第二話「1人の時間」
その日は、朝から家の中が騒がしかった。
10日ほど外出をしていたトールが帰ってきたようだ。
どうやら今日が俺の1歳の誕生日らしい。
「今日も可愛いなぁオリバー」
俺のほっぺをツンツンしながら、トールがぎこちない笑みで呟いている。
俺だって前世は20をすぎた大人だ、何だか照れ臭い。
それでも忌み子だと思われないよう全力で赤ん坊を演じていた。
「暇ならお酒を買ってきてくださいよ」
「えぇー俺帰ってきたばっかだぜ、今日くらいゆっくりさせてくれよ。なぁオリバー」
俺の頭を撫でながらトールがぶつぶつ言っている。
「いいから早く行ってきてください!」
「おぉー怖い怖い、わかりました。行ってまいります陛下」
仲の良さそうな2人が少し羨ましい。
それはそうと、この2人が俺の誕生日を知っていることに疑問が浮かんだ。
人間は女性から生まれるものだ。
俺には、母親がいるはずだし、
だとするとルークとトールどちらが父親なんだ?
2人は愛し合っていて俺を養子に迎えたのだと、考えたこともあった。
一年の間、2人を見ていたが、
愛し合ってるような素振りは見当たらなかった。
その夜は、普段酒を飲まないトールが飲み過ぎでゲロを吐いた以外、何事もなく終わった。
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俺は3歳になり話せるようになっていた。
「オリバー!今度はどんな本が欲しい?」
相変わらず大きな声でトールが叫んでいる。
トールは時折、長期間外出をし帰りに本を買ってきてくれた。
これまでは、文字を覚えるために色んな絵本を買ってきてもらっていた。
外で何をしているか聞くと、魔物退治の仕事だと言う。
まだ村の外に出たことはないが、やっぱり見たことのないものは信じられない。
「魔物の図鑑?があれば欲しいです」
「魔物図鑑か!魔物に興味があるのか?」
「見たことがないので興味があって」
「そうかそうか!まだ3歳なのに図鑑が欲しいとは感心感心。よし、探してみよう」
そう言うと、トールはいつものように少ない荷物で出かけた。
楽しみが一つ増えた。
トールが外出をすると嬉しいことが、もう一つある。
1人で外に出ることができるのだ。
トールは過保護で家から出る時には絶対に付いてくる。
トールがいない間は広い庭で1人で遊ぶことができた。
だが、不思議なことに庭から出ようとすると、すぐにルークにバレて家に戻された。
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トールが出かけて10日以上経つ、いつもより帰ってくるのが遅い。
仕事に手こずっているのか、『魔物図鑑』がなかなか見つからないのか?
「オリバー、トールの帰りが遅いので、僕は少し村の周りを見てきますね。魔物が集まっていないか確認もしてきます。1人で待てますか?」
ルークが放った言葉に驚きを隠せなかった。
この3年間、いつもルークかトールがそばにいて、1人になったことなんて一度もなかった。
「ま、待てます!」
「オリバーは本当に賢くて偉い子ですね」
ルークは、ふふっと微笑みながらそう言って頭を撫でた。
「いいですか、僕が戻るまでこの指輪を外さないでください、あと絶対に外に出ないこと!」
そう言うと小さな赤い宝石がついた指輪を俺の指にはめた。
3歳児の細く小さい指にフィットする指輪だ。
ルークが作ったのか?
「行ってきますね」
軽く微笑んでルークは出かけた。
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「フッフッフ、ハッハッハ!」
広い部屋に声が響く。
久しぶりの1人だ。
1人の時間というのは、人間になくてはならないものだと思っている。
家中を走り回ったり、逆立ちをしたり、この小さな体を存分に生かして動き回った。
夕方になってもルークが戻らない。
あんなに楽しかった1人の時間も、
すぐに飽きが来て、寂しさが心を埋めようとしていた。
2年間も一人ぼっちだったのに、何だか情けない。
外に出てみるか…。
いや、ルークとの約束がある。
村の中なら危険なことなんてないだろう。
様子を見に行くだけだ。
自分にそう言い聞かせ、俺は外に出た。