田見さんの秘密
「あ、ダメだこりゃ」
「どうして私は私なんだろう。どうして真広さんと同じ年齢に生まれなかったんだろ。どうして私は私なんだろう」
「田見さん、明日海ヘラってるから、こっちの机でご飯食べよ」
俺は作業場の紙をザバーーッと退けて田見さんを呼んだ。
部室に入った瞬間、いつも三人でご飯食べてる机に明日海が転がっていた。
すぐ横にはコンビニの袋が転がっていて、山崎製パンが三つも四つも置いてあった。
ひとりパン祭り開催中。
明日海はヘラると、山崎がやってるコンビニで、甘いパンを大量に買う。
田見さんは俺が適当に片付けた机ではなく、明日海の横に座り、
「どうしたんですか?」
「田見ちゃん……お姉ちゃんと真広さんが良い感じだったことを、私が知った……って、お姉ちゃんが知ってから……あれ……日本語崩壊してない……私ジャパン住めてる……? 明日海ジャパン……?」
俺は我慢できずにツッコミを入れる。
「明日海ジャパンって、明日海が監督か?! なんだその意味不明なグループは!!」
俺のツッコミを無視して田見さんが明日海に近づいて、
「住めてます、ジャパンです!」
「田見ちゃぁん……お姉ちゃんが私の恋心を知ってから、姉から目線がすごくて……」
「姉から目線……?」
聞いたことない言葉に田見さんは不思議そうに首を傾げる。
俺は仕方なくいつもの机に座りお弁当箱を開き、
「上から目線の姉からバージョンだろ。あのさあ明日海。雪見さんはぜんっっぜんそういう人じゃないぞ」
明日海のお姉さん、雪見さんは子どもの頃から美人で有名だったので、性格は真っ直ぐで、人を見下す事もなく、もはや「みんなの雪見さん」という感じなのに、酒屋さんのビールを瓶で10本余裕で持つ力持ちぶりと、さっぱりとした性格で上から偉そうに言うような人では全くない。
しかも地元のすげー大きな会社の人から「お嫁さんに」なんて話もあったのに、小さな酒造業者のひとり息子と結婚したのだ。
そして旦那さんと一緒に二年も修行してた。偉すぎるだろ。
明日海は机に転がっていた板チョコパンを掴んで俺に見せて、
「ははっ……優真はこれ好き? 自分で買う?」
「甘いパンに甘いチョコ挟んでて意味がわからん」
「私には最高に美味しいんですわ、つまり世界はその人によって見方が変わる、つまりお前のコメントは的・外・れ!」
「人が心配して言ってるのに……この女……」
俺はイラッとして板チョコクロワッサンを袋の上から叩いた。
袋の中でクロワッサンの生地と板チョコが半分にパキーンと割れた。
明日海はパンを引き寄せて、
「ああああ……DV……DV男……真広さん、弟がDV男なんですうう……助けてえええ……」
「お前いつもそうやってからこれを食べるだろ! 先にやってやったんだ、早く食え! レイアウトみながら話し合いしたいんだよ!」
「見てよ田見ちゃん。お姉ちゃんが『私が持ってるの、良くないから』ってくれたんだけど」
「おお……これが真広さんですか……カッコイイですね……わあ……うちの制服……わあ……」
そう言って田見さんは明日海から渡された兄貴の写真を見て……俺をチラリと見た。
俺はなんだかカチンと来て、
「何だよ、兄貴がカッコ良くて俺は違うって言いたいのかよ」
「いえ、お兄さんがこういう雰囲気で、蜂谷さんがこういう雰囲気だったら、清乃ちゃんはどういう顔してるのかな……って思ったんです」
俺はあまりに純真な言葉に机に崩れ落ちる。
「……ごめん……人間がっ……明日海のせいでっ……俺の人間性が濁ってる……! 俺こんな人間じゃないんだ、明日海のせいなんだ!!」
明日海がナチュラルに俺をバカにするから田見さんも……と思ったけど、田見さんは田見さんだった。
俺が濁ってる。気を取り直して……。
そうか、清乃の顔を田見さんは知らなかったか……とスマホをいじりはじめると、田見さんが俺のほうを見て手をはたはたと振り、
「あのっ……顔が知りたいな……というのは、本当に顔が見たいんじゃないんですね。今こう、ステキな絵をたくさん描いてくれてて、文章とかでやり取りさせてもらって、こう……私の中の清乃さんがちゃんといて、それに蜂谷さんのお兄さんと、蜂谷さんが加わって、あっ……バイト先でお母さんもお父さんもお見かけしました……それでどんな人なのかなって、想像の中でお話するのが楽しいので、写真は大丈夫です」
「……分かった」
分からないけど、分かった……と答えるべきな気がして頷いた。
よく考えると家でも清乃は「田見さんは……」とよく話をしている気がする。
お互いに良い刺激になっててその間に俺がいるんだから、濁ってる場合じゃねえ。すべての元凶は明日海だ。
明日海は腕の上にゴロンと頭を乗せて、
「分かってる……私が疑心暗鬼してるから、全部『姉から目線』に感じるだけ。でも……お姉ちゃんから一番こういうの貰いたくないっていうか、やっぱりどこかナメられてるのを感じるんだよー。別にくれなくていいじゃん、欲しいけど! 欲しいけど私の恋心を知っているお姉ちゃんから欲しくないの!」
「明日海が兄貴を好きだと知った。それで雪見さんは前は兄貴を好きだった。んで写真とか持ってるのを知られたらよくないと思ったから明日海に渡した。それ以上でもそれ以下でもないだろ」
「ねーえー、田見ちゃんはどう思う?」
田見さんは俺たちがギャーギャーしている間にお弁当を食べおえてキュッと巾着の入り口を絞り、
「私っ……あのっ……勇気を、出してもいいですかっ……?」
「はへ?」
「今までずっと、星野さんのことを、星野さんって呼んできたんですけど、すっごく星野さんが好きなので、明日海さんって呼んでいいですかっ」
「んあああああ~~~~、今までそんな風に呼んでたっけえ? 可愛い田見ちゃんーー。なんとでも呼んでーーー」
「それであのっ、私は明日海さんが好きで、明日海さんのことしか知らないので、雪見さんのことは、すいません、分かりません」
「浄化される……田見ちゃんのそれが聞きたくてここでゴネてた可能性がある。田見ちゃん~~ちゅきちゅき~~」
そう言って明日海は田見さんにしがみついた。
田見さんはすごく困惑した表情をしたが、嬉しそうに身体を小さくして何度もコクンコクンと頷いた。
嬉しい困る嬉しい困る……が同時に出ている。
田見さんに抱きついた明日海がハッ……と離れて、
「……田見ちゃん、巨乳だね。何カップ?」
「Eです」
田見さんが普通に答えるので、俺は吹き出した。
「そういう話を男がいる所で普通にするな」
明日海は完全に俺を無視して、
「えーー……おっきいい~。抱きつくまで気がつかなかった。え……でもちょっとまって、なんか固くない……全体が……分厚くがっちり……」
明日海は田見さんにしがみ付いていたが、少し離れて呟いた。
田見さんは苦笑して、
「巨乳というより、背中に筋肉が結構付いているんだと思います。私筋トレも好きなので」
「えっ?! 背中とか……わっ……ちょっとまって、お腹かった!! バッキバキじゃない?! ちょっと背中もすっご!!」
「あっ……あのっ……くすぐったいです!!」
「ちょっと優真、触って、田見さん全体が固い、細マッチョ!! 真広さん巨乳の女の子が好きなんだよー。今まで付き合ってきた子、全員巨乳。おねえちゃんも巨乳。私は乳がない、やっぱり敗北者~~」
「なあ明日海、話し合いしようぜ。せっかく清乃が動画アップしたのに、今日今後のこと話してくるって言ったのに、このままじゃ雪見さんダーク説と田見さんが細マッチョしかないじゃないか」
「あっ……それはダメですね、あっ、でも恋も大切ですね、私この前、素敵なものを見つけました」
そう言って田見さんはアニメ研究部の棚をごそごそ漁って箱を持ってきた。
「これ! 筋トレチューブが四本ありました」
「なんでこんなものが部室に……? いや、レイアウト見ながら話しようって事言ったよね? これ筋トレアイテムだよね?」
明日海はそれを自然と受け取って、
「あれじゃん? 昔、三田先輩が『筋トレ女子はエロい』ってアニメ作ろうとしてなかった?」
俺はそれを言われて昔の記憶が蘇る。
「あー……してたかも……その資料の残骸か……?」
「これ胸筋を育てるのに最適で、私は考え事するときに、よくしています」
「……田見さんの音楽って主に筋肉で作られてない?」
「単純な動きをすると頭が動くんです。はい、これを、前で引っ張りながら話し合いましょう。あ、これ伸びててちょっと負荷足りないですね」
田見さんは両手でゴムをヒョイヒョイ伸ばしながらレイアウトを見て「このカットは、とっても素敵なので、背景に雲を描いて、それを引くことで秒数長めにするのどうでしょうか」とアイデアを出してくるが、俺が引っ張るときっつい!
「っ……田見さん? これ、固くない?」
「いいえ、ゆるゆるです。あ、ひょっとして蜂谷さんのやつが新品かもしれません。私のゆるゆるなので、どうぞ」
そう言われて田見さんと交換したが、
「っ……なんもかわんねえ、固い、嘘だろ!!」
「っ……はあっ……えっ……ちょっと……田見さんっ……こんなの普通にできるってことは、あの巨乳やっぱ筋肉……?」
明日海もしんどいらしく顔を真っ赤にしてゴムを引っ張っている。
俺は思わず叫ぶ。
「固いよなあ?!」
「固いよっ!! こんなのしながら何か考えられないっ!!」
明日海はゴムバンドを投げ捨てた。
結局真ん中にiPadを置いてあれこれ話し始めたけど、田見さんはずっとゴムバンドをみょんみょん伸ばしていた。
ヤバい、田見さんメチャクチャ武闘派なんじゃないか……?




