全く気がつかなかった、けどそこにその人がいた。
4. 試験官
「あ~、うまい、試験が終わって食べるランチは一段とうまく感じる」
純平は学食でオムライス定食を頬張っている。確かにデミグラスソースがたっぷりとかかったオムライスは試験後でなくてもおいしそうだ。
「そんなんで足りるのか?」
きつねうどんを食べている私に不思議そうに聞いてくる。
「そっちが食べ過ぎだよ、オムライスにミニナポリタンって何食分の食べ貯めをするわけ?」
オムライスもナポリタンもおいしいのは理解できるが、大盛りとミニとはいえダブル炭水化物という組み合わせは試験に関係なく健康的に問題があるし、それを出してくれる食堂のスタッフ(正確にはおばちゃん)も甘い、しかも純平は細いときている。そこも私を苛立たせるポイントだ。
「さぞかし旨く弾けたんだ」
少し嫌みっぽくなってしまった。
「ああ、“木枯らし”の方が少しヤバかったけど、シューベルトはバッチリだったからな、再試はないな」
「ふーん」
「花音は?」
「ふつう」
「じゃあ、よかった」
聞いていながら純平は返事に興味もないようにナポリタンをフォークに巻き付けた。
「そういえば、試験官、知らない人いた」
純平は完食すると、自販機に行ってコーヒーを買ってきた。
「はい、花音もコーヒーでよかった?」
そう言って私にも買ってきてくれたコーヒーを渡してくれた。
「ほら、一番左に座ってた人、レッスン担当で見たことない人だったから目立ってた」
「……」
「目立ってたのに、わからなかった?」
「そうだったかな……」
「全く、また正面むかないままに座ったんだろう?」
純平の言うことは当たっていた。
私は発表する場での演奏前、ステージでお辞儀をして頭を上げた時に人と目を合わせず、そのままピアノの前に座るようにしている。癖ではなく、わざとそうしている。
そしてその“癖”はレッスンを受ける先生からいつも注意されてきた。お辞儀をした後の姿勢がとても悪く試験官や客席からもて印象がとても悪いから、と。
「癖だし、しかたないよ」
「印象悪いぜ、俺はしっかりと試験官を確認してから座りたいけどなぁ」
「純平の場合は、しっかりを通り越してケンカ売ってるような目つきだよ」
「いやいや、試験官とのアイコンタクトは大事だよ、花音ちゃん」
純平は底なしに明るい性格だ、そしてピアノもその性格そのままに大らかで素直な演奏は人を引きつける。昨年の学生音楽コンクールでも入賞こそ無理だったが、審査員の評価は悪くなかった。職業としてピアノを弾いてもいいのでは思うが、将来の夢は小学校の音楽教師らしい。
「きっと、新しい講師の人かもしれないな、花音も見ればよかったのに、けっこういい男だった、ピアノ科かな」
「さぁ」
純平が楽しそうに話すのを聞くようなフリをしながら私はコーヒーを空けた。
「ステージから捌ける時に二度見したらさ、なんか外国人みたいな顔だった」
ガタッ、私はコーヒーを机に置くと同時に立ち上がった。
「それって、本当?」
私の剣幕に純平は後ろに倒れそうな勢いだった。
「あ、ああ、確か、うん、日本人ではないような顔つきだったと、思う」
純平が慌てているのを放置して私は学食から飛び出して行った。
「おい、花音、おい」




