プロローグ
おじいさんはいつもベッドの中にじっとしていた。布団から出ている手の甲や首の後ろに、ツルツルしたコブがあって、黒い宝石のようなそれが動いているのをほとんど見たことがない。というか、顔以外の皮膚が黒に近い灰色で、硬い鱗に覆われにいたので、動かしたくないのかもしれない。脚をちょっと動かしただけでもバキバキいって、痛そうだから。
鱗と同じ色の尻尾も生えているし、爪も固くて長くて大きくて鋭いし、顔以外はもう魔物としか言いようがない。鳥の足のような、コウモリのような…それも違うような。そんな感じだ。
顔は普通のおじいさん。妹は、ちょっとカッコいいって言っていたけど、僕には普通の、ちょっと髪の長い、優しい目をしたおじいさんだ。
おじいさんは食事を全くとらない。お水だって飲んでいるところを僕は見たことがない。森でとれた果物や、パンを持っていくことがあるけれど、妹が持っていく花の方が喜ばれた。それで結局、果物もパンも僕らだけが食べる。僕らが食べているのを、優しい目で、いつも嬉しそうにみているから、罪悪感はちょっぴりしかないけど。
おじいさんは豪華で広いお屋敷に、たった一人。いつも静かに生きている。でも不思議と、幸せそうだと思う。とにかく、全然さみしそうではない。僕だったら、歩けなくなったら、走れなくなったら、きっと退屈で辛いと思う。食べられないのも嫌だ。でも妹は走るより本を読むことを好むし、おじいさんも、そうなのかもしれない。動けなくても、平気なんだろう。
そういえば、今流行っていることとか街の様子とかを、よくききたがるな。しゃがれてるけど、よくきこえる声で、いつも「よく来たな、今日は何か面白いことはあったか?」って言うんだ。僕らがどんな話をしても興味をもってきいてくれる。例え兄妹喧嘩でも。お喋りが好きなのかもしれない。
おじいさんはどうしてここにいるんだろう?おじいさんは、いつからこうなったんだろう?おじいさんは……おじいさんに、なにがあったんだろう?
ある日僕は尋ねた。おじいさんは、どんな子どもだったのか、と。
万年竜のおじいさんの長いおはなし
20230530