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約束

作者: hirokatsu_k

 月が出ていた。魅入るような真ん丸い綺麗な月が、僕のいる地上を見下ろしていた。

 

 

 僕が産まれた日に、お母さんは亡くなった。お母さんは僕が目を開けた顔を見て、

 ゆっくりと息を引き取った。

 でも、その時の事を僕は覚えていない。


 お母さんが暮らしていた家にはタケル君とその両親が住んでいた。


 お母さんの代わりに三人は僕を育ててくれた。


 特にタケル君は、僕の傍に居てくれた。傍に居て、色々な話をしてくれた。

 お母さんの話、僕が産まれた時の話、タケル君の事、タケル君の両親の事。

 

 産まれた時にお母さんが傍に居なかった事は凄く寂しかったけど、それ以上に

 タケル君が僕に愛情を注いでくれた。

 

 

 ある夜、タケル君は僕を庭に呼んだ。そして空を指差し僕にこう言った。

 

 ―僕は宇宙飛行士になって、あの月に行くんだ。―

 

 タケル君が指差した空には、真ん丸い綺麗な月が出ていた。



 それから僕はタケル君とたくさんの時間を一緒に過ごした。

 一緒に走り回ったり、川で泳いだり、

 遊んで欲しくて、タケル君の勉強の邪魔して怒られたり・・・。


 色々な思い出を作りながら、僕達の時間は流れていった。



 でも・・・。

 


 

 

 桃色の花が咲いていたある日、タケル君が悲しそうな顔で僕のところに来た。

 そして小さく、悲しい声で僕に言った。


 ―ごめんね、新しい家では君を飼えないんだ。

  だからお別れをしなくちゃならないんだ。本当にごめんね。―


 僕を抱きしめて泣いているタケル君の後ろに、知らないおばあさんが立って

 いた。


 嫌だ、行かないで。もっと一緒に居させて。


 僕はタケル君の背中に向かって一生懸命叫んだ。

 けれど、タケル君はその声を振り切るように僕から離れていった。




 

 僕が連れて行かれた家で、僕は鎖に繋がれた。

 新しい家での生活は決してひどいものでは無かったけれど、

 それでもタケル君が居ない生活は、僕には耐えられないものだった。


 

 タケル君に逢いたい・・・。

 

 

 そう思って前に踏み出しても、僕を繋いだ鎖はそれ以上前に進む事を

 許してくれなかった。


 それでも僕は、何日も何日も、前に踏み出そうとした。


 桃色の花が散った日、その夜の風はとても強かった。

 その日僕が前に踏み出そうとした時、僕を繋いでいた鎖は強い風に

 千切られて、僕の歩みを止めれなかった。


 僕は走り出した。

 あの月の下へ向かって。


 

 タケル君はあの月へ行くって言った。

 あの月の下へ行けば、タケル君に逢える。


 

 月が消えて、またその月が出たら、またその月に向かった。

 何度も何度も繰り返して、僕は走った。


 

 そして真ん丸い綺麗な月の夜、僕は狭い道の端で意識を失った。




 懐かしい声、懐かしい匂い、

 目を覚ました僕の前に、タケル君が居た。


 タケル君は僕が目を覚ましたのに気付くと、僕を強く抱きしめてくれた。


 その後、僕はタケル君にすごく怒られた。

 

 僕が居なくなったと聞いて、タケル君は一生懸命捜してくれていた。


 

 その夜、僕は久しぶりにタケル君と一緒に眠った。



 次の日、おばあさんが僕を迎えに来た。

 タケル君とまた、お別れなんだ。


 そう思っていたら、タケル君は僕にこう言った。


 ―きっと、いつかきっと、僕が君を迎えに行くから。

  僕と僕の約束。二人の約束。だから、待っててね。―


 


 それから、桃色の花は何度も咲いて、何度も散った。

 その間に、色々な事があった。


 おばあさんが亡くなって、おばあさんの家におばあさんの子供が暮らし

 始めた。


 僕も昔みたいに走れなくなった。歩く事も精一杯になった。

 一日のほとんどを、寝ている事が多くなった。



 桃色の花が散った日、その夜は風がとても強かった。


 その風に乗って、とても懐かしい匂いがした。


 誰かが僕の前に立っている。


 ―遅くなってごめんね。やっと迎えに来れたよ。

  二人の約束、やっと、やっと果たせるんだ。―


 


 懐かしい声、懐かしい匂い、

 

 お母さん、タケル君は僕との約束を守ってくれたよ。


 


 僕はタケル君の顔を見て、


 ゆっくりと


 息を―。


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