ふたりとも同じなら(田見視点)
「お姉ちゃん、合唱団にいる人みたい」
「変ってこと?! 似合ってないの?! やっぱりダメ?!」
私……田見笑衣子は妹の碧の前に背筋をピンとして立った。
碧は首をコテンとさせて、
「それお父さんが買ってきて『こんな服、ぜったい着ないのに』って言ってたブラウスじゃん」
私はその答えに、むう……と唇を尖らせる。
その通りなんだけど……。
このブラウスは中学生だった時、お父さんが「笑衣子もそろそろ綺麗な服の一枚くらいあったほうがいい」とか言って買ってきたもので、首元にふりふり? が付いていて、お嬢さまみたいで、こんな服絶対着ないー! と奥にしまい込んであったものだ。
でも今日ははじめて清乃さんがこのスタジオに『ちゃんと』来る日だ。
清乃さんが私と会うために可愛くした……と蜂谷さんから聞いていて、その日からずっと「私も可愛くしたい!」と思ってたんだけど、どのレベルの服が失礼じゃないのか、全然分からなかった。
前、突然清乃さんが来た時は、もう本当にヘロヘロな部屋着を着ていて、これじゃない! と思って床に転がっていた制服を突発的に着たけれど、これから清乃さんが来ると知っているこのタイミングでの制服はさすがに無しだ。
じゃあシャツにベストくらいにしようかなとネットで買ってお母さんに見せたら「お母さんハリーポッター大好きよ」とか言われて泣き崩れた。
私が選んだ渾身の服をハリーポッター! そんなはずがない……!
でも言われてみたら、白いシャツにベージュのラインがはいったVネックは、ハリーポッターに見えてきた……。
結局お父さんが昔買ってきたこのブラウス、首元のふりふりは着てみたら、それほど派手でもなく、下がいつものラフなパンツなら……。
「……良いかなって思ったんだけど……」
「似合ってるよ。お姉ちゃん顔がわりと派手だから、そういう服のが似合うんだよ」
そう言って碧は私の方にきて顔をのぞき込み、
「まつげなんて、すーごく長いし、目も大きいし。髪の毛に隠れなかったら、お姉ちゃんはキレイ系だよ?」
碧に褒められて、思わずニヤニヤしてしまう。
「でへ……そうかな……」
「また三つ編み持って顔隠してる。癖になってるから止めたほうがいいよ」
そう言って碧はソファーにごろりと転がった。
むう……。碧はいつも正しくてしっかりしてるけど、私みたいにコンプレックスが無いからそんなこと言えるんだ……と思ってしまう。
それにそのソファーはコロコロかけて掃除したから、ごろごろするの止めてほしいけど……スタジオの掃除手伝ってくれたから何も言えない……けどムカつくから、コロコロで少しお尻をドンドンと叩く。でも碧は気にせずスマホ画面を見ている。うー!
私は着ていたブラウスを脱いでハンガーにかけた。
この服一回お休み。
「もうちょっと掃除しよっと」
私は雑巾を手に持って窓を拭き始めた。
ここはお父さんが単身赴任していた時に住居兼スタジオとして使っていた場所だ。
お父さんは掃除なんて全くしないので、ここに来たときはスタジオ以外すっごく汚かった。
スタジオはお父さんが大切にしているものが多いから、そこだけピカピカで、水回りや二階はほんっとうに汚くて。
私はここに引っ越してきてから、布団もカーテンも全部捨てた。
大変だったけど、少し離れた所で一人暮らししているみたいで、すごく楽しい。
窓を拭いていると、木の隙間から海のキラキラが見える。
あそこから落ちた日に、私の人生は変わった。
ずっとひとりで使うと思っていたスタジオに『友だち』が来るなんて。
ずっと学校にひとりで通い、無としてすごしてきた。ただ授業を教室で受けて、休み時間は本を読んだ。
席をくっ付いてみんなで食べる給食の時間が一番つらかった。
班で席をくっ付けるのに、私と誰も話してくれない。でもそれは自分のせいだった。
自分の声がイヤで嫌いで、なにより自分が自分の声を嫌いで。
だから自分の意志で黙っていた。そんな人に誰が話しかけるだろう。
誰も悪くない、悪いのは私だった。
引っ越してきても何も変わらない。ひとりぼっちの日々が始まったと思ったのに、まさかこんな奇跡が訪れるなんて……!
最近は毎日が楽しくて楽しくて仕方がない。
グループを作る時に泣きそうにならない、前の席の人が空気扱いしない、ひとりを悲しんでると思われるのがイヤで教室から逃げなくて良い、自分の席に誰か座っていて怖くて逃げ出さなくて良い……自分で言うのもなんだけど、小さいけれど棘だらけの全てが、私を蝕んでいた。
そのストレスがないどころか、きっと……たぶん……味方でいてくれる……とほのかに、でもたぶん力強く思える蜂谷さんが教室にいてくれるのが、ものすごく心を助けてくれている。
今までどうしようもない私に声をかけてくれる人なんて居なかった。
優しいのはきっと妹の清乃さんをものすごく大切にしているからで、その恩恵に与っていることを感謝している。
だから何だか私はずっと、清乃さんに「ありがとう」って思ってて、それでいて、何だかすっごく「仲間」だと思っていて、仲良くなりたくて、でも自信がなくて……、
「……ずっと嬉しくて怖い……」
「お姉ちゃんの情緒、終わってない? さっきからずっとブツブツ声に出してて怖いんだけど」
「碧ーー! お姉ちゃんは怖いんだよー!!」
「何が怖いの? すっごく良い人じゃん、蜂谷さん。あんな優しい男の人はじめて見た。何より明日海ちゃんホント好き。この前マック行ったとき、すっごく楽しかったの。えー、今日私居ちゃダメなのー?」
「ダメだよダメダメ、だって今日は四人で集まるはじめての日だから。お掃除手伝ってくれてすっごく感謝してるけど、今日だけはダメ」
「ちぇー。わかったー。じゃあそろそろ帰ろうかな。夕方走りたいから付き合ってくれる?」
「自転車で良い?」
「おっけー!」
そう言って碧は笑顔になりスタジオから出て行った。
碧は幼稚園の時に海で泳いでからずっと海が好きで、東京ではスイミングクラブに通っていた。
でもずっと「毎日海で泳ぎたい」と言っていたから、引っ越しで念願叶って嬉しそう。
海で泳ぐのは何度か付き合ったけど、ものすごく体力が必要だから少し心配だけど、コーチはすごく碧を信じてくれてるから安心して預けたい。
碧はずっと「空を飛べないから海で泳いでる」って言っている。
私は曲を作っていて、それが上手にはまると、空を飛んでいるような気持ち良さがある。
だから碧には海で、私には音楽なんだと思う。……なんて考えていたらLINEが鳴り、みなさんが庭に到着。
窓の隙間にへばりついて見ていたら、清乃さんがっ!! はあああーーー!! 髪の毛が短くなっている、可愛い!!
実は前は外が暗くて、顔が全然見えなくて、でもスタジオに「入って」なんて自分で言えなくて。
玄関で仁王立ちしてしまって、年上なのに……! とあの後後悔して悲しみの曲を作った。
でも今日は、絶対絶対私から清乃さんの手を引っ張って、中に入ってもらうんだ。
紹介する動線も考えた。まずはブースを紹介して、その後は中に入ってもらって、ちゃんと汚い楽譜は片付けた……、大丈夫!!
私は鳴ったチャイムに向かって歩き始めた。
ずっとひとりだったあの頃に比べたら、今のドキドキなんてご褒美みたいなもの。
近づいて嫌われるのが怖い。
知れば知るほど、嫌われるのが怖くて、全部捨てて消えたくなる。
嫌われるなら、最初から何も要らないって思う気持ちは、まだ全然ある。
でも楽しいんだもん。
怖くても楽しいから。
もしかして嫌われて、全部消えてしまっても、今の気持ちと楽しさは消えない。
それを宝箱に入れて一生見ていても良い。
大切な宝物を、ひとつでも、心に溜めて置きたいんだ。
無事にスタジオの紹介を終えて、ふたりで紅茶を入れることになった。
私がカップを準備していると、清乃さんが私の方を見て、
「ねえ、田見ちゃんは、飲み物、何が好きなの?」
「あっ……はい。この中だと紅茶かな、と。カフェインが大好きで、取り過ぎなの分かってるので……なるべく、このノンカフェインの紅茶にしてます」
「じゃあ私もこれにしようかな。……これからさあ、ここに、たくさん来たいから、飲み物買ってきたいし」
清乃さん……違う、清乃ちゃんが私に笑いかけてくれた。
はあああ……お姉さんしたいのに、全然お姉さん出来ないのは、碧に対しても同じだけど、それでもどこか情けなくて、でも楽しくて。
あわあわしながらケーキを冷蔵庫から出してお皿を並べていたら、服がツン……と引っ張られた。
振り向くと清乃ちゃんが私から視線を外して静かな声で、
「……負担、じゃない?」
「はへ??」
「お兄ちゃんの妹だから、気を遣って私と仲良くしようって、してないかなーって……思っちゃう……んだよね……」
「わーーーっ、あの、私はあの逆に、お兄さんは清乃さんを大切だから、一緒に私も面倒みて貰えてるなんて思ってて……」
「そんなことない。お兄ちゃんそんな人じゃない。なるほど。お互いに、こういうの慣れてないもんね」
「そうです、友だちの作り方、分からなくて……」
自分で言いながら悲しくて俯くと、再びツンと服が引っ張られて、真っ直ぐに私をみる清乃さんがいた。
そして、
「私は田見ちゃんの音楽本当に好きで、こうして一緒に作れるの、すっごく嬉しい。本当に友だちになりたいって思ってる」
「!! 私もですっ!! 清乃さんの絵もアニメも好きですっ、なにより普通に話せて嬉しいです」
「私も! ふたりで同レベルって分かった。……ケーキにしよ? ここで泣いたらあの意味不明な柔らかティッシュ使わされるから。それはシャクだから」
その言葉に私は笑えてしまう。
「はい! 泣きません。よろしくお願いします」
「……さっきから清乃『さん』って呼んでるよ、田見ちゃん」
「清乃ちゃん!! 行きましょう!!」
私たちはふたりでお皿にケーキを出して紅茶を運んだ。
不安なのは私だけじゃない。それがどうしようもなく心強い。
私たちはやっと四人ではじめて次にする作業の打ち合わせをしてすごした。




