気がついてなかったけれど、そうかも
「優真ういっちょ! 闇DEリング作りたいって、すごく髪の毛が長い女の子に頼まれたんだけど」
昼休みの終わり、隣のクラスのミスド部の佐藤祐子がきて、自分の短い髪の毛を上でふたつに縛って俺を見た。
「すんごく髪の毛が長い……こう、三つ編み?」
「そそ。びっくりした。数秒前まで誰もいなかったのに横みたら髪の毛カーテン立ってて。絶対オバケだと思った」
「田見さんだ」
「髪の毛の隙間からこっちみてて。呪いのビデオみたいで」
「田見さんだ」
「闇DEリングを作りたいんですけどっ……って、震える手で机にメモ置いて去って行った。ほら」
「田見さんだ」
俺は田見さんだと三回も言ってしまった。
今日田見さんは「やることがあるので、お昼の作業できませんっ!!」と食べるだけ食べて消えていった。
結果俺は明日海に延々と兄貴の話を聞かされたんだけど?
やることってなんだろう……と思ったけれど、このムーブをしたかったようだ。
佐藤は俺の横の席に座り、
「昨日ちょうど抹茶のポンデリング作ってたから材料まだあるよ。作る?」
「別に良いけど……なんでだろ」
「あのっ……すいませんっ……昨日から良い匂いがしてて、食べたくなって、しまいました!」
俺と佐藤が話していると横に田見さんが立っていて早口小声で話した。
なるほど。別に全然良いけど、突然どうしたんだろう。
俺は明日海も誘って放課後ミスド部で、ポンデリング……いやうちの学校では闇DEリングと呼ばれている……を作ることにした。
たしかに昨日部室の横を通ったら甘い香りがしてて良いなあと思った。うん、食べたい。
明日海はすぐに返信してきて『練習してみたかったからナイスう』と返してきた。
兄貴もミスドは大好きだから、持って行きたいんだろう。
雪見さんが好きだったと聞いて数日間はにわになってたけど、立ち直ってくる速度が速すぎて面白い。
放課後俺たちは呼ばれるままに家庭科室に集まった。
ミスド部は3人いるけど、昨日活動したので今日動けるのは佐藤だけみたいだ。
俺は手を洗いながら、
「突然すぎてゴメン」
「ううん。今日油を捨てようと思ったからおけ。これで白玉粉も全部使えるし」
「白玉粉使うんだ」
「そうそう。これがモチモチのポイントだよ~。ダマになってるから、棒で粉砕」
「はいっ!」
横に立っていた田見さんは、佐藤から棒を受け取ってボールの中でトントンとそれを粉砕しはじめた。
横で明日海が、
「これ、生地の時点で抹茶入れたら、味変する感じ?」
佐藤は首をふり、
「これが思ったとおりにならなくて。あの品があってどこか仄かにお茶を感じるしっとり感……にならないのよね。白玉粉の時点で入れるんじゃないかってみんなで話し合ってたの。あ、今日ちょうどいいからもう一回テストさせて」
明日海も料理が好きなのもあり、目を輝かせて、
「チョコはココアいれるの?」
「そう、チョコはココア。これは練る前で良かったの。でも抹茶は違うっぽくて」
「たしかに香りが出るから、早めのがいいのかな~。真広さん抹茶のポンデリング好きだから作りたい~! え、抹茶のチョココーティングは?」
「しちゃう~~?」
明日海と佐藤は冷凍のチョコレートを解凍しはじめた。
その横で田見さんがガッチョンガッチョンと白玉を粉砕している。
俺は田見さんの横に立って、
「……ひょっとして清乃に食べさせるために作ってる……とか?」
「いえっ……そういうの、重いので!」
「……え、重い? あれ? 違うんだ。勝手にそうだと思ってた」
「あの、落ち込んでる時の手土産って、気を遣われている度数マックスで悲しいので、私はそういうのは、しないです」
「はい……気を付けます……」
俺は静かに頷いた。
重い、気を遣われている度数マックス……なるほど。そんな風に考えたことなかった。
というか、俺は結構それをしてしまっている気がする。
この唐突なドーナツ作りも、絶対『清乃ちゃんに!』だろうな……と思ってたけど違うらしい。
本当にただ食べたいのか。でもまあ俺も一番好きなのはポンデリングだから良いや。
俺は田見さんの横で佐藤に習いながら粉を混ぜた。
佐藤は冷蔵庫からヨーグルトを出して、高く掲げた。
「ジャジャーン。マックスバリュのギリシャヨーグルト。これ、これじゃないとダメなの」
「普通のヨーグルトじゃダメなのか?」
「もう本当に大量の、20種類くらいのヨーグルトを試したんだけど、これ……この堅さ、この味、マックスバリュだからどっかのパクリなんだけど、本家がどれなのか分からない。とりあえずこのギリシャヨーグルトで生地を作るとマジでポンデリング!」
俺の横で明日海がパチパチと手を叩いて、
「すごい! ミスド部すごい!」
確かにここまでポンデリングに力を入れているとは知らなかった。
伊達にミスド部じゃないな。というか俺たちはアニメ研究部なのになんで今ここでポンデリングを作っているのか……まあ美味しそうだから良いか。
粉とヨーグルトを混ぜて、生地を完成させて、玉を何個も作っていく。
田見さんはこういうコツコツとした作業が大好きみたいで、手に白玉粉をつけて真剣に玉を量産していく。
じゃあ俺は油係をやろうかな。
やがて玉をたくさん繋げたものを田見さんが持って来た。
「できました! よろしくお願いします!」
「おっけー。これをペーパーごと油の中にいれる……うおうああああ?! おい佐藤、全部分解されて大量の玉が浮かんでるぞ!」
「あーーっ、今日の生地ちょっと乾燥してるかも。間にもドーナツ生地入れたほうがいいかも」
俺が油の中にドーナツ生地を入れると、それは分解されてただの玉の山になった。
田見さんはふにゃ……とした笑顔になり、
「でも、玉がたくさん浮いていて可愛いです」
「……でも、リングじゃなくない?」
「ポンデ。じゃあこれはポンデです!」
「それでいいのかな……まいっか」
俺と田見さんはふたりでポンデ? を揚げた。
油の中に箸を入れてクルクル回していると、カリッカリに揚がった。
田見さんは揚がったものを俺のほうに向けて、
「あの、絶対ポンデリングじゃないんですけどっ……熱いお砂糖をここにパラパラして、はいっ!」
「俺が先に食べていいの?」
「はいっ!」
そう言って田見さんはお皿を俺の目の前に出した。
俺は揚げたてで砂糖がまぶされているドーナツをひとつ口に入れた。
それはカリカリなのに柔らかくてサクッとしていて、少し溶けた砂糖が美味しくて。
全然ポンデリングじゃないけど、ものすごく美味しかった。
「うまっ!」
それを聞いて皿に乗っていたポンデを田見さんも口に入れて、
「あつっ……わあ、美味しい。わあ、すごい。佐藤さんっ……ポンデリングですっ……!」
「まじでえ? ……ん? やだこれ、全体がカリカリで美味しいかも」
俺たちはバラバラになってしまったポンデを食べて次を揚げた。
間にドーナツ生地を付けたやつも、やっぱり分解されて、次から次に玉が量産されて、結果抹茶味とチョコ味とノーマルの小さな玉が入り混じった玉の山が出来た。でもそれがフツーに美味くて4人でムシャムシャ食べた。
やっぱりコーティングしたいということで明日海と佐藤が抹茶コーティングをはじめたので、俺は田見さんとふたりで座って食べ始めた。
マジでうめぇ。
田見さんはせっせとA3の紙を何かに折りながら、
「あのっ……これ、あの、蜂谷さんが、今日食べられたら良いなって思って、作ったんです」
「俺?」
「前にミスド部の話をしたときに、落ち込んだら食べたくなるって言ってたから」
「え。俺そんなこと言ってたけ?」
「はいっ……気分が落ちたら食べたくなるって。あのっ……私は、こう、しょっちゅう落ち込む人で、なんなら毎日落ち込む人で、それを見た家族が、気をつかって、さらに落ち込むのが、すごく苦手……というか、あの、気をつかってくれるのが分かってるので、申し訳なささが倍増する……というのが本音です。上手に言えないんですけど、清乃ちゃんが悲しくても、蜂谷さんに元気でいてほしいなと思ったので、作りたいなと思ったんです。あの、清乃ちゃんが落ち込んだら、やっぱりお兄さんである蜂谷さんも、落ち込むから」
田見さんはせっせと紙を折って、何か箱を作り上げた。
そしてそこにポンデを詰めて俺に渡して、
「蜂谷さんが元気なのが、清乃ちゃんはたぶん、一番良いので」
俺はそれを聞いて、妙にじんときてしまった。
ずっと清乃のことを心配して、清乃が元気になる方法を考えてきたけど、俺……か。
というか、俺が気を遣われたことは、よく考えたらあまりなくて。
俺はそこからポンデをひとつ取って口に入れて、
「……おいしい、ありがとう、元気出てきた」
「蜂谷さんには、もっともーーーっといただいているので、あの、全然、足りてないです。もっと食べてください!」
「ふはっ……そうか。んじゃもう一個」
照れ隠しに俺は吹き出して頭を下げた。
なんだかよく分からないけど、目の奥がじんとする。
やっぱり俺はどこか、これを清乃に持ち帰ろうと思っていたけれど、これはきっと俺が全部食べるべきドーナツなんだ。
「優真、ねえ、この抹茶コーティングの下に残ったチョコあげる」
「残りじゃねーか!」
「もったいないよ。田見ちゃん一緒にこっち食べよ。抹茶やっぱ上手にできないー。お茶の匂いが飛ぶ-」
「いただきますっ……ん、美味しいですよ、佐藤さんっ……!」
「なんだ、慣れてくるとフツーに話せるんだね、田見さん。いやでもこれはポンデリング抹茶の足元にも及ばないな……うーん、むっずいなー」
3人がワイワイしてるのを遠くで見ながら、俺は網の下に落ちた抹茶チョコをパリパリと食べた。
秋の部活発表会、アニメ見ながらドーナツ食えたら楽しくね?
気がついてなかったけど、少し落ち込んでたみたいで、元気になって立ち上がった。




