いつだって「そう」ありたい
「あれはさすがに間違ってる」
「いや~~名案だと思ったんだけどな~」
「明日海は短絡すぎるんだよ、結末に向かって爆速すぎる」
「だって足りないなら倍でしょ~」
「単純すぎるだろ!」
俺は腹を抱えて笑った。
抹茶味のポンデが上手に作れず、今回もお茶の味は飛んでいた。
それを食べた明日海と佐藤さんは「もう倍だ。倍にしよ」と抹茶と砂糖を倍量入れて再び作り始めた。
そして揚がったポンデはエグくて抹茶の味なんて全然しなくて、焦げた味がして最悪だった。
俺は自販機で買った水を飲み、
「今もなんかあの焦げた味が口の中にある」
「砂糖を大量に入れたので、焦げやすいんですね……一瞬で真っ黒になって……学びになりました……」
田見さんも横でお茶をグビグビ飲んでいる。
今まで見たことがないほどクビグビ飲んでいて笑ってしまう。
自転車置き場に到着して荷物を入れていたら、そこに生駒が来た。
「ういーっす、優真と明日海っち! あと田見さんだ~。部活終わり? なんか甘い匂いしてない?」
「ミスド部とドーナツ作ってたから」
「マジで?! 余ってないの?!」
「クソ苦くて焦げてるやつならある」
「サーセン要らないっス。じゃあまた明日ねー。あっ、明日なんか必要なものあったっけ」
「防寒具。ガチで来たほうがいいぞ」
「おけおけ。じゃあね~」
そう言って生駒は自転車に跨がって帰って行った。
俺の後ろで田見さんが少し残しておいた上手に出来たものが数個入っている(碧ちゃんへのお土産)を持ってじっとしている。
なんだか差し出しそうだったから、俺が前に立って隠したけど……。
俺は田見さんの方を見て、
「あげなくていいよ、それ碧ちゃんのでしょ」
「あっ……はいっ……でもひとつなら……と思ったんですけど」
それを聞いた明日海が、
「生駒ちゃんがひとつだけ食べて去ってくわけないじゃん~。袋ごと持って行くよ」
「そう、ですか……いつもお世話になっているので……」
「生駒ちゃんに~? 優真、本当?」
「いや、全く何も世話になってない、むしろ世話をしてるのは田見さんだと思うけど」
そう言うと田見さんは首をぶんぶんとふり、
「さっきとかも、普通に蜂谷さんと一緒に名前を呼んで貰えただけで、本当に嬉しいです、世話されてます」
「それ世話かな?」
明日海は心底不思議そうに首を傾げた。
俺たちは三人で自転車に乗り、家に帰ることにした。
「ただいまー……ってどこか行くの?」
「病院から貰った薬、調剤薬局に一袋置いてきちゃって最悪。もう一回行ってくるわ」
家に帰ってくると母さんが家を出る準備をしていた。
昨日清乃の病院で、清乃が常に飲んでいる薬を貰ってきたんだけど、どうやら調剤薬局に忘れ物をしたようだ。
俺は鞄を置いて二階に向かって声をかけた。
「あっち行くんだ。俺、酷いドーナツ食って、普通の食べたいな。清乃も行かないかな」
「……どうかな、清乃、昨日も結構いっぱいいっぱいだったから……」
母さんは俺の横で首を振る。
コンビニに行く時に心が折れた清乃は、昨日病院に行った時のメンタルが結構悪そうで、一言も話さなかった。
でも俺は今日最後に食べた二倍抹茶が最悪で、普通のドーナツが食べたくなっていた。
調剤薬局の近くには個人の人が経営している洋菓子店があり、そこはパンも売っていてドーナツが美味しい。
俺は一階から二階に向かって、
「清乃ー。病院近くの店にドーナツ買いに行かない~?」
俺の前で母さんが「大丈夫かな……」という表情をしている。
でもなんだか「(大丈夫じゃね?)」と『俺は』思えていて声をかけた。
すると、カチャ……と二階のドアが開く音がして、
「……10分待って。行く」
部屋から部屋着で髪の毛ボサボサの清乃が顔を出して、行くと言った。
母さんは「あ、あら、そう、良かった」と嬉しそうにソファーにトスンと座った。
俺は部屋に入って制服から私服に着替える。母さんは、また清乃が悪くなるのでは……と心配で家から出られず、二日連続で店を空けてるということは、仕事が溜まっている。俺はドーナツ食べたあとに店を手伝ったほうが良さそうだ……と動きやすそうな服を選んだ。
部屋から出ると、フードをかぶった清乃が部屋から出て来た。
そして俺のほうを見て、
「……なんか甘い匂いがする……」
「学校で田見さんと明日海でドーナツ作ったんだけど、悲惨すぎた。苦くて普通のドーナツが食べたい欲が止められない。行こっか」
「……相変わらず明日海ちゃん、変な料理作ってるんだ……」
「いや、アイツの料理は最近ガチで旨いよ。今日のドーナツが実験的すぎただけ。砂糖二倍にしたら焦げた。抹茶なんて微塵も感じられねーし最悪」
「抹茶食べたい……売ってるかな」
俺たちはポツポツ話しながら車に乗り込み、調剤薬局に向かった。
国道沿いにあり、病院行きのバスなら近くまで行けるけど、病院行きのバスは昼過ぎには終わっているので、車じゃないと絶対に無理だ。
兄貴が住んでいるアパートの横を通ったので、
「最近明日海がすんげー頑張って兄貴に飯作ってるよ」
「え~~~。私明日海ちゃんがお嫁さんに来てくれたら全然オッケーなのよね~~。明日海ちゃん大好き~~」
母さんは運転しながら言った。
明日海は我が家にライトに入り込める唯一の女の子で、母さんと父さんとも仲が良い。
だから母さんは口に出さないけど「明日海ちゃんにしとけ」と思っているらしい。
親ガチ応援なの面白い。
俺は、
「いや、幼馴染みと兄貴が結婚するの、なんだか落ち着かないんだけど」
「真広優しいから、変な女が嫁に来たら大変よ! ほら、ベビーカステラの宮田さんの所。結婚したでしょ。奥さんが出入り業者の田端さんと浮気してたみたいで、今もう大騒ぎなのよ。あの奥さん私は結構ヤバいと思ってたけど、やっぱりねえ~って感じなんだけど!」
「いやごめん、その出演者全員知ってるし、俺そんなこと聞かされてどう反応したらいいのか分からん」
「挨拶の時の雰囲気で私は察してたのよ! 離婚するったって宮田さんの所赤ちゃんいるでしょ、だからもう大変そうで」
「分かった分かった」
田舎は全ての人間が知り合いで、何かあるとみんながグダグダと噂話するのがちょっとキツい。
母さんはあの道の駅で「誰さんの旦那さんの年収」「誰と誰が不倫してる」「誰さんが通っている病院」とかの話題を延々仕入れて語ってくる。
でもおしゃべりが母さんのストレス解消だと知っているから、まあ聞くけどこの種の話好きじゃないんだよなー。
俺たちがギャーギャー話しているのを清乃はフードをかぶったまま外を見て静かに聞いていた。
「よいっしょ。じゃあ取ってくるから」
「俺たちはドーナツ買ってくるよ。母さんは?」
「カスタード!」
「おけ」
車が病院の駐車場に着いた。ここら辺りで一番大きなこの病院は、駐車場も鬼広くて、ここに止めて置けば調剤薬局とすぐ裏にあるスーパーにも寄れる。
俺は歩きながら、
「いや、今日のポンデ。ノーマルはわりと旨かった」
「ポンデって何?」
「いや、油に突っ込んだら全部分解されて、ひとつもリングにならなかった。だからリングを取ってポンデ」
「何それ。もう別のものになってない? ウケる」
清乃はフードをかぶったまま、口元だけで笑った。
清乃は病院だけはちゃんと行くので、この付近だけ行き慣れている。
国道沿いは車を持ってない学生は来ないのも気が楽なのかも知れない。
スーパーの横にあるケーキ屋に入ると、右側のパンコーナーにドーナツが、しかも抹茶が置いてあった。
俺はそれを手に取って、
「うお、やった。やっとまともな抹茶ドーナツが食える」
「どれだけ酷いもの食べてきたの」
「いやまっじで酷かったんだよ。あれはない。久しぶりに『ダメだろ』って感じだった」
「お兄ちゃん結構なんでも食べるのに、そこまで言うのちょっとウケる。ちょっと食べたかった」
そう聞いて、俺の心が一瞬「来いよ、一緒に作ろうぜ」と言いたい……という欲を出すが、心を静めて、
「いや、あの分量では二度と作りたくないな。焦げた砂糖の塊だった」
「そこまで!」
そう言って清乃は「ははっ」とフードを取った。
太陽の下で見る清乃の肌は青白くて、目の下が真っ赤で、どうみても体調は悪い。
でもフードを取ってくれただけで俺はものすごく安心した。でも同時に「もっと世話をやきたい、もっとあれこれしてあげたい」と思ってしまう。
いやいや田見さんに「毒」って言われたし。俺は心の中で首を振った。
清乃は生クリームのドーナツを選んで、
「これがあるならちょっと遠回りしてインター横のスタバでクリームラテも飲みたいな」
「俺、昔から疑問なんだけど、生クリームのドーナツ食うのに、ラテにも生クリーム載ってたら、ダブル生クリームで逃げ場なくね?」
「逃げ場なんてないほうがいいんだよ。そのほうがきっと覚悟が決まる」
「いや。俺は清乃の永遠の逃げ場でいたいけど。俺に逃げてこい」
スッと言ってしまったけれど、これも気を遣ったことになるかな……と思った瞬間、清乃はふにゃと眉毛を下げて、
「ダメ兄貴」
と笑った。
その笑顔が可愛くて、清乃~~~と頭を撫でたくなるが、ぐっと我慢……キモいって言われるのが分かってる。
俺は母さんと父さんの分のドーナツも買って、母さんにお願いしてインター近くのスタバにも寄って貰った。
やっと食べた普通の抹茶ドーナツは超うまくて、この普通の抹茶ドーナツをせっせと水を飲んでいた田見さんにも食べさせてあげたいなと思った。
ドーナツとクリームラテを持った清乃はすぐに部屋に入ってしまったけど、三日後には部屋から出て来て朝ご飯を一緒に食べた。
それは清乃の「もう大丈夫」のサインで、今までで一番早い復帰に感じた。




