知らない地域の昔話は理解が難しい
強欲なる愚王の偽冠。
それは、元はただの『偽装宝冠』と呼ばれる魔導遺産だった。
それの持つ力は、実に単純。
どんなものでも、完璧に複製する。
世に二つと無い宝石であろうと。
神が作りし聖剣であろうと。
天を覆うほど巨大な建造物であろうと。
そして、生物さえも。
なんであろうと複製・・・正確には、『擬態』や『変化』と言った方が妥当だが、元々一つの物を二つにするという意味では同じだ。
しかし、『強欲なる愚王の偽冠』は呪われた魔導遺産である。
それには、ただの『偽装宝冠』とは異なるひとつの特徴があった。
それは、その名の由来ともなる愚かなる王。その魂が、その魔導遺産には宿っているのである。
否、正確には。
宿っているのは、怨念だ。
「ちょっと待ってくださいちょっと待ってください」
「なんじゃ、話の腰を折りおって。」
「いや、最初っから無視できない情報をぶち込んどいて口を挟むなって方が無理でしょうよ。」
思わず話を止めてしまったけど、誰が僕を責められるだろうか。
「偽冠・・・っていうか、偽装宝冠でしたっけ?それの効果が、ありとあらゆる物の複製ってことは・・・」
その情報と、この状況・・・すなわち、ミレイユが二人いるという現在を考えれば。
その意味は、語るまでもない。
問題はどちらがどちらかという点だけど・・・
それも、これまでの精霊種側の態度を思えば。
語るまでも無く、わかるというものだろう。
僕の顔を見ながら、女王は頷く。
「ああ、察しの通り。ここで眠っているのが我が娘にして姫である『ミレイユ』であり。」
そして、女王は僕たちの後ろで立つミレイユ・・・否、ミレイユの姿をした少女を指差す。
「それが、それこそが、強欲なる愚王の偽冠なのじゃ。」
女王の言葉に、ヒルダが息を飲んだのがわかる。
そして、ミレイユは。いや、強欲なる愚王の偽冠は。
「・・・シルヴァ、ヒルダ、どうしたの?」
先程までと変わらない表情で、僕たち・・・正確には僕とヒルダだけを見ていた。
まるで、女王の言葉など何も聞こえていないように。
いや、聞こえていないよう、ではなく。
本当に聞こえていないのだろう。
「・・・いや、なんでもないよ。大丈夫。」
僕はいつも通りの表情を意識しながら、彼女の頭を撫でる。
まだ女王の話は終わっていない。元はと言えば僕が中断させたんだけど・・・それは置いといて。
判断を下すのは、最後まで話を聞いてからだ。
まあ、もちろん。
僕たちの知る『ミレイユ』を助けるという結論だけは、変わることは無いけど。
「・・・話を中断させて申し訳ありませんでしたね。どうぞ、続けてください。」
「ふむ、ではそうしようかの。たしか、強欲なる愚王の偽冠には、かつて存在していた愚かなる王の怨念が宿っている・・・という所まで話したな。」
そして、女王は昔話を再開する。
強欲なる愚王の偽冠には、過去の王の怨念が宿る。
しかし、怨念とはあくまでもただの意志。それだけで、強大な力を持つことは無い。
それが、ただの偽装宝冠と違うところは二つ。
まず一つ目、『複製された記憶の改竄』。
本来の偽装宝冠は、生物に変化した場合その対象の全てを複製する。
外見や能力だけでなく、記憶や性格まで。
複製された側が、自らが複製された存在だとわからない程に。
しかし、強欲なる愚王の偽冠は、それに宿る怨念は、その一分の隙もない複製に干渉する。
産まれてから偽装宝冠を使用するまでの記憶を、本人が覚えて居ないものも含めて、都合の良いように改竄する。
もう一つの相違点。
それは、『認識の改竄』だ。
記憶の改竄は、複製される以前のものにしか適用出来ない。
そこで、怨念が目的を達成するために選択した複製存在に継続的に干渉する方法。
それが、『設定した条件に対応した、外部情報の認識改変』である。
例をあげると、『特定の存在』の『特定の発言』を設定した言葉に改変して認識させる。
具体的には。
『精霊種』による、『ミレイユ』という発言は。複製された存在は、『忌み子』という言葉と認識する。
女王の語る言葉は、正直僕の理解の外のことばかりだった。
だってこちとら、魔導遺産そのものを最近知ったのだ。
それの特殊な例だの、怨念だの言われても良く分からないというのが本音だ。
だから、理解出来たと言えるのは、最後に語られた具体的な例くらいだ。
「なるほど・・・」
ミレイユの言っていたことが、どうにも精霊種の態度と噛み合わないとは思っていたけど・・・
名前を呼ぶだけで、『忌み子』と聞こえてしまうのでは。
どれほど歩み寄ろうとしても、どうにもならないだろう。
そして、呼ばれる側が萎縮してしまうのも当然だ。
「しかし、記憶の改竄ですか。」
「うむ。恐らくじゃが、強欲なる愚王の偽冠には・・・それには、愛された記憶が無い。否、虐げられてきた記憶しかないと言った方が正しいか。」
ふむ・・・女王の言を全て信用するわけでは無いけれど。
でも、少し引いた見方をしてみれば。
魔法が使えない程度で、精霊種の中で迫害されるとは考えにくい。
だって、外部と戦う必要も無く、更に周囲には普通に魔法を使える精霊種が沢山いるのだ。
戦士の力は必要なく、魔法が必要な時があったとしても出来る者はいくらでもいる。
その状況で、魔法が使えないことは大した問題では無い。
言ってしまえば、精霊種が好んで行う研究が出来るだけの思考能力さえあれば、他には何も要らないのだろう。
そう考えれば。
ミレイユが過剰に迫害されていたのは不自然ですらある。
「それに、この子の様子を見る限り。あなた達の言葉は、基本的に聞こえていないようですね。」
「正確には、妾の言葉だけじゃな。ただの精霊種の言葉なら、ある程度は聞こえておる。じゃが妾の言葉だけは、改変された物を除いて何も届いておらん。」
ふむ。確かに、権能持ちの彼がシャクシャラに来た時を考えれば、ある程度は聞こえてるのは確からしい。
もっとも、あれはミレイユに向けて言った物では無いからかもしれないけど・・・
その理論が成立するなら、今女王が僕たちに向かって話している言葉が聞こえていないのはおかしいから、誰に向かって話しているのかは関係ないと考えるべきだろう。
「・・・まあ、その辺の事は大体分かりました。」
考えても仕方ないということが。
「では、その怨念はそもそも何故、記憶や認識の改竄を必要としているのですか?」
「簡単に言えば、生き返るためじゃな。」
簡単に言い過ぎでは?
「まあ、もう少し詳しく話そうかの・・・」
何度も話を中断させて申し訳ないけど。
今度もまた、気になるところがあったら口を挟むかもしれない。
かつて栄華を誇った魔導帝国。その国の帝王とは、正しく世界の王と言っても過言では無かった。
しかし、どんな権力を持とうとも、どんな武力を持とうとも。生きている以上、寿命には抗えない。
その帝王もまた、老い、衰え、逃れられない死の恐怖に怯えていた。
魔力、呪力、霊力、法力、異能、権能。
ありとあらゆる力を、能力を尽くしてその命を引き伸ばしていったが。
それにもやがて限界が来る。
いかなる手段を用いても、衰え消えゆく命に歯止めをかけることが出来なくなり。
しかし帝王は、そこで諦めることが出来なかった。
禁忌とされる秘術。封印された外法。
積み上げてきたもの全てを代償に、その消えゆく命を繋ぐ。
そして、民も財も、全てを失い。
仰ぐ者が居なくなった壊れかけの玉座で。
帝王は、遂にその生を諦めた。
これ以上、どんな手を尽くしても命を伸ばすことは出来ないと。もはや、どんな禁術に捧げる代償も残っていないと。
故に、生き延びることを諦め。
一度死んで、生き返ることを選んだ。
この体に見切りをつけ、新たな器で生まれ変わればいい。
生き延びられないのなら、死んだ後にまた生き返ればいい。
全てを失った狂った王は。
正気を失った愚かな王は。
意識を、想念を最後に残った財産に移した。
最後に残った財産。すなわち、その頭に戴かれた艶のない王冠。
『偽装宝冠』へと、その自我を憑依させた。
「先に言っておくが、どうやって憑依させたかは聞くなよ。妾も知らんのでな。」
「うぐっ・・・」
先回りされてしまった。
仕方ない、その質問は好奇心でしかないから我慢しよう。
多分、『魂結い』とかと同じ感じだろう。
「というより、ここまでは大して重要ではない。」
「・・・まあ、そうですね。」
ルーツを知ることは、対処法などを考える時に重要ではあるけれど。
なぜ、を今考えても仕方ない。
生き返りたい理由がわかったところで、だ。
女王の話は興味深いけれど、ここまでは言ってしまえばただの昔話。
「続きを話そう。とは言え、もうあと少しじゃがな。」
意識を宿した、と一言で表したが、自我を全て偽装宝冠に移せた訳では無い。
むしろ、失敗したと言ってもいい。
残ったのは意識と言うよりも、怨念と言った方が正しい、強い衝動のみ。
記憶も、思考も全て失い。
掠れた、しかし強い願いだけが宝冠に宿った。
そして、その強い願いが、目的を達成する為に偽装宝冠を変質させた。
記憶と、認識の改竄の力。
それは怨念が起こした、奇跡と呼ぶには歪すぎる偶然。
それをもって、如何にして生き返るのか。
方法自体は、実に単純。
偽装宝冠の本来の力で複製した存在の、自意識を奪う。取り憑く、乗り移ると言っても良い。
記憶と認識の改竄は、自意識を奪うために必要な力なのである。
複製された存在とはいえ、元の自我を維持しているため、残滓としか言えないような怨念では相手の自意識を上書きすることは出来ない。
そこで必要なのが、器の心を壊すこと。
器の心が絶望し、閉ざされた時。その時初めて、怨念はその体を乗っ取ることが出来る。
そうして、新しい体を手に入れる。
これが、帝王の選んだ生き返りの方法である。
偽装宝冠の効果から、複製できるのは一度だけ。そのため、器は選ぶ必要がある。
まず何よりも、精神を壊すことの出来る相手でなければならない。それが出来なければ始まらない。
そして、弱き者では意味が無い。
再び世界の王となるに足りる力、あるいはその素養がある者である必要がある。
そんな都合のいい存在はそうそう居ない。
そうそう居ないが。
精霊種の里には居たのだ。
先に言った通り。
純粋で無垢な魂と、比類なき魔力適性を持った精霊種、ミレイユが。
女王の語る生き返りの方法。
正直全部聞いたところで、そんなこと出来るの?って気分だった。
自我を乗っ取る方法自体は、存在しない訳では無いけど・・・
それだって、時間制限があるものだ。
物・・・無機物に魂を憑依させる魔法や呪法はあるけれど、相手が生命体になるとその難易度は跳ね上がる、らしい。
「器を台紙、記憶や自意識を一枚の絵に例えるなら・・・怨念とは、映す場所を無くした色の塊。それを安定化させ、周囲からも見えるようにするためには台紙に描きこむ必要がある。しかし、その台紙に別の絵があっては、弱い色は混ざって消えてしまう。故に、一度絵を全て消し去り、台紙を真っ白な状態に戻す必要があるのじゃな。」
「へぇー・・・そうなんですか。」
いかん、よく分からなすぎて気のない返事をしてしまった。
まあ、わかる所だけをまとめると。
偽冠には昔の人の想念?みたいなのが宿っている
↓
その想念は再びこの世界によみがえる為に、想念を宿す器を求めている
↓
その器は、無垢であり、なおかつ強くないとならない
↓
精霊種の女王の娘である『ミレイユ』は、その条件を満たす存在であった。
↓
偽冠は『ミレイユ』を複製し、複製された存在の心を壊すために記憶と認識の改竄を行った。
↓
その結果、精神的に不安定な精霊種、つまり僕たちの知る『ミレイユ』が生まれた。
とりあえず、ここまではわかった。
しかし逆に言えば、そこまでしか分かっていない。
ミレイユが二人いる理由はわかった。
でも、精霊種が血を求めた理由も分からないし。
多分だけど。僕たちの知る『ミレイユ』が閉じ込められていたのは事実だ。それは、認識の改竄とかでどうにかなるとは思えない。
もちろん、閉じ込められていた記憶も複製されると同時に作られたもので、生まれてすぐ里から逃げ出した可能性も無いことは無いけれど・・・
だとすれば、精霊種が追いかけてくる理由が分からない。
既に、随分話が長くなっているけれど。
ある種、ここからが本題だろう。
ちなみに。
ヒルダは既に話に着いてこれていないようで、さっきまでは難しい顔をしていたけど・・・
今はもう開き直って、真面目な顔で聞き流しているみたいだ。うんまあ、ここは僕が頑張る所だろう。
終わったら色々とゆっくり話をすればいい。
少なくとも、今この時は僕がしっかり話を聞かないといけない。
よし、気合いを入れ直そう。
「この状況の理由はわかりました。では、そろそろ聞かせてもらいましょうか。精霊種が、シャクシャラの家畜を盗んでまで、勝率のない戦いをすることになってまで、血を求めた理由を。」
「ふむ、そうじゃな。これ程長く話したのも久しぶりで疲れてきたが・・・まあ、もう少し頑張るとするかのぅ。」
いやなんで渋々みたいな雰囲気を出してるの?
今更突っ込まないけども。