32話 禁足地 屋上
朝、目が覚めるとアズサ姉さんは居なくなっていた
空いた母性を惜しみつつ、階段に手をかけると、芳醇な香りが漂ってきた
その香りで完全に覚醒した俺は急ぎ足で階段を下る
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
既に寝巻きから着替えたのか、夜と違う服装のアズサ姉さんは今熱魔法で卵焼きを作っている
「リュウカさんの分もお作りしますので、良かったら食べていって下さい」
アズサ姉さんの料理を朝から堪能すると、暫くだらりとして、共に家を出た
途中で別れ、アズサ姉さんは図書館に、俺は学校へと向かう
教室に着くと、既に深青の髪を持つ少女がいた
ルゥだ
「おはよー」
「……はよ」
おっ、今日は返事してくれた
ありがたいね
「知ってる?抱き枕って心理的疲労を軽減するマジックアイテムなんだよ?」
「…そう」
ルゥにハグをする
「ルゥ疲れてそうだからハグしてあげる」
「逆…てか邪魔…」
ルゥの顔は一層険しくなり、より不機嫌になって行く
おっと危ない。俺はまだ死にたくなどは無い
ルゥに張った手をするりと解く
「どうしたら機嫌良くなってくれる?」
「いや…まぁ…リュウカは…」
ルゥが何かを言いかけた時、ピンク味がかった赤髪の少女が声をかけてくる
シイナだ
「おはよう。昨日は急に帰っちゃって悲しかったな」
「おはよー。ごめんなさい。昨日は外が危ないからって」
「そうだよね。ごめんね?リュウカちゃんは悪くないよっ!」
昨日の非礼はどうやら許されたらしい
ルゥの方を見やるとルゥはシイナを見て一瞬悲しそうな顔をしたが、次の瞬間には無表情に変わり、シイナにおはようと返した
「お前ら席につけい!!」
教室に昨日と同じく怒号が響き渡った
放課後、俺はルゥを連れて魔樹海に来ていた
事の経緯を話そうと思う
時は昼休憩、アズサ姉さんに作って貰った昼食をどこで食べようかと考えているとシイナが俺に尋ねる
「リュウカちゃんと一緒にご飯食べたいな!どこかいい場所しってる?」
「知ってるよ〜」
「じゃあそこ行こっ!」
という訳で俺、シイナ、ルゥで向かうはこの棟の屋上
立ち入り禁止のために扉に貼り付けられている板のその端をぐいっと引っ張り、外にこじ出る
「リュウカちゃん…これダメじゃ無い…?」
シイナはそう聞くが俺はチッチッと舌を鳴らし、指を振る
我ながらダサいのは置いておいてーー
「私たちの他に誰も屋上に侵入してこようとする輩は存在しない。そして、私たちが屋上にいる姿は誰にも観測される事はない。つまりバレても証拠が無いのだ!」
俺はこれをシュレイディンガー完全犯罪と名付けている
「そうゆう事なの…?」
「そうゆう事にしといて」
俺が腰を低めに懇願すると、あまり納得はしていなさそうだったが、取り敢えずお咎めなしの言質を得た
そしてルゥはというと、屋上に入ってからずっとある一点を眺めていた
なんだなんだとその方向に向かうと、短髪の少女が息を潜めて隠れていた
確認するためか、その少女が顔を上げたために目と目が合ってしまい、目の前の顔が途端に青ざめていく
「しっ、しし!失礼しましたっす!お、お助けぇぇ〜!!!」
急に立ち上がったかと思うと、出口に向かって全力逃走していった
そんな慌てるか?
…いや、この屋上に逃げ込んでいるという事は恐らくぼっちの可能性が高い
ぼっちがやっちゃダメな事やってたら本気で居場所無くすもんな
「今のってマオスちゃんじゃない?」
「え?知り合い?」
知り合いだとしたら逃げるって事あるか?
…いや、知り合いが知らん人連れてたら普通逃げるか。俺も逃げるわ
「去年同じクラスの子だよ?」
ってーと、俺も去年同じっつーことか…
……そっか〜
さて、弁当でも食べよう
使いつて容器の中には、色とりどりのおかずに型取られたデコ弁がそこにあった
米の上にはオカズアートが展開されており、なんと金髪の少女の寝顔であった
そこに描かれた少女は極上の美形で地球にいたらスカウト地獄だろうな
シイナが俺の弁当を覗き見る
「これ…リュウカちゃんの寝顔…?上手だね!お母さん」
これは隣人作だよ、とはなんとなく言えずにそうだねと流した
しかし、これが俺の顔か…鏡のない世界で自分の顔を眺めることなんてそこまでないもんで、俺は今の今まで自分の顔を良く知れずにいた
シイナが俺と認識したという事は、この絵はかなりの完成度なのだろう
…え?これ俺?
めっちゃかわいいじゃん
生きててよかったぁ〜
死んだけど
時は放課後、シイナと別れてルゥと下校中ーー
「ルゥは自分だけの絶好のスポットってある?」
昼の事を思い出したので聞いてみる事にした
「言ったら自分だけのじゃなくなる」
「あ……確かに…」
ルゥは暫く黙って先を歩くと、1つため息をついてこちらに軽く振り向く
「まぁ…借りがあるし…教えてやらんでもない」
貸しなんか作ったっけ?出会って数日なのにまるで記憶がない
とあって、今魔樹海に足を運んでいる訳だ
森は一層深くなり、次第に川のせせらぎが聞こえてくる
木々を抜けるとそこには清流と高々とした崖があった
川の上流なのか、ゴツゴツとした岩を踏み歩いて川を飛び越える
向かうは崖で、良く見てみるとそこには1つの穴が空いており、中に入るとかなりの広さの洞窟が広がっていた
「ここがルゥのお気にのスポット?」
「そう」
これってーー
「最高じゃん!これぞ秘密基地!前々から洞窟行きたかったんだよ!」
やっぱ涼しいし、岩肌に触れると決して寒くない気候なのに底冷えするほど冷たい
「いつもここで何してるの?」
ルゥは空を見つめるとこちらに振り向いて
「魔法の練習」
とだけ残して洞窟から踵を返して出ていく
洞窟からルゥの動向を見やると、ルゥは着衣したまま川に飛び込む
「え!?なんだ!?」
ルゥの飛び込み地点を驚々と固唾を呑むと、別地点から顔を見せる
「いきなりどうした!?」
ルゥに声をかけるもこちらに振り向く事なく「…魔法修行」という首肯しがたい言葉が返ってきた
恐らく、これは水魔法:潜水だろう
この世界にはレベルとスキルとかいう非現実的なものがある
魔法やら呪いは世界にあってもなんら不思議には思わないが…
流石に自然にあるとは考え難い。人工的に作られているとしか思えないし、実際にレベリング制度の世界に落とされると疑問しか浮かばない訳だ
と、俺の疑念は置いておいて、水魔法:潜水とは身の回りに空気の層を作って濡れずに水中で呼吸が出来る便利スキルで、いやそれ風魔法じゃね?と突っ込みたくなるが、これは世界の仕組みなのだ
スキルには覚え方が2つあり、1つは自分でコツコツと学び、調べ、魔法を制御して初めて覚える方法、1つはレベル上昇によって得られるポイントによる習得で、こちらは脳に使い方が刻まれるらしい
いや、は?である
一瞬で覚えられるスキルなんてシステムはつまらないと俺でも分かる
何か理由があるのか、それともこの世界の神はクソなのか
以上、俺のクソ討論でした
「ねぇルゥ」
俺は1つ引っかかる点があり、あんまり追及しちゃいかんのかも知れないが、子供心の好奇心に負けて聞いてしまう
「…なに」
「家庭環境…なんかあるの?」
ルゥは凍りついたかのように動かなくなってしまった
「ちょっと見てて、家族の事でなんか不安がありそうで、私が力になれたならなって…」
鋭い視線が俺を見抜く。そこには怒りが乗っていた
「出会ってすぐのお前に何が分かる。…ただの気のせい」
「いや、見るからになんかありそうだったし心配なのよ?」
俺の言葉が哀れみに聞こえたのか、より一層怒りを乗せて言葉を発する
「気のせい」
どうしたもんかと腕を組む
掘り下げるにしては、友好関係が早すぎたし、ルゥについて深く知らないから安心するような言葉はかけてやれないし、やはり俺は焦りがちなダメな人間のようだ
「1つ、俺の話を聞いてくれないか?」
「断る」
「じゃあ、これは俺の独り言だ」
ルゥは返事をしない
「俺には親父がいてな。俺がまだ物心つかない時にだ。他人を助けるために死んじまった。仕事も中途半端、女心も分かっていない、ダメ人間だったそうだ。最後の最後に善人ぶるなよって思うよな」
ルゥはなにも返事をしない。これは俺の独り言だからだ
「でもな、世界中の誰よりも俺と母さんを愛してくれた。その誇りは何よりも変え難いんだ。俺の母さんは変わっちまったが…それでも、俺は両親を愛してるんだ。たまに束縛激しかったり、たまに大喧嘩してちょっと嫌いになったりするけどさ、どうしようもないほどのクズでもさ、俺は俺の両親を愛してるんだ。歪んじまって、暴力とか、放置とかされたら、それは一緒に直していくしかないけどな。」
しまった、俺って言っちまった
いつからか?
深く追及されない事を切に願おう
「これは、私の独り言」
俺は言葉を返さない。これはルゥの独り言だからだ
「私は、愛されてなかった。私は両親の都合のいい道具だった。2年前まで、私は両親に見向きされず、1人に苦しんだ。ご飯が食べれない日もあった。でも、シイナがいた。幸せだった。でも、2年前を境に、急に人が変わった。」
辛く、苦しそうに、でも、なんとか絞り出して声を発している
「私を愛するようになった。私に何でも与えた。私は夢のようなそれを幸せと思って受け入れようとした。でも、ダメだった。変で、気味が悪くて、そこにいるだけで吐き気がするほど気持ちが悪かった」
心がぎゅっとする
ルゥの言葉がこちらの心さえも揺さぶる
「最近は、外にいる時間もあいつらが決めるようになった。私の笑顔を激しく怒った。私の涙を激しく打った。怖い。怖くて仕方がない。私は、両親を愛することなんて出来ない。苦しい。親なのにどこか他人みたいな冷めた視線になってしまう。」
ルゥはこちらから顔を隠す
「私にはお姉ちゃんがいる。お姉ちゃんは愛されていた。でも、私に愛が向き変わったみたいに、お姉ちゃんは愛されなくなった。でも、お姉ちゃんは変わった。強くなった。それなのに、私は何にも出来ないし、何にも変わってない」
ピチャ……ピチャ………
洞窟の水溜りに水滴が垂れる
「愛したい。お母さんを愛したい。お父さんを愛したい。愛したい。でも出来ない。私は両親が怖い。私は私じゃなくなってく私が怖い」
ひとしきり振り絞ったのか、言葉が止まる
俺が歩くと、その音に合わせてルゥは向きを変える
顔を見せないようにしている
「…あなたを助けれる…なんて言えたらいいけどさ、ごめんな、私はそれほど強くない。でもな?私は魔法の言葉を知っているんだ。親父の口癖なんだけどね」
ルゥは応えない。だが、確かに耳はこちらに向いている
「嫌な事は大抵は寝りゃ忘れる。寝て忘れねぇならそれは悪夢だ。逃げちまえって。戦わなきゃいけない理由なんかねぇって。」
「そしてこれは私の言葉。逃げて、逃げて、逃げまくって、それでもいつかは振り返んなきゃいけない時が来る。でも、その時は嫌じゃなくなってる。進化して追いかけてくるそいつをやっつける事が出来るんだ」
「ルゥさ。逃げちゃダメなのか?」
「逃げたって…どうせ戻ってしまう」
「それは逃げ足りねぇよ」
「…どうしろと」
「相手を足止めするんだよ。立ち向かえば、案外大した事なくて倒せるかも知れないだろ?」
「私には出来ない…」
「出来ない…じゃねぇだろ。そんなんじゃいつまでも出来っこねぇよ」
俺は語気を強める
「これは物理的な問題じゃない。精神的な問題だ。硬い意志を持たねぇとなんにも乗りこえられねぇよ。逃げられねぇよ」
逃げることにだって硬い意思は必要だ。自分の居所ですら捨てないと完全には逃げられないからだ。嫌なことだけ捨てれるなんて都合がいいことは無い。人生舐めんな
うちは母子家庭だし、俺の人生が普通じゃ無いってことは自覚している
だが、人並みには苦難にぶつかって来たつもりだ
「今日はもう疲れた。帰りたく無いけど…帰る」
「おう、ま、なるようになるさ」
「無責任」
「能天気はよく晴れる天気の如くってな」
「誰の言葉」
「俺の言葉だ」
やべ、また俺って言っちまった
ルゥは呆れたのか、無言のまま森を出ていく
俺はそれに手を振り続けた
翌日、ルゥは学校に来なくなった




