第三話「約束」
太陽は半分だけ地平線に飲み込まれている。
村民は家に戻り夕飯の準備をしているようだ、美味しそうな香りが漂っている。
日が落ち切る前に村の入り口まで行ってみよう。
恐る恐る庭を出ると真っ直ぐ続く道を歩き出した。
風に揺れる麦の音が不安を煽る。
しかし、どこまで行ったんだルークは、
可愛い3歳児がお腹を空かせて待ってるっていうのに。
前世では「死」を期待して歩いていたからか、恐怖心なんて物は、ほとんどなかったのに…。
体が小さくなるだけで、こんなに変わるものなのか?
迎えから村人が2人、歩いてくるのが見えた。
人を見て若干安心したが、見つかって後でルークやトールにチクられたら面倒だ。
自分の身長より高い麦の中に身を隠す。
「最近、物騒だなぁ。魔物の件といい南のアラブタ村なんか盗賊団の被害に遭ったらしいぞ、まぁこの村にはトールさんがいるから安心して過ごせるってもんだがな」
「ちげえねぇ!ダッハッハッハ!」
こんな時間なのに声がでかい。
機嫌が良いのか、話題に似合わないヘラヘラぶりだ。
よく考えたら、ルークを探しに行っているんだから、どのみち外に出たのはバレるじゃないか。
隠れて緊張したせいか尿意が込み上げてきた。
麦に栄養でもやるか…。
ふーっ!スッキリしたし村の入り口までは後少しだ。
スッキリ気分は束の間。
俺は、何者かに後ろから口を塞がれた。
え?誰だ?
「騒いだら殺す」
耳元で囁かれた。
小便をしたばかりでよかった。
出してなかったら確実に漏らしていただろう。
そんなことはどうでもいい。
目と口を布で覆われて、持ち上げられた。
なんだ…これ…。
意識が遠くなっていく。
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う……どこだここ、天国か?
記憶が曖昧で情報が整理できない。
ランタンで薄暗く灯された部屋。
地下だろうか、目の前には鉄格子。
口は塞がれ、腕は紐で縛られている。
誘拐されたのか!?
「んー!」
パニックになって叫んだが、口を塞がれていて声が出なかった。
「うるせーぞ!黙らせろ!」
遠くから壁を蹴る音と怒鳴り声が聞こえる。
「ぼうず悪いこと言わねぇから黙んな。しかし、こんなに小せぇのに可哀想だなぁ」
見張りだろうか、小太りでボロボロの服を着ている薄汚い男だ。
ぐぅ〜。
どれくらい時間が経ったのか、腹がなってしまった。
「腹が減ってんのか。これ食うか?」
男は自分の食べていたパン?のようなものを差し出した。
「そうか、その様子じゃ食えねぇな。ちょっと近寄んな」
断れば何をされるか、わからない。
いうことを聞いて近寄ると、口の布を外して例のブツを食べさせてくれた。
男の手の汁が染み込んだような、塩っぱさで、パサパサというよりネチョネチョしている。
気持ち悪かったが男の優しさに触れ、少しだけ恐怖が和らいだ。
「おい!何してるんだ?」
体格のいい、いかにも悪者のボスという感じの男が出てきた。
「こいつが黙らねぇもんで、教えてやってたんですよ」
見張りは、そう言うと俺を突き飛ばした。
「お前はバカなんだから、余計なことすんじゃねぇよ!」
そう言うと後から来た男は見張りを殴り飛ばした。
人の顔面が殴られるのを初めて生で見た。
「おい。ガキ、お前の親の名前を教えろ」
男の低い声で喉が引き締まる。
生まれて初めて感じる本物の恐怖。
ルークとトールの名前を出してもいいのか?
答えなければ、何をされるかわからない。
「早く言え」
「ル、ルークとトールです」
声が震える。
反射的に名前を出してしまった。
「あ?母親は?」
「いません」
「嘘は言ってねぇだろうな」
「はい」
「これは何だ?」
そう言うと男は何か取り出した。
ルークから貰った指輪だ。
「親から貰ったものです。
「ほぉ〜」
男は指輪をじっくりと覗いている。
「お前の名前は何だ?」
「オリバーです」
「ほぉ。おい!デリンジャ!」
「はい!」
殴られた男が元気そうに返事した。
「この指輪といい、こいつは上物かも知れねぇ。敬語を話すガキなんか、そうはいねぇ。明日、こいつを人質に金を巻き上げにいくぞ」
「へい!わかりました!」
「金を取った後は、いつも通り村を焼く。誰ひとり逃さないように、逃げ道に何人か待機させておけ。じじいとうるさい奴は殺せ。他は奴隷にして売る」
「わかりました。他の者にも伝えておきます」
2人は、そんな会話をして何処かに行ってしまった。
真っ暗だ。
怖くて泣きそうになる。
このままだと村が危ない。
ルークもトールも帰ってこなくていい。
これは約束を破って外に出た俺が招いた最悪だ。
誰か助けてよ。
また…一人ぼっちになってしまうのか。