第五話「魔物図鑑」
カーテンの隙間から溢れる太陽の光が朝を告げた。
目を開けても暗くないし鉄格子もない。
帰ってきたんだ。
「オリバー。朝食が出来てますよ」
ルークの声が聞こえる。
何日も経っていないはずなのに、何だか懐かしい。
テーブルには、いつもより少しだけ豪華な朝食が並んでいる。
ルークは席につくなり俯いて食事に手をつけない。
謝らなければ。
「ごめんなさい、あなたを1人にして。
今回の事は、全て私の責任です」
ルークが今にも泣き出しそうな顔でそう言った。
こんなに落ち込んでいるルークは初めて見た。
謝ろうと口を開いた時、勢いよくドアを開け、トールが日課である村周辺の見回りから帰ってきた。
「まぁいいじゃねぇか、この通りオリバーは無事だったんだしよ!」
ドアの向こうで聞いていたんじゃないか?
それくらいタイミングが良かった。
「そうですね、本当に良かった」
ルークの表情が明るくなった。
謝るタイミング逃しちゃったな。
とりあえず、2人に感謝を伝えよう。
「2人とも助けに来てくれて、ありがとう。ところで、どうして場所がわかったのですか?」
ルークは滲み出た涙を拭き取り、指輪をテーブルに出した。
あの日、ルークがくれた指輪だ。
「これは自分の魔力を注いでおくだけで身につけた者の場所が、ある程度わかる代物でしてね」
魔力?
前世で死ぬほど憧れた、漫画やアニメに出てくるアレを使うための?
「だから、オリバーが外に出たのもわかっていたんですよ。ですが、盗賊の中に魔力と共に気配を絶つ魔法を使う者がいたようで、すぐに追う事はできませんでした」
ルークは自分で言って思い出したのか、また泣いている。
外に出たのは、バレてたのか。
それより魔法だって?
「ルークも魔法が使えるんですか!」
「ほぉ、オリバーは魔法に興味があるんですか」
やっぱり、この世界には魔法があるんだ。
前世では誰もが一度は憧れた魔法の世界。
期待で胸が熱くなる。
「オリバー!ほれ、ちゃんと見つけてきたぞ、約束の魔物図鑑だ」
魔物図鑑?
トールには悪いが、それどころではない。
魔法のことをもっと聞きたい。
「ちょうどいい!オリバー、魔法のことを知りたいなら、まずは魔物のことを知りなさい。
それに、あなたはまだ幼い。今は知識をつける事が大切ですよ」
魔物図鑑が欲しいなんて言った、過去の自分を恨みたい。
ここはひとまず、いじけたフリでもしておくか。
「わかったよ!」
勢いよく言葉を吐き捨て、図鑑を持って部屋に行く。
どうせトールが「まぁいいじゃねぇか」などと言って説得してくれるだろう。
完璧な作戦だ。
……。
なんで声をかけてくれないんだ!
2人がくすくすと笑っている。
こんな本すぐに読み終えて魔法を早く教えてもらおう。
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ダーム大陸・魔物の書
この世界には魔法がある。
魔物なんてクマとかライオンとかだろと信じていなかったが、魔法があるとなるとドラゴンだって存在しているんじゃないか?
ドラゴン…恐竜と並ぶ男の夢だ。
期待に胸を膨らませ図鑑の一ページ目をめくる。
デビルウッド
討伐難易度D、幻惑魔法を使い森の奥に人を誘導し根から生気を吸収する。
根は初級回復薬の材料となり重宝される。
「おっ読んでるなぁ!」
トールが部屋に入るなり、嬉しそうに話しかけてきた。
「トールも魔法のことわかるの?」
「まぁ少しだけならわかるぞ」
「じゃあ、この幻惑魔法って」
「あぁそういう小賢しいのは覚えなくていい!ある程度、魔力を扱える奴には効かないからな」
聞く相手を間違えたか…。
「じゃ、じゃあこの討伐難易度っていうのは?」
「あーそれは、冒険者ギルドで設定された魔物の強さってとこだな。EからSまでの6段階に振り分けられていて、Eなら誰でも倒せるレベルだが、Dだとヒヨッコ冒険者が束になっても倒せないレベルだな。まぁそれくらいEからDには差があるってことだ」
冒険者。
こんなにワクワクする3文字なんて他にはない。
トールは魔物に詳しかった。
図鑑に載っている魔物のことは、経験談も踏まえより詳しく教えてくれた。
ドラゴンはいなかったけど。
最初の魔物図鑑はトールのおかげで2日で読み終えた。
ルークに読み終えたことを報告すると新しい本を渡された。
トールが何冊も買ってきていたのだろうか?
これを読んでからと魔法のことは何度言っても濁される。
それからというもの、読み終えたと報告するたび、新しい本を渡された。
魔物、植物、種族、言語、歴史。
ルークに渡された本は、どれも興味深く俺をワクワクさせた。
この世界には6つの大陸がある。
人間が住むダーム大陸。
魔人種が住むエルトア大陸。
獣人種が住むレーヴァン大陸。
妖精種が住むトカトゥナ大陸。
多種族が住むラナルシア大陸。
誰も寄せ付けないサウスノヴァ大陸。
サウスノヴァ大陸は、大陸を囲う絶壁と嵐によって近づく事ができず、悪魔が住む大陸として恐れられているらしい。
魔人種と悪魔は別なのか。
言語は、魔人語、獣人語というように各種族固有の言語はあるが、数千年前の戦争で人間が勝利した影響から世界共通語として人間語が使われている。
世界共通語といっても英語みたいなものだろう。
俺が前世で日本語しか話せなかったように、人間語を話せないやつも多いはずだ。
覚えが早い今のうちに勉強しておいて損はない。
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5歳の誕生日。
ルークにプレゼントと本を渡された。
もう慣れたものだ。
ファンタジー染みたこの世界の知識を身につけることは楽しい。
なんだこれ、読めない。
この2年で魔人語、獣人語、妖精語を話せないまでも読める程度にはなっていた。
それなのに、ルークから渡された本の表紙は読めなかった。
「これは何語で書かれているんですか?」
「読めないでしょ」
ルークはニヤニヤと笑っている。
「これは魔術書です。オリバー手を出してください」
魔術書だって!?
やっと魔法を教える気になったのか。
ルークは俺の手を握る。
「今から私の魔力を流します。目を閉じて体に魔力が巡るのをイメージしてください」
言う通りにする。
不思議な感覚だ。
体を血が巡るように暖かいものが流れ込んでくる。
「イメージ出来ましたね。そのまま目を開けて魔術書を見てみてください」
基本属性、魔法の書。
見たことのない言語が書かれていた表紙には見慣れた人間語が書いてあった。
「どうです?読めましたか」
「さっきまで読めなかったのに」
「面白いでしょ!魔力がない人には読めない仕掛けなんですよコレ。それじゃあ、手を離しますね」
ルークが手を離した瞬間、さっきの状態に戻り読めなくなった。
「さぁ最初の課題です。魔力を練ってこれを読んでください」
そう言うと何か書かれた紙切れを渡された。
ルークは、すっかり先生気分なのかノリノリだ。
魔力を練るって何をどうしたらいいんだ。
魔力が流れる感覚は何となく掴めたけど。
「不満そうな顔ですねぇ」
「魔力ってどうやって練るのですか?」
「魔力を練る方法か~。うーん。感覚っていうのもなぁ」
何やらボソボソと呟いている。
まさか知らないのか?
「そうだ、魔力を練るにはイメージするんです」
「イメージですか?」
「そうですイメージですよ。自分は魔力を練る事ができる。あとは気合を入れて。うおぉお!って」
ルークはたまに天然なところがある。
とりあえず試してみるか。
目をつぶって、さっきと同じ血が巡る感覚と漫画やアニメで見た魔力のイメージ。
あとは気合いだ、出てこい俺の魔力。
顔にも力が入る。
力を入れているからなのか、体が熱くなってきた。
頼む読めるようになっていてくれ。
恐る恐る目を開ける。
「合格」
ルークから渡された紙切れには、そう書いてあった。
5歳の誕生日、俺が初めて魔力を練る事ができた記念すべき日だ。