みどりの髪をたなびかせ
地下鉄中央線九条駅 3番出口より1分
阪神近鉄難波線 九条駅1番口より2分
わかるひとにはわかる。
わかんないひとは生涯わかんない。
住所で言えば西九条だが、環状線西九条から歩くのは遠すぎておすすめしない。地図によると20キロだか二十分だかかかるらしい。適当に調べた。とりあえずぼくはやらない。
この寂れた下町……というと地元の方々のお叱りを受けるのだが、高架下のストリートバスケコートを眺めたり下町グルメをストロング缶片手に楽しむような商店街の片隅にその店はある。
コスプレウィッグを買うならここがなかなか安くて質が良い。
流行りのアニメキャラに合わした商品も置いている。
なんせウィッグは同じメーカーでも一つ一つで質が変わることがあるのだ。
2階の展示室兼商品ルームは見ていて飽きない。
アニメキャラは物理法則を超えた髪型をしていたり、真ん中が膨らんで先細りとかその逆とか増毛したり減らしたりしないと実現できない髪や色をしている。
それでいて日本人の顔に合ったウィッグを作るとなると結構予算に影響するが、ここではそう言ったカスタムウィッグを自作する道具を手に入れることができる。
この間行った時は『コスプレ・ノート』という無料ムック本をくれた。めちゃくちゃ充実しているメイク本であり立体造形本でこれを無料とかこの本作ったひとたちいい意味であたまおかしい。いや頭を飾るのだからいいが。
あれ。
あの子見覚えあるぞ。
この時勢だから作品名は伏せるが、クッソ過激なカッコした女の髪型を再現したウィッグが安売り状態。それを注視するあの子は時々電車内で『図説英国貴族の令嬢』の新旧版をお互いチラ見しながら大阪駅まで無言で過ごした子だ。
……コスプレ……?
……ウィッグ……?
いや、手製と思しきアクセサリーとか、バックとか、ひらひらふわふわな布で全身をうまくコーデしているし、おしゃれさんなのは知っている。
しかし、性別とか顔とか全くわかんないのだ。多分女の子だけどこの子喋らんし。
あの布の下に下着より恥ずかしいコスプレ決めてたらちょっと興奮……いや引く。
身内なら度肝抜く。親なら泣く。恋人なら色々抜く。なにと聞くな。
手入れの行き届いたウィッグの匂い。
ウィッグの髪を手繰る手袋。全身武装かこの子。
ゆっくりと張り付く彼女は少しアイメイクをしていた。
『……』
慌てさせてマジ申し訳ない。ごゆっくり。
ぼくは階下に降りようとするも、後ろから首筋を掴まれた。
すわ首狩か。くびおいてけか。
ブンブン首を振りつつ、あるいは両手をバタバタさせている。
何を言いたいのか知らないけどもちつけ。いや餅ついてどうするぼくも落ち着け。
「コスプレに興味あるの?」
あわふたしていた彼女(?)はしばらくするとぼくにも聞こえる深呼吸をして、ゆっくりうなづく。
「ああ、服飾とか小物とか好きそうだもんねー。日本の服屋さんは昔は卸しの店の方が少なかったらしいけど」
まあ、ミシンとか使える方が珍しいし、ウィッグの改造やコスプレでしか使わないメイク道具を持っていたり手に入れるツテは貴重だ。
なんか口元? のマスクに指を立ててシーシー言ってる。
「大丈夫、基本こういうのは相互不干渉だ……ってやり方知らないとか?」
「………」
彼女はブンブン頭を上下するが、いつもの礼儀正しさ吹っ飛んでホラー映画みたいだ。
紆余曲折あってコスプレ・ノートは彼女の手に渡った。
あの下着より恥ずかしいコスプレをこの布の下に隠している可能性に夜しか眠れない。今日も本を抱えて車内で吊り輪を持って居眠り。
ぐー。
あ、彼女には座らせた。
この時間、痴漢が出やすいし、声出さない女の子ってターゲットになりやすい。
守ろう快適な車内環境!
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女の子「(この服装、かっこいいけど恥ずかしい……)」
本作の女の子が住む国や宗教は架空のものですが、現実世界のこう言った全身を布で包む国の方は同性や夫や家族しか見ない中のコーデに気合いを入れたり、とんでもなく過激にしたり、ガッソリアニメキャラクターにしたりするみたいです。