傷のカタチ、心の姿
「あのっ……清乃さん、大丈夫でしたか?」
「田見さんごめんね。LINEで言った通り……なんか、うーん? 恥ずかしくなった……のか? 明日海、あれは」
「田見ちゃんがさー、清乃ちゃんにとって、久しぶりに外の世界の人だったんじゃないかなー」
「……なるほど」
そう言って田見さんは髪の毛を両手で持って俯いた。
三人で突然の初遭遇をしたあと、俺は清乃を追うのに必死で田見さんに連絡が出来てなかったのに気がついた。
帰宅後にLINEしたけど、状況的にはかなり意味不明だったと思う。昼飯を食べながら説明できて良かった。
明日海はお弁当を食べながら、
「はああ~~。すっごく楽しみだな。イオンモールに買い物に行くの」
「明日海は兄貴がいるから楽しみなんだろ」
「本来だったら真広さんとふたりでイオンモールデートしたいところだけど、今回は清乃ちゃんを可愛くしたい~! もうそれをさ、真広さんとできるっていうのが最高に楽しみ」
「俺もいるんだけど」
そう言うと明日海は、真っ直ぐに俺を見て少し微笑み、
「あそこのイオンモール。ヨドバシ入ってるよ。本屋もある。映画館もある。四時間くらい潰せるね、いってらっしゃい」
「邪魔もの扱いするな! 俺も清乃が服買ったり髪の毛切ったりしてるの見たいんだよ!」
「兄貴キモ……こんなのくっついてる清乃ちゃんそろそろ可哀想……」
明日海はスマホを置いて、エビフライを口に入れて首を振った。
清乃が「服を買いたい、髪の毛を切りたい」というので、明日海の提案で車で一時間離れた所にあるイオンモールに行くことにした。
明日海は「土日ってえ~優真のお父さんもお母さんも私の両親も忙しいじゃん~? やっぱ真広さんだと思うの~」ともじもじ。
どう考えても明日海が兄貴と一緒にイオンモール行きたいだけなんだけど、俺の両親が土日は道の駅の仕事を抜けられないのは分かっている。
そしてあのイオンモールは高速出口近くなので、車でしか行けない場所だ。
俺が兄貴に提案すると「絶対行くわ!」と即答してくれた。
兄貴も清乃をメチャクチャ可愛がってるから、嬉しくて仕方がないみたいだ。
明日海はお弁当を食べながら、
「ここ、どうよ。今はこういうのが主流」
「ん? ……へえ~~。美容院にこういう選択肢があるのか」
見せてくれたのは、イオンモール内にある美容院だった。
そこはサイトで予約が出来るんだけど、『あまり話しかけられたくない』『全く話しかけてほしくない』『ある程度は良い』『若い男性希望』『若い女性希望』など、細かく要望が送れるようになっていた。
こういう髪型にしたい……と写真を添付も可能になっていて、行ったら無言で切ってくれそうだ。
清乃はもう何年も美容院に行かず、髪の毛を伸ばしっぱなしにしてきた。
なぜかというと、地元の美容院はみんな知り合いが経営していて、清乃が行ったら「あら、病気はどう?」「髪の毛切るってことは学校に?」「可愛くして行きたいわよねえ~」など、延々と言われるのは分かっている。
だからずっと行ってなかったけど、これなら安心だ。
明日海は、
「これで清乃ちゃんに了承取ろうっと。あ~~と、私も美容院行かないと」
「明日海は先月行ってたじゃん。『サラサラヘアーが作るハンバーグなんだよなあ』って気合い入れてたじゃん」
「は? 一ヶ月前とか超過去なんですわ。しかし金がな……再来月のデザインで入るお金を前借りするしかない……」
「もう借りすぎてるやん、仕事があるかも分からない未来から金借りてるやん」
金使いが荒すぎて、もう借金地獄なの将来が怖すぎる。
明日海はハッ……と顔を上げて、
「……ちょっと待ってステイステイ……真広さんの新車の……初・助手席……ってことで、いいですか?」
「そうそう。ついこないだ納車されたみたい。たぶんそうじゃね? 会社の女の人が乗り込まなきゃ」
「えっ、ちょ、それ、死守できへんやろか?」
「なんで明日海はたまに言葉が変になるんだ?」
「真広さんの助手席バージン私が貰いたい、私が!」
「きめーーんだよ!!」
兄貴はずっと会社の営業車の払い下げ? に乗っていたけれど、最近新車を買った。その納車日がイオンモールに行く直前で「ちょうど良いわ」と言っていたから、乗ってくると思う。
俺たちがギャーギャーしていると田見さんがおにぎりをムシャ……と食べて遠くを見て、
「私は行けないんですよね……」
明日海はパンと両手を合わせて、
「田見ちゃんごめん、田見ちゃんに会うために清乃ちゃん可愛くしたいんだって。そこに田見ちゃんがいたらネタバレじゃん。ほんとごめんだけど、この会は田見ちゃんを連れていけないの」
「分かってます……でも私に会いたくてって……そんなの嬉しすぎるので、ぜんぜんっ……良いですっ……!」
田見さんはそう言って三つ編みを顔の前に持って来て嬉しそうに微笑んだ。
俺も兄貴も両親も、それこそ明日海も、清乃に外に興味を持ってほしくて、色々してきた。
それでも清乃は元気にこそなっていったが、部屋から出ることはなかった。
田見さんと出会うことでやっと外に興味を持ってくれてガチで嬉しい。
俺はお弁当を食べながら、
「てか田見さん、どうして制服に着替えてたの? バイトしてた時は私服だったじゃん」
「金曜日は徹夜して曲を作ることが多くて、気がついたらソファーで寝てるんです。だからいつも一番楽な服装……五年くらい着てるロングTシャツにジャージだったんです。でも清乃さんが来ると聞いて、この服装で会えないと思って、その場にあった制服を着ました」
「田見ちゃん~~。田見ちゃんも服全部変えたほうがいいよ。置いてあったTシャツ、全部首元デロデロだったの、なんで?」
「……その謎は碧が解いていて……私知らない間に首元引っ張って、そこに口元を突っ込んで考える癖があるみたいで……」
「あーー! 田見ちゃんしてる、してるわ、その姿!」
こうでしょ? と明日海は制服の首元を引っ張ってあげて口を入れた。
そうですそうですと田見さんは頷いたけど、確かにしてるわ、それ!
確かにそんなポーズしてたらTシャツの首元がデロデロになる。
田見さんはうつむいて、
「曲を作ってる時は、音と画面しか頭に入ってなくて、何も考えてないので、その行動を止めようもないんですよね……」
天才肌すぎないか……?
俺たちが呆然としてたら、明日海の所に清乃からLINEが入った。
その画面を田見さんに見せて、
「田見ちゃん。清乃ちゃんが『田見さん、サイト、大丈夫?』って言ってるけど?」
「あー……はい……気になりますよね……すいません。早めになんとかしたほうが良いのは分かってるんですけど……」
「えっ? 何が?」
田見さんは食べ終わったお弁当を片付けて、自分のスマホでYouTubeのサイトを開いた。
田見さんの曲のページには『承認待ちのメッセージです』というコメントがずらりと並んでいた。
田見さんが見せてくれたログイン後のページには『コネですか?』『わざと鬱曲歌ってる陽キャ?』『天狗さんですか?』など、どっからどうみても誹謗中傷が並んでいた。
田見さんは他のページを開き、
「このゲーム内でカルマさんが私の曲を使ってくれて……」
「ネイロイドたちが出てる格ゲーだ」
「このゲームはBGMにネイロ曲を選べるんですけど、そこで私の曲を使ってくれて……正直暗すぎて格ゲーに全くマッチしてなくて……その切り抜きがSNSでバズったみたいで……そこから一気にPVが伸びて登録者数も7,000を越えました」
「ええっ?! スゴすぎる!!」
「そしてSNSで昔から私の曲を聞いていた発言して……その結果、大量の誹謗中傷コメントが入るようになり、先日から全てのコメントを承認待ちのメッセージしました。でもそうすると……ネイロ組のために投票してくれた古いファンの人たちのコメントまで見られなくて……それが一番つらいですね」
そう言って田見さんは俯いてお茶を飲み、
「……正直私は曲が作りたいだけで……再生数を見てるだけで満足な所があって、こういうことになると、ちょっとつらいですね……」
でも……と俺が口を開くと、明日海のスマホが鳴り、清乃から電話がかかってきた。
「……あ、うん。お? いいよ。はい、田見ちゃん。清乃ちゃん」
「う、うえっっ……あっ……はいっ……ああ、おっほん、あーっ、どうしよ、普通の声で?」
「いや、田見ちゃんに代わってって、清乃ちゃんが。直接話したいって」
「うっほ……」
突然のゴリラ?
田見さんはさっきまで地獄みたいに落ち込んでいたのに、立ち上がってウロウロし始めた。
そして明日海からスマホを受け取って、なぜか窓際にササササと移動した。
明日海曰く「部室の電波はゴミ」らしい。なるほど。
田見さんはスマホを持ったまま窓際で、ブンブンと頭を振りながら、
「あっ……はいっ……あ、はいっ……あの、い、い、一緒はい、一緒ですね、はいっ、あっ、そうですよね、そう思いますっ、大丈夫です」
と何度も言った。
そしてサササと俺のほうに来て、
「お兄さまに代わってほしいそうです」
「お兄さま?! とりあえず、りょ。清乃?」
『田見さんに一緒だから、頑張ろうって、言った……けど、大丈夫そ?』
「……さっきより全然表情大丈夫っぽい」
『……そ。じゃあ、髪の毛切ったら……打ち合わせしよって言ったから』
「りょ」
そう言って俺は電話を切った。
田見さんは三つ編みをにぎにぎしながら、
「……ひとりで受けた傷は、ずっと心にあって。昨日まで忘れていたのに突然ぶり返して、私をえぐる。でも皆さんが、清乃さんがいると、私だけの傷じゃない。それはたぶん、治りがはやい。耳に清乃さんがいて、ここに蜂谷さんと明日海さんがいて、傷が軽いんじゃなくて、薄い。そんな気がするんです。大丈夫です、もう見ません。それに、清乃さんが言う通り、ちゃんと実力で1位ですから!」
そう言って笑顔でお茶を飲んだ。
その通りで、投票が終わるまえにカルマさんが「ファンだ」と言ったわけではない。
SNSを見ると『一緒に曲作りたいって100回くらいメッセージ送ったんだけど、全部無視。だからこうして表に出て来てくれて嬉しい、他のも最高だから聞いて!』と書いてあった。
100回……田見さんここまで押しが強い人、たぶん苦手なんだよな。
でも良い人なんじゃ?
俺と明日海は無言で目を合わせて頷いた。




