灯台のような君
「総投票数3653、最終順位は総合36位、初参加組では1位だ!」
「ただ聞いてくれている人たちに会員登録をお願いするなんて申し訳なくて悩んだんですけど……自分のページで呼びかけて良かったです……」
田見さんは、また呼ばれて手伝っているバイト先で、段ボールを畳みながら嬉しそうに言った。
ネイロ組の最終結果が出た。トップ10内は俺も知っているような有名なネイロPばかり。
アニメも「プロが作ったのか?!」みたいなカッコイイやつで、抱えているユーザー数も、知名度も全然違う。
その中に初参加組オンリーのランキングがあり(80組ほどいた)その中で俺たち春岡高校アニメ研究部∞が僅差で1位になった。
初参加組は昔から活動している人は少なく、田見さんが一番活動履歴が長く、ファンが多かったからだと思う。
コメント欄にも『もっと早く言ってください。花鳥さんが誰かと組んで何かをしている……それを見られただけで嬉しいです』というコメントもあり、夜の地面ばかり映している鬱ネイロPとして、結構有名だと知った。
『花鳥さんのPVが地面じゃない……とは?!』
『花鳥さんが……人と絡んで?! マ?!』
『ひとりじゃない花鳥さん見られて幸せです』
『課金させない花鳥さんに投票できて嬉しい』
『このひとりぼっちなのが花鳥さんとしたら、誰かに会えたのかな』
そういうコメントをたくさんみて、それだけで田見さんと組めて良かったな……と思った。
そして有名なネイロPのカルマさんが『ヤバいくらい好き、泣ける、曲と絵が超良い』とコメントしてくれた。
カルマさんはものすごく特徴的なネイロ曲を作る人で、メチャクチャ美人さんだ。
顔出ししてダンスも踊っていて、その特徴的なダンスを真似てTikTokに投稿する子が増えている。
曲もメロディーラインをネイロに歌わせて、ラップをカルマさんが歌っていてすげーカッコイイ。
清乃も大ファンなので、めちゃくちゃ喜んでいた。
田見さんは段ボールを畳みながら、
「実はカルマさんは、ものすごく前……小学校五年生の時に一度メッセージをくれたんです」
「えっ」
「『あなたもっとできるでしょ』的なもので……怖くて……」
「なるほど」
「でもお父さんが返信してくれて。私が子どもだと知らなかったんです。でもやっぱり押しが強くて……今まで一度も私はメッセージを返せてないです……曲は素晴らしくて尊敬はしてるんですけど……」
田見さんは段ボールを片付けながら、
「だから、審査員にカルマさんがいるの見て、メッセージを無視してたのがマイナス評価に繋がるのでは……と少し心配してたんですけど、良かったです」
「カルマさんは田見さんのこと、ずっと待ってたんだ。じゃこれも『待ってました!』みたいな感じ?」
「そうですね……結果論ですけど……。私は怖いんですけど……」
このコンテストの副賞として、カルマさんが総合1位の浮遊0(れい)さんと、新人一位の田見さんの曲をMIXすると発表されていた。そして同時に浮遊0さんと、田見さんもカルマさんの曲をMIX……つまり『交換MIX』と呼ばれるものらしい。
俺は詳しくないからよく分からないんだけど……。
田見さんは段ボールを運びながら、
「音楽はMIXする人で別の曲になります。料理だと同じレシピで作っても違う味になる……漫画だと同じ原作でも違うコマ割りになる……みたいな感じです」
「なんか分かった気がする」
「お互いに癖があって、お互いにMIXしあうのが、今の流行なんです」
「へええ~~。田見さんの曲をカルマさんが、雰囲気違う曲に仕上げる……みたいな?」
「そうです!」
そして田見さんは段ボールをヨイショと持ち、
「私はカルマさんの曲をMIXする勇気なかったし……ネイロ界で一番パワーがある浮遊0さんも同じ曲をMIX……そんなことするの怖くて仕方がないんですけど……清乃さんが引き受けてくれたから、やりますっ……。清乃さんが描くカルマさんの絵……絶対良いからっ……!」
「そうなんだよなあ……清乃すごいよ、やるって決めて」
この副賞はお互いにMIXするだけじゃなくて、サムネイルの絵師も交換になる。
なんと清乃は大ファンのカルマさんのサムネイル絵を描くことになり、カルマさんのサムネイルを描いている有名絵師さんが、田見さんの曲のサムネイルを描くようだ。
俺は「そんな有名なネイロPのサムネイルを描くなんて大丈夫かな……」と思ったけれど清乃は一瞬で「やる」と答えた。
だから田見さんも決断してくれて、すげーー楽しみだ。
「お兄ちゃんお帰り~!」
「ういっす、ただいま。おっ……すげえ清乃、ご飯作ったの?」
「うん。もうソワソワしてカルマさんの曲聞いてる」
「ヤバいよな、カルマさんのサムネイル、清乃が描けるなんて」
「緊張しちゃって、いつの間にかハンバーグ作っちゃった」
「おおお~~、腹減った食べたい」
「いいよ~~」
そう言って清乃はハンバーグを温めて出してくれた。
デミグラスソースと肉汁たっぷりのハンバーグがものすごく美味しくて俺はバクバク食べた。
「あー……バイトですげー腹減ってたから嬉しい。ここまで作れるようになるなんてすげーな」
「最近、スーパーに買い物行けるようになったから、それが楽しくて」
「いや、自転車乗るようになったの、マジでデカいな」
俺はサラダを食べながら頷いた。
俺たちがグループワークで行った岬ホテル横の駐車場……行きたいと言い出したのは清乃だった。
田見さんは体力オバケだから歩いて行けるだけで、俺たちは車じゃないと無理だから、行こうなんて全然思わなかった。
でも清乃が「自転車ならどうかな」と言い始めたのだ。
清乃は最近散歩をはじめたばかりで、自転車なんて小学校の低学年以来乗っていない。
それはさすがに無理だろう……と思ったけど、清乃は地味に練習してたみたいだ。
自転車は歩いているより速度が出るから、人目が気にならない。
それに気がついた清乃は自転車によく乗るようになった。
そして岬ホテルまで行けたし、最近は病院横にあるスーパーに買い物に行けるようになった。
俺はお皿を洗いながら、
「田見さん、清乃がやるって言ったから、MIX交換やるって決めたみたいだぞ。かなり怯えてたけど」
「私も怖いよ! でも田見さんがMIXしたカルマさんの曲聞きたい。怖いよ、めちゃくちゃ怖い、怖いけど……田見さんと一緒なら頑張れる……」
清乃は洗ったお皿を拭きながら黙り込んだ。
なんだろう……作り終わったけど、何か思うことがあったのかな。
俺は清乃の横でお皿を洗い、生ゴミを片付けながら清乃の言葉を待つ。
清乃がトスンとソファーに座ったので、俺は紅茶を入れて持って行く。
清乃は俺がいれた紅茶を一口飲んで、
「……あのね。すごく、そんなことないよって、言いたかったの」
「ん?」
「田見さんが音楽を伸ばしたことを、私に言い忘れた時」
「あー……そんなことあったな。なんかすげー前のような気がしちゃうわ」
「田見さんが『ひとりで作る癖が抜けてない。ひとりで気持ち良くなってるだけだ』って言ってたとき」
「ああ……そんなこと言ってたな」
「お兄ちゃん黙ってて……なんですぐに否定しないんだろうって、どうしてすぐにそんなことないって言ってあげないんだろうって……」
「いや、一瞬なんて声かければいいのか分からなくて困ったんだ」
確か清乃に対して反省していて、だから田見さんの慰め方も悩んだ気がする。
それを清乃に言うのは違うし……。
清乃は俺のほうを見て、
「私、あのとき、通話が繋がってたでしょ。私。言いたくて、でも言うの違うくて、近くにいたらっ……田見さん抱きしめたのにって」
「!!」
それは、できるなら最高の行動だと思う。
俺は絶対出来ないし、明日海はそういうキャラじゃないし、出来たとしたら清乃だけだ。
清乃は続ける。
「すっごくすっごく、私ならそうしたのにって思った。だからっ……そうするっ!!」
「そうする?? って??」
「田見さんに……挨拶するっ……!!」
「えっ、今? 今から? はっ?!」
「そうっ……!! いくっ……!!」
清乃は俺が入れた紅茶をごくごくと飲み干して、俺のほうを見た。
今?! イヤでも今は金曜日だから田見さんはきっとスタジオで作業している。
田見さんは「金曜日の夜は100%スタジオで寝泊まりします。土曜日朝から作業したいから」と金曜日のバイト終わりにいつもコンビニでパンを買いあさっている。だからスタジオにはいると思うけど、今?!
俺はパーカーをかぶって、もう家を出て行こうとしている清乃の後ろを慌てて追いかけた。
今?! こんな突然? と思うけれど、きっと準備すると、その間に無理になってしまうんだろう。
俺は清乃に声が聞こえない所まで距離を取って、スマホですぐに田見さんに電話をかけた。
「田見さん、スタジオ居る?!」
『居ますよ』
「ちょっと今から、清乃が行くって!」
『えっ、あっ、はいっ!!』
「俺も行くから、ごめん突然」
『はいっ!!』
視界ギリギリの所に清乃がいるので、俺は慌てて坂を下り走った。
清乃はトコトコと早足で歩いていて、この速度で歩けるようになったんだ……とそんなことが嬉しい。
いやでもちょっと突然すぎるけど……と思いながら、きっと突然じゃないと動けないんだ。なんかそれは分かる。
清乃と俺は歩いて田見さんのスタジオに向かった。
別荘の森の中を清乃は迷わず歩いてスタジオ前に来た。
ここは別荘地で今はまだ六月。この別荘地に電気が付いている建物は田見さんがいるスタジオだけだ。
たったひとつの灯台に向かって、清乃はその前に立った。
立って……立ち止まった。
俺はその後ろで待つ。
清乃は俯いて、
「……実は、何回も、散歩で来た、の」
「うん」
「何回も、昼間に。絶対田見さんが居ないって分かってる昼間に」
「うん」
「電気ついてるから、田見さんいるんだよね」
「いるね」
俺がそう答えると、清乃は黙ってしまった。
来たはいいけど怖くなったのだろう。俺がここで背中を押すのは違う。
俺は清乃の後ろで、ただ立って待った。
清乃は田見さんのスタジオの前で、ずっと俯いて立っていた。
どれくらい時間が経っただろう。無理かな……と思った頃に、目の前で清乃が吹き出して笑った。
顔を上げると、玄関横の小さな窓の所……妙な影がチョロチョロと動いているのが見える。
それはバタバタと左右に動いたり、上下に動いたり、窓の向こうで田見さんが右往左往しているのが分かった。
緊張してるのは清乃だけじゃない。
清乃は、
「よし」
と口に出して前に進んで、玄関扉の前に立った。
そして手を何度も開いて、閉じて、開いて、閉じて……と動かして、くっ……と握って、田見さんのスタジオのドアをノックした。
もう一回ドアをノックしただけで、扉が開いて、目の前に田見さんが立っていた。
よく分からないが、田見さんはなぜか制服に着替えていた。
なんで?
バイトに来る時にすでに私服だったから、清乃が来ると知って制服に着替えたのか?
よく分からないけど……と思ったら、清乃が顔を上げて、まっすぐに田見さんを見ているのが分かった。
田見さんも三つ編みを持って顔を半分隠して清乃を見ている。
お互い見つめ合って何も言わない……と思ったら清乃が口を開いて、
「はじめまして! 蜂谷清乃です!! これからよろしくお願いします!!」
と言った。
それを聞いた田見さんは持っていた三つ編みをパッと離して顔をあげて、
「はじめまして! 田見笑衣子です、これからよろしくお願いします!!」
と地声で言った。




