明日海と兄貴の家にいく
「ねえ優真……知らないだろうと分かってて聞くんだけどさ……真広さんと私のお姉ちゃんが付き合ってた時期って……ある……?」
「雪見さん有名人で、誰かと付き合ったらすぐに噂になるから、ないだろ」
「……そうだよね……いや……それはないだろと思ってたんだけどなあ……」
バイト終わりの駅前のスーパー。兄貴がもうすぐ帰ってくるというので、明日海と一緒に買い物をしている。
明日海は野菜を選びながらポツポツと俺に話し始めた。
雪見さんというのは明日海のお姉さんで、兄貴と同い年だ。
その名の通り雪のように透き通る肌と美しすぎる声、めちゃくちゃ美人なのに力持ちでヒョイヒョイビールを運ぶ、ここらで一番有名な美人さんだ。
去年結婚してもうすぐ一人目の子どもが生まれる。
小中高と高嶺の花で有名だった雪見さんと、俺の兄貴が付き合ってたなら、もっとみんながワイワイ言う気がする。
明日海はキャベツの千切りをカゴに入れて、
「……私ほら、ろうそくでスタンプ押したじゃん?」
「ああ、恐怖新聞に」
「違うけど! シーリングスタンプの一式は部屋にあるんだけどさ……それを見てお姉ちゃんが『これ私も真広にやったわ』って言ってて……」
「雪見さんも厨二病だったのか!」
「なによ姉妹でバカにしてないで! ……と言いたい所なんだけど、シーリングスタンプ使うほど気合いを入れた手紙を作るのって……告白級だと思うんだよね……」
「いや、少なくとも付き合ってたとか、俺は聞いてない」
明日海は次にネギを取って、
「……すっごく気になって……私お姉ちゃんがいない時にアルバム見てたんだけど……」
「おーーーーい、それはダメだろ」
明日海はネギを振り回して、
「一階のリビングに置いてある皆が見られる所にあるアルバムだよ! 小さい頃の写真が多いヤツ!」
「なんだ、そういうヤツか。雪見さんの部屋に侵入したのかと思ったよ」
「お姉ちゃんはもう全部本店に荷物持って行ってるから何もないよ!」
「そっか、店舗側にいるのか」
雪見さんの旦那さんは近くで地ビールを作っている工場の息子さんで、雪見さんが配達に行き知り合った。
今じゃ旦那さんの家が作った地ビールを明日海がデザインして売っている。
ふたりは酒屋の本店を経営していて、そこはここら付近のホテルにビールを配達するのがメイン業務だが、店内で地ビールが小さな飲めるお店もやっていて、ふたりはお店と住居が一体化した家に住んでいる。
だから明日海が住んでいるマンションには大昔のアルバムしか残されていない。
明日海は豆腐をカゴに入れながら、
「昔は全然気にしてなかったんだけど、お姉ちゃんずっと真広さんの横にいるんだよね。学校で注文すると写真って封筒で来るじゃない? あのまま中学校の時の写真が入ってたから見たんだけど……お姉ちゃん真広さんがひとりだけ写ってる写真買ってた」
「おお……なるほど……」
今はネットで注文するようになったけど、昔は学校に張り出されて番号で注文するシステムで、自分で買えた気がする。
明日海は鞄からスススと一枚の写真を出して、
「……これなんですけど……」
「パクってんのかい!!」
「かっこいい……私中学生の時の真広さんの写真なんて持って無い……! 真広さん学ランでカッコイイっ……!」
「兄貴中学は公立行ったから学ランなんだよな。おおー……確かにカッコイイな。うひゃあ。面白い、昔の兄貴の写真とかまじまじ見たことない、俺より若くて面白い」
川沿いかどこかだろう……学ランを着て笑顔で振り向いた兄貴は今より少し痩せていて、かなりカッコ良かった。
明日海はハードケースに入っていたそれをスススと鞄に戻して、
「でもさあ、付き合ってたら写真こっそり買う?」
「一緒に撮影するよな」
「やっぱ違うんだよな~。真広さんお姉ちゃんの結婚式に出なかったでしょ?」
「海外に出張中だったな」
「お姉ちゃんの! 幼馴染みの結婚式だよ! 普通帰ってこない?! 優真は私が真広さんと結婚するとき海外にいても帰ってくるでしょ?!」
「いや待て、それ身内の結婚式になってるから」
「当然帰ってくるじゃん? 何を差し置いても駆け付けてくるじゃん? 来ないなんて何か変だなーって思ってたんだよね」
「相手が兄貴じゃないなら、俺も帰ってこないかも。誰とでも好きに結婚しろ、幸せになれよ」
「ご祝儀100万持ってこいよ! もう優真はナッツ!」
「え? 明日海本当に鶏肉をナッツで炒めるのか?!」
「別に出すの!!」
明日海はぷんぷん怒りながら店内を移動して油淋鶏の材料を集めた。
そして俺が持っている鍵で兄貴の部屋に入った。明日海は手を洗ってサクサクと料理に入った。
毎日料理をしている明日海は手際が良く「めちゃくちゃ手がこんでなければ一時間で何でも作れる」と仕上げていく。
両親が料理をせず……とかではなく、単純に料理が好きらしい。
明日海はデザインが好きだし、料理も何か作る一種ではあるよな……と思う。
一時間弱で明日海はご飯を仕上げて、その頃にはちょうど兄貴が帰ってきた。
「ただいま。うわあ……すごいな。家の中暖かくてご飯の匂いがする。感動するわ」
「おかえりなさい、真広さん。ご飯とお風呂と私、どれにします?」
「いやいやいや、優真! 優真どこだーーー!」
「いや、腹減ったなって、ここで見てた」
俺はバカ新婦をしている明日海をソファーに転がって見ていた。
明日海は自分用のエプロンを分かりやすい場所に置き、それが片付けられてないかチェックしているメンヘラ系おしかけ女房だ。
料理を作りながら『女の痕跡を探し、女がいるアピールを続ける、弟の幼馴染みという最強の設定をゴリ押す!』と言っていた。
怖い普通に。でもまあやり過ぎると追い出されると知っているので、家に置いているのはシンプルなエプロンだけにしているようだ。
明日海はさっきまで鬼の形相で風呂掃除してたのに兄貴の前ではかわいこぶってて、マジで面白い……いや人の恋路をバカにしちゃダメだ。
兄貴は明日海の濡れている制服に気がついて、
「え、あれ、どうした?」
「あっ、お風呂掃除してた時に突然シャワー出てきて少し濡れましたけど、大丈夫です」
「風邪ひいちゃうから、俺の部屋着着なよ。そこに洗ったの置いてあるから」
「い、一心同体?!」
「きめーよ」
俺はもう勝手にご飯をよそいながら突っ込みをいれた。
明日海は「じゃじゃじゃあああ借りますっ……!!」と兄貴の寝室に行き、兄貴の部屋着に着替えてきた。
シンプルな茶色の上下スエットでデカすぎてボカボカしてる。
明日海は顔を真っ赤にして、
「……お、かりっ……しましてっ……」
「暑すぎて脱皮したクマみてーだな」
「優真黙れや」
「明日海ちゃん、これ食べていいの? すごく美味しそうだ」
「良いです良いです! あっ、お浸しも冷蔵庫にあるんで出しますね~」
そう言って明日海が冷蔵庫から出してきたのはナッツとホウレンソウのお浸しだった。
お肉を身体に取り込みやすくするというナッツを明日海は諦めてなかった!
俺は味が薄くてお浸し好きじゃねーのによ~~と思ったらナッツが入ってるおかげで結構食べられた。
明日海料理上手すぎる。油淋鶏も外はパリパリしてるのに中はふっくらしてて、ネギのソースだけで飯が食える。
兄貴も「うめえ」と言ってご飯をおかわりしていた。明日海は嬉しそうにご飯を大盛りつけていた。
お、良い感じじゃね? 俺は見てると突っ込みこそ止まらないが、明日海と兄貴が上手くいけばいいのにな~と少し思ってるので、良い雰囲気のふたりをみるのはシンプルに嬉しい。
明日海は緑茶を入れながら、
「あの、聞きたかったんですけど。ひょっとして私のお姉ちゃんと付き合ってました?」
ぐっふ……! 俺はいれられたお茶を飲んで普通に吹き出しそうになる。
シンプルにがっつり本人に聞くなら、俺にウダウダ言う必要あったのかよ?!
兄貴は首をふり、
「いや、雪見とは付き合ってない。でも隠す気もないから言うけど、雪見から告白されたこともあるし、俺も好きだった時期がある。でも付き合ってたことはないんだ。タイミングが合わなかった。そういうことになる二人じゃなかった」
おっと……予想より鋭い球が飛んできたが……。
俺はチラリと明日海を見る。
明日海はこうなんというか……表面はバリ強くてアホだけど、中はすぐにテンパるというか、熱い空気をパンパンに入れたビニール袋みたいな所があって、膨らむくせに針一本でプシュウウウウと穴が空いてしまう……と思ったら、横ではにわみたいな顔になっている。
おい!! 自分で聞いてショックうけんな!!
俺は明日海の身体に腕をドンと当てた。
明日海はハッとして、
「あ~~なるほどお~~。なんか色々あったんですねー……へえ~~……ほへ~~……なるほどお~~~~……俺も好きだった……」
おいおい、さっきまでのパワーはどこに消えたんだよ!
自分で地雷原に突入して地雷爆発したからってショック受けんな!!
そこに地雷があるの分かってるだろ!!
完全に抜け殻になった明日海を立たせて着替えさせて兄貴の家から引っ張り出した。
兄貴は玄関で「また来てね」と手を振ってくれたけど、明日海は完全にはにわだ。
俺は明日海を引っ張りながら駅まで歩く。
「おい、なんで自分で聞いておいてショック受けて抜け殻になってるんだよ!」
「……いや、これくらいの球がトンでくるかなって構えたら、球じゃなくてバットが飛んできて顎直撃みたいな? お姉ちゃん真広さん好きだったよなー……いや、告白されたって言うだろうなーってそこまで想像してたけど、真広さんも好きだったのかー。やっぱお姉ちゃん……お姉ちゃんには一生勝てない……絶対無理……お姉ちゃんを好きだった人に私が勝てますか……?」
明日海は完璧すぎる雪見さんを見て勝手に落ち込んで、そのコンプレックスを創作にぶつけてきてる感じがする。
分かりやすくいうと、雪見さんは絵を描くのが苦手だ。だから絵を練習した。
雪見さんは勉強ができる。だから明日海は勉強をほぼ放置している。逆張りというか、逆に行って登ることで心の安定を図っているように見える。
でもここにきて兄貴が雪見さんを好きだった……となると……。
でも。俺は明日海を見て、
「雪見さんより明日海のほうがバカみたいに明るい。こう、あれだろ、タイミングって引き寄せるものだろ! 明日海にはそれが出来るよ」
「優真……」
「兄貴とくっ付けるとか横に置いておいて、明日海は雪見さんと自分を比べることない、逆に行く必要もない。明日海はマジで独自。お前ほど独自な人間他にいない。お前はお前。お前ほどお前持ってるやつが比べて落ち込むなって! お前はお前にしかなれないパワーあるから、そのまま進めよ」
「優真ああ……私がお姉ちゃんんだよおお~~~? ブラザー!」
「褒めてると思ったか、バカにしてるんだよ! 歩け!!」
俺に掴まってズルズル歩いていた明日海の腕を振り払う。
明日海はすぐに『来週は何を作りますか?』と兄貴にLINEしてた。
気分の上下が速すぎるだろ。




