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ラストスパート


「明日海、マジでセンスあるな」

「まあこれでも星野酒店のオーナーデザイナーですし?」

「オーナーデザイナーってなんだ。聞いたことねーけど、いや、良いな」

「でしょうでしょう」


 そう言って明日海は頷いた。

 ネイロ組に応募するためのアニメ作りは最終工程へ向かっていた。

 いつも俺が作るアニメは、全編まったりと動いていたんだけど、今回清乃はそれをしなかった。

 がっつりと動かすのは3カットのみ。あとは止めた絵で、画面上にテクスチャーを貼ることにした。

 1分半……それじゃ淋しいんじゃないかと俺は思ってしまったけど、田見さんの曲があり、歌詞があると、全く問題がなかった。

 画面に貼るテクスチャーは、明日海がデザインして作ってるんだけど、これがまたすごく良い。

 俺は横で見ながら、


「良かった、明日海がアニメ研究部ガチってくれて」

「正直田見ちゃんが居なかったら、ここまでしてなかったと思う。てか絶対してない」

 

 明日海はタブレットにシャッシャと線を引きながら、


「わりとアニメ研究部って、清乃ちゃんと優真の……って感じがあったんだよ。清乃ちゃんがメインで頑張れる場所……そこを優真が作っている……みたいな」

「なるほど。まあその通りなんだけど」

「ふたりが頑張ってる場所……てイメージがあったから、入りにくいというか。幼馴染みの私もでもそう思うんだから、他の子もみんなそう思ってたと思う。部活っていうか、蜂谷家がアニメを作ってる所……ってイメージ。誰か他人が入るなんて、誰も思ってなかったと思う。でも田見ちゃんが入部して曲が付いて、一気に世界が広がったように見えるよ。こう……もっとオープンなんだなって思える。だからまあ私も好きに手伝うよ」

「……そっか。やっぱ俺と清乃がふたりでガチガチにやり過ぎてたか」

「蜂谷家の同人誌みたいな感じ。頑張ってふたりで作ってるのに、そこに勝手に参加したいって言って良いものか……みたいな感じ。とりあえず田見ちゃんが居なかったら、ここに居ない。それに田見ちゃん、すっごく真剣で、カッコイイ」


 明日海はそう言ってパソコンの前でずっとヘッドホンをして作業している田見さんを見た。

 今日は田見さんのスタジオに作業用のPCを持って来て、朝からここで作業している。

 ネイロ組の作業が本格化して、アニメ作りの作業が始まった時、田見さんが「ぜひここで」と言ってくれたのだ。

 田見さんは音楽ブースのPCでずっと作業していて、俺たちは手前にあるリビング的な空間にPCを広げて、延々とアニメを作る作業をしている。

 田見さんは音楽ブースにあるPC前から全く動かない。

 ずっと聞いて画面をいじっている。トイレにいく時に後ろから見たら、すさまじい量のライン? が並んだ画面で少しずつそれをいじって、延々と音楽を聴いていた。すげー集中力だ。

 明日海はシャッシャッと線を引きながら、


「真剣にやってる子がいるなら、私もちょっと頑張ろうかなーって思う。それに真広さんがあ『清乃と一緒にアニメ作ってるんだって? できあがったら見せてくれよ』って言ってくれたじゃん? あれモチベ。ガチモチベ。清乃ちゃんのために何かすると真広さんマジで優しい……」

「兄貴も清乃にめちゃくちゃ甘いからな。その点明日海は清乃の一番長い友だちだから、信頼してるし」

「清乃ちゃんほど絵は描けないけど、テクスチャー作りはデザインの一部でもあるからね。しかも動きは全部優真がやってくれるから気楽」

「お。良い感じ? いや、モノノ怪がすげー良かったから俺もやりたかっただけ」

「薬屋~~~ガチでいい~~」

「分かる、マジでカッコ良かったわ~」


 最近ネトフリにきたモノノ怪を見たんだけど、画面全体にテクスチャが貼られていて、超カッコ良かった。

 あんなセンス全くないけれど、作画して塗られた世界に、モノクロで少しテクスチャを貼って光を足して加工してみたら、リピートの動きの深みが出て面白かった。だから明日海が作ったテクスチャーを俺が貼って、動かしている。

 1分半の映像なのに、ちゃんと画面を仕上げまで持って行くのはガチで大変だけど、音楽があると、全然良さがあって、最高に楽しい。

 俺と明日海が話しながら作業を進めていると、奥の音楽ブースで田見さんがヘッドホンを机に投げた。


「……ダメだ、こうじゃねー」


 その声は普段話しているような小さな声ではなく、ガチ声だ。

 俺は明日海に近づき小声で、


「……出た……ブラック田見さんだ……」

「本日もはじまったね……」


 実はこのスタジオで作業するのは四度目だ。

 田見さんはず~~~っと奥の音楽ブースで集中して作業してるんだけど、ハタと作業をやめてブラック田見さんが現れる。

 どうやら思ったとおりに出来ないと現れるようで、地声でウダウダと文句を言って、横で見ていると少し面白い。

 田見さんは椅子の上で膝を抱えて丸くなり、


「違う……こうじゃなくって……もっと違う所から音が入ってこないとダメだ。このラインでこの作業をしようとしてるからダメなんだ。この音の仕事は、こっちにさせる、それで、このリズムを、こっちも持たせて……いやそれはもうしたんだよなあ、違うんだよなあ、そうじゃねーんだよなあ……」


 口が悪く、地声。

 それがブラック田見さんのポイントだ。

 聞いていると地声はマジで良くて、俺は好きだ。この声をこっそり聞ける状況がちょっと嬉しい。

 俺と明日海はソファーに隠れてブラック田見さんを見学した。

 田見さんは椅子から身体を前倒しにして、頭をガンと机にぶつけた。

 結構な勢いだったので、俺と明日海は目を合わせて「大丈夫か……?」と顔だけで会話する。

 田見さんはそのまま頭を机にゴリゴリと押しつけて、


「それはもうした。だったらどうする。ここにもっと尺が必要ってこと? それは違う気がする……うぐうう……」


 頭をゴリゴリしてるのは痛そうだけど、その横顔は驚くほど真剣でカッコイイ。

 そこにピコンという音が響いた。俺も明日海も音がしたからスマホを見たら、清乃が『この絵で』と最後の怪獣と繋がった小さな音色サクラが、クシャクシャの涙顔から、最高の笑顔になっていくアニメーションが送られていた。

 このカットがゴリゴリに動く最後のカットで、清乃はずーーっとこのカットにこだわって絵を描いていた。

 その表情がものすごく魅力的で、あふれ出すほど淋しかったけど、怪獣が来て、ものすごく怖くて、でも嬉しいのだと分かる。

 田見さんはそれをPC画面に出して、ずっと見ていた。

 何度も何度も再生して、身動きひとつ取らない。

 俺はその田見さんの真剣すぎる横顔をずっと見ていた。

 田見さんは目を閉じて、長く息を吐き出した。


「……違うな。音はこのままだ、このままで構成を変える」


 そう言って姿勢を戻して背伸びをした。

 俺と明日海はブラック田見さんをいじろうと思ったけど、絶対今はそれをする時間ではない……と顔だけで会話して、机に戻った。

 そしてふたりで清乃が描き上げてきた音色サクラの表情変化のアニメを見た。

 明日海はぼんやりとコーヒー牛乳を飲みながら、


「がんばろっかね」

「……すげーいいな、これ。三日くらい前からずっと描いてたんだけど、やっと終わったんだな」

「クシャッ……って表情が変わる時に、線が崩れるのがいいね」

「な。この線生かしたいよな」


 俺たちは作業をしながら「この最終カットだけはあんまり加工しないほうがいいかも」と話し合った。

 でもあんまり真っ白だと爆発した瞬間みたいになっちまうし、あの線を活かしたまま、どう処理する……? と話しながら作業していたら、後ろに人影を感じた。

 振り向くと田見さんが立っていた。


「ここ。この表情変化が終わった所だけ、音を止めます。それで、その先に声先行でサビを持って行きます」

「……なるほど。この絵を一番盛り上げる所において、そっから更に曲も持って行くと」

「そうです。それなら、はまる。この絵に音はいらなくて、その先を私が持つ」


 田見さんカッコイイ……と思った瞬間に、目の前でお腹がきゅうううううう……と鳴った。

 田見さんはお腹を抱えてパッと丸くなった。

 明日海は鞄からお弁当箱を取り出して、


「お腹が空いてますかあ? 実は~? お弁当を三人前作ってきていたのです~~。田見ちゃんが大好きな明太子おにぎりと焼き鳥~!」

「はあああっ……! 昨日の昼からっ……何も食べてませんでしたっ……!」

「えっ……何時間作業してたの……?」

「食べたいです、食べてもいいですかっ!」


 そう言って田見さんはリビングの椅子に座り、明日海が作ってきた明太子おにぎりをパクリと食べた。

 そのおでこはさっき机にゴンゴンぶつけていたせいで、赤い線が入っている。

 俺は冷蔵庫に行き、冷えピタを取り出してオデコに貼った。

 田見さんは、ふにゃ……と笑顔になり、


「熱はないですよ……」

「いや、オデコに赤い線が。さっきぶつけたでしょ」


 田見さんはハッと自分のオデコを抑えて、


「またしてましたか。ありがとうございます」


 と微笑んだ。そしておにぎりにくっ付いていた海苔を先にモックモックと食べていて、どんな食べ方……? と明日海と目が離せず観察した。

 さあラストスパートだ、作業を進めよう! みんなで作るのが楽しくて仕方がない。



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― 新着の感想 ―
 作業の工程そのものはさっぱりわからないけど、一緒に何かを作っていくっていう雰囲気はいいですね。  鷹羽、文化祭とかで何かをみんなで、という経験がないので、新鮮です。
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