5.自分たちの事をみじめだとは思った事がない-あーしたちはこんな風にはならないんだ-
全44話予定です
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レイリアもそうだが、ゼロツーだって決して頭の回転が悪い訳ではないし[見よう見まね]が出来ない訳でもない。他の子供たちがやっているようにゴミをあさったり、くず鉄を拾って売ったりしてその日食べるパンを得ていた。
そして週に一度、宗教団体による炊き出しが行われる。ゼロツーは無神論派なのだが、こんな機会は利用しない手はない。姉妹三人で並んでスープとパンを受け取り、広場の隅で三人で食べる。温かいものを食べられるのはそんな時くらいだ。
だが、それが当時のゼロツーには嬉しかった。温かいスープをちびりちびりすすり、決して上等とは言えない固いパンをかじる。それも姉妹そろって、である。時には[まだお腹がすいた]と言う妹たちに自分のスープを分けてやったり。
ゼロツーは自分たちの事をみじめだとは思った事がない。
それは、そんな考え方ではこの暮らしはしていけないから、である。貧民街、特にスラムは何処もそうだが弱者にはとても厳しいところだ。自分というものを失った傍から朽ちていく。そうやって生きる事に失望したむくろを何体も何体も見てきた。
その度に[あーしは、あーしたちはこんな風にはならないんだ]と強く心に言い聞かせて生活をしてきたのである。
そんなゼロツーの生活が変わったのは、ゼロツーだけ[出稼ぎ]に出ているある日の事だった。
その日はいいくず鉄が取れる代わりにちょっと危険、と言われていた場所に遠征に行っていたのだ。
それは実際に危険な場所であった。そのくず鉄置き場のすく傍で銃弾が飛んでいたからだ。ギャングたちの抗争場所、それが目的地だった。なので年長のゼロツーだけで向かっていたのだ。
そんな危険な場所だ、中々来る勇気のあるやつはいない。銃弾がいつ飛んでくるか分からいような場所でゼロツーは一人でくず鉄を拾っていた。
久々の大漁にゼロツーは喜んだ。手に持ちきれないほどのくず鉄を持って、意気揚々と彼女は姉妹の待つ[自宅]へと戻った。そこで姉妹二人がいない事に気がついた。直ぐに、周りで一緒に生活している子供に話を聞いて回った。周りの人の話ではどうも人さらいにあった、との事だった。
悔しかった。
せっかく二人に良いものを食べさせてやろうと意気込んで向かったのに、帰って来てみれば人さらいなんて。その時、ゼロツーは他の子たちに当たり散らした事を覚えている。
どのくらい経っただろう。ゼロツーが生きる希望を失いかけて、傍に転がっているまだ幼いむくろと肩を並べて座り込んでいた時、ある人物が彼女の前に現れた。
「……ちゃんだね?」
実は、ゼロツーは自分の名前も、家族の名前も忘れてしまっている。
それは孤児院で受けてきた教育、というのがある。第二期生以降のパイロット、サブプロセッサー候補はある種の記憶消去術が使用された。
この時代の、特に同盟連合の脳科学はかなり発展している。その発展にカズたちの実験が大きく寄与しているのは間違いない。ゼロツーに施されたそれは、特定の記憶を催眠療法で消す事である。残念ながらこれは大人にはあまり効果がない。それは成長途中の脳だからこそ効果が期待できるものなのだ。
成長途中の脳に少しだけ細工をした状態で意識レベルを落とし、眠っているかどうかのギリギリの意識状態を保ったまま、繰り返し消したい記憶を消去情報として流し込む。それをある程度の回数を繰り返す事で、成長途中の脳はその記憶が[まるでなかったか]のように錯覚したまま成長し、その記憶が定着するのだ。もちろん、逆も出来る。ありえない記憶を植え付ける事も可能なのだ。
なので今のゼロツーは、自分の名前はおろか両親の名前も、あまつさえ自分の姉妹の名前すら憶えていないのだ。
それは第二世代以降のパイロットも同様である。実際にパイロットも両親の名前や兄弟姉妹の名前を憶えていないのだ。
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