言って良いこと、悪いこと
朝学校にきて、田見さんがどんな本を読んでいるのか覗くのが楽しくなってきた。
今日も教室に入って一番後ろ奥の田見さんの席を見たら、田見さんが居ない。
田見さんは朝、俺より遅かったことはないけれど……と思いつつ席に座ると、目の前の席に有坂が座った。
「うーす、おはよ。バスケ部のヘルプの件、落ち着いたわ」
「お。良かった、見つかったんだ」
「いや、先輩怪我なんてしてなかった。いや……心を怪我してた」
「は?」
有坂は俺のほうに身体を近づけてきて小さな声で、
「どうやら生駒が鍵アカで友だちと『した時ランキング』を作って、その中で最下位だったらしくて」
「ぐっは……えっぐ……」
「いや、戦場だって分かってるけど、さすがにエグい」
「……え? バトルシップ……?」
「それ優真が俺に見せた変な船映画だろ! いやある意味やわらか戦車……ういーす、おはよ、生駒」
「おっはよー、有坂! ねえ、週末カラオケ行きたいー」
「おい生駒、お前あれ何とかしろよ、みんな見てんぞ」
「え~、何の話~?」
生駒は有坂の腕にしがみ付いた。有坂は「ちょっとこっち来いよ」と廊下に引っ張り出した。
俺さ、最近田見さんがすげー本読んでるから、俺も……と思って読み始めた自己啓発本に、高校生時代はいろんな人と付き合うことで自らを知り、これからの人生に役立つ……って書いてあった。あれもあれでな、高校生だよな、うん。俺が巻き込まれなきゃいいよ。
バスケ部のヘルプはマジでキツいなーと思ってたから、交換条件出したけど頼まれたらどうしよう……と思ってたからセーフ。
チャイムがなり、同時に後ろのドアから田見さんが走り込んできた。
いつもの三つ編みが少し低い場所にあって、おさげ風になっている。
寝坊でもしたのかな? 先生が入ってきて、俺は前を向いた。
「まずは、どうして俺たちが冬の海に行きたくないか……を書き出して、そこからアイデア出していくのが良いんじゃないか?」
1、2時間目はグループワークだ。
俺は仕切って自分のペースでコトを進めるのが楽なタイプなので、こういうのは前に立つ。
他の人が仕切ってるのを聞くと「もっとこう流していけば早く進むのに……」と思ってしまう、たぶん生粋の仕切り屋なんだと思う。
人の特性を見て作業を進めるグループワークが俺は好きだ。
俺の横に座っていた図書部の芝崎が、
「まずは問題定義のページを作る……と。了解」
とテキストを打ち始める。
そう、グループワークで大切なのは『なんの問題を解決するか』『その問題について今俺たちはどう思っているか』を最初に認識するところだ。
俺はまず芝崎に向かって、
「冬の海、行く?」
「ぜったい行かない。寒いもん。もうそれ一択……とそれを書く」
それを聞いて俺の横に座っていた有坂も頷いて、
「単純に風が強すぎるんだよ。俺バスケ部で砂浜走りに行かされたんだけど、一歩も前に進まなかったもん」
「やだ~~ウケる~~、それ逆に見たかったかも~~暖かい場所で~~」
そう言って生駒は有坂の横にピタリとくっ付いて笑った。
俺は頷きながら、
「俺も散歩……いや冬は行かないな。マフラーも帽子も、全部吹っ飛ばされるんだよな。あとたまに人がいないこと分かってる人がさ、犬のリード取った状態で散歩させてるんだよ。その犬に追いかけられたことがあって」
生駒はケラケラと笑って、
「マジで?! ヤバいじゃん蜂谷、逃げられたの?」
「走ると逆に追われるから寝転がって! って飼い主に言われて寝たら、背中濡れて最悪だった」
「マジ笑う~~」
そう言って生駒は有坂の腕にさらにしがみついた。
どうして俺が言った言葉でマジ笑って有坂の腕に胸を押しつけているのか分からないけど、有坂は嬉しそうだからヨシ!
やはり生駒には有坂をセットしておけば問題なさそうだ。
俺は生駒に向かって、
「生駒は? デートで行ったりしないの?」
「行くわけないじゃん、罰ゲームなのそれ。てか単純にヒールに砂が入ってヤダ! 細かい砂がいつまでも出てくるから、夏にクロックスでしか行かない! てか最近は夏も行かない。紫外線エグいもん」
俺は次に芝崎の横で静かに座っている田見さんを見て、
「田見さんは? 冬の海、いく?」
田見さんは俺に話しかけられてビクリとしたけど、周りを見て……でも視線が怖くて俯いた。
でも俺が静かに待っていると、三つ編みを掴んでポツ……と、
「あのっ……淡浜の横にある……大音岬に……、けっこう、行きます……」
「ああ、なるほど。横の岬か。淡海海岸がよく見える高台だよね。大音ホテルの奥だ」
「はい……神社があって……夕日がキレイなので……」
「そうなんだ。あんな所に神社あるの知らなかった」
大音岬は大音ホテルがある岬だけど、敷地がかなり広くて先のほうは開放されている。
その先に神社があるのは知らなかった。
有坂は少し眉間に皺を入れて、
「田見さん引っ越してきたんだよね。ひとりであそこら辺行ってるなら、気を付けたほうがいいよ。結構治安わるいし、地元じゃないヤツも多いから」
俺は初耳で、有坂に向かって、
「そうなん?」
「え~~、優真くん知らないんだ? あそこ野外エッチのメッカじゃん~」
そう言って生駒はニヤニヤ笑った。
突然エロネタを言うので俺は慌てて制止して、
「生駒、それが事実だとしても、授業中にそういうことそのまま言うなよ」
「え、だって、ヤる名所なのは本当だよ。大音ホテルのベンチたくさんあって誰も来ないから、ベンチに使用済みの……」
「生駒。そういう話を授業中にされても、俺達反応に困るんだけど」
「蜂谷くん、さすがピュアボーイ~。エロネタ嫌い~? てか事実を言ってるだけじゃん。蜂谷くんもあそこなら誰にもバレずに出来るよっ! ねえ、有坂それを言ったんだよね?」
「いや、俺そんなこと一言も言って無いだろ。治安わるいし、地元じゃないヤツも多いって言っただけだ」
と有坂は生駒に向かって言った。
周りの班がチラチラこっちみるほど空気が悪くなっていくのを感じる。
こういう時は……。
俺は真っ直ぐに生駒を見て、
「たとえそれが本当だとしても、そのまま授業中に言うな。エロネタに普通に返すとピュアとか言ってバカにするのやめろ。暴走エロダンプカーじゃないんだから、ぶつかってくんな」
「ひっど、やだ、笑う! 暴走エロダンプカーは草」
「優真が正しい。そういう所はマジキツいよ」
「ごめん、有坂怒らないで~~私事実言っただけだよ~~」
「すぐに茶化すの良くないよ。それで嫌な気持ちになる人もいるんだから」
「芝崎さん真面目~~って、こういうのがダメって話ね、え~~面白いと思ったんだよ~~」
俺は空気が丸くなったところで生駒に向かって、
「田見さんに謝れ。せっかく砂浜の近くって手もあるって思い出させてくれたのに」
「ごめん田見さん~~~。私ほら、暴走エロダンプカーだから、なんでもエロネタにしたくなるの」
そう言って生駒は有坂の腕にしがみ付いてケラケラ笑った。
その腕を有坂は振り払った。まあそうなるわな。
生駒と有坂が一時期付き合ってたのは周知の事実だし、ふたりも野外で……? みたいな空気にされて最悪すぎるだろ。
正直生駒のエロネタ(しかもエロネタに乗ってこないと童貞処女呼ばわりする)は本当に最悪だと思うので、同じ班になったんだし、一回言いたいと思っていた。でも班で孤立させたいわけじゃないからギャグで落としたけど。
生駒はたぶん、あっけらかんと全てを話すことを「カッコイイ」「面白い」と思ってるんだよな。
まあ人目に付かないから勝手にしろよと思うけど、授業中にするのはただの暴走エロダンプカーだ。
「不快の極み……」
「……すいませんでした……私が変なことを言ったから……」
「いや、田見さんは全然悪くないよ、むしろ勇気だして発言してすげー偉かったと思う。悪いのは生駒。マジでどーにもならん、アイツは……」
1、2時間目のグループワークが終わった中休み、俺は田見さんの横の席に来ていた。
話すのが苦手な田見さんが頑張ったのに、それをすべてへし折っておく(しかもエロネタで)生駒、ガチで有害……。
俺の横にきた有坂は、
「優真と芝崎さんサンキュー。ごめんね、田見さん。俺が変なこと言ったから生駒が乗っかってきた」
「いいえっ……あの、わりと、あの辺り散歩でウロウロしてるので、先に知れて良かったです……本当に危なかったかも知れません」
それを聞いた芝崎は田見さんの方を見て、
「え……あそこって、かなり坂道上るよね、山頂っていうか。淡浜海岸に家があるなら、かなり離れてるけど……自転車? バス?」
「いえ歩きます。丁度よい散歩の距離だったんですけど、危ないと教えて頂けたので、今度から駅方向に歩きます……」
「淡浜海岸から大音岬……往復10キロ、しかも行きは全部上り坂……マジ?」
俺はマップで距離を測って田見さんを見た。
曲を考える時は歩くのだと言っていたけど、そこまで?!
田見さんは三つ編みで顔を隠しながら、
「昨日も丁度っ……ちょっと、あの、嬉しいことがあって、新曲考えたくて、気がついたら淡浜から歩いてましたっ……気がついたら朝日を見ててっ……慌てて帰ってきたんですけど……」
「だから今日ギリギリだったのか!」
俺は腑に落ちて笑ってしまった。
嬉しいことはたぶん、清乃がアニメを作ってくれたことだろう。
それが嬉しくて大音岬まで往復10キロ朝日付き……無限の体力ヤバすぎる。




