田見さんが好きなこと
「私のお姉ちゃんが岬ホテルで働いてるんだけど、ホテルの奥、本当に迷惑してるんだって」
グループワークが始まり、芝崎さんはiPadを触りながら話し始めた。
グループワークの内容は『冬の海に観光客を呼ぶ方法』だ。
俺たちはあまりに寒い淡浜に客を呼ぶのは地元民として「ありえない」と答えを出して、淡浜がよく見える岬側ならなんとかなるのでは……と話し合いをしていた。
そこで芝崎のお姉さんが、その岬にある岬ホテルで働いていて、ホテルの奥……つまり生駒が「エッチする場所」と言い出した場所の事を話し始めた。
生駒は、
「あそこさあ~。ホテル側じゃない駐車場側からだと、すっごく近くまで簡単にいけるの~。それがすっごくダメ、便利すぎ」
俺は頷いて、
「たしかにあの駐車場は無料だし、夕日スポットとして有名だよな」
「そうそう。だから県外からあそこの駐車場にきて~そのままあの岬のほうに行って~~って感じだよ。みんなその奥にホテルがあること、むしろ知らないもん」
そう言って生駒は爪を磨いた。
授業中に爪を磨くなと思うけど、この前コテンパンにされたので(どうやら有坂に腕を振り払われたのがかなりショックだったようだ)今日は静かに自分の意見を言っている。だから爪いじりは無視する。
芝崎さんはiPadでマップを開き、
「ここまでが岬ホテルの敷地で、ここから駐車場の人の土地なんだって。んでこっちから侵入されてて、ホテル側から見えちゃってる……と」
話しながら芝崎さんはマップ上の線を引いた。
なるほど。岬を完全に半分こするような感じで土地の権利があるようで、ホテル側からは行けないけど、岬側からは簡単に入れてしまう……そして遊歩道は岬をぐるりとまわるように出来ているので、駐車場側から入ってきた人がホテル側に入ってきて一周する……と。
芝崎さんはマップを見ながら、
「駐車場の持ち主さんは注意喚起の立て看板を出してるけど、駐車場から岬方向に行けるのも、あのお土産屋さんのPRポイントだからね」
駐車場横にあるお土産屋さんが駐車場のオーナーで、敷地が広く、観光バスが止まる場所だ。
夕日を見て、お土産を買ってもらう……普通のことだ。
ただそのお土産屋さんは15時くらいには閉まるので、そこから先は無法地帯。
芝崎さんは岬ホテルのサイトを開き、
「ここの最上階ってVIPルームなんだけど、ここから岬が一望できる……って言ってるのに、夜に岬側でライトがチラチラ見えて怖いって苦情が多いんだって」
有坂はホームページを見ながら、
「夜にあの岬によく行くよ。まっじで怖くね?!」
生駒は有坂の腕にしがみ付き、
「有坂幽霊怖いから。もう少し何か動くだけで地縛霊だああああって叫ぶもん、笑う」
「だってあそこ、自殺の名所じゃん」
「え~~? エッチの名所って言ったら怒られるのに自殺の名所って言っても怒られないの~~?」
「いや怖いって話だよ!」
実はあの岬はエッチより自殺のほうが有名だ。
お土産屋とホテルがあり、ひとりで来た人に積極的に声掛けを行った結果、名所と言われるほど多くないが、それでも年に数件は聞く。
田見さんは、三つ編みをいじりながら、
「……北海道の地球岬、函館の立待岬、岩手にある鵜の巣断崖、石川にあるヤセの断崖、一番有名な福井の東尋坊……日本の岬で飛び込み自殺をする人の数は年間1500人以上と言われていますが、正確な数字は分かっていません。自殺率が高い岬は潮の流れが速く死体が見つかる確率は0.01パーセント以下……」
「田見さん、それまた何の本を読んだの?」
「自殺防止の団体を立ち上げた方のエッセイです。私は恐怖動画が好きで結構見るんですけど、崖はやはりお話が多いんです……深夜崖を歩いていた人が、崖からぬっ……と出ていた手、これなんと腕が3mくらいあって海から出てきててですね」
「うわあああ、うわああああ……田見さん、よくない、よくないよ、よくない!!」
田見さんがいつになく早口な小声で楽しそうに話すな……と思ったけど、さすがに怖い……と思ったら、恐怖話が大嫌いな有坂が叫んで止めた。
それを聞いて生駒が「エッチはダメだけど、恐怖話は怒られないの~~?!」とキレている。
まあうん、確かにそうだ。田見さんは「すいません……好きで……」と言いながら三つ編みを揉んでいた。
芝崎さんは苦笑して、
「岬ホテル側としては、どうしてあんな所に遊歩道作ったんだーって怒ってたけど、まあ遊歩道なくても落ちる人は落ちるよね」
生駒さんは爪を磨きながら、
「いっそあれじゃん? 自殺の名所ってもっと宣伝しちゃえば行かないかも! 幽霊出る~~~ってめちゃ言うとか」
「……私みたいな人間には……効力がないかもしれません……」
有坂は首をぶんぶん振り、
「いや、田見さんだけだ、そんなことするの。絶対田見さんだけだ」
俺はスマホをいじり、
「いや、恐怖スポット巡りするのが趣味の人ってめっちゃ多いだろ。ほら、たくさんいるよ」
有坂は表情を歪ませて、
「意味わかんね~~~」
と叫んだ。日中人が来なくなっても夜増えるんじゃ意味がない……そういう観光客を増やしたいわけじゃない。
こういうのって難しいなあ~と今日のまとめを書くことにした。
「えっ……田見さん、岬ホテルのほう行ってるの?! まさか夜じゃないよね?!」
「……すいません、むしろ夜にしか行ったことがないです……」
「ダメだよ、ダメダメ、あそこマジでヤラれた子もいるし、自殺する人もいるし、オバケも出るんだよ、ダメダメー!」
お昼を食べながら明日海が叫んだ。
そこまで危ないので有名な場所だったのか。
田見さんは三つ編みを揉みながら、
「みなさんにすごく怒られたので……最近は駅までの道を行き来するようにしています」
「え……ちょっとまって、国道歩いてるよね?」
「いえ、海沿いの道を延々と歩いてます」
「危ないよ、街灯全然ないじゃん!」
「深夜の散歩に適した道はどこでしょうか……」
「深夜に散歩しないとダメなの~~?!」
「音が……音を考えるときは散歩……いえ、全てにおいて散歩が必要なんです……」
「え~~。ちょっとまってよ。ねえ優真、やっぱバス通りから駅前で、国道……なら街灯あるよね」
「それがベストだと思う」
俺と明日海はここにずっと住んでいるので、街灯があって危なくない道を田見さんに教えた。
田見さんは都心からここに来ている。都心は街灯がどこでも付いてるかもしれないけど、ここら辺りは違う。
観光客が車で飛ばしたりしてて、たまに引っ張り込まれた……なんて話も聞くから危ない。
俺と明日海は「この道から……こっち!」とマップを見ながら田見さんに教えた。
「ここら辺りだと、海沿いで深夜も明るいのはコンビニだけなんだけど、県外のナンバーも多いし……って、清乃ちゃんまっじでメデたいよね!」
明日海はマップを見ながら道を考えていたけど、コンビニの話で清乃のことを思い出して叫んだ。
俺は嬉しくなり、
「もう俺ほんとにさ。歩きながら明日海にLINEしようかと思ったもん。記念すべき日を一緒に迎えたほうがいいんじゃないかと思って。だって明日海が一番良い感じに清乃に声かけてくれてるからさ」
明日海は清乃が学校に行っていた間は、毎日一緒に登校して、学校でも気にしてくれていた。
昼休みに一緒にいてくれていたのを、俺は何度も見ている。
その後もずっと清乃を気にしてくれている仲間だ。
明日海は目を細めて、
「私は、ずーーっと頑張ってる清乃ちゃん大好きなだけだよー。それに真広さんも、ずーーっと気にしてて……やっぱ家族だと大変なんじゃね? って思ったワケよ。だったら私が他人代表として距離感読んじゃおうかなって! まあ真広さんと結婚するから他人じゃなくなるんだけど、へへっ」
「……今俺『明日海かっけー……』と思い始めてたの台なしだよ」
「まあ他人だけど身内に近くて清乃ちゃんの親友としては、私がやりすぎないように……って思ってたの。でもここで田見ちゃんが! 田見ちゃんが私と同じ、清乃ちゃんに近い他人になったわけよ。なんなら目標になったわけ」
それを聞いて田見さんが三つ編みを鼻の下にツイと持って来て顔を上げる。
「目標っ……! 私が」
「そう。清乃ちゃんに行ってみたい場所が出来た。私以外の他人が清乃ちゃんに関われることになって、良かったなあと思うんだよ。それってやっぱ他人にしか出来ないから」
「明日海お前……良い奴だな……」
「今日、真広さんの家で晩ご飯の日だから。これで空気、読めるよね?」
「……すべては打算……怖い女だよ、お前は」
「空気全力で読めよ、おめ~~~! 私が服脱ぎだしたら部屋出ていけ!」
「目の前で何しようとしてんだ、キメーよ!!」
週に一度毎回兄貴の部屋で晩飯食うの面倒くさすぎる。
でも結婚式のための寄せ書きも出来たし、どうせ持って行かなきゃいけないし良いか。
明日海は田見さんに「今日は、これとこれとこれ作るの~」と見せていた。
田見さんは「タンパク質がたっぷりで真広さんの身体を生成するのに素晴らしいです。あ、ここにナッツとホウレンソウがあると良いですね。タンパク質を身体に取り込む率を上げるんです」と妙な知恵を伝授していた。
それを聞いて明日海が目をギラリと光らせて「鶏肉を……ピーナツバターで肉を焼く?」とか言ってるけど、絶対不味いやん、それ。




