五の段 脱出!
「それで、ミヤ。屋敷からこっそりとぬけ出す方法はあるのか?」
「そんなの簡単です。屋敷でまた爆発騒ぎを起こして、みんなが混乱しているすきにこっそりと……」
「ぜんぜんこっそりしてないからな⁉」
「むぅ~。ド派手にいきたいのに……」
「頼むから、ちゃんとした脱出方法を考えてくれ」
「ぶっちゃけ、ここの屋敷の警備はがばがばのゆるゆるです。門番たちはたるみきっていて、いつも空をボーっと見上げているです。『あなたたち、空からの侵入者にそなえているの?』とツッコミを入れたくなりますです。だから、屋敷をぬけ出すのはそんなに難しくないです」
「え? そうなのか? きっと、ご隠居さまがあんな感じだから、家来たちもたるんじゃっているんだな……」
義苗さまがあきれていると、南川先生が「問題は、屋敷をぬけ出したあとですね」と言いました。
「南川先生のおっしゃる通りです。屋敷に殿さまがいないとばれたら、ご隠居さまがすぐに追手を出し、殿さまを連れ戻そうとするでしょう」
「それは困る。2、3日でもいいから、屋敷からオレが消えたことをご隠居さまが気づくのを遅れさせることができたら……」
「ご心配にはおよびません。私にいい考えがあるので、お任せあれです!」
「どんな作戦だ?」
「からくり人形の影武者を作ればいいのですよ」
「からくり人形ぉ~? そんなもの、どこにあるんだよ」
「もちろん、私が作るのですよ。半日ほどお待ちくださいです」
うう~む。おおざっぱな性格のミヤが、機械仕掛けのからくり人形なんて作れるのでしょうか……?
その日の深夜。いずこかへと消えていたミヤが義苗さまの部屋に戻ってきました。
「ちゃららっちゃらぁ~ん! からくり殿さまとからくり南川先生ぇ~!」
ミヤが部屋に持ちこんだのは、義苗さまそっくりの等身大のお人形と、同じく南川先生にそっくりな人形でござる。ちゃんと服も着せてあります。
「ええっ、こんな短時間で本当に作ったのか⁉ おまえ、見かけによらず器用なんだな……」
「むっ。私のことを不器用だと思っていたのですか? 失礼極まりないですぅ! 忍者は色んな仕掛けがあるからくり屋敷だって作れるのですよ? ゼンマイで動くからくり人形ぐらい、ちょちょいのちょいで作っちゃいますよぉ~」
(このくノ一、優秀なのかそうじゃないのか、いまいちよくわからない……)
ミヤはプンプン怒りながらも、義苗さまそっくりの人形の背中にあるゼンマイを回しました。すると、筆を持った右手がカチャカチャと動き出したのござる。
おお! 遠目に見たら、机に座って字を書いているようではありませんか! これには南川先生もおどろいている様子です。
「素晴らしいからくり人形ですね! 花まるです! ……でも、動きが止まったら、誰がこのゼンマイを回すのですか? 私たちが屋敷からぬけ出したら、人形を動かすことができないのでは?」
「心配ご無用です、にんにん。ちゃーんとゼンマイを回してくれる仲間を用意しておきましたです」
「仲間? 南川先生とミヤ以外に、オレに協力してくれる人がいるのか?」
「人ではありませんです。動物たちです」
ミヤはニッコリ笑ってそう言うと、ぴゅうーと口笛を吹きました。
すると、なんと義苗さまの部屋に猫と犬とオウムが入って来たのです。猫はとっても可愛い三毛猫、犬は前にご紹介した狩猟犬グレイハウンドでござる。
「ご隠居さまたちが飼っている動物たちじゃないか! なんでここにいるんだ⁉」
「私、動物に好かれやすい体質なのですよ。この子たち――猫のハナちゃんと犬の又三郎くん、オウムの八兵衛くんは、ご隠居さまの部屋に忍びこんだ時に手なずけましたです」
どうやって手なずけたのかは、そこらへんのことはミヤがあまりくわしく語ってくれなかったので不明でござる。
「ハナちゃん、又三郎くん、八兵衛くん。手はず通りにお願いしますです」
ミヤがそう言うと、猫のハナと犬の又三郎が前足で器用にゼンマイを回し、二体の人形はカタカタと動きだしました。
そして、オウムの八兵衛は、
『せんせー、ここがわかりません! せんせー、ここがわかりません!』
『どれどれ、せんせーにみせてください! どれどれ、せんせーにみせてください!』
と、しゃべったのです。
オウムは人間みたいにしゃべることができる鳥ですからね。え? それぐらい知ってる? スミマセン……。
「これで、ご隠居さまは、殿さまと南川先生がお部屋で勉強していると思うはずです。10日は気づかれないでしょう。えっへん」
「そうかなぁ? 半日ぐらいで気づかれないか?」
義苗さまは首をかしげましたが、南川先生が「ほんのちょっと時間稼ぎができるだけでも、ありがたいですよ」と言ったので、その言葉に従うことにしました。
「あと半刻(約1時間)くらいで、庭のニワトリたちが鳴き始めますです。屋敷のみんなが寝静まっている今のうちに出発しましょう」
「よし……。わが領地・菰野めざして出立だぁーーーっ‼」
「おおーーーっ‼」
「殿さま、ミヤどの。気合いが入っているのは花まるですが、もう少し声を落としましょうね? 屋敷のみなさんが起きちゃいますよ?」
「……出立だぁー(小声)」
「……おおー(小声)」
かくして、義苗さまの初めての旅が始まったのでござる!
コケコッコー!
町のあちこちでニワトリたちが鳴き出し、新しい朝がやって来ました。
「若殿さま。朝ご飯をお持ちしました。……あれ? こんな朝早くからお勉強をなさっているのですか?」
女中が義苗さまの部屋に入ると、机に向かって勉強している義苗さまと勉強を教えている南川先生の後ろ姿が。よくできたからくり人形なので、後ろ姿だけではニセモノだとはわかりません。
(あら、まあ。熱心に何かを書いていらっしゃるわ。漢字のお勉強かしら)
義苗さま(の人形)がカタカタと右手を動かしているのを見て、女中は感心しました。
部屋に近づく女中の足音を察知し、ハナと又三郎がからくり人形のゼンマイを回しておいたのでござる。
『ごはんは、そこにおいておけ! ごはんは、そこにおいておけ!』
屏風のかげに隠れている八兵衛がそう言うと、女中は「はい、わかりました。南川先生の分も後でお持ちしますね」と返事をして部屋から出ていきました。
『うにゃーん』
『わおーん』
『メシだ、メシだ!』
女中がいなくなると、ハナと又三郎、八兵衛は屏風のかげから出てきて、朝ご飯をがつがつと食べ始めました。
なるほど。運ばれてくるご飯は動物たちが食べてくれるので、「殿さまがご飯をぜんぜん食べない!」と騒がれる心配もないわけでござるな。
『…………』
うん? オウムの八兵衛が拙者のほうをじっーと見ているような気が……。
『そこの、物語の語り手くん。ちょっといいかい?』
え⁉ あっ、はい……。
『我々動物たちの活躍を読者のみんなに見せてくれるのはありがたいが、ページ数は限られているのだし、もっと重要な場面を読者に見せたまえ。物語がだいぶ進んでいるのに、義苗さまと菰野藩にとって最大の脅威となるあの人物がまだ登場していないではないか』
そ、そうですね。幕府の最大の権力者・松平定信さまを登場させるのをすっかり忘れていました……。
『しっかりしたまえよ、物語の語り手くん。義苗さまの旅のシーンや菰野藩の愉快な仲間たちの活躍も入れないといけないのに、我々可愛い動物たちの描写で読者を釣ろうとするなんて浅はかすぎるぞ』
ご、ごめんなさい……。
『さあ、次のエピソードにいきたまえ。我々は、活躍シーンをカットされても、自分たちの役割をちゃんと果たすから』
はい。わかりました……。
で、では、次のエピソードへゴーでござる‼