可愛くなりたくて
「これが噂の、出かけるための服がないってやつだ」
「うーーん。出先で服買って、そこで着替える人も多いみたいだけど」
「ありだなあ。美容院の前に絶対着替えたい。何時だっけ、美容院」
「15時。終わったら晩ご飯……って時間にしてるけど」
「おっけー。確かにそれなら良いかも。……ねえ、お兄ちゃん、私、外に出て変じゃない?」
そう言って清乃は上は黒の半袖Tシャツ、下は黒のパンツ姿で俺のほうを見た。
今日は兄貴の運転で清乃と俺と明日海の四人でイオンモールに行く日だ。
行こうと決めた日、清乃は全ての服を引っ張り出して、7割の服を捨てた。
身長が小学生の時からあまり変わってないので、半分以上が小学校の時に買ったものだった。
病院に行く時も、きれいめの部屋着で出かけていたので、清乃曰く外着らしき服は、ほぼ持って居なかったらしい。
まあ俺なんて部屋着と外着の区別なく、新しく買った服が当分の外着、汚れたら部屋着……だけど、女子がそうじゃないことは明日海で知っている。
母さんが買ってきた服は清乃曰く「イマイチ」(俺が厳しく言った結果、言葉を選んだらしい)らしく、むしろ俺が持っていたけど小さくて着られないロックTシャツを気に入って持って行った。
そして元々持っていた黒いパンツでとりあえず出かけることに決めたようだ。
髪の毛もいつもは適当に後ろにひとつしばりだけど、今日はポニーテールにしていて、
「めっっちゃくちゃ良いぞ!!」
「お兄ちゃんは私はパンダの部屋着でゴロゴロしてても褒めるから、お兄ちゃんの褒め言葉は信用できない」
「いや、GUのパンダ部屋着最高に可愛いだろ。あれ着てる清乃はマジでいいぞ」
「もういいって!」
清乃は笑いながら俺の胸に肩でトンとぶつかってきた。
いやもう清乃が外着を着て、こんな風に身支度を整えてる時点で、俺も母さんも父さんも感動してて、一挙手一投足を褒めている。
だって嬉しいんだよ、どうすればいいんだよ!
リビングで準備していると、チャイムを鳴らして明日海が家に入ってきた。
「おっはよーございまぁす、わあ清乃ちゃんポニテ! ポニテ~~!」
「明日海ちゃんおはよ。変じゃない?」
「変なわけないじゃん! でも絶対絶対お出かけを怖がってると思ったから、ジャジャーン。可愛くない?」
「大きなリボン、可愛い~!」
「これをポニーテールに付けて……わあ、ほら、清乃ちゃんの髪の毛まっすぐでキレイだから、大きなリボンが超似合う。可愛いー!」
「えへへ。お兄ちゃんどう?」
「最高に似合う」
ポニーテールにして朱色の大きなリボン……なんか色々付いててキラキラしてるし、シャラシャラしてるけど、よく分かんない……とりあえずふわふわもしてる……を付けた清乃はマジで可愛い。
清乃がオシャレしてるのを見るのはいつぶりだろうか。
幼稚園の卒園式の時、制服みたいなプリーツスカートを履いて、嬉しそうにしていたのが最後な気がする。
明日海は旅行に行けそうレベルの鞄を持って来てるな……と思ったけれど、それをリビングの机にドスンと置いた。
そして、
「よっしゃ、軽くメイクしよ!」
と清乃に言った。
清乃は「え?」という表情をしたが「美容院行くし!」とソファーに座らせた。
前髪をクリップで横にとめて、化粧水をコットンに出して、丁寧に清乃の顔を叩く。
そして手に出したクリームをゆっくりと清乃の肌に広げていく。
清乃の肌は何も塗らなくてもキレイだけど、二種類の肌色クリームを塗ると、清乃の顔がぐっと大人びた。
すげえ。
明日海は大きな筆みたいなもので顔に陰影を付けはじめた。
清乃の顔は童顔だけど、陰影をつけるとぐっと美しくなる。
それだけで子どもじゃない顔になるんだなー。
そこにアイシャドウを入れて、頬に色を入れてた。
すると、幼い清乃の顔が、一気に女の子になって、俺は見惚れる。
決してやり過ぎじゃない、ケバくない、キュートで大人っぽい……そんなツヤツヤした口紅より、もう少し透明度が高い何かを清乃の唇に塗って、明日海は俺のほうを見た。
「どうよ、兄貴」
「……嫁にしてやるよ……」
「おめーの嫁になりたくねーんだよ!!」
「もう俺にしとけって……諦めとけって……」
「やっすい幼馴染みもののセリフ吐いてるんじゃねー!!」
俺と明日海がギャイギャイしてると、鏡を見た清乃がポツリと、
「……すごい……明日海ちゃんすごい、私……中学二年生じゃない?」
「そうだよお。メイクって絵と同じ。自分を自分が作りたいように作れるものなんだよ。清乃ちゃんが自分をどう見せたいか、それを考えて、自分っていうキャンバスに絵を描くの。私は清乃ちゃんを今日ね『ちょっと可愛くした中学二年生』にしたよ。メイクはこうなりたい自分にするための道具なんだから。清乃ちゃん絵を描くでしょ? それと同じなんだから」
「……明日海ちゃんありがとう。全然自信なかったけど……外行けそう」
「毛先もちょっと巻いちゃお~。ポニテって下の方をくるくるにするだけ華やかになるから! なんとアイロンも持って来たよ。そしてこのヘアスプレー、すっごく良い香りして最高だから」
そう言って明日海は鞄からアレコレ取り出して清乃を可愛くしてくれた。
明日海は「アレもコレもしてあげたくなっちゃう~~」と清乃の髪の毛を巻いた。
シンプルなTシャツに黒いパンツだった清乃は明日海が色々手を施して『すごくオシャレをした可愛い中学生』になった。
清乃はふわふわに巻かれたポニーテールの先を持って、
「明日海ちゃん、ありがとう」
「え~~可愛い~~。わーー嬉しいな。清乃ちゃんを可愛くするの夢だったから! このリボンもね、すっごく前に清乃ちゃんに似合うんじゃないかなーって買ってたけど、オシャレしようよ! 出かけようよ! みたいな押しつけになるかなーって、ずっと持ってたやつ。やっとプレゼントできて嬉しいよー! 買っといて良かったー!」
「ありがとうー……嬉しいー……」
明日海もう俺にしとけって。
可愛い清乃に感動して俺も錯乱してるころ、車を家の駐車場に入れる音がし始めた。兄貴が車で迎えに来た。
その音を聞いて、さっきまで目を潤ませて清乃の手を握っていた明日海の顔色が変わった。
そして清乃の肩をガッと掴んで、
「ねえ清乃ちゃん。今日の私、可愛い?!」
「言おうと思ってたけど、今日の明日海ちゃん、すっごく大人っぽくて素敵。そういう系統はじめて見た」
「もう高校生だし、私だっていつまでも子どもじゃないアピールするために大人系統にしたみたんだけど、やりすぎってことないよね? ちょっと肩が出すぎて、胸がないから服がドーンって落ちそうで怖くて! 悩んで悩んで、今部屋の中足の踏み場所がない、魔境みたいになってるけど」
「すんごくキレイ。大丈夫だよ」
「はああああ~~~~~、大丈夫っスかね~~、おっしゃ、行くぜオラ!!」
今日の明日海は肩が出ていて袖の所がリボンでアミアミされてる長袖に、胸下から膝までストンとしたスカートを履いている。昨日美容院に行ったという肩までの髪の毛は丁寧に巻かれていて華やかだ。
学校だと当然こんな風に巻いてないし、化粧もしてないので、新鮮だ。
さっきの明日海の言葉を使うなら「今日はちょっと大人っぽい自分」を作ってきたんだな……と分かる。
可愛くて清乃を可愛くしてくれてパーフェクトすぎるのに「オラ」はヤバいだろ。
玄関のドアが空いて、手土産を持った兄貴が顔を出して、母さんに「これ美味しかった餃子」と渡した。
そして清乃を見て、
「!! 清乃~~。めちゃくちゃ可愛いじゃん~~。うおー、いいなあ、すごく良い。顔色も、手も……うん、体温も大丈夫だ。指先が少し冷たいかな。こうやって反らすだけで楽になる。爪もピンクだ、うん、心臓もいいな」
「まーにい、仕事先の訪問じゃないんだから」
「あ~~、清乃の『まーにい』……久しぶりに聞いた、満ちるわ。え、このメイクとか明日海がしたの?」
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします! そうです、私がしました」
「え~~。明日海やっぱり天才だな。偉い、ありがとう。こんな可愛い清乃見られて嬉しいよ。それに明日海ちゃんも可愛いけど……その肩寒くない?」
「いえ一ミリも!! むしろ激熱いです、顔から汗があふれ出す、無風です!!」
なーにを言ってるんだお前は。
さっきまで清乃に対してメチャクチャちゃんとしてたのに、兄貴の前に出た瞬間にキャラ崩壊。
落ち着けって!! と思うけど、兄貴はハイネックにサマージャケット、スラックスみたいな……ちょっとスッキリした服装してる。
いつも会社からスーツで帰ってきて部屋着みたいな感じだから、あそこまでスッキリした服装は珍しい。
だから明日海は興奮してるんだろう。
兄貴は自分のサマージャケットを脱いで明日海に着せて、
「高速乗るから冷房つけるし、着てて」
「今、すっごく寒いと思ってました!!」
さっきと言ってる事が真逆だし、顔は茹でたタコみたいになってるし、朝からもうダメなんじゃねーか?
母さんたちに見送られて俺たちは家を出ることにした。
清乃は「靴が一番ないから、最初に買いにいきたい……」と、最近体力を付けるためにずっと履いていた運動靴を履いた。
玄関から出るとメイクをした清乃は、どっからどうみても普通の……いや、超可愛い中学生で、俺と兄貴は無言でそれを見て頷いた。
もう今日は正直これだけでお腹いっぱいだけど、もっと可愛い清乃を見られるなんて楽しすぎる……と思って横を見たら、完璧なメイクの上に玉の汗をかいている明日海がいた。暑いなら上着をみっちり着るなよ!
俺はもう笑えて仕方がない。
朝の10時からそれで大丈夫なのかよ。




