リアルの褒め言葉と、不老不死の謎
「では、次のグループワークの授業を始めていきます。今回のテーマは古典です」
「古典……」
クラス中からため息が漏れる。
うちの学校はひとつのグループワークが終わると、すぐに次のグループワークが始まる。
そしてそのテーマは多岐に亘る。前みたいに皆で話し合うのもあるし、今回みたいに普通の授業がグループワークになることもある。
どうやら今回は古典のようだ。
俺は正直古典がクソ苦手だ。国語とか漢字とかは分かるけど、どうして昔の文章や言葉を学ばなきゃいけないのかワケがわからん。
いつどこでどう昔の言葉を使うんだ。
そしてテストも古典だけはすげー悪いし、いつも寝てる。
あーあー……と思っていたら、古典の先生は、
「大丈夫。普通の古典の授業じゃないよ。古典を破壊して再構築する授業」
破壊? 先生は続ける。
「四月からやってきた竹取物語は一度終わったけれど『かぐや姫の物語』と『竹取物語』で内容が違う話を、最初にしましたよね?」
先生は学校のモニターにPDFを表示させる。
破壊という言葉に興味を持って、学校のiPadで資料を開く。
「かぐや姫の物語は、まあ分かりやすく言うと、かぐや姫だけの物語。月に帰って終わり。でも竹取物語は続きがある。授業が始まる時にも先生は言ったけど、先生はこの続きが大嫌いなの」
大嫌い……?
まともに授業を聞いてなかったけど、古典の話に大嫌いとかあるのか?
物語は『そこにあるもの』で、納得できるとか、出来ないとかで読んだことがない。
そもそもまともに授業を受けてなかったので、かぐや姫の物語の続き……竹取物語を、とりあえず自己流に読む。
どうやらかぐや姫が月に帰ったあと、おじいさんとおばあさんはションボリ。なにより帝もションボリ。
そしてかぐや姫は、推しだった帝に手紙と『不死の薬』が入った壺を渡すけど、帝はそれを山で焼却する。
うん、焼却?
先生は壇上で、
「先生はね~。かぐや姫が置いていった不死の薬を、帝がどうして山で焼却したのか分からないんだよね。だって不死の薬だよ?! そんなの絶対に飲むと思う。そしたら永遠に帝で居られるんだよ。ちょっと分からない」
分かる。
それにそれは好きな人が置いていったもの……しかも月に帰って行った『不思議な存在』が置いていったものだ。
普通『不死の薬』と言われても「?」だけど、かぐや姫が置いていったものなら、信じても良い。
どうして捨てたんだろう。
古典にそんな風に興味を持ったことはなかったけど、言われてみれば確かに。
先生は資料を拡大して、
「不治の薬を焼いたから、富士山って言われてる……とか言われてるけれど、これは諸説あり。問題は何で焼いた? 待とうよ! って先生ははじめて読んだ時に思ったの」
確かに。
「普通古典でも現国でも古典、普通そういうものじゃない。こういう風に物語が書かれている……それをメインにする。でもせっかくグループワークの枠を貰えるなら、かぐや姫の物語の続きを自分が好きなように、勝手に考えてみよう……という授業をやります」
おもろ。確かに破壊と再構築だ。
俺は資料に目を落とした。
先生は壇上で、
「古典はまあ平たく言えば昔の物語だけど、正直今売れている話の原型になっているものも多いです。源氏物語なんて朝ドラみたいなもの。そうやって古典に苦手意識がある人にも興味を持ってもらえたらいいなーと思います。個人的には時代背景とか関係なく、SFにしてもいいし、現代物で考えてもいい、みんなが古典ってものが物語の基礎で、わりと面白いよって思って貰えたら良いなと思います。最終的な発表は個人でする感じだけど、みんなで話し合ってもらったら楽しいと思って。じゃあ好きにグループ五人で組んでください」
俺は立ち上がってすぐに芝崎さんと田見さんの所に行った。
古典とか物語に強い人に助けてもらわないと即死だ!
芝崎さんは俺を見て眼鏡を持ち上げて、
「やっぱり来た」
「やっばり?!」
「田見さんがね、小さな声で『きっと蜂谷さんすぐに来ます』って言ったから何で? って聞いたら、古典の授業、9割寝てるからって」
「げ。見られてた」
俺がそう言うと、田見さんは三つ編みに少し隠れながら、
「私一番後ろなので、見えてしまうんです。えっと……いつも、ちょっとカクカクしてる蜂谷さんが」
「ごめんほんと無理。古典は無理。全く興味がないんだ」
「私は結構好きです」
「好きそうだなーって。だから助けてもらおうと思って」
「田見さんが言った通りになった」
そう芝崎さんはケラケラ笑った。
残念ながら田見さんの読み通りで、田見さんと芝崎さんは組むと分かっている。
ふたりは本読みで古典にも強いだろうから、そこに混ぜてもらって楽をしようという算段だ。
田見さんはiPadの資料を読みながら、
「でも……蜂谷さん、お話を考えてたんだから、こういうの得意、なんだと思ってました」
「俺今までどうやって話作ってきたかな……って考えたんだけど、清乃が『今度はこんな絵を描きたいな』って言ったのを取り込んで、そこから逆算してるんだよな。田見さんも見た海辺のアニメは、清乃が海に立ってる女の子描きたいって言ったから、そこから考えたんだ」
芝崎さんは俺を見て、
「でもそれって、発想の入り口だから。なんだって同じだよ。有名な作家さんも、何か本を読んで『私ならこうするのに』から書き始めることが多いみたいだから」
「俺の入り口はいつも清乃だったってことか」
田見さんは俺に向かって、
「私はアニメ研究部の作品、どれも素敵だと思います」
芝崎さんは田見さんを見て、
「そういえば、昨日! アニメ研究部のサイトに上がってた田見さんの曲と動画見たよ。すっごく良かった。驚いた。田見さんの曲も良いし、アニメ研究部のアニメも今までで一番良かった」
「芝崎~~。見てくれたのか~~!」
俺は授業中だということも忘れて、手を叩いて喜んでしまった。
アニメ研究部で何を作っても無風。何を作っても誰も見てない、反応なんて貰えるはずがない、見てくれと言っても誰も見てくれない、それが当たり前だったのに、こんな風にリアルで反応してもらえるとすげー嬉しい。
横を見ると田見さんが三つ編みを持って顔を半分くらい隠しながら、それでも口元が、ふにゃああ……とどうしても緩んでしまう……という笑顔で、
「そうなんですっ……清乃さんのアニメ本当に最高なんです」
「あの曲、全部田見さんが曲作ってるの? ピアノ弾いてるの?」
「あ、はい。弾いてソフトに入れてます……」
「えーー、すごいすごい。すごかった、感動した、あんなの作れるんだね、普通にファンになった」
「あっ……ああっ……あっ……ああっ……」
芝崎さんに褒められるたびに「あっ……あっ……」と言いながら田見さんがモジモジしてるのが可愛い面白すぎて、芝崎さんは顔をのぞき込んで、
「良かったよ。次も何かするんでしょ? 楽しみにしてる。図書部の子たちも皆『仮想戦記読んでる子が、これを……?』って言ってて笑った。司書の青木先生もめっちゃ褒めてたよ」
「あっ……青木先生のコレクション……こちらこそファンですっ……」
「仮想戦記シリーズ……? うんそれは伝えないでおこうかな……予算がさあ……田見さん以外誰も読んでないんだよね、青木コレクション」
「あははは!」
図書部は司書で顧問の青木先生がかなり好き勝手してるとは聞いた。
でもこんな風に作ったものを見てくれて、それに良い反応を貰えたのは初めてで、すげー嬉しい。
ワイワイ授業に関係ないことを話していると、そこに有坂と生駒も来て、今回も一緒にすることになった。
田見さんと芝崎さんも前回で慣れたようで、受け入れてくれた。
それに最初はどうかと思った生駒も、お守りの事とかでアイデア出してくれたし、まあ扱えないほどじゃない。
古典はマジ無理だけど、この授業は楽しそうだ。
「私、かぐや姫が帝に残したメンヘラ手紙の内容書こうと思って」
「……明日海なら素で行けるな」
「もう連れて戻されちゃう……でも好きな人に手紙を残したいっ……いや~~筆が乗るよ~~真広さぁぁん~~!!」
明日海はそう言ってサンドイッチをパクリと食べた。
明日海のクラスも今日から竹取物語でグループワークらしい。
メンヘラ女が残した手紙怖すぎると思いながら、俺はおにぎりを食べてハタと気がついた。
「実は帝……かぐや姫がメンヘラすぎて迷惑してたから、手紙焼いたんじゃね……?」
「実は帰ってくれて清々したパターン? いや、真広さんはそんなこと思ってないけどね。自分で言ってて心にザクザク傷がついてきた。あ、清乃ちゃんだ。こんな髪型にしたいって。えー、絶対可愛い~!」
そう言って俺にスマホを見せてきた。
それは少し長めのボブカットで、こんなに短く髪の毛を切る清乃が想像出来なくて、ワクワクした。
俺は弁当を食べながら、
「週末、イオンモールだからさ、来週の水曜あたりに、ついにアニメ研究部全員集合、田見さんのスタジオでしない? 打ち合わせしないと」
その言葉に田見さんは目を輝かせて、
「私も、日曜日、美容院予約したんです……!」
「ま、私は週末真広さんとデートだから、実は金曜日、バイトお休みいただきました」
「おい。お前が金曜日に休むと俺がお前の分も作業させられるんだけど」
「真広さんの車の助手席に乗れるって日に美容院行かない愚か者いねぇよなあ!」
「土曜日も休むのに、金曜日休むなよ! 酒屋の段ボール重たくて、ひとりでやりたくないんだけど!」
「あっ……じゃあ、私が明日海さんの代わりにお手伝いします」
そう言って田見さんは小さく手を上げた。
明日海はお弁当を片付けながら、
「えっ、助かっちゃうけどいいの?」
「明日海さんがアニメ研究部にいるのは、真広さんとの恋成就のためだと知っています。明日海さんと蜂谷さんにメンタル面で助けてもらってるので、体力でお返しします」
「おおお……それは俺も助かるから……手伝ってもらっちゃおうかな」
「はい!」
そう言って田見さんは笑顔を見せた。
そして金曜日の放課後、明日海は本当に死ぬほど忙しい金曜日にバイトを休み美容院へ。
田見さんは明日海の三倍働いて、明日海のお母さんに「パワーがすごい!」と太鼓判を押されてて笑った。
いやほんと、ビール瓶がたっぷり詰まった段ボール、ヒョイヒョイ運べるのすごいと思うんだけど。
さあ、お出かけが楽しみだ。




