幼い私が見た景色
5. 蘇る記憶
あの人だろうか、修理屋さんではないと言ってはいたけど、音楽家とは言ってなかった。私はレッスン棟へ走った、レッスンを担当する教師ならレッスン室に名前があるはずだ。私はレッスン室のある2階から4階まで見て回った。
『野崎 匠』3階にその名札がかけられたレッスン室があった。ピアノ科のレッスン室だ。名札は新しく、このレッスン室も最近まで使われていなかった部屋だ。あの人はピアノの教師だったのか。
「どうぞ、入って」
後ろから声をかけられ私はギョとして振り返った。
「ごめん、また驚かせたみたいだね」
野崎さんがあの時と同じように少し笑いながら立っていた。
「ドビュッシー、よかったよ」
「……」
私は野崎さんに続いてレッスン室に入った。2台設置してある奥の教師用ピアノの椅子に野崎さんは腰掛け、私に生徒用ピアノの椅子に座るよに勧めてくれた。
「ピアノの先生とは思わなくて……」
「時計屋さんと思った?」
「い、いえ」
「大学で専攻したのはピアノ、卒業してからフランスに留学して、しばらくはピアノを弾いていたけど、調律に興味があって、調律の技術を学んで、帰国してからは本業はフリーの調律師、でもそれだけだと生活がね、だからあっちこっちでピアノを教えてるってわけ」
「フランスって、時計職人だったおじいさんの生まれた国って言ってましたよね、おじいさんがピアノを弾く方だったんですか?」
「祖父は音楽には無縁の人」
「ああ……」
「どうやら祖母がバイオリン奏者で、その祖母が持っていたピアノを時計屋の片隅に置いていて、そのピアノを父そして僕が弾き始めた、父は時計屋を継いで時計技師になったけど、僕には小さい時からピアノを習わせた」
「礼拝堂の鐘を作ったっていうのは」
「正確にいえば、ここの学長の友人は元々はおばあさんだったらしい」
「原理はわかっても直せないって……」
「うん、父の仕事を横で見ていたから、なんとなくだけどね、でもあの鐘はもう無理だ、錆だけじゃない、歯があちこち欠けている、全取っ替えになる、それも部品を取り寄せて、しかもその部品があればの話になる」
話しながら野崎さんはレッスン室の窓から見える礼拝堂の屋根の方を振り向いた。
野崎さんはゆっくりとピアノの蓋を開け、レのシャープを打鍵した。
私はその響きとともに、幼い時の記憶が鮮明に蘇った。そしてその名前を自然と口にした。
「……匠先生」
あの時も“匠先生”はレのシャープを弾いてくれた、いや、正確にはリストのカンパネラの冒頭の音を教えてくれたのだ。
『その曲なんていうの、すごくかっこいい!』
まだ小学生だった私が通っていたピアノ教室で、レッスンを待っている間にどこかから聞こえてきた曲。その曲の聞こえてくる部屋の前に行って中を覗くと大学生くらいの人がピアノを弾いていた。その人は私を見つけると、手招きで私をレッスン室に入れてくれた。
『ラ・カンパネラ、リストっていう人が作った曲だよ』
『同じ音が続くんだ』
『これはね、教会の鐘の音を再現した曲なんだよ』
『鐘?』
『そう、カンパネラってイタリア語で鐘っていう意味だ』
『ふーん』
『きっと、こんな音だったんだろうね』
私はレのシャープの音を聴きながら、幼い頃にピアノ教室で“ラ・カンパネラ”を弾いていた“匠先生”を思い出した。
「礼拝堂で会った時は、まさかと思ったけど、試験会場で見た時に間違いないって思った」
「試験会場?」
「その女の子も、お辞儀の姿勢が悪かった」
「……」
「僕のことを覚えているとは思わなかった」
「……さっきまで忘れてました、匠先生、でも……」
「今更だけど、僕あの時は“先生”ではなかったんだ」
「は?」
「あの時、教室でバイトをしていた友達がいて、発表会を手伝ったりしていたんだ、待ち時間に弾いていたら小さい女の子が外から見ていた」
「それで……」
ああ、だから私のお辞儀の姿勢を知っていたんだ、と合点がいった。確かあの時もこの人は自分で“野崎匠”と名乗ってくれた、それで“匠先生”と私は記憶したのだ。
「カンパネラは?もう弾いた?」
そうだ、あの時、匠先生は“練習を続けたら君のいつか弾けるようになるよ”と言ってくれた。
「・・・・・・レッスンは受けました、でも試験の許可はもらえなくて」
「そう、それなら仕方ないね」
「はい・・・・・・」
野崎さんは立ち上がり、私の方に歩み寄ると、私の前のピアノの蓋を開けた。
「聴かせてもらえるかな、ラ・カンパネラ」
「・・・・・・」
私はレのシャープに手を置いた。




