気持ちひとつで
「うわあああ……寒い……意味がわからない……五月だぞ……今……」
有坂はマフラーを首にグルグル巻きに巻いた。
俺も鞄から手袋を出して、
「やっば。駐車場でもここまで寒いのか」
有坂の横に生駒が来て、
「だってここ夏でも涼しいので売ってるんだから、そりゃもう寒いよ、やっばああああ」
「夏来た時、ここまで寒かったか?!」
「覚えてないーー、優真くん、あっち? あっちから行くの?」
「待って。今、田見さんが写真撮ってるから」
「もう私いくーー。ここにいたら死ぬーー!」
そう言って生駒と有坂は駐車場から岬側に歩いて行った。
今日はグループワークで取材に来た。グループワークは取材に行くのが許されていて、なんだか楽しいからみんな授業中に行く。
俺たちは今日自転車で岬ホテルまで来たんだけど、五月なのに鬼寒い。というか風が強すぎる。
ここは真夏でも涼しく気温が上がらない町として有名で、避暑地として夏だけいる人がいるレベル。
その中でもこの岬ホテルがある場所は風の通り道で、とにかく風が強い。
田見さんは制服の中に学校指定のジャージを穿いていて、上も指定ジャージ、その上からmont-bellのベストを羽織り、風で帽子が飛ばないように紐が付いているものを被っている。雰囲気がプロ。
そしてスマホで撮影しながら駐車場を歩いている。
俺は近づき、
「手袋なしで大丈夫? 寒くない?」
「いえ、手袋があると逆に動きにくいので、背中にホッカイロも入れてきて……このダウンのポケットにもふたつホッカイロが入ってます。これに触れながらなら、平気です」
「いつもそんな感じの服装で夜中に散歩してるの?」
「あっ……はい。夜中は女子だと分からないように帽子の中にグルグル巻きにして髪の毛を入れているので、ちょっと帽子が大きくなりますが……」
それを横で聞いていた芝崎は、
「えっ……この毛量が帽子に入る?」
「頭に巻けば入りますっ……!」
「ええ……?」
俺と芝崎は田見さんの風で揺れる髪を見て「入るかな……?」と目を合わせた。
本人が入るというなら、入るのだろう。田見さんは何か考えがあるようで、駐車場から岬に向かう写真を多めに撮っていた。
俺たちは風で吹っ飛ばされそうになりながら、駐車場から岬のほうに向かった。
岬のほうに続く森に入った瞬間に、嘘みたいに風が止んだ。
芝崎は手袋を取り、
「わ、暖かい。森って本当にすごいね」
田見さんも帽子を取り、
「そうなんです。このブワッ……と風が止んで……少し気温さえ上がったように感じる瞬間がすごく好きで、よく来てます」
よく来てる? まだ夜に散歩に来てるのか? 俺が田見さんを見ると、
「あっ……あの、蜂谷さんと有坂さんにも教えて頂いたので、夜は来てないですっ」
俺は少しほっとして、
「そのほうがいいみたい。ほら、すごい量のゴミだ」
俺は木の下を見た。
そこには外から持ちこまれてここで捨てられたゴミが捨ててあった。
お酒を飲んだのか、缶のゴミも大量に置いてある。それを見て芝崎は、
「ここら辺りでお酒のんで、ホテル内のトイレにゴミ捨てていく人とかいるんだってお姉ちゃんが言ってた」
「それはガチでイヤだな」
「でも駐車場にゴミ箱設置したら、粗大ゴミが大量に置かれるようになって、撤去したんだって」
「難しいな」
田見さんはそのゴミの写真も撮影した。
駐車場は恐ろしいほどの風で寒かったのに、岬に向かう森に入ると風はぴたりと止み、波音さえ聞こえない。
真下が海なんだけど、実はかなり岸壁が高く、海は遠い。
でも森を抜けて岬の先に出た瞬間に、驚くほどの強風が一気に吹いて、後ろに吹っ飛ばされそうになり俺は叫ぶ。
「やっば!」
一番風が強い所で有坂がマフラーをなびかせて遊んでいる。
「優真、みてくれ、すげえええ、マフラーが踊る、ヤバいハンパねえ!!」
「お前それ飛んでいくぞ!」
笑っていたら予想通りマフラーが一瞬で吹っ飛ばされて、森の中に飛んで行った。
「やべえええ!!」
それを見た芝崎は有坂に向かって、
「あっちの木の上に見える」
「サンキュー芝崎! あっち? げ、刺さってね?」
芝崎に連れられて有坂はマフラーを探しに行った。
風がものすごく強い隙間に生駒が身体を斜めにして立っていて、
「ねえ見て優真、風で押されて身体が倒れないー!」
「さすがにすごいな」
と言って横に立った。
恐ろしいほど風が強いけど……、
「……やっぱここからの景色最高だな」
「淡浜がすっごくキレイに見える~~。ヤバい~~。今日天気良いね~~最高じゃん、船~、やっほー!」
生駒は気持ち良さそうに背伸びをして、遠くを移動している漁船に手を振った。
俺たちの班は、冬に淡浜に観光客を呼ぶのは絶対無理だけど、この岬なら呼べるのでは……という案を出すつもりだ。
だって本当に景色が素晴らしい。遠くまで見通せる高さと遠くに見える淡浜、なにより海が一望できて人が少ない。
まあなんというか、すっごく崖だから。俺は怪談を思い出して海が見える程度の場所まで戻った。あれから岬の先はちょっと怖い。
俺の横に田見さんも来て海の写真を撮影して、
「昼間に来たのははじめてです……すごい……」
「本当に夜しか来てなかったんだね」
「夜しか外に出ません」
そう田見さんは言い切った。うーん、やっぱり危ないと思うんだけど?
俺たちは森の中にあった少し広い空間に集まった。
有坂は見つかったマフラーをがっつりまき直しながら、
「ここに観光客を呼びたいって。五月の今も寒いのに、冬に絶対来たくないんだけど。それにクソ汚いし」
有坂の横に立った生駒は身体を震わせながら、
「わかる~~。ここも夏限定だよ。絶対ヤダ。もう帰ろうよ~~」
ふたりは「ないない」と首を振った。
俺も来てみて思ったのは、やっぱ風が強すぎること。あと本当にゴミがヤバイ。
それを解決しようとホテルの人たちも色々して、それでもダメなら高校生の俺たちに出せるアイデアはない気がする。
うーんと思ったら田見さんが小さく手をあげて、
「あのっ……ゴミがあるってことは、すごく人が来てるってことだと思うんです」
生駒は、
「そうだよ~~。エッチの名産地なんだから~~」
またそういう事を……と俺は睨むが田見さんは後ろを振り向いて、
「ここに祠があります」
「えっ、なに、あっ、祠だ。えっ、なに、罰当たりなこというと怖いみたいに私を脅してる? 有坂あ」
「やめろ!! 怖い話はダメだからな!! 田見さんの怖い話、俺トラウマなんだから辞めろよ!」
有坂が怯えると、田見さんはふるふると首を振って、
「こんなに風が強いのに人がきてて、でも、森に一歩入ったら風が止む。それでここに祠とお地蔵さんがあり、これは自殺者が出た時に岬ホテル側が作った物のようです」
田見さんはiPadで権利書を見せながら必死に話している。
みんな田見さんが何の話を始めてるのか分からず、とりあえず聞くことにした。
田見さんは俺たちを見て、
「ここは風が止む場所……という伝説をでっち上げたら、どうでしょうか?」
俺は首を傾げて、
「伝説をでっち上げる?」
「お話を作るんです。ここは風がとても強いです。でもこの森に一歩入ると風が全くなくなります。あの、単純に地形の問題なんですけど、でもそれを利用して……心がすっごく大変な時にくると、どんな荒れた気持ちも、落ち着くお守りを売ってます……そういう神聖な場所です……ってことにするんです」
俺はパチンと手を叩いて、
「そうか。神聖な場所ですって言えば、ゴミを捨てたら罰当たりになる」
それを聞いた有坂が生駒に向かって、
「生駒、お前さっき、飴の袋捨てなかった?」
「違う、落ちちゃったんだよ。風が強くて落ちたの!」
「罰当たるわ~~」
そう言って有坂はケラケラ笑った。
田見さんはiPadを抱えた状態で、
「有名な岬では、なぜか心中が多くて困ってたんですけど、開き直って恋人が最後まで一緒に居られる場所……死んでも一緒に居られる……のを逆手に取ったんですけど……そうしたら、カップルがたくさん写真を撮る場所になって自殺は減ったらしいんです。そういうふうに嘘というか、逆手に取ってお守りをここで売ることで、信憑性を増してみたらどうかなと、思いまして」
それを聞いていた芝崎は、
「全然良いアイデアだと思う。試す価値あるよ。だって本当にびっくりするくらい風止むし。ホテル側もその提案なら全然嫌がらないと思う。学校戻って提案書書こうよ」
「私もお守り大好き~~! 見て見て、実はすっごく色んな所でお守り買ってるの~!」
生駒はスマホで撮影されたたくさんのお守りの写真を見せてくれた。
こんなにお守りあったら逆にヤバくね? でもまあ確かに女子はそういうの好きだし、罰当たりって言われるだけで、飴のゴミひとつが気になるなら、全然ありかも知れない。
俺たちは森を出て、駐車場に戻った瞬間にバカみたいな強風に襲われた。
やっぱあの祠の周りだけ風がなくてすごすぎる!
確かに伝説の場所として売り出せるかもしれない、さっむ!!
「へえ……田見さん……面白いね」
家に帰ると台所で清乃がご飯を作っていた。
すっかり元気になった清乃は、再び夜ご飯を作る係に復帰している。
俺が岬ホテルに伝説を付けてお守りを売る……と田見さんが言い出したことを話したら清乃はそれを興味深く聞いてくれた。
そしてシチューを混ぜながら、
「そんなに強風なんだ。行ったことない」
「あり得ないレベル。マジで吹っ飛ばされる」
「え~~。でも森入ったら止むんだ」
「ピタッとな。それに波音もなぜか聞こえないんだよ。よく考えたら不思議な場所だよな」
「行ってみたいー」
「お。いいぞ。バスに乗らないと無理だけど。あ、田見さんは歩いて行くらしいけど10キロある」
「えっ……田見さん……どういうこと……?」
「体力エグいんだよ」
俺たちは笑って話しながら晩ご飯を作った。
田見さんが出してくれたアイデアのおかげで、グループワークは上手く行きそうだ。
そして夕食を食べ終えた俺たちは、清乃に頼まれて、再びコンビニまでの散歩を再開した。
清乃と家から出て歩ける……俺はそれが実はすげー嬉しい。




