6.じゃあ、ゼロツーって名前以外は?-あーしは……死ぬの?-
全44話予定です
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「じゃあ、ゼロツーって名前以外は?」
トリシャが口を挟むと、
「ああ、全く。思い出そうとしても欠片も出てこねーよ。確かに三人姉妹だったのは覚えてんのにな」
パイロットは自分の名前を言えるはずである。それはマリアーナがそうであったように。しかし、その彼女をしてもやはり姉妹の名前は、両親の名前は憶えていないのである。
「悔しくはないの?」
思わずトリシャは心に思った事を言ってから[しまった]と思う。
だが、
「あぁ、それは……あー」
と言ったまま黙る。
これが[調律]の威力。ゼロツーは悔しいと思うことが出来ないのだ。思考すらも制御するその技術は、クスリに頼っていた第二世代のアイシャたちとは違う、純粋な[人の手]と、更には脳科学による制御によるものなのだ。
パイロット候補生は例の孤児院に十歳で入って五年半で卒業し、軍事教練に二年半を費やして、十八歳でパイロットとして配属になるか、待機命令が出る。
しかしサブプロセッサー候補生は五年半で孤児院を出たあと別のカリキュラムで二年半を過ごす。そこで完全に自分に関する情報を消去され、マスターに従うという一点を改めて叩き込まれるのだ。
「御免なさい、続けて」
ゼロツーはまた話し始める。
そんな、家族を一度に失ったゼロツーはその人物に、
「あーしは……死ぬの?」
半分意識が飛んでいたのもある。二人を失ってから何も食べていなかったのもある。ゼロツーはそのボーっとした頭でその人物にそう問いかけた。
その人物は[きみは死ぬにはまだ早い。これからある場所にきみを連れて行く。そこで暮らすんだ]と言ったそうだ。
そんな虚ろな、半分生きているか死んでいるか分からないようなゼロツーが連れてこられた場所、それが例の孤児院である。そこで彼女は他の子たちと一緒にありとあらゆることを教えられた。そんな生活をしている間に[調律]も受けたそうだ。
「あーしが受けた[調律]って、聞くかい?」
少し投げやりなトーンになったゼロツーがトリシャに聞くが、
「いいえ、遠慮しておくわ。想像は付くもの。私だってあの孤児院の出よ、あそこで何をされたか……」
トリシャだって[そこの出身]なのだ、知らない訳がない。
「そんな生活を五年くらいしてたかな、気が付けばあーしの仲間はどんどん減っていった。そんな時さ、孤児院の人間ではない、知らない人があーしを呼んだんだ」
その人に呼ばれて別室に連れてこられたゼロツーは、
[きみはこれからある場所で暮らす事になる]
そう言われて連れてこられたのが孤児院の別の施設である。
そこでは脳に電極を付けられた生活が続いた。そしてしばらく経った頃にはゼロツーは自分の名前も、両親や姉妹の名前も、もっと言えば孤児院で一緒だった娘たちの名前も綺麗に消えていた。確かに[居た]という記憶はある。だが、[誰が何という名前]なのかが出てこないのだ。そして3Dホログラムと写真を見せられて[この人たちの命令には絶対に従うように]という[暗示のようなもの]をかけられたのだ。
それは電極を付けられ意識操作状態に置かれている彼女たちに繰り返し、繰り返しまさしく[刷り込む]ように続けられた。
もちろんパイロット候補生にもそれは行われる。しかし、パイロット候補生の彼女たちには半年という時間しか電極を付けた生活は行わない。
それをしても半年で家族などの名前は忘れてしまうくらいの威力が、この脳科学にはあるのだ。
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