表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

洋館の巨人

主な登場人物

話し手:廿楽天外。胡散臭い笑顔を浮かべる男。

聞き手:佐喜真紗弓。噂好きの女の子。

これは俺が、ある廃墟に行った時の話さ。確か、場所はXXだったかな。ああ、いつも通り一人でね。その日は快晴に近いほど晴れていたし、前日に雨も降っていなかったから歩きやすい、いい探索日和だった。


そうそう、元々廃村がそこにあったらしくてね、もう殆ど家は崩れていたらしいんだけど、1軒だけレンガ造りだったものだから今も残ってるかもっていう話を聞いて向かってたんだ。


まぁ、道中は特に口述する程の事はなかった。お(かげ)で予定よりも早く廃村に着いた。


村は酷い有様だった。無論当然の事だ。誰の手ももう入っていないらしかったからね。辺りは雑草が伸び伸びと好き勝手育ち、道はかろうじてその存在を確認できる程だった。家は噂通り朽ち果ていた。1歩足を入れて見たんだけど、崩れてすっぽ抜けたから、もう腐ってたんだと思う。


それで、件の家は残ってた。しっかりとした外見を聞いてなかったから驚いたよ。明治の文明開化に乗った西洋風の建物だった。その村には勿体ない、っていうのは失礼かもしれないけど、それ程立派な家だった。流石に草木が壁面に伸びていたり、所々苔がむしていたり、石が欠けてたりはしたけど、それでも荘厳で、何せ、崩れてはいたけど、門も有って、広い庭さえもあったんだから、立派と言わざるを得なかったよ。


詳しくいつの時代の建物かなんて専門家じゃないから分からないけど、聞いた話よりよっぽど新しく感じたね。大正の終わり頃に既に破棄されたって聞いてたんだけど多分間違いだったんだろう。少なくとも戦後までは村は続いていたんじゃないだろうか。まぁ、勘だから分からないけどね。


俺はそのまま庭に踏み入った。どうやら池があったみたいで並べられた石が見えた。中は藻で見えなかったけど、つまりはそこにまだ水はある様だった。


家の外壁は所々崩れていたけど、中に入っても大丈夫そうだった。玄関には鎖が掛かってて開けれないようにしてあったけど、腐食の影響か、簡単に取り外すことが出来た。


中は思ったより綺麗だった。埃や植物の侵食も僅かで、外に比べたら意外な程だった。


何より広かった。人が暮らすのにここまで広くする必要があるか疑わしいほどには。玄関扉は普通の大きさだっただけに余計に驚いたよ。何せ、通常の2倍以上は広かったから。だから、天井まで10mはあったかな。巨人族の建物にでも来たような気分だった。


建物の構造的には2階もある様だったから、まず階段を探そうと思っていたんだが、その必要はなかった。入ってすぐ正面が階段だったからね。だから俺はまず1階からゆっくりと探索を始めた。


まず入った部屋は居間だった。と言っても大きな机だったものがあったからそう判断したまでだけどね。


それで、ここで不思議な物を見つけた。それは小さな褐色の瓶だった。栄養剤か何かを入れる様な大きさの奴だ。特にラベルなんてものは貼ってなかったからそれが一体何かは分からない。でもね、中にまだ少しだけ液体が残ってたんだ。


雨が入っただけだと思いたいけど、瓶は横向きに倒れていたし、それは崩れた机から転がったような位置にあった。俺は当時のものが入ってるなんて流石に思わなくても、何だか中身が気になってしまったから持って帰ることにした。丁度密封できる道具もあったからね。


その部屋はまぁそんなところだった。それに俺はこの辺で違和感に気づき始めたいたから、今回は当たりだと思ってたよ。


次に向かった場所は調理場だった。当時の釜が残っていたよ。勿論中は空だったけど。


そう、ここが大変だった。当時の器具が少し残ってたんだけど、とても高い所に吊るしてあったんだ。最初に言った通りとにかく広い家だったから、器具もそれに合わせた高さにあったんだと思う。でも、もう尋常でない事は分かるだろうけど、俺は身長170程だ。それで届かない。少なみても4mぐらいのところだったと思う。俺はこの当たりで本当に巨人でもいたのかもしれないと思い始めたよ。


しかもだ。その高さに似合わず、器具やさっきの瓶は普通の大きさなんだ。その歪さというのは、久々に俺に恐怖を感じさせた。


結局何とか足場を用意して器具を取ったけど、それはおそらく当時の市販品のものだった。一応俺はそれも鞄に仕舞った。


その後1階探索し終えた俺は、崩れないよう祈りながら階段を登った。途中1度階段が悲鳴を上げた時は思わず足を止めたが、無事2階に上がれた。


これまた不思議だったんだが、2階は普通の広さなんだ。もしさっき言ってた巨人が本当にいたなら、ここには入れないだろうね。


俺は少し安心して探索に移った。そして部屋に入った時、俺は驚いてこう言った。


「これは、ミステリーだね」


そこは書斎みたいでね、本が多く残されていた。でもその奥、書斎机の上にそれはあった。


ラジカセだ。カセットは入ったままのようだった。今すぐにも再生できる状態だった。


何が不思議か分からないという顔をしているね。ラジカセが世に出たのは1970年ぐらいだったはずだ。少なくとも戦後だよ。これは間違いない。それで俺の予想だと戦後とは言ったが、話じゃ大正末期だ、村が無くなったのは。本来ならラジカセがある訳はないんだよ。もし俺の予想が当たってたとして、わざわざラジカセを残して行くと思うかい? そうつまり、異質だったんだ。そのラジカセは。


まぁ、再生できる状態と言っても、もう電気がないからその場で再生は出来なかった。だから俺はとりあえずカセットだけ取り出して鞄にしまった。幸いにもこれを再生出来る術を俺は持っていたからね。


それから俺は本を漁り出した。俺は当時の日本語に詳しく無いから内容は殆ど分からなかったし、殆ど読める状態じゃなかった。でも幾つか詳しい人なら読めそうな物もあったからそれらも鞄にしまった。たしか4,5冊ぐらいだったかな。どれも表紙に文字が書いてなかったけど、比較的新しそうな奴だった。


それであらかた見終えて満足した俺は帰ることにした。下りの階段は上りより遥かに怖かったから、慎重に1歩1歩降りていった。


そんな時だった。軋む様な音が階下から響いたんだ。俺は動きを止めた。そしてそれは気の所為でないことを主張するようにもう一度鳴った。その音は尋常でなかった。俺はこの時熊であってくれと祈ったと同時に、それが熊でないことを完璧に理解していた。


ここまでの話を思い出して欲しいんだが、まぁ、俺がわざと省いている様に感じるかもしれないけど、実は動物の気配がひとつも無かったんだ。鳥の声も虫の声も無かった。だいたいこんな朽ち果てた廃屋に虫の1匹もいないなんて事は絶対にない。だから俺はそれを退ける程の強大な存在を想像した。それが巨人だ。そうでなくては説明できないと勝手ながら思ったからだ。


だからこの時の音は間違いなくそれだと思った。でももし想定通りの大きさなら玄関は通れない。だから俺は意を決して玄関まで走ることにしたんだ。


俺は勢いよく残りの階段を降り、玄関へと全力疾走した。それと同時に俺に気づいたであろう大きな足音と存在感が後ろに来たことに気づいた。


振り向く余裕は無かった。玄関を開けっ放しにして置いて本当に良かった。そうじゃなかったら、多分今こうやって話はできてなかっただろうね。


間一髪、俺は外へ飛び出して門の跡の所まで走った。もう後ろの存在感は薄れていた。


そこでようやく俺は後ろを振り返った。入口の奥に赤褐色で筋肉質の荒い肌の脚が見えた。その大きさは想像の通りで、それはしゃがみこむ様に腰を落とし始めた。そしてそいつにとっては小さな玄関から、その顔を覗かせた。


顔は無かった。いや、無いがあった。どこまでも続くような暗闇の仮面をつけているようだった。


巨人はそれっきり家の奥へ帰って行った。そこで俺はようやく息を吐いた。大きな溜息だった。全身に掻いた汗が服を濡らして気持ち悪かったのを覚えている。



その日はそのまま宿へ帰り、翌日俺は家に帰った。当時の彼女が多少昔の字が読める奴だったから取ってきた本を彼女に渡して、俺はカセットを聴きに自室に行った。幸い俺の家にもラジカセはあったんだ。


再生を開始して、すぐに分かったのはこれが素人による録音ということだった。ノイズが多く少し聞きづらかった。そこではこんな、男の声が聞こえた。


「これを聞いているものがいれば、きっとこの家へ来たのだろう。そして生き延びたのだろう。だからこそ、そんな貴方にお願いがある。どうかこの家を燃やしてくれ。特に、これが置いてあった書斎の本を。そして絶対に読むんじゃない。知っちゃいけないことだから。

それと、きっと怪物に会っただろう。あれは火に弱いんだ。だからきっと一緒に燃えるだろう。だから頼む」


これを聞き終えた時の心境は慌ただしかった。まず兎に角と、俺は彼女のとこに戻ったが、1歩遅かったようだった。彼女は顔を青くしていた。そして俺の方を振り返ってこう言った。


「ちょっと高校生には刺激が強いかな」



俺もその後一緒に読んだが、勿論内容は伏せる。1つ言えることはあの池に手を入れなくて良かったと言うことだ。そう庭にあった池だ。どうやら相当深いらしく、また底には、いやいい。終わった話だからな。まぁ、それだけ濁す物があったらしい。確認する勇気はなかった。


その後は巻き込んでしまった彼女と2人でその家を燃やしに行った。今の所有者連絡を取ろうとしたが繋がらなかったから、無許可だったが、それどころではなかった。幸いにも周りに燃え移ることも無かったし、何か言われることも無かった。


燃える家を眺めた。レンガ造りとはいえ、中には勿論木製の部分もあったし、何よりあの巨人と本がよく燃えたのだろう。時折聞こえる咆哮の様な唸り声の様なものが怪物のものの様に思えて俺は1人震え上がった。でもこれで、あの巨人と会うことはもう無いだろうと安心して、俺たちはまた日常に戻ることができたのさ。





「あんたこれ、どこまでが本当?」


佐喜真紗弓は話し終えた廿楽天外に問う。


「全部本当のことさ。俺は嘘をそうそう吐かないからね」


廿楽は左側の口角だけを上げる変な笑い方する男だった。今もそうやって笑っている。


「気になることが二つあったんだけど」


「何かな?」


廿楽は掛けていた眼鏡を外して拭き始めた。


「巨人は何処から現れたの? 1階は全部探索したんでしょ?」


廿楽は「ああ」と呟きつつ眼鏡を戻した。それから少し悩む様に口を噤んだ後、ようやく口を開いた。


「俺の探索不足だっただけだよ」


廿楽は取り繕う様にまた笑みを浮かべた。佐喜真は「嘘おっしゃい」と口から出そうだったが、喉元でそれを抑えた。言わないと言うことは知らない方がいい事なのだろう。


「そう。じゃあ、あの瓶は結局どうなったの?」


廿楽が家の居間で手に入れた瓶のことであった。廿楽は笑うのを止めて話す。


「ああ、捨てたよ。あの池にね。持っておくには余りに危なかったし」


少し名残惜しそうな顔をする廿楽に佐喜真は苦笑いした。


「中身はなんだったのよ」


廿楽はまた笑い直した。


「なに、唯の栄養剤だよ」


佐喜真は溜息を吐く。聞いても無駄たと判断した様だった。しかし「あ」と何かを思い出したように一言放った。


「あんた、彼女いたのね」


その声は廿楽には少し怖く聞こえたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ