39話 喧嘩 前編
「リュウカちゃんなんか大っ嫌い!もう知らない!」
薄い赤色の髪の少女は目的地に踵を返して走り出す
雪が降り積もる季節の最中、シイナと喧嘩してしまった
きっかけは俺にとっては些細な事だった
いつか話すが、シイナの意中の相手である田中とはいざこざがあり関係を持つようになった
そして今朝、たまたま登校時間が被って一緒に登校することになり、一緒に歩いているところをシイナに見られたのだ
共に登校するのは特段大した話ではない。別にルゥもいるからだ
問題は男友達としてとても彼と接しやすかったため、距離感を誤ってしまい、あまつさえ肩を組んでいるところをシイナに見られたしまったのだ
常日頃から田中を徹底マークしていたシイナはそれがどうしても許せなかったのだ
気持ちは痛いほど分かる。とても申し訳ないことをした
校門の手前、そんなに怒ることないだろと大人気ない反論をしてしまい、それが積もってデットヒートしてしまい、遂にはシイナが家とは違う方向に駆けだしてしまったのだ
学校のことも忘れて駆けて行ったのだ。あの皆勤賞を取るほどの真面目なシイナが、だ
自責の念に押しつぶされそうになりながらも、追いかけて謝ることに決めた
田中を学校内に避難させていたルゥが既に1人となった俺の元に帰ってくる
「ルゥ、ごめん…私シイナと喧嘩しちゃって…やらないといけない事があるから…今日は学校行けないや…」
深青の瞳を広げてポカンとしたルゥは次にやれやれ、と片手を腰に当てる
「そこは手伝って…じゃない?」
「でも…ルゥを巻き込むわけには…」
「2人のピンチに顔を突っ込まない私ではない。リュウカが断っても無理矢理付いてく」
「ルゥ…」
ルゥが来るという心強さに若干の心の余裕が生まれる
「逆に、私を頼らないなんて。いつも一緒にいるのに…」
「あはは…」
頬を膨らませてご立腹な彼女に合わせる顔が見つからず、思わず視線を逸らしてしまう
「とにかく!まずはシイナを見つけないと!私は右から行くから!ルゥは左からお願い!」
この空気感を長く味わいたくなかった俺は、話題をずらしてこの場から去ることにした
シイナの走った方向へと全力で駆けだす
明朝なのに多い人混みを掻き分け、なるべく広い道を中心に探し歩く
手で押しやった時の反応が鈍い方に向かって進んでいく
2度目で驚きがそのままの人間はまぁ少ないだろうという打算だ
さらに加えてシイナは育ちがいい。きっと来た事がある場所か広い道しか通らないはずだ
息も絶え絶えになりながらも、橋を渡り、斜を渡り、時に人に聞きこみをしたり
「すみません!薄い赤色の髪の私ぐらいの背の子をここら辺で見ませんでしたかっ!?」
「んー…あぁ!なんか走って行った子かなぁ」
「ありがとございます!」
目的地の分からない追跡がいまだに土地勘が掴めていない俺に務まるはずもなく、一向に見つかる気配が無かった
時間が過ぎても気温が回復する事はなく、依然として曇天いっぱいの薄暗い天気であった
こりゃそろそろ雪が降るな
雪に着く足跡を辿る案なども考えたが、この人混みではかき消されて敵わないだろう
次第に発見情報も数を減らし、遂には完全に見失ってしまった
っ!時間切れだ。一旦ルゥと合流しよう
時間を区切って、時間ごとに街の中央で集まることを決めていたのだ
中央に向かうと、まだルゥの影はなく、商店街と打って変わって意外にも閑散としていた
ほろり
俺の前に1つの粒が線を描く
それは数を増して粒は大きくなり、俺の肩や頭に付いて残り始める
雪だ
遂に降ってきやがった
肩に乗った雪を払っていると次にーー
カカッ ダダンッ
上の方から瓦がぶつかり合う音が、次に下の方から地面が何かに激突する音がする
その音源にしゃがんでいたのは
「上から見て回ったけど…」
ルゥだ
手で埃を軽く払った後、手を斜め十字に重ねて首を左右にゆっくり降る
…収穫無しか
いよいよまずいな
…魔樹海捜索も…視野に入れないと行けなくなる
あの時、魔樹海に行こうだなんて誘わなければ良かった…!
ルゥが魔物を全て倒してくれているせいで俺の感覚は麻痺してしまっており、魔樹海侵入に大して抵抗がない
それはシイナも同じはずだ
「ルゥ、今から魔樹海を探しに行こう。万が一があったら危険だ!」
「っ!早く行こう」
開けた場所で見渡した時に木々が見える方角、即ち魔樹海が望める方向へ走り出す
しかしやはり人混みは俺たちの足を容易く引き止める
くそっ!こんなとこで立ち往生してる場合じゃないってのに!
「リュウカ、手を」
なにか策があるのだろう。迷わず差し出された手を取ると、ルゥは物凄い勢いで跳躍する
それに引っ張られるように俺は屋根に着地する
「道が広い」
屋根の上をルゥは小慣れた手つきで移動し始める
風魔法で自分の動きを補助しているのか、世界記録よろしくの跳躍を繰り返して家と家の隙間を容易く飛び越える
そして引きずられる勢いでなんとか転ばぬように走っている俺である
「ぬおぉぉぉぉおおおお!!???ちょっと高くないですか!!??ルゥさん!!??」
必要以上に天に高く飛んだと思うと、俺を空中にぶん投げ……る?
「って、っちょっ!うわあぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
空に放り投げられ生への執着を諦めた俺が体育座りで現実逃避に目を濡らしていると、すかさず後ろから衝撃が加わり、抱擁へと変貌する
屋根を散らして俺めがけて超速で跳躍したルゥは、たちまち俺を抱き抱え亜音速並みなんじゃないかというぐらいの速度で宙に浮遊する
屋根よすまない…どうしようもなかったんだ…
欠けた屋根もぐんぐんと遠ざかり、あっという間に魔樹海の側までやってきた
そういえば何故冒険者しか入れないみたいなこと言われてるのに入場制限されてないんだろうか
自ら死ににいく阿呆はいないだろうってことかなっ!
ですよねっ!
こちらの方が先に降り始めたのか、もう既に地面に雪が被っている
ルゥは何かに気がついたようで、俺の進行を手で制す
「リュウカ、見て」
「これは…足跡…!?」
「うん。足の大きさも私とおんなじ」
「クソッたれ!入ってるじゃねぇかっ!急いで見つけなきゃ!」
「落ち着いて、リュウカ。雪は積もり始めたばかり。きっと近くにいる」
…確かに……落ち着かないと見つかるものも見つからない…か
ビュウゥゥッ
辺りに突風が舞う
ルゥを見ると魔法陣が現れていた
「ちょっ!ルゥこそ落ち着いて!ルゥの火力だったらシイナを斬りかねない!」
魔法陣は姿を消し、突風はぴたりと止む
「ごめんなさい…シイナに何かあったら私…」
「私もだよっ!さぁ!足跡追うーー」
ミシシッ バキバキバキィッ グルロォッッッ
木々を薙ぎ倒して自身の体躯のうん十倍もの大きさのクマがこちらめがけて一直線に近づいてくる…!
しまった…!
激しい物音に誘われたかっ…!
しかも運がねぇ!
エリアボスかなんなのか、徒党を組んで攻めてきやがった!
流石のルゥもこいつに苦戦するだろう
ならばやるべきことは1つ!
「ルゥ!役割分担だっ!ルゥはあいつらを惹きつけてくれ!その隙に俺はシイナを助けるっ」
ルゥなら了承するだろうと返事も待たずに足跡目掛けて加速する
俺だけシイナのところに行っても意味ないと思うだろうが、魔法使いが1人か2人なら後者の方がいいに決まってる
しかしここは森の中
足跡のための積雪も次第に薄れてしまい、足跡は姿を消してしまう
「いやぁぁぁっっ!!来ないで!!来ないでよぉぉ!!」
どうしたものかと走りながら周辺に跡がないか見渡していると、少女の悲鳴が左手の方から聞こえてくる
これはシイナの声だっ!!
声の方向に振り向くと、木々の隙間から魔物から逃げているシイナの姿を捉えた
「シイナァァっっっ!!!こっちだ!!!」
喧嘩のことなど気にしている余裕は無いのだろう
俺の声に向かって方向転換してきた
俺も踵を返して走り出す
来た道を戻ればルゥがいる筈だ
ルゥに倒してもらおうという作戦だ
他人任せですまないね
後ろを確認しながら全力で来た道を戻ると1つの巨大な物陰が見えた
その物陰は次の瞬間に横薙ぎに倒れて広がり、欠けていった
ルゥは丁度クマを倒したところらしく、休憩させてやりたいがそんな暇はない
何故ならもうすぐそこまで魔物が突進してきているからだ!
俺そんな足遅いのかなぁ!?
「ルゥ!最後にもう一仕事頼む!」
俺の声に気がついたルゥは相当疲弊しているようで、声に反射的に反応したのか頭での反応に遅れが生じてしまった
不意に来た。疲弊が重なった。相手の動きが速かった。
その全てが重なり、ルゥは魔法を外してしまった
展開された風魔法は空を切り、力んだ魔物はさらに加速した
「しまっーー」
間に合わない。そう悟った俺は咄嗟にシイナと魔物の間に身を捩じ込んだ
ドゴンッッ ミシミシミシィッッ
「ーーっっっ!!!!」
全身至る所の骨がぐちゃぐちゃに折れる音がした
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいいいいいいいいい痛くない
痛みなんか知るもんか
吹っ飛ばされた俺は同じく吹っ飛ばされたシイナをなんとか抱きしめ、シイナを守るように文字通りの命がけの受け身をとる
さらに骨は粉砕し、背中の肉は削げたがーー
ーーもはや痛みはない
吐血の勢いを殺して再び胃に戻し、シイナに向いている側はなんとか無事を演出する
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音という情報が悉く遮断されていることに気がついた
視界も霞むか赤く染まるかで、どちらにせよ見ずらい
「だい……じょう、ぶ?ケガ…ない?」
上手く喋れているだろうか
呂律は回っているだろうか
目を開けたシイナをそっと離してやると、こちらを一度見て絶句し、一つ間を空け息をのみ、なりふり構わず回れ右で駆け出した
まずい
先は崖だ
助けないと




