自分だけの歩みで
「田見さん、めっちゃ可愛い子だった~~~」
「いや、マジで明日海さんすごいっス。俺がはじめて話した時は完全に超警戒されて、あんなに話してくれなかったよ」
「そりゃもう少しなれた優真がいて、女の子の私だもん。全然違うでしょ。むしろ優真、あの状態の田見さんとよく最初にふたりで話してたね。そっちのが偉いと思うけど」
そういって明日海は段ボールをヨイショと台車に乗せた。
今日は金曜日で明日の土日のために商品をみっちり詰めておく必要がある。
俺と明日海は倉庫からお互いの台車に商品を積み込みながら田見さんのことを話していた。
明日海は段ボールの山の上に軽いナッツの箱を乗せながら、
「でも普通の声で話してくれたのは、裸族で笑いを取ったときだけだったな」
「下ネタで地声を聞こうとするな! そして裸族とか言うな! 俺の兄貴だぞ!!」
「優真のお兄さんだから好きなわけじゃないし~」
「容易く想像できるから辞めろって話をしてるんだ!」
「……え……私の裸が……たやすく……?」
「兄貴、昔好みのタイプは巨乳って言ってた気がするけど」
「お前は今、世界中のBカップ民を敵に回した」
また要らない情報を俺に入れるな。
段ボールを運んでいたらエプロンに入れていたスマホが揺れて、兄貴が『水曜日いいよ』とLINEが来ていた。
明日海にそれをいうと、俺のスマホを奪い取って『ありがとうございます、次は油淋鶏にしますっ!』と送った。
すぐに『油淋鶏って何?』と返ってきて『鶏モモ肉をカリカリに焼いたやつです!』と明日海は返した。
兄貴は『旨そう。優真と来てね』と返信がきた。
明日海は俺にスマホ画面を見せて、
「真広さん、優真を間にいれると、ほんと優しい、優真結婚して!」
「間違ってる。間違ってるぞ明日海、気がつけ。俺を間に入れて距離取られてるんだよ。明日海が兄貴と話す画面見せろよ」
「うぐ……」
そういって明日海が見せてきた兄貴との画面は、明日海がどれだけ長文を送っても『了解』の楽天無料スタンプだけが送られてきていた。
「……無料パンダ……」
「真広さんこれしかスタンプ持ってないんだな……社会人だしそんなもんだよね……と思ったけど、優真には可愛いスタンプ山ほど送ってきてるじゃん! 憎い……この無料パンダが憎い……! 楽天カードマン許さないっ……!」
「川平慈英に八つ当たりすんな! 罪があるとしたら文章が長すぎる明日海だ。一画面文字で埋めるなよ、怖いだろ」
「分かった分かった、ちょっと引く。優真の馬に乗る」
「あははは! ついには馬扱い。もう笑っちゃったよ。じゃあ俺が立ち止まればいいんだな」
「ケツを! 叩いて! 前に進ませるっ!」
「オッズが低そうな馬だな~~」
俺たちはお互いを罵り合いながら店に戻って作業を進めた。
明日海とはずっとこんな感じで常に軽口叩けてマジで楽しい。
兄貴とどうなろうと俺の大切な友だちであるのは間違いない。
父さんがずっと仕事で、母さんと出来たばかりの妹が入院してて、俺は淋しくて不安だった。
あの頃に兄貴と明日海が笑顔でいてくれたから、こう……メンタルの真ん中がしっかりしてるのを感じる。
不安な時に「不安」だと、嬉しいときに「嬉しい」と、口に出して受け入れてくれる人が近くにいる安心感がある。
俺はだから心底バカにしながら、明日海と兄貴が結婚したら、マジで面白いのにな~と思って少し応援している。
「お兄ちゃん。おかえり! ジャジャーン、仕上げてみた」
「うおおおお……! めっちゃいいじゃん、マジで清乃絵が上手いな」
「でも明日海ちゃんが描いた雪見さんと旦那さん、めっちゃ良いよ~~。さすが明日海ちゃん、お仕事してるだけのことある~」
「ビールのラベルな。あれガチですごいわ」
「しかも明日海ちゃん、色紙に一発描きだよ?! すごいよーー。色紙に描くのってすっごく大変なんだから!」
そう言って清乃は明日海が描いた似顔絵部分を見て褒めた。
たしかに明日海は迷わず色紙に一発で似顔絵をサラサラ描いていた。
触ってみると色紙の表面はザラザラしていて、清乃曰く「消しゴムが使えないから、ドキドキするんだよ」と言った。
そう言ってるけど、清乃が描いたレタリングのような文字で『ゼロ才のたんじょう日おめでとう』の文字と、その周辺に描かれている赤ちゃんの絵、そして飾りのような絵は、色鉛筆でセンスよく塗られていた。
俺はそれを見ながら、
「今日、田見さんと明日海と俺で部室で話したんだよ」
「新作の話した?」
「……明日海が兄貴の部屋で『飯作りたい!』って話しかしてない……」
「明日海ちゃん、まだ諦めてないんだ。笑う~! いやでもいいよね。私明日海ちゃんがお姉ちゃんになったら、ちょっと楽しい」
「その気持ちが分かってしまうだけに、応援してるけど……明日海だからなー……」
「明日海ちゃんだもんなあ~~~」
俺たち明日海伝説を山のように知っているので「明日海だからな~」で話が終わってしまう。
清乃はiPadを取り出して、
「見てっ! 田見さんがサムネール……すごく喜んでくれたから、簡単だけど、動かしはじめてるの」
「!! すごっ……。え? めっちゃカッコイイし、可愛いじゃん」
「白波と、揺らいでる髪の毛と、長いマフラーだけ動かしてみたんだけど」
清乃が作ったのは、田見さんの366日の曲に合わせて作ったキャラクターが真っ暗な海辺に立っているアニメーションだった。
黒い波は白波だけで海だとわかり、白い月が浮かんでいる。
その前に真っ黒で真っ赤な目をした女の子が、長いマフラーをなびかせて立っている。
清乃はリピートで動かしながら、
「田見さん、音色サクラが好きで、三つ編みにしてるって言ってたから、マフラーにその動きさせてみたの」
「え~~。すげーいいよ。これ、絶対田見さん喜ぶよ」
清乃が描いた絵を、田見さんはものすごく喜んですぐにサムネールにした。
そして先日からSNSのアイコンもその絵を使っている。田見さんはSNSのフォロワーも1500人いて、コアなファンも多いらしく『これが加音さんですか?! 可愛い~~!』『はじめてイラスト付いてるの見ました、依頼絵ですか?』『曲の雰囲気に合ってて良いですね、誰が描いてるんですか?』と、たくさんコメントがついていた。ちなみに田見さんは『花鳥加音』というチャンネル名で、名前は『加音』というネイロ名らしい。
俺は清乃の方を見て、
「来週どこかで明日海と田見さんのスタジオ行くつもりなんだけど、清乃も来ない? 紹介するよ」
「……うん……私も会いたいんだけど……やっぱどうしても……勇気が出ないな……」
「そっか。じゃあSNSで話しかけてみたら?」
「そうしよっかな……それなら……できるかな……やってみようかな……」
清乃は絵を描き足しながら呟いた。
清乃は小学生の時からずっとひとりで絵を描いてきて、ネットにしか友だちがいない。
清乃はずっととあるアニメが好きで、その二次創作のイラストを描いていた。
ネットで知り合った小説を書いている人に頼まれて表紙絵を描き、そのままその人と仲良くなって四年、その人原作の漫画とかも描いているけれど、一度も会ったことがない。
その人に何度も「イベントに一緒に出よう!」と誘われていて、誘ってくる場所も東京ではなく家から行ける大阪のイベントだ。
だから会える付近にいると思うんだけど、身長が130センチ台でとにかく細く、小学生にしか見えない自分を、清乃はずっと嫌いなままだ。
俺は周りに「たくさん趣味があう人がいるよ」だけ、まず提示している。
決めるのは清乃。そうしないと簡単に壊れてしまう。
そうしたいけど、そうできない、それを一番分かっているのは清乃で、それをどうにかしたい、それでも家から出られないのも清乃だ。
数年前は家の中でも部屋から出てこなかった。
でもここ二年は出て来て楽しそうにしている。
俺は正直それだけで嬉しい。
ゆっくりでいい。会ってみたい、そう思ってくれるだけでいい。
「晩飯……なんかカレーの匂いしてるけど?」
「お母さんに頼まれて作ってみたの!」
「マジかよ、腹へったー!」
俺と清乃と今日は早帰りの親父と一緒に清乃作のカレーを食べた。
こんなことがすげー嬉しい。
夜にSNSを見ていたら、清乃が二次創作のアカウントに花鳥加音さんのファンアートです……と作った動画をアップしていた。
深夜それに気がついた田見さんが、普段はリプしないのにちゃんと『ありがとうございます! 使わせて頂いてよろしいですか?!』と聞き、清乃は『ぜひぜひ!』と答えていた。
清乃はSNSでの二次創作歴が長く、フォロワーが2000人近くいる。
見ていると366日の再生数が伸びていくのが見えた。
相乗効果とか最高じゃん……とベッドに転がったら、田見さんから『嬉しくて眠れませんっ……! 今砂浜を走ってますっ!!』とLINEがきた。
深夜の砂浜はやめておけ……寝た方がいい……でも清乃も横の部屋でバタバタしてる。
俺はこういうのを見られるのが一番好きなんだよなあ……と壁の向こうから聞こえる清乃の鼻歌を聴きながら思った。




