実は、いるんです
『形が出来てきたので、ぜひスタジオに来て下さい』と田見さんからLINEが来たのは日曜日の朝だった。
俺と明日海は土日はびっちりバイトだ。道の駅が一番忙しいのは土日で、土日は身動きが取れない。
でも日曜日は夕方をすぎると一気に暇になるので、母さんに了解を取って夕方にお邪魔することにした。
明日海は、兄貴が雪見さんを好きだった時期がある……と聞かされてから、どこかまだショック状態だけど、田見さんのスタジオに行くのははじめてだから行くー! と少し元気を出して俺の後ろを自転車で付いてきた。
明日海は自転車を漕ぎながら、
「え~。マジで別荘地じゃん。ここっていつの間に普通の人が住むエリアになったの?」
「いや、田見さんの家は海岸線の横にあるマンション。ここは完全にスタジオで住んでないらしい」
「あ、本当だ。やっぱ半分くらいは別荘のままだよね。夏しか配達にきたことないもん」
明日海はキョロキョロしながら自転車を漕いだ。
明日海は本店の配達も手伝っているので、新しく住み始めた家とか、新規の住人に詳しい。
田見さんの家の別荘地は、岬のなかでもかなり先のほうにあり、海が見える場所にある。
防風林があり、海の目の前ではないが、かなり波音が聞こえてくるので、やはり日常住むには難しい気がする。
散歩道を走り、建物前にくると、自転車が二台止まっているのが見えた。
二台……?
俺たちも庭に入り自転車を止めていると、中から髪の毛が短くショートカットが良く似合う美人で、肌がこんがりとよく焼けている……たぶん小学生が出て来た。そして目元だけでサラリと微笑み、
「はじめまして、蜂谷優真さんですか?」
「……はじめまして、蜂谷優真です。あの田見さんは……」
「お姉ちゃんは作業中で、集中してるので私が出てきました」
「お姉ちゃん……妹さん!?」
「はじめまして。田見碧です」
妹さん! 居るって知らなかった。
よく見てみると、顔の雰囲気が似ている……けど、碧ちゃんのほうがキリッとした目をしている。
いうなれば、目力がある田見さんのような。
おお……と思っていると、横にヒョイと明日海が来た。
「わあー、はじめまして、妹ちゃんがいるなんて聞いてない! 田見ちゃんの友だちの明日海です。え、ここ辺りだと淡浜小学校行ってる?」
「はい、淡浜小学校五年生です」
「おおー! 担任誰?」
「近藤美代子先生です」
「え?! 知らない。卒業して数年経つと全然分からなくなるんだー」
外で話していると中から田見さんが出て来て、
「碧! 来たら呼んでって言ったのに!」
「だってお姉ちゃん集中してたから。先にご挨拶しようかなって。本当に存在してるんだね、驚いた」
「碧! お姉ちゃん、友だち出来たなんて悲しい嘘つかないよ!」
「なんか嘘っぽいなって思ってた、ごめんね。本当なら嬉しい。わあ、はじめまして。えっと……お姉ちゃん……大丈夫ですか?」
「もお碧、やだ、やっぱり帰って! だからイヤだったの! やだやだ!!」
「お父さんとお母さんも何も言わないけど、どんな人なのかすっごく気にしてるんだから。私が報告するって約束したの」
「もお碧~~帰ってよおお……やだやだやだ!!」
そう田見さんは嘆いて碧ちゃんを後ろから抱えて退かせて「どうぞ、入ってください」と頭を下げた。
俺と明日海は、いつもと違う田見さんに驚きながら中に入る。
田見さんがお姉さんなんだけど、どこか情けなくて子どもで、それでいて話し声が普通の声で、俺はなんだかワクワク……いや違うな、違う側面が見られてドキドキしていた。
俺の前の田見さんはいつも恥ずかしそうにしているのに、碧ちゃんの前ではそれほど声を大きく出してないけど、それでも普通の声で、顔を隠したりもしない。田見さんという人がはっきり見える。
明日海は碧ちゃんの横に座り、
「碧ちゃん。すごく肌がキレイに焼けてるけど、何かしてるの? ひょっとしてこっちで泳いでる?」
「はい、淡浜の横で毎日泳いでます」
「え、あっち流れ速くない?」
「泳ぐのが好きで、こっちにずっと引っ越したかったんです。だからすごく嬉しくて」
「え、そうなんだ。そっか前は東京なんだもんね」
明日海は俺の方を見て小さく頷いた。どうやら碧ちゃんは私が話すから、田見さんと……という合図のようだ。
明日海は配達に行った先で子どもと遊び回って配達遅くなるくらい子ども好きだから安心だ。
雰囲気に気がついたのか田見さんが俺に向かって、
「あ、では先に蜂谷さん、どうぞ。えっとまだコードとメロディーラインが入っているだけなんですけど」
「おおお……では失礼して」
俺は田見さんに渡されたヘッドホンをしてソファーに座った。
流れてきた音楽を聴いて俺の全身に鳥肌が立った。高音からサラサラと流れ落ちた音が、低音を迎えに行って、やがて真ん中で手を繋ぐ。
そして踊るように鳴り響くピアノは身勝手で、やがてその音が伴奏に変わっていく。
同時に呟くように入ってきたメロディーラインはゆっくり丁寧に音を上げて行き、横をピアノが併走する。
独自のコード進行はまるでジャズのようで、どこかひねくれていて、それでいて華やかで。
サビは淋しげなのにどこかキャッチーで……そして散り去るように音が消えていった。
俺はヘッドホンを首にずるりと下ろして、
「……すげぇ、かっけえ……YouTubeに上げられている曲にない華やかさがあるね。それでいて田見さんで……すげぇかっけえ……」
「……良かったですっ……こういう曲は結構作ってたんですけど……やっぱり華を持ちきれないというか、どこか持ち崩して、Aパートの暗さを引きずったような曲になりがちなんですけど……今回は上手に繋げました」
「すごい。すごくいい。これ、昨日清乃が描いたボードなんだけど」
「!! キレイ……すごい……蒼と白と朱色……」
「今回は色数三色で、紺碧の空と、タッチの線の黒、目と靴の赤……キャラは塗らない……という絵の構成にしたいって」
「すてきです……この怪獣のタッチが蛇みたいに見える」
「そう、蛇を大量に描いて動かすのは清乃ひとりでは無理だから、タッチで描くのはどうかな……って」
「すごいと思います……わあ……嬉しい……嬉しいです……」
そう言って田見さんはふにゃあ……と笑顔になった。
その笑顔は碧ちゃんの前とはまた全然違う、いつも通りの田見さんで、やっぱりどこか見ていて落ち着いた。
清乃は仮曲を延々聴いて、自分が出来る技量と付き合わせてずっと考えていた。
フードをかぶった子どもの音色サクラが海岸でずっと座って、遠くを移動している怪獣を見ている。
言うのは簡単だけど、カットを割るのも、それを作画するのも大変だ。
怪獣は蛇の塊……そんなの描けない、どうしたらたった一分半でそれを表現できるのか……清乃が考えついたのが『タッチ』だった。
鉛筆のタッチ線でアニメーションさせて、少ない作画枚数ながらも蛇を表現したい。
それだと画面がスカスカしてしまうから、煙と紺碧の空。そして真っ赤な靴。
それなら自分でコントロール出来る……そう決めたようだ。
「すごく……すごく……いい……ああ、歌詞が書けそうです。この絵、頂いてもいいですかっ!」
「どうぞ。じゃあ代わりにその曲貰ってもいいかな?」
「はいっ、あ、サーバーって……」
「あ、そうそう。作ったから使って。リンクとパスワードはこれ」
「ありがとうございます……! じゃあPCから入ります」
「だったらアプリ入れちゃったほうが早いかも」
俺は田見さんのPC横に立って操作を見守った。
横の机ではお菓子を食べながら明日海と碧ちゃんが話している。
俺は田見さんに向かって、
「……田見さん、碧ちゃんの前だと表情が全然違って、お姉さんだね」
「!! ちょっとあの……違うのは分かってるし、碧もずっと興味津々でウザくて」
「ウザくて! あはは!」
いつも使わないような言葉を田見さんが使うのも面白くて声を上げてしまう。
田見さんはいつも通り三つ編みを揉みながら、
「だからずっと秘密にしてたんですけど、碧がもう聞かなくて、だからこんなことに……」
そう言って田見さんが三つ編みで顔を隠した。
そこに碧ちゃんが来て、
「だって気になってたんだもん。本当に存在してるのかって。お姉ちゃんの孤独が見せた幻想なんじゃないかって。でもこれで安心しました」
そこに明日海が駆け寄ってきて、
「ねえ優真、碧ちゃん、7月にトライアスロン出るんだって!」
この町には7月に大きなトライアスロンの大会があり、県外から人が集まってくる。
近所の大学にも日本有数のトライアスロン部があり、トライアスロンがかなり活発に行われている場所だ。
明日海は碧ちゃんの身長に合わせて膝を折って、
「春日先生に習ってるんだってー! ガチだ。春日先生はガッツがある子しか教えないんだよ~」
「私、トライアスロンしたくてこっちに来たんです」
「春日先生についていけばいけるよー! 頑張れー! 今度練習見に行って良い? 淡浜の向こうだよね?」
「もちろんぜひ!」
トライアスロンの練習をしてるからこんがり焦げてるのかー!
ここら辺りではトライアスロンをしている選手は四月から海に入って練習をする。
上下ウエットスーツを着るけど、顔と首と腕は丸出しなので、まあ焼ける。
春日先生はここら辺りで一番有名なトライアスロンのコーチで、練習が厳しいので有名だ。
俺は碧ちゃんの横に行って、
「すごいね、頑張って」
「お姉ちゃんをよろしくお願いしますね、優真さん。泣かせないで?」
と片方の唇を上げてにんまりとしてくれた。くうう……生意気可愛い。
その後田見さんの曲を音量最大で聞きながら、打ち合わせを続けた。
明日海と碧ちゃんはすっかり仲良くなり、ふたりで自転車で出かけてしまった。
どこまで適応力が高いんだ……と思ったら、山の向こうまで自転車で走ったみたいで、鶏ガラみたいになった明日海と、まだまだ元気な碧ちゃんが国道沿いにあるマックのポテトを買ってきてくれた。すげえええ!
それを食べながら俺たちは打ち合わせを続けた。




