるんだなって、ここに来て気がついて……」
「うん、気がつくのが遅いけど、でもまあ俺もはじめて会う人ばっかりだから大丈夫だよ」
「はいっ!!」
そう言って田見さんは鞄を抱きしめた。
その中にはふかふかな腐葉土と新鮮なミミズが……いや考えないでおこう。
人と関わるのがそんなに好きじゃないのに、俺と明日海がいるから……とヒョイと来てくれる田見さんがすごく嬉しいから。




